39 / 43
“浄化”の聖女
しおりを挟む
「初めまして、私の名はフローラ・パールバイト。“浄化”の聖女を務めております」
「わたしは、あいりすです。よろしくおねがいします、ふろーらさま」
私の部屋でフローラとアイリスが初対面の挨拶をかわす。
久しぶりに王都に戻ってきたフローラは、最近いろいろあった私の様子を見に来たとのことだった。フローラはミリーリアと年が近く、聖女の中でも友人同士だったので、聖女の力を失ったミリーリアのことが心配だったんだろう。
耳が早いことで、婚約破棄のこともすでに知っていた。
……婚約破棄については、カリナが意図的に噂を流しているような気もするけど。
「アイリスさん、ですね。ふふ、こんなに可愛らしい子が聖女候補に加わったなんて知りませんでした。大変なこともあるかと思いますが、ミリーと――失礼、ミリーリア様と一緒なら大丈夫でしょう。体に気をつけて、訓練に励んでくださいね」
「はいっ。ありがとうございます」
まさに聖女、という微笑みを浮かべてアイリスに激励の言葉を贈るフローラ。
アイリスが嬉しそうだからそれはいいんだけど……
「……」
フローラの指先が少しずつ震え始めている。
ああ、あれはそろそろ限界が近いわね……
「……ミリー、ところで」
「ああ、うん。そうよね。あなたがうちに来たってことは多分そういうことよね。今日は両親も仕事で家を空けているし、構わないと言いたいけど――」
「?」
不意に私から視線を向けられたアイリスが首を傾げる。そんなアイリスの両肩に私は優しく手を置いた。
「アイリス、今から起こることは絶対に内緒よ」
「え?」
「これを口外したら教会の権威が失墜することになるわ」
「わ、わかりました」
こくこくと頷くアイリス。この子は賢いしいい子なので、これで他言するようなことはないだろう。というわけで。
「じゃあ、どうぞフローラ」
「――――うわぁあああああああんもう疲れた! 聖女の仕事めんどくさい! もう無理!! 休みが欲しい! うわああああああああああああああ!!!!!」
ズドドドドドがばっ、と勢いよく私に突撃して抱きつき、さらに泣きながらそんなことを喚くフローラ。その姿はさっきまでの幻想的で美しい聖女の一角の姿はない。そこにいるのはただ仕事に疲れ切った哀れな少女だ。
「…………え……?」
「わかるわアイリス。その反応はよくわかる」
「びえええええええええええええええええ」
本気泣きするフローラはアイリスの絶句など気付いていない。
「あたし無理だよ聖女とかぁ! もともとただの酒場の娘だし! おしとやかでもなんでもないしぃ! 上品に喋ってるだけで、こう、背中がぞわぞわする! もう無理だあああ……!」
「よーしよしよし。たんと泣きなさいフローラ。あなたはよくやってるわ。ブラック教会の激務に何年も耐えてるなんて偉いわ」
「ミリーが聖女じゃなくなってから、仕事めっちゃ増えたし……」
「そ、そのことはごめんなさい。それでも大きな問題が起きていないのは、あなたが頑張っているお陰よ。ほら、元気を出して」
フローラは少し落ち着いたようで、私から離れた。私の服は鼻水と涙で汚されたが、ミリーリアの記憶によればいつものことのようだ。いつも出会い頭にドレスを体液で汚してくる聖女って一体……
フローラは普段、聖女らしくないからと素の性格を隠している。とはいえ、長期間猫を被りっぱなしだと彼女の精神的な負担が大きい。
ミリーリアはフローラの素をしっていたため、私が転生してくる前、フローラはちょくちょくミリーリアの元に来て、こうしてストレスの解放を行っていたようだ。
今日この屋敷に来たのも、おそらくストレスが限界だったからだろう。
「はー……やってらんないよ……飲まなきゃ……」
キュポッ。
フローラは修道服の裾から薄い直方体上の瓶を取り出し、その中身をゴキュゴキュと煽った。
「――っぷはァ! あ~~~~いい感じに酔えそう。ひひひ」
「その姿、絶対に外では見せられないわね……」
「仕方ないじゃん、酒場の娘なんだって、あたし。こちとら八歳の頃から毎日お酒飲んでたんだから」
「この国では飲酒の解禁は十五歳から、ってツッコミはしたほうがいいのかしら」
フローラが飲んだ瓶の中身はお酒である。わずかに頬を赤らめて、だらしなく表情を緩めたフローラの姿は完全に酔っ払いのそれだった。
「アイリスちゃんも飲む?」
「え? えっと……くさいです……」
「ぐはっ!」
アルコールの臭いに顔をしかめるアイリスに、傷ついた顔をするフローラ。いつも笑顔のアイリスがこんな反応をするのは、実はレアかもしれない。というかフローラはうちのアイリスにお酒なんか飲ませようとしないでほしい。
「わたしは、あいりすです。よろしくおねがいします、ふろーらさま」
私の部屋でフローラとアイリスが初対面の挨拶をかわす。
久しぶりに王都に戻ってきたフローラは、最近いろいろあった私の様子を見に来たとのことだった。フローラはミリーリアと年が近く、聖女の中でも友人同士だったので、聖女の力を失ったミリーリアのことが心配だったんだろう。
耳が早いことで、婚約破棄のこともすでに知っていた。
……婚約破棄については、カリナが意図的に噂を流しているような気もするけど。
「アイリスさん、ですね。ふふ、こんなに可愛らしい子が聖女候補に加わったなんて知りませんでした。大変なこともあるかと思いますが、ミリーと――失礼、ミリーリア様と一緒なら大丈夫でしょう。体に気をつけて、訓練に励んでくださいね」
「はいっ。ありがとうございます」
まさに聖女、という微笑みを浮かべてアイリスに激励の言葉を贈るフローラ。
アイリスが嬉しそうだからそれはいいんだけど……
「……」
フローラの指先が少しずつ震え始めている。
ああ、あれはそろそろ限界が近いわね……
「……ミリー、ところで」
「ああ、うん。そうよね。あなたがうちに来たってことは多分そういうことよね。今日は両親も仕事で家を空けているし、構わないと言いたいけど――」
「?」
不意に私から視線を向けられたアイリスが首を傾げる。そんなアイリスの両肩に私は優しく手を置いた。
「アイリス、今から起こることは絶対に内緒よ」
「え?」
「これを口外したら教会の権威が失墜することになるわ」
「わ、わかりました」
こくこくと頷くアイリス。この子は賢いしいい子なので、これで他言するようなことはないだろう。というわけで。
「じゃあ、どうぞフローラ」
「――――うわぁあああああああんもう疲れた! 聖女の仕事めんどくさい! もう無理!! 休みが欲しい! うわああああああああああああああ!!!!!」
ズドドドドドがばっ、と勢いよく私に突撃して抱きつき、さらに泣きながらそんなことを喚くフローラ。その姿はさっきまでの幻想的で美しい聖女の一角の姿はない。そこにいるのはただ仕事に疲れ切った哀れな少女だ。
「…………え……?」
「わかるわアイリス。その反応はよくわかる」
「びえええええええええええええええええ」
本気泣きするフローラはアイリスの絶句など気付いていない。
「あたし無理だよ聖女とかぁ! もともとただの酒場の娘だし! おしとやかでもなんでもないしぃ! 上品に喋ってるだけで、こう、背中がぞわぞわする! もう無理だあああ……!」
「よーしよしよし。たんと泣きなさいフローラ。あなたはよくやってるわ。ブラック教会の激務に何年も耐えてるなんて偉いわ」
「ミリーが聖女じゃなくなってから、仕事めっちゃ増えたし……」
「そ、そのことはごめんなさい。それでも大きな問題が起きていないのは、あなたが頑張っているお陰よ。ほら、元気を出して」
フローラは少し落ち着いたようで、私から離れた。私の服は鼻水と涙で汚されたが、ミリーリアの記憶によればいつものことのようだ。いつも出会い頭にドレスを体液で汚してくる聖女って一体……
フローラは普段、聖女らしくないからと素の性格を隠している。とはいえ、長期間猫を被りっぱなしだと彼女の精神的な負担が大きい。
ミリーリアはフローラの素をしっていたため、私が転生してくる前、フローラはちょくちょくミリーリアの元に来て、こうしてストレスの解放を行っていたようだ。
今日この屋敷に来たのも、おそらくストレスが限界だったからだろう。
「はー……やってらんないよ……飲まなきゃ……」
キュポッ。
フローラは修道服の裾から薄い直方体上の瓶を取り出し、その中身をゴキュゴキュと煽った。
「――っぷはァ! あ~~~~いい感じに酔えそう。ひひひ」
「その姿、絶対に外では見せられないわね……」
「仕方ないじゃん、酒場の娘なんだって、あたし。こちとら八歳の頃から毎日お酒飲んでたんだから」
「この国では飲酒の解禁は十五歳から、ってツッコミはしたほうがいいのかしら」
フローラが飲んだ瓶の中身はお酒である。わずかに頬を赤らめて、だらしなく表情を緩めたフローラの姿は完全に酔っ払いのそれだった。
「アイリスちゃんも飲む?」
「え? えっと……くさいです……」
「ぐはっ!」
アルコールの臭いに顔をしかめるアイリスに、傷ついた顔をするフローラ。いつも笑顔のアイリスがこんな反応をするのは、実はレアかもしれない。というかフローラはうちのアイリスにお酒なんか飲ませようとしないでほしい。
18
お気に入りに追加
1,670
あなたにおすすめの小説
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~
紅月シン
ファンタジー
聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。
いや嘘だ。
本当は不満でいっぱいだった。
食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。
だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。
しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。
そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。
二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。
だが彼女は知らなかった。
三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。
知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。
※完結しました。
※小説家になろう様にも投稿しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる