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“浄化”の聖女
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「初めまして、私の名はフローラ・パールバイト。“浄化”の聖女を務めております」
「わたしは、あいりすです。よろしくおねがいします、ふろーらさま」
私の部屋でフローラとアイリスが初対面の挨拶をかわす。
久しぶりに王都に戻ってきたフローラは、最近いろいろあった私の様子を見に来たとのことだった。フローラはミリーリアと年が近く、聖女の中でも友人同士だったので、聖女の力を失ったミリーリアのことが心配だったんだろう。
耳が早いことで、婚約破棄のこともすでに知っていた。
……婚約破棄については、カリナが意図的に噂を流しているような気もするけど。
「アイリスさん、ですね。ふふ、こんなに可愛らしい子が聖女候補に加わったなんて知りませんでした。大変なこともあるかと思いますが、ミリーと――失礼、ミリーリア様と一緒なら大丈夫でしょう。体に気をつけて、訓練に励んでくださいね」
「はいっ。ありがとうございます」
まさに聖女、という微笑みを浮かべてアイリスに激励の言葉を贈るフローラ。
アイリスが嬉しそうだからそれはいいんだけど……
「……」
フローラの指先が少しずつ震え始めている。
ああ、あれはそろそろ限界が近いわね……
「……ミリー、ところで」
「ああ、うん。そうよね。あなたがうちに来たってことは多分そういうことよね。今日は両親も仕事で家を空けているし、構わないと言いたいけど――」
「?」
不意に私から視線を向けられたアイリスが首を傾げる。そんなアイリスの両肩に私は優しく手を置いた。
「アイリス、今から起こることは絶対に内緒よ」
「え?」
「これを口外したら教会の権威が失墜することになるわ」
「わ、わかりました」
こくこくと頷くアイリス。この子は賢いしいい子なので、これで他言するようなことはないだろう。というわけで。
「じゃあ、どうぞフローラ」
「――――うわぁあああああああんもう疲れた! 聖女の仕事めんどくさい! もう無理!! 休みが欲しい! うわああああああああああああああ!!!!!」
ズドドドドドがばっ、と勢いよく私に突撃して抱きつき、さらに泣きながらそんなことを喚くフローラ。その姿はさっきまでの幻想的で美しい聖女の一角の姿はない。そこにいるのはただ仕事に疲れ切った哀れな少女だ。
「…………え……?」
「わかるわアイリス。その反応はよくわかる」
「びえええええええええええええええええ」
本気泣きするフローラはアイリスの絶句など気付いていない。
「あたし無理だよ聖女とかぁ! もともとただの酒場の娘だし! おしとやかでもなんでもないしぃ! 上品に喋ってるだけで、こう、背中がぞわぞわする! もう無理だあああ……!」
「よーしよしよし。たんと泣きなさいフローラ。あなたはよくやってるわ。ブラック教会の激務に何年も耐えてるなんて偉いわ」
「ミリーが聖女じゃなくなってから、仕事めっちゃ増えたし……」
「そ、そのことはごめんなさい。それでも大きな問題が起きていないのは、あなたが頑張っているお陰よ。ほら、元気を出して」
フローラは少し落ち着いたようで、私から離れた。私の服は鼻水と涙で汚されたが、ミリーリアの記憶によればいつものことのようだ。いつも出会い頭にドレスを体液で汚してくる聖女って一体……
フローラは普段、聖女らしくないからと素の性格を隠している。とはいえ、長期間猫を被りっぱなしだと彼女の精神的な負担が大きい。
ミリーリアはフローラの素をしっていたため、私が転生してくる前、フローラはちょくちょくミリーリアの元に来て、こうしてストレスの解放を行っていたようだ。
今日この屋敷に来たのも、おそらくストレスが限界だったからだろう。
「はー……やってらんないよ……飲まなきゃ……」
キュポッ。
フローラは修道服の裾から薄い直方体上の瓶を取り出し、その中身をゴキュゴキュと煽った。
「――っぷはァ! あ~~~~いい感じに酔えそう。ひひひ」
「その姿、絶対に外では見せられないわね……」
「仕方ないじゃん、酒場の娘なんだって、あたし。こちとら八歳の頃から毎日お酒飲んでたんだから」
「この国では飲酒の解禁は十五歳から、ってツッコミはしたほうがいいのかしら」
フローラが飲んだ瓶の中身はお酒である。わずかに頬を赤らめて、だらしなく表情を緩めたフローラの姿は完全に酔っ払いのそれだった。
「アイリスちゃんも飲む?」
「え? えっと……くさいです……」
「ぐはっ!」
アルコールの臭いに顔をしかめるアイリスに、傷ついた顔をするフローラ。いつも笑顔のアイリスがこんな反応をするのは、実はレアかもしれない。というかフローラはうちのアイリスにお酒なんか飲ませようとしないでほしい。
「わたしは、あいりすです。よろしくおねがいします、ふろーらさま」
私の部屋でフローラとアイリスが初対面の挨拶をかわす。
久しぶりに王都に戻ってきたフローラは、最近いろいろあった私の様子を見に来たとのことだった。フローラはミリーリアと年が近く、聖女の中でも友人同士だったので、聖女の力を失ったミリーリアのことが心配だったんだろう。
耳が早いことで、婚約破棄のこともすでに知っていた。
……婚約破棄については、カリナが意図的に噂を流しているような気もするけど。
「アイリスさん、ですね。ふふ、こんなに可愛らしい子が聖女候補に加わったなんて知りませんでした。大変なこともあるかと思いますが、ミリーと――失礼、ミリーリア様と一緒なら大丈夫でしょう。体に気をつけて、訓練に励んでくださいね」
「はいっ。ありがとうございます」
まさに聖女、という微笑みを浮かべてアイリスに激励の言葉を贈るフローラ。
アイリスが嬉しそうだからそれはいいんだけど……
「……」
フローラの指先が少しずつ震え始めている。
ああ、あれはそろそろ限界が近いわね……
「……ミリー、ところで」
「ああ、うん。そうよね。あなたがうちに来たってことは多分そういうことよね。今日は両親も仕事で家を空けているし、構わないと言いたいけど――」
「?」
不意に私から視線を向けられたアイリスが首を傾げる。そんなアイリスの両肩に私は優しく手を置いた。
「アイリス、今から起こることは絶対に内緒よ」
「え?」
「これを口外したら教会の権威が失墜することになるわ」
「わ、わかりました」
こくこくと頷くアイリス。この子は賢いしいい子なので、これで他言するようなことはないだろう。というわけで。
「じゃあ、どうぞフローラ」
「――――うわぁあああああああんもう疲れた! 聖女の仕事めんどくさい! もう無理!! 休みが欲しい! うわああああああああああああああ!!!!!」
ズドドドドドがばっ、と勢いよく私に突撃して抱きつき、さらに泣きながらそんなことを喚くフローラ。その姿はさっきまでの幻想的で美しい聖女の一角の姿はない。そこにいるのはただ仕事に疲れ切った哀れな少女だ。
「…………え……?」
「わかるわアイリス。その反応はよくわかる」
「びえええええええええええええええええ」
本気泣きするフローラはアイリスの絶句など気付いていない。
「あたし無理だよ聖女とかぁ! もともとただの酒場の娘だし! おしとやかでもなんでもないしぃ! 上品に喋ってるだけで、こう、背中がぞわぞわする! もう無理だあああ……!」
「よーしよしよし。たんと泣きなさいフローラ。あなたはよくやってるわ。ブラック教会の激務に何年も耐えてるなんて偉いわ」
「ミリーが聖女じゃなくなってから、仕事めっちゃ増えたし……」
「そ、そのことはごめんなさい。それでも大きな問題が起きていないのは、あなたが頑張っているお陰よ。ほら、元気を出して」
フローラは少し落ち着いたようで、私から離れた。私の服は鼻水と涙で汚されたが、ミリーリアの記憶によればいつものことのようだ。いつも出会い頭にドレスを体液で汚してくる聖女って一体……
フローラは普段、聖女らしくないからと素の性格を隠している。とはいえ、長期間猫を被りっぱなしだと彼女の精神的な負担が大きい。
ミリーリアはフローラの素をしっていたため、私が転生してくる前、フローラはちょくちょくミリーリアの元に来て、こうしてストレスの解放を行っていたようだ。
今日この屋敷に来たのも、おそらくストレスが限界だったからだろう。
「はー……やってらんないよ……飲まなきゃ……」
キュポッ。
フローラは修道服の裾から薄い直方体上の瓶を取り出し、その中身をゴキュゴキュと煽った。
「――っぷはァ! あ~~~~いい感じに酔えそう。ひひひ」
「その姿、絶対に外では見せられないわね……」
「仕方ないじゃん、酒場の娘なんだって、あたし。こちとら八歳の頃から毎日お酒飲んでたんだから」
「この国では飲酒の解禁は十五歳から、ってツッコミはしたほうがいいのかしら」
フローラが飲んだ瓶の中身はお酒である。わずかに頬を赤らめて、だらしなく表情を緩めたフローラの姿は完全に酔っ払いのそれだった。
「アイリスちゃんも飲む?」
「え? えっと……くさいです……」
「ぐはっ!」
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