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1巻
1-3
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▽
翌朝、私はトリッドの街の冒険者ギルドにやってきていた。
「まさか私が冒険者になる日が来るとは……」
こわもての男たちに混じって受付に並びつつ、私はぼやいた。
冒険者。つまり、魔物退治や危険地帯での採集などを請け負う何でも屋を意味する。
私はその冒険者になるためにここに来たのだ。
というのも、冒険者になればギルドからフォレス大森林の情報を教えてもらえるからである。もちろん、魔力植物の分布も。
冒険者になるデメリットもほとんどないということだし、登録だけでもしたらどうかと「長耳兎亭」の女性亭主に助言されたのだ。しかも彼女はお腹を空かせた私に朝食まで奢ってくれた。私はどれだけ彼女にポーションを贈れば恩を相殺できるんだろうか。
しばらく待っていると、受付の女性職員に呼ばれた。
「こんにちは。本日はどうなさいましたか?」
「冒険者登録をしたいのですが、手続きはどうすればいいでしょうか?」
「登録ですか。では、こちらの書類に記述をお願いします」
女性職員から、登録用と書かれた書類を差し出される。
「読み書きができなければ代筆させていただきますが」
「いえ、問題ありません」
記述欄には「名前」と「出身」、「所持スキル」の項目があった。とりあえず名前はアリシア、出身はプロミアス領と書いておく。
スキルに関してはどう書くか迷ったけど、【調合Ⅳ】と書いておいた。
調合道具屋で私を【鑑定】した店主がそう言っていたし、問題ないだろう。逆に本当のことを書いたほうがややこしいことになるかもしれない。
「【調合Ⅳ】……!? こ、これは本当ですか?」
女性職員に驚かれた。
道具屋でも思ったけれど、スキルレベルⅣというのはそんなに驚くことなんだろうか。論文なんかを見る限りだと、学者にはそこそこいるはずなのに。
「本当です。それより、冒険者登録はこれで終わりですか?」
「あ、はい。そうですね。では説明に移らせていただきますが、まず冒険者ギルドというのは――」
それから女性職員は冒険者ギルドの仕組みについて説明してくれた。
冒険者ギルドは冒険者に仕事を斡旋する。実績によって冒険者はF~Sにランクが分けられ、それによって受けられる依頼が変わってくる。また、有事の際には戦力として冒険者ギルドの指示に従う義務なんてものもあるとのこと。
最後のひとつが不穏だけれど、おおむね事前に聞いていた通りの内容だ。
「こちらがFランクの冒険者証です」
説明が終わると、女性職員から木彫りのペンダントのようなものをもらえた。「F」の文字が彫ってある。これが冒険者としての身分証になるらしい。
「これでフォレス大森林についての情報も教えてもらえるんですか?」
冒険者として認められたのなら、冒険者としての権利も使えるはずだ。
「はい。どのような情報をお求めですか?」
「魔力植物の分布を教えてください」
私が言うと、女性職員はカウンターの奥から紐で綴じられた紙束を出してくる。
「魔力植物の分布ですと、このあたりのページですね」
「ありがとうございます」
女性職員から資料を受け取り確認していく。
資料はかなり細かく書かれていて、しかも植物だけでなく危険な崖や水を確保できる小川の位置なんかも記されていた。肝心の魔力植物についても、エリアごとに大まかな分布図が描かれている。
期待以上だ。これがあれば、欲しい魔力植物を探して森の中をさまよわずに済む。
私は食い入るように分布図を見て、情報を頭に叩きこんでいく。
「それと、これが魔力植物の買い取り価格表です」
資料を凝視する私に、女性職員が一枚の紙を追加で渡してくる。
その紙にはずらりと魔力植物の名前が並び、そのすべてに買い取り価格が記されていた。
「冒険者ギルドは魔力植物も買ってくれるのですか?」
「ええ。魔力植物だけでなく、魔物の素材や鉱石なんかも買い取りを行っています」
「ふむ」
魔力植物の買い取り価格表をざっと確認していると、ひとつ気になったことがあった。
「……気になったのですが、この『火炎草』だけ妙に買い取り価格が高いのはなぜですか? この魔力植物はそこまで希少ではないはずですが」
火炎草というのはその名の通り炎系統の魔力をため込む植物だ。加工すれば爆薬の材料になる。需要があるのはわかるけれど、この火炎草は繁殖力が高くたくさん採集できるため、高値がつく理由がわからない。
「そうですね。たしかに火炎草は珍しいものではありません。フォレス大森林には火炎草が大量に生える場所もあるくらいです」
「ここですね」と女性職員が私の持つ資料の一か所を指さす。
たしかにそこには、かなり広い火炎草の群生エリアが存在した。しかも街から結構近い。これなら簡単に採集できそうなものなのに。
「なぜこの条件で火炎草の買い取り価格が高くなるのですか?」
「殺人蜂という魔物の巣がすぐ近くにあるんです。一体ではそこまで強くありませんが、数が多いうえに強力な毒を持っているので、冒険者もあまり近寄りたがらないんです」
ギルドとしても歓迎できる状態ではないらしく、女性職員がうんざりしたように言う。
魔物の巣があるというなら火炎草の買い取り価格が高くなるのも理解できる。
「……ふむ」
なんだかいい話を聞いたような。
本当は森で魔力植物を採ってポーションを作って売るつもりだったけれど、買い手を見つけられるか不安でもあった。けれどこの火炎草であれば冒険者ギルドが確実に買ってくれる。元手を確保するだけなら、こっちのほうがいいかもしれない。
「この買い取りというのは、その場でお金に換えていただけるのでしょうか」
「え、ええ。もちろんです。ですが、まさか行くつもりですか? 『殺人蜂』は本当に危険な魔物ですよ?」
ギョッとした顔で尋ねてくる女性職員に私は言った。
「はい。おそらくなんとかなります」
「なんとかって……」
さっきの資料を見た限り、魔物対策に必要なものは森の比較的街に近い場所であらかた手に入る。
さらに魔物の分布図も見せてもらって確認したけれど、私が行こうとしている範囲にはあまり魔物は出ないらしかった。森の入り口付近は街に魔物が近づかないように、定期的に魔物狩りが行われているんだそうだ。
私は冒険者ギルドを出て、フォレス大森林に向かった。
フォレス大森林は莫大な資源が眠る場所なので、人の出入りが多く、通行のため森の中にも道が整備されている。
ただし整備されているのは比較的街に近い場所だけで、奥に進むにつれて徐々に鬱蒼とした樹海へと変わっていく。
そのあたりになると魔物がよく現れるらしい。
私はその魔物の出没範囲に近付かないよう気をつけながら、素材を採集していく。
「『しずく草』に『キリハキダケ』……順調に集められていますね」
薄い青色の魔力植物「しずく草」。
地中から水分を吸って霧を発生させる「キリハキダケ」。
冒険者ギルドで資料を見せてもらったおかげで、意外なほど順調に魔力植物が集められている。
今日の目的はギルドが高額買い取りを行っている火炎草だけれど、さすがに今の状態では取りに行けない。「殺人蜂」の群れに対抗するには――というか、私がこの森で安心して活動するためには、あるポーションが必要なのだ。
今はそのための素材集めである。
「殺人蜂」対策用ポーションの素材は三つあり、まだ見つけられていないのは残りひとつ。
とはいえ、それも生えている場所はわかっているので問題ないだろう。
「――ありました。『ヨラズ草』です」
予想通り、最後のひとつも簡単に見つけることができた。
日陰に生えている紫色の魔力植物を引き抜き、状態を確認する。うん、問題なく調合素材に使えそうだ。
「もっと苦戦するかと思っていましたが……案外簡単に揃うものですね」
採集にかかった時間は、森に入って二時間程度。
思っていたよりも簡単に素材が手に入ってしまった。しかも癒し草など、目的のものではない魔力植物もいくつか採集できている。
おそらく魔力植物の買い取り価格が魔物素材なんかより安いせいで、冒険者たちもあまり熱心に集めたりしないのだろう。
ポーションの材料は市場や商店で買おうと思っていたが、これなら自力で採集するのもいいかもしれない。
ということを考えながら森の中を移動する。
目指すは水場。森の中を流れる小川だ。ポーション作りには魔力効果を移す水が必要になるので、水は調達せねばならない。調合もそこですればいいだろう。
――と。
『ギィッ、ギィツ』
「……っ!?」
金属を擦り合わせるような独特の鳴き声が聞こえた。
魔物が近くにいる!
私はどうにか悲鳴をこらえ、姿勢を低くして周囲を見渡す。
すると少し離れた場所に子どもくらいの背丈で緑色の魔物がいた。「ゴブリン」だ。
(か、隠れなくては……)
物音を立てないようにゆっくり移動し、近くの木の陰に隠れる。
幸いゴブリンは私には気付いていないらしく、こっちに向かってくる気配はない。
それにしても、なぜこんなところに魔物が? ギルドの話ではここには魔物が出ないはずなのに!
そんなことを思いながら観察していると、そのゴブリンが単独行動をしていることに気付く。ゴブリンは群れを作ることで有名なのでこれはおかしなことだ。
(……群れからはぐれて、単独で動き回っているうちにここまで出て来たんでしょうか)
『ギィッ、ギィッ……』
はぐれゴブリンがキョロキョロと周囲を見回している。
何にしても、見つかったらまずい。よりによってポーションの調合前にこんな状況になるとは……!
必死に息を殺していると、次第にゴブリンの足音は遠ざかっていった。
完全に足音が聞こえなくなってから私は詰めていた息を吐いた。
「こ、怖かった……!」
生きた心地がしなかった。先にゴブリンを見つけて隠れられたからよかったが、そうでなければ殺されてしまっていたかもしれない。
私はしばらく時間を置いてから移動を再開する。
やがて目的地の小川に到着した。
ギルドの情報によれば、この小川は水が綺麗で飲み水にできるとのこと。試しにポーション保存用の瓶で水をすくって確認したけれど、飲むにもポーションの素材にするにも問題なさそうだ。
よし、と私は手近な平たい岩に調合用の素材と道具を並べた。
「――それではさっそく調合を始めましょうか」
私が領地を追放されてから二度目となるポーション作りの開始である。
作るのは「魔物除け」。
効果はその名の通り魔物を遠ざけることだ。魔物にはある特定の魔力波長を嫌がる特徴があり、魔物除けポーションは気化することでその波長を周辺に散布できる。
まあ、要は使うと魔物が寄ってこなくなるポーションである。
私はプロミアス領にいた頃、スカーレル商会にこのポーションを領内に流通させてもらい、魔物が多かったあの領地の安全性を高めていた。
効果は実証済み。
魔物除けがあれば、低級の魔物なんて向こうから逃げていくようになるだろう。
「では始めましょうか」
ヨラズ草、しずく草、キリハキダケを作業台代わりの岩の上に並べる。
ヨラズ草、しずく草の葉を茎から丁寧に切り離して小川の水で洗う。さらに水気を切ってアダマンタイト製のすり鉢の中へ。
まずはヨラズ草を細かくなるまですり潰していく。
ごりごりごりごり。
「ああ、これですこれです! こんな感覚でした……!」
手に伝わる懐かしい感触になんだか高揚してしまう。
すり鉢とすりこぎでポーションを作るなんて何年ぶりだろう? スカーレル商会と契約してからは儲けが出るようになって、すぐに高価な調合用魔道具を揃えてしまったものだ。
自分の手で調合前の下処理をするなんてかなり久しぶりである。とても楽しい。
すり潰したヨラズ草を森で採集した受け皿代わりの大きな葉に載せ、しずく草も同様にすり潰していく。
ごりごりごりごり。
うん、こんなところでしょう。あとはキリハキダケですが……
「しまった。刃物がありません」
キリハキダケの下処理にはナイフなんかが必要になる。今回はやむを得ず小川のそばに落ちている鋭そうな石で代用することにした。
たまたま転がっていた鋭く尖った石を使ってキリハキダケの軸を裂いていく。
キリハキダケの中には「水袋」という水を溜めこむ部位があり、調合前にそれを抜き取る必要があるのだ。
ぐにゅっ、ブチブチブッ……
うう、切れ味が悪い。街に戻ったらナイフを買おう。
悪戦苦闘すること数分、キリハキダケの下処理も完了。
「よし、あとは【調合】するだけです」
下処理を終えたヨラズ草、しずく草、キリハキダケをポーション瓶に汲んだ水の中に放り込んでいく。
「【調合】!」
発動した【調合】スキルによって瓶の中の魔力植物の成分が抽出され、混ざりあい、それが水の中に溶け込んでいく。
さっきまで透明だった水は薄い青紫の液体へと変化していた。
よし、ひとまず完成。さて、効果は……
『魔物除けポーションⅢ』:魔物が寄り付かなくなるポーション。中程度の効能。
「またⅢですか」
やはり下処理が完璧ではないのが響いているようだ。
早く設備の整った環境で調合したい。欲を言えばただの水ではなく、高純度の魔力水も使えるようになれば言うことなしだけれど……まあ、今は置いておこう。
ひとまずはこのⅢでも何とか通用することを祈るしかない。
「持ち歩く……よりは肌に塗っておいたほうがよさそうですね」
魔物除けは飲むのではなく、栓を開けて持ち歩くだけで効果がある。とはいえ木の根につまずいて瓶ごと落としたら大惨事である。
とりあえず肌に塗っておこう。ちなみに魔物除けは人間にはまったくの無害である。
「では行きましょうか」
準備も整ったことだし、火炎草を採りに行かねば。
その場の調合道具をすべて片付け火炎草の群生エリアに向かう。
その途中――
『グッ、グギャァアアアアアアアアアアアッ!?』
あ、何やら悲鳴が。
次いでズダダダダッという走り出すような音の後にドゴッッ! という何かがぶつかったような衝撃音が続く。
何ですか? 何が起こっているんですか?
「まさかまた魔物か……?」
近寄りたくはなかったけれど、確認のため声の聞こえた方向に向かう。ここで音の正体を無視して先に進んで、後でいきなり襲われたりするほうが危ない。
足音を忍ばせて慎重に近づいていくと……
「……ゴブリン?」
ゴブリンが大きな木の前で目を回して仰向けに倒れている。
周囲に他のゴブリンの姿はない。となると、さっきのはぐれゴブリンだろうか。
体勢を見るに、まるで何かから逃げ出そうとしたら巨木に正面衝突して倒れた、という様子である。
不意にゴブリンが跳ね起きて、物音を立てていないにもかかわらず私のいるほうを見た。
『ギヒッ……ギャアアアアアアアアアッ!』
ゴブリンはじり、と後ずさりしたかと思うと、勢いよく私とは逆方向に走り去っていく。見事な逃げ足だ。
魔物除けは低級の魔物であるほど強く効くので、あのゴブリンにとってはよほど強く作用したのだろう。
あの様子を見る限り、魔物除けを使えば森の探索は安全に行えそうだ。
魔物除けを作って私としてはわりと満足しているものの、今日の目的は調合ではなく採集である。
火炎草を採れるだけ採って戻り、換金してポーション作りの元手を確保する。それが今日の目標だ。
「さて、このあたりのはずですが」
地図を頼りに火炎草の群生エリアに向かう。
目的地におおよそたどりついたあたりで、私は林道の先にあるものを発見した。
いた。
『――殺人蜂』だ。
(……思っていたより恐ろしい姿ですね……)
殺人蜂の体躯は一メートルほどだろう。そんな怪物が見えるだけでも五体、羽音を響かせてうろついている。
胴体の下端には極太の針。毒以前にあんなもので刺されたら即死しそうだ。
火炎草の買い取り額が高騰しているのはあの殺人蜂が火炎草の群生エリア周囲に巣を作っているからだ。あの外見を見ると、冒険者たちが戦いを避けたがる理由もわかる。
『『『――――……』』』
そんな恐ろしい殺人蜂たちが、私に気付いて視線を向けてきて――
『『『――ギィィイイイイイイイイイイイイイッ!?』』』
ぶぅううううううううんっと激しい羽音とともに全速力で逃げて行った。
うん、さすがは魔物除けポーションだ。毒があろうと数が多かろうと、寄ってこなければいないのと同じである。
「では遠慮なく採集させてもらいましょうか」
殺人蜂のいなくなった林道を歩いて火炎草の生えている場所に辿り着く。
他の冒険者がまったく採集していないおかげで火炎草はいくらでも見つかった。採り放題である。
しばらく夢中になって火炎草を引っこ抜いていた私は、適当なところで切り上げた。
両手に抱えきれないくらいの火炎草の束を魔道具の鞄の中へ収納する。
……さて、いくらで売れることやら。
「…………は?」
ドサドサドサドサ、と私がカウンターに積み上げた大量の火炎草に、冒険者ギルドの窓口にいた女性職員が唖然とした顔をする。
「こ、これ……火炎草ですか? 偽物ではなく?」
「いえ、間違いなく火炎草のはずです。疑うなら【鑑定】してもらっても構いませんよ」
「しょ、少々お待ちください!」
女性職員が【鑑定】スキル持ちの職員を呼びに行ったのだろう、カウンターの奥に引っ込んでいく。
火炎草を採集し終えた私は買い取り査定のためにトリッドの街の冒険者ギルドに戻ってきていた。
それにしても足が重い……さすがに半日以上も森の中を歩くと運動不足を痛感する。
おそらく明日は筋肉痛でのたうち回る羽目になることだろう。
……なんて思っていると、女性職員が他の職員を連れて戻ってくる。その職員は【鑑定】スキルを使って私の持ってきた火炎草を確認し、それから表情を引きつらせた。
「……全部本物だ」
「ええええええええ! それ本気で言ってます!?」
「あ、当たり前だ! こんなことで嘘を言ってどうする!」
よかった、私が持ってきた火炎草が本物だと証明されたようだ。
「こ、これ、どうやったんですか!? あそこには殺人蜂の群れがいるはずなのに!」
女性職員が勢い込んで尋ねてくる。特に隠すことでもないので私は正直に答えた。
「魔物除けのポーションを使ったんです。そのおかげで殺人蜂に襲われずに済みました」
「魔物除け……? って、スカーレル商会が開発したあの魔物除けですか? 製法が秘匿されているせいで他のルートでは絶対に手に入らない、あの魔物除け!?」
ぐいっと身を乗り出して尋ねてくる女性職員。
魔物除けはスカーレル商会、つまりエリカの商会が開発した――と、いうことになっている。実際に調合レシピを考案したのは私だけれど、エリカいわく「こんなとんでもないもの開発したのがあんただってバレたらひっきりなしに他の商会が取引に寄ってくるわよ」とのこと。
商談で研究の時間が削られるのも嫌だったので私も同意したという背景がある。
……よって私の返事も曖昧なものになる。
「ま、まあ、近いものではあります」
「?」
私の返事に女性職員は不思議そうな顔をしていた。
「あ、そうだ。その魔物除け、よければ見せていただけませんか?」
女性職員がそんなことを言ってくる。
「な、なぜそんなことを?」
「あなたはたしか調合師なんですよね。もしその魔物除けがあなたの作ったものなら、ギルドに売っていただきたいんです。魔物除けの販売はスカーレル商会が独占しているので、いつも品薄でして」
どうやら冒険者ギルドもスカーレル商会から魔物除けを買っているようだ。その入荷数が少なくて困っていると。
私の魔物除けを買ってくれるというなら願ってもない。
問題は、ここでポーションを見せてしまえば私が魔物除けの開発者だとバレてしまうかもしれないことだ。
そうすればスカーレル商会以外の商会からも目をつけられる可能性が――
(……いえ、それでもいいかもしれません)
開発当時とは状況が違う。
当時は領地のために各種ポーションを開発する必要があったから、研究の時間が何より大切だったけれど、今の私にはお金のほうが重要だ。もちろん取引相手は選ぶけれど、冒険者ギルドのような規模の大きな組織であれば問題ないだろう。
というわけで。
「これです」
私は瓶入りの魔物除けを取り出してカウンターに置く。
それを見た女性職員の隣の職員が【鑑定】スキルを使い――目を見開いた。
「『魔物除けⅢ』……!?」
「えええっ!?」
今度はいったい何に驚かれているのか。
「こ、これをあなたが作ったんですか!?」
「そ、そうですが……」
「すごいですよこれ! ランクⅢの魔物除けなんて滅多に出回らないんです。スカーレル商会が売るのは基本的にランクⅡまでですから!」
……ランクⅢが滅多に出回らない?
(そんなことがあるんですか? 何しろ私は普通にEXランクの魔物除けを作って――)
と心の中で呟いて、私は遅れて理解した。
そうだ。私の作った魔物除けは基本的にプロミアス領内にしか存在しない。
翌朝、私はトリッドの街の冒険者ギルドにやってきていた。
「まさか私が冒険者になる日が来るとは……」
こわもての男たちに混じって受付に並びつつ、私はぼやいた。
冒険者。つまり、魔物退治や危険地帯での採集などを請け負う何でも屋を意味する。
私はその冒険者になるためにここに来たのだ。
というのも、冒険者になればギルドからフォレス大森林の情報を教えてもらえるからである。もちろん、魔力植物の分布も。
冒険者になるデメリットもほとんどないということだし、登録だけでもしたらどうかと「長耳兎亭」の女性亭主に助言されたのだ。しかも彼女はお腹を空かせた私に朝食まで奢ってくれた。私はどれだけ彼女にポーションを贈れば恩を相殺できるんだろうか。
しばらく待っていると、受付の女性職員に呼ばれた。
「こんにちは。本日はどうなさいましたか?」
「冒険者登録をしたいのですが、手続きはどうすればいいでしょうか?」
「登録ですか。では、こちらの書類に記述をお願いします」
女性職員から、登録用と書かれた書類を差し出される。
「読み書きができなければ代筆させていただきますが」
「いえ、問題ありません」
記述欄には「名前」と「出身」、「所持スキル」の項目があった。とりあえず名前はアリシア、出身はプロミアス領と書いておく。
スキルに関してはどう書くか迷ったけど、【調合Ⅳ】と書いておいた。
調合道具屋で私を【鑑定】した店主がそう言っていたし、問題ないだろう。逆に本当のことを書いたほうがややこしいことになるかもしれない。
「【調合Ⅳ】……!? こ、これは本当ですか?」
女性職員に驚かれた。
道具屋でも思ったけれど、スキルレベルⅣというのはそんなに驚くことなんだろうか。論文なんかを見る限りだと、学者にはそこそこいるはずなのに。
「本当です。それより、冒険者登録はこれで終わりですか?」
「あ、はい。そうですね。では説明に移らせていただきますが、まず冒険者ギルドというのは――」
それから女性職員は冒険者ギルドの仕組みについて説明してくれた。
冒険者ギルドは冒険者に仕事を斡旋する。実績によって冒険者はF~Sにランクが分けられ、それによって受けられる依頼が変わってくる。また、有事の際には戦力として冒険者ギルドの指示に従う義務なんてものもあるとのこと。
最後のひとつが不穏だけれど、おおむね事前に聞いていた通りの内容だ。
「こちらがFランクの冒険者証です」
説明が終わると、女性職員から木彫りのペンダントのようなものをもらえた。「F」の文字が彫ってある。これが冒険者としての身分証になるらしい。
「これでフォレス大森林についての情報も教えてもらえるんですか?」
冒険者として認められたのなら、冒険者としての権利も使えるはずだ。
「はい。どのような情報をお求めですか?」
「魔力植物の分布を教えてください」
私が言うと、女性職員はカウンターの奥から紐で綴じられた紙束を出してくる。
「魔力植物の分布ですと、このあたりのページですね」
「ありがとうございます」
女性職員から資料を受け取り確認していく。
資料はかなり細かく書かれていて、しかも植物だけでなく危険な崖や水を確保できる小川の位置なんかも記されていた。肝心の魔力植物についても、エリアごとに大まかな分布図が描かれている。
期待以上だ。これがあれば、欲しい魔力植物を探して森の中をさまよわずに済む。
私は食い入るように分布図を見て、情報を頭に叩きこんでいく。
「それと、これが魔力植物の買い取り価格表です」
資料を凝視する私に、女性職員が一枚の紙を追加で渡してくる。
その紙にはずらりと魔力植物の名前が並び、そのすべてに買い取り価格が記されていた。
「冒険者ギルドは魔力植物も買ってくれるのですか?」
「ええ。魔力植物だけでなく、魔物の素材や鉱石なんかも買い取りを行っています」
「ふむ」
魔力植物の買い取り価格表をざっと確認していると、ひとつ気になったことがあった。
「……気になったのですが、この『火炎草』だけ妙に買い取り価格が高いのはなぜですか? この魔力植物はそこまで希少ではないはずですが」
火炎草というのはその名の通り炎系統の魔力をため込む植物だ。加工すれば爆薬の材料になる。需要があるのはわかるけれど、この火炎草は繁殖力が高くたくさん採集できるため、高値がつく理由がわからない。
「そうですね。たしかに火炎草は珍しいものではありません。フォレス大森林には火炎草が大量に生える場所もあるくらいです」
「ここですね」と女性職員が私の持つ資料の一か所を指さす。
たしかにそこには、かなり広い火炎草の群生エリアが存在した。しかも街から結構近い。これなら簡単に採集できそうなものなのに。
「なぜこの条件で火炎草の買い取り価格が高くなるのですか?」
「殺人蜂という魔物の巣がすぐ近くにあるんです。一体ではそこまで強くありませんが、数が多いうえに強力な毒を持っているので、冒険者もあまり近寄りたがらないんです」
ギルドとしても歓迎できる状態ではないらしく、女性職員がうんざりしたように言う。
魔物の巣があるというなら火炎草の買い取り価格が高くなるのも理解できる。
「……ふむ」
なんだかいい話を聞いたような。
本当は森で魔力植物を採ってポーションを作って売るつもりだったけれど、買い手を見つけられるか不安でもあった。けれどこの火炎草であれば冒険者ギルドが確実に買ってくれる。元手を確保するだけなら、こっちのほうがいいかもしれない。
「この買い取りというのは、その場でお金に換えていただけるのでしょうか」
「え、ええ。もちろんです。ですが、まさか行くつもりですか? 『殺人蜂』は本当に危険な魔物ですよ?」
ギョッとした顔で尋ねてくる女性職員に私は言った。
「はい。おそらくなんとかなります」
「なんとかって……」
さっきの資料を見た限り、魔物対策に必要なものは森の比較的街に近い場所であらかた手に入る。
さらに魔物の分布図も見せてもらって確認したけれど、私が行こうとしている範囲にはあまり魔物は出ないらしかった。森の入り口付近は街に魔物が近づかないように、定期的に魔物狩りが行われているんだそうだ。
私は冒険者ギルドを出て、フォレス大森林に向かった。
フォレス大森林は莫大な資源が眠る場所なので、人の出入りが多く、通行のため森の中にも道が整備されている。
ただし整備されているのは比較的街に近い場所だけで、奥に進むにつれて徐々に鬱蒼とした樹海へと変わっていく。
そのあたりになると魔物がよく現れるらしい。
私はその魔物の出没範囲に近付かないよう気をつけながら、素材を採集していく。
「『しずく草』に『キリハキダケ』……順調に集められていますね」
薄い青色の魔力植物「しずく草」。
地中から水分を吸って霧を発生させる「キリハキダケ」。
冒険者ギルドで資料を見せてもらったおかげで、意外なほど順調に魔力植物が集められている。
今日の目的はギルドが高額買い取りを行っている火炎草だけれど、さすがに今の状態では取りに行けない。「殺人蜂」の群れに対抗するには――というか、私がこの森で安心して活動するためには、あるポーションが必要なのだ。
今はそのための素材集めである。
「殺人蜂」対策用ポーションの素材は三つあり、まだ見つけられていないのは残りひとつ。
とはいえ、それも生えている場所はわかっているので問題ないだろう。
「――ありました。『ヨラズ草』です」
予想通り、最後のひとつも簡単に見つけることができた。
日陰に生えている紫色の魔力植物を引き抜き、状態を確認する。うん、問題なく調合素材に使えそうだ。
「もっと苦戦するかと思っていましたが……案外簡単に揃うものですね」
採集にかかった時間は、森に入って二時間程度。
思っていたよりも簡単に素材が手に入ってしまった。しかも癒し草など、目的のものではない魔力植物もいくつか採集できている。
おそらく魔力植物の買い取り価格が魔物素材なんかより安いせいで、冒険者たちもあまり熱心に集めたりしないのだろう。
ポーションの材料は市場や商店で買おうと思っていたが、これなら自力で採集するのもいいかもしれない。
ということを考えながら森の中を移動する。
目指すは水場。森の中を流れる小川だ。ポーション作りには魔力効果を移す水が必要になるので、水は調達せねばならない。調合もそこですればいいだろう。
――と。
『ギィッ、ギィツ』
「……っ!?」
金属を擦り合わせるような独特の鳴き声が聞こえた。
魔物が近くにいる!
私はどうにか悲鳴をこらえ、姿勢を低くして周囲を見渡す。
すると少し離れた場所に子どもくらいの背丈で緑色の魔物がいた。「ゴブリン」だ。
(か、隠れなくては……)
物音を立てないようにゆっくり移動し、近くの木の陰に隠れる。
幸いゴブリンは私には気付いていないらしく、こっちに向かってくる気配はない。
それにしても、なぜこんなところに魔物が? ギルドの話ではここには魔物が出ないはずなのに!
そんなことを思いながら観察していると、そのゴブリンが単独行動をしていることに気付く。ゴブリンは群れを作ることで有名なのでこれはおかしなことだ。
(……群れからはぐれて、単独で動き回っているうちにここまで出て来たんでしょうか)
『ギィッ、ギィッ……』
はぐれゴブリンがキョロキョロと周囲を見回している。
何にしても、見つかったらまずい。よりによってポーションの調合前にこんな状況になるとは……!
必死に息を殺していると、次第にゴブリンの足音は遠ざかっていった。
完全に足音が聞こえなくなってから私は詰めていた息を吐いた。
「こ、怖かった……!」
生きた心地がしなかった。先にゴブリンを見つけて隠れられたからよかったが、そうでなければ殺されてしまっていたかもしれない。
私はしばらく時間を置いてから移動を再開する。
やがて目的地の小川に到着した。
ギルドの情報によれば、この小川は水が綺麗で飲み水にできるとのこと。試しにポーション保存用の瓶で水をすくって確認したけれど、飲むにもポーションの素材にするにも問題なさそうだ。
よし、と私は手近な平たい岩に調合用の素材と道具を並べた。
「――それではさっそく調合を始めましょうか」
私が領地を追放されてから二度目となるポーション作りの開始である。
作るのは「魔物除け」。
効果はその名の通り魔物を遠ざけることだ。魔物にはある特定の魔力波長を嫌がる特徴があり、魔物除けポーションは気化することでその波長を周辺に散布できる。
まあ、要は使うと魔物が寄ってこなくなるポーションである。
私はプロミアス領にいた頃、スカーレル商会にこのポーションを領内に流通させてもらい、魔物が多かったあの領地の安全性を高めていた。
効果は実証済み。
魔物除けがあれば、低級の魔物なんて向こうから逃げていくようになるだろう。
「では始めましょうか」
ヨラズ草、しずく草、キリハキダケを作業台代わりの岩の上に並べる。
ヨラズ草、しずく草の葉を茎から丁寧に切り離して小川の水で洗う。さらに水気を切ってアダマンタイト製のすり鉢の中へ。
まずはヨラズ草を細かくなるまですり潰していく。
ごりごりごりごり。
「ああ、これですこれです! こんな感覚でした……!」
手に伝わる懐かしい感触になんだか高揚してしまう。
すり鉢とすりこぎでポーションを作るなんて何年ぶりだろう? スカーレル商会と契約してからは儲けが出るようになって、すぐに高価な調合用魔道具を揃えてしまったものだ。
自分の手で調合前の下処理をするなんてかなり久しぶりである。とても楽しい。
すり潰したヨラズ草を森で採集した受け皿代わりの大きな葉に載せ、しずく草も同様にすり潰していく。
ごりごりごりごり。
うん、こんなところでしょう。あとはキリハキダケですが……
「しまった。刃物がありません」
キリハキダケの下処理にはナイフなんかが必要になる。今回はやむを得ず小川のそばに落ちている鋭そうな石で代用することにした。
たまたま転がっていた鋭く尖った石を使ってキリハキダケの軸を裂いていく。
キリハキダケの中には「水袋」という水を溜めこむ部位があり、調合前にそれを抜き取る必要があるのだ。
ぐにゅっ、ブチブチブッ……
うう、切れ味が悪い。街に戻ったらナイフを買おう。
悪戦苦闘すること数分、キリハキダケの下処理も完了。
「よし、あとは【調合】するだけです」
下処理を終えたヨラズ草、しずく草、キリハキダケをポーション瓶に汲んだ水の中に放り込んでいく。
「【調合】!」
発動した【調合】スキルによって瓶の中の魔力植物の成分が抽出され、混ざりあい、それが水の中に溶け込んでいく。
さっきまで透明だった水は薄い青紫の液体へと変化していた。
よし、ひとまず完成。さて、効果は……
『魔物除けポーションⅢ』:魔物が寄り付かなくなるポーション。中程度の効能。
「またⅢですか」
やはり下処理が完璧ではないのが響いているようだ。
早く設備の整った環境で調合したい。欲を言えばただの水ではなく、高純度の魔力水も使えるようになれば言うことなしだけれど……まあ、今は置いておこう。
ひとまずはこのⅢでも何とか通用することを祈るしかない。
「持ち歩く……よりは肌に塗っておいたほうがよさそうですね」
魔物除けは飲むのではなく、栓を開けて持ち歩くだけで効果がある。とはいえ木の根につまずいて瓶ごと落としたら大惨事である。
とりあえず肌に塗っておこう。ちなみに魔物除けは人間にはまったくの無害である。
「では行きましょうか」
準備も整ったことだし、火炎草を採りに行かねば。
その場の調合道具をすべて片付け火炎草の群生エリアに向かう。
その途中――
『グッ、グギャァアアアアアアアアアアアッ!?』
あ、何やら悲鳴が。
次いでズダダダダッという走り出すような音の後にドゴッッ! という何かがぶつかったような衝撃音が続く。
何ですか? 何が起こっているんですか?
「まさかまた魔物か……?」
近寄りたくはなかったけれど、確認のため声の聞こえた方向に向かう。ここで音の正体を無視して先に進んで、後でいきなり襲われたりするほうが危ない。
足音を忍ばせて慎重に近づいていくと……
「……ゴブリン?」
ゴブリンが大きな木の前で目を回して仰向けに倒れている。
周囲に他のゴブリンの姿はない。となると、さっきのはぐれゴブリンだろうか。
体勢を見るに、まるで何かから逃げ出そうとしたら巨木に正面衝突して倒れた、という様子である。
不意にゴブリンが跳ね起きて、物音を立てていないにもかかわらず私のいるほうを見た。
『ギヒッ……ギャアアアアアアアアアッ!』
ゴブリンはじり、と後ずさりしたかと思うと、勢いよく私とは逆方向に走り去っていく。見事な逃げ足だ。
魔物除けは低級の魔物であるほど強く効くので、あのゴブリンにとってはよほど強く作用したのだろう。
あの様子を見る限り、魔物除けを使えば森の探索は安全に行えそうだ。
魔物除けを作って私としてはわりと満足しているものの、今日の目的は調合ではなく採集である。
火炎草を採れるだけ採って戻り、換金してポーション作りの元手を確保する。それが今日の目標だ。
「さて、このあたりのはずですが」
地図を頼りに火炎草の群生エリアに向かう。
目的地におおよそたどりついたあたりで、私は林道の先にあるものを発見した。
いた。
『――殺人蜂』だ。
(……思っていたより恐ろしい姿ですね……)
殺人蜂の体躯は一メートルほどだろう。そんな怪物が見えるだけでも五体、羽音を響かせてうろついている。
胴体の下端には極太の針。毒以前にあんなもので刺されたら即死しそうだ。
火炎草の買い取り額が高騰しているのはあの殺人蜂が火炎草の群生エリア周囲に巣を作っているからだ。あの外見を見ると、冒険者たちが戦いを避けたがる理由もわかる。
『『『――――……』』』
そんな恐ろしい殺人蜂たちが、私に気付いて視線を向けてきて――
『『『――ギィィイイイイイイイイイイイイイッ!?』』』
ぶぅううううううううんっと激しい羽音とともに全速力で逃げて行った。
うん、さすがは魔物除けポーションだ。毒があろうと数が多かろうと、寄ってこなければいないのと同じである。
「では遠慮なく採集させてもらいましょうか」
殺人蜂のいなくなった林道を歩いて火炎草の生えている場所に辿り着く。
他の冒険者がまったく採集していないおかげで火炎草はいくらでも見つかった。採り放題である。
しばらく夢中になって火炎草を引っこ抜いていた私は、適当なところで切り上げた。
両手に抱えきれないくらいの火炎草の束を魔道具の鞄の中へ収納する。
……さて、いくらで売れることやら。
「…………は?」
ドサドサドサドサ、と私がカウンターに積み上げた大量の火炎草に、冒険者ギルドの窓口にいた女性職員が唖然とした顔をする。
「こ、これ……火炎草ですか? 偽物ではなく?」
「いえ、間違いなく火炎草のはずです。疑うなら【鑑定】してもらっても構いませんよ」
「しょ、少々お待ちください!」
女性職員が【鑑定】スキル持ちの職員を呼びに行ったのだろう、カウンターの奥に引っ込んでいく。
火炎草を採集し終えた私は買い取り査定のためにトリッドの街の冒険者ギルドに戻ってきていた。
それにしても足が重い……さすがに半日以上も森の中を歩くと運動不足を痛感する。
おそらく明日は筋肉痛でのたうち回る羽目になることだろう。
……なんて思っていると、女性職員が他の職員を連れて戻ってくる。その職員は【鑑定】スキルを使って私の持ってきた火炎草を確認し、それから表情を引きつらせた。
「……全部本物だ」
「ええええええええ! それ本気で言ってます!?」
「あ、当たり前だ! こんなことで嘘を言ってどうする!」
よかった、私が持ってきた火炎草が本物だと証明されたようだ。
「こ、これ、どうやったんですか!? あそこには殺人蜂の群れがいるはずなのに!」
女性職員が勢い込んで尋ねてくる。特に隠すことでもないので私は正直に答えた。
「魔物除けのポーションを使ったんです。そのおかげで殺人蜂に襲われずに済みました」
「魔物除け……? って、スカーレル商会が開発したあの魔物除けですか? 製法が秘匿されているせいで他のルートでは絶対に手に入らない、あの魔物除け!?」
ぐいっと身を乗り出して尋ねてくる女性職員。
魔物除けはスカーレル商会、つまりエリカの商会が開発した――と、いうことになっている。実際に調合レシピを考案したのは私だけれど、エリカいわく「こんなとんでもないもの開発したのがあんただってバレたらひっきりなしに他の商会が取引に寄ってくるわよ」とのこと。
商談で研究の時間が削られるのも嫌だったので私も同意したという背景がある。
……よって私の返事も曖昧なものになる。
「ま、まあ、近いものではあります」
「?」
私の返事に女性職員は不思議そうな顔をしていた。
「あ、そうだ。その魔物除け、よければ見せていただけませんか?」
女性職員がそんなことを言ってくる。
「な、なぜそんなことを?」
「あなたはたしか調合師なんですよね。もしその魔物除けがあなたの作ったものなら、ギルドに売っていただきたいんです。魔物除けの販売はスカーレル商会が独占しているので、いつも品薄でして」
どうやら冒険者ギルドもスカーレル商会から魔物除けを買っているようだ。その入荷数が少なくて困っていると。
私の魔物除けを買ってくれるというなら願ってもない。
問題は、ここでポーションを見せてしまえば私が魔物除けの開発者だとバレてしまうかもしれないことだ。
そうすればスカーレル商会以外の商会からも目をつけられる可能性が――
(……いえ、それでもいいかもしれません)
開発当時とは状況が違う。
当時は領地のために各種ポーションを開発する必要があったから、研究の時間が何より大切だったけれど、今の私にはお金のほうが重要だ。もちろん取引相手は選ぶけれど、冒険者ギルドのような規模の大きな組織であれば問題ないだろう。
というわけで。
「これです」
私は瓶入りの魔物除けを取り出してカウンターに置く。
それを見た女性職員の隣の職員が【鑑定】スキルを使い――目を見開いた。
「『魔物除けⅢ』……!?」
「えええっ!?」
今度はいったい何に驚かれているのか。
「こ、これをあなたが作ったんですか!?」
「そ、そうですが……」
「すごいですよこれ! ランクⅢの魔物除けなんて滅多に出回らないんです。スカーレル商会が売るのは基本的にランクⅡまでですから!」
……ランクⅢが滅多に出回らない?
(そんなことがあるんですか? 何しろ私は普通にEXランクの魔物除けを作って――)
と心の中で呟いて、私は遅れて理解した。
そうだ。私の作った魔物除けは基本的にプロミアス領内にしか存在しない。
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