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馬車への道すがら
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ホールから馬車に戻る途中、フォードが話しかけてくる。
「……大丈夫か、ミリーリア」
「そうですね……平気、と言えるほどではありませんが、何とか」
ここまでの道すがら、さっきの婚約破棄騒ぎについての動揺はある程度落ち着いている。
「遅くなりましたが、お礼を言わせてください。助けてくださってありがとうございました、フォード様」
「詫びるのはこちらのほうだ」
「え?」
「俺は……昨日の中庭で、カリナ・ブラインが聖女候補――ニナと言ったか――と話しているのを見ていた。今日ばかりは、騎士団の任務ではなくこちらを優先すべきだった」
平素のような無感動な様子で、けれども少しだけ悔いるように呟くフォード。
まさか……申し訳なく思っている? 私に対して?
「とんでもありません! フォード様が来てくださらなかったら、どうなっていたかわかりません。そのような言い方をしないでください。私は十分救われました」
「お前がどう思うかではない。俺の問題だ。……お前に何かあれば、俺は己を恥じるだろう。お前は騎士団の恩人だからな」
「大げさですよ」
「そのように言うお前だからこそ、万全の状態で守るべきだった」
意外と強情な人物である。これは騎士の矜持のようなものだろうか。
私はフォードの手を取り、目を合わせた。
「もう一度言いますが、私はフォード様によって十分救われました。私がそう言っているから、そうなのです。謝意はきちんと受け取ってくださらないと困ります」
青い瞳を凝視しながら告げる。
「……そうか」
「そうです。なので、ありがとうございます」
「礼には及ばない。俺が望んでやったことだ」
フォードは私から視線を外し、それからアイリスを見た。
「アイリスも、遅れて悪かったな」
「そんなことありません。ふぉーどさまは、とても、かっこうよくたすけてくれました」
「……お前たち師弟はまったく同じようなことを言うのだな」
「そうなのですフォード様。私とアイリスは以心伝心なのです」
「どうして急に誇らしげになるのか、俺にはわからない」
アイリスという世界で一番可愛らしいと言っても過言ではない存在と心が通じ合っている。そのことは私にとってこの上ない喜びなのだ。
「先ほどのことだが、お前はカリナ・ブラインと確執でもあったのか?」
フォードが改めてそんなことを尋ねてくる。
「特にそんなことはなかったはずですが……そもそもまともに話したこともありませんでしたし」
「同じ教会、同じ学院に属していたのにか?」
「そもそも学院時代、私はほとんど学院の講義に出席できていませんからね。カリナ様だけでなく、ほぼすべての同級生にかかわりがありませんでした。教会でも同様です」
何しろ学院時代のミリーリアは“万能の聖女”である。聖女が複数存在するとはいえ、あくまで貴重な存在であることに変わりはない。国内外問わず仕事がある聖女であり、しかも複数の能力を扱えるミリーリアはまさに世界中から引っ張りだこだったのだ。
カリナの言ったような虐め行為なんてやっている暇は当然ながらない。
「となると、カリナ・ブラインの目的は……」
「……王妃の座、でしょうね」
私を引きずり下ろし、フェリックス殿下を篭絡する。そうするだけで王妃の座が手に入る。
この国の王妃の務めは、実はさほど多くない。
何しろ聖女は基本的に多忙なので、最低限の妃教育くらいしか受ける時間がない。そのため王妃となってからの国政にかかわる職務は、基本的に代役が行う慣例となっている。
言葉を選ばずに言えば、王妃は実務の面ではお飾りなのである。
というわけで、王妃となれば少ない労力で優雅な生活を送ることができる。私を陥れようとするのに足る動機と言えるだろう。
「だが、それだけ大それたことを起こす割には計画がずさんすぎる」
「それは……そうですね。実際、フォード様によって、カリナ様はあの場で私の立場をなくさせることに失敗していますし」
「そう、ただ愚かなだけなら問題はない。今後いかようにもやりようはある。だが、間が良すぎる」
「……」
「国王夫妻の身動きが取れず、ノクトール家当主夫妻も不在。教皇も王都を離れている。それらすべてが偶然重なることなどあり得るか? しかもカリナ・ブラインとフェリックス殿下はそれに合わせて“招待客が多くなるように”前もって大量の招待状をばら撒いている」
フォードの言いたいことがわかってきた。
「カリナ様たちが立てた計画にしては、今日のためのお膳立てが適切すぎると?」
「話が早いな。そしてこの場合――」
「十中八九、カリナ様たちにこの計画を提供した何者かがいる、と」
確かに偶然にしてはできすぎなタイミングでのパーティーだった。国王夫妻、私の両親、教皇様たち教会の上層部……どれか一つでもあの場にいれば、カリナたちの計画は一瞬で潰されていただろう。
「そうなると、その何者かはそれなりの地位を持っていることになりそうですね」
「ほう?」
「この状況が偶然作られたというのは、私には考えにくいです。教皇様の不在は定期的な巡礼のためですから除くとして、王妃殿下の体調不良、私の両親の国外での仕事……この二つを意図的に起こせるとすれば、ある程度の影響力を持つ人物でなくては不可能です」
フォードは頷いた。
「俺も同意見だ。この状況はさすがに出来過ぎている。何者かの作為によってこの状況が作られたと考えるのが自然だろう」
「となると、この国でそれなりの地位に就く人物が、カリナ様を王妃の座につけようとしていることになるわけですよね。……そんなことをしたい人がいるのでしょうか?」
「……ふ」
「何ですか、急に」
「いや、お前と話すとことが早く進むと思っただけだ」
「……褒めていますか?」
「ああ。わずらわしくなくていい」
「そ、そうですか」
急に褒められて驚く。ついでに、かすかとはいえフォードの笑った顔を見られたことにも。
おかしい、この人は原作では私とアイリスを捕縛する危険人物のはずなのに、今のところまったく対立する気配がない。ありがたいことだけど。
「……大丈夫か、ミリーリア」
「そうですね……平気、と言えるほどではありませんが、何とか」
ここまでの道すがら、さっきの婚約破棄騒ぎについての動揺はある程度落ち着いている。
「遅くなりましたが、お礼を言わせてください。助けてくださってありがとうございました、フォード様」
「詫びるのはこちらのほうだ」
「え?」
「俺は……昨日の中庭で、カリナ・ブラインが聖女候補――ニナと言ったか――と話しているのを見ていた。今日ばかりは、騎士団の任務ではなくこちらを優先すべきだった」
平素のような無感動な様子で、けれども少しだけ悔いるように呟くフォード。
まさか……申し訳なく思っている? 私に対して?
「とんでもありません! フォード様が来てくださらなかったら、どうなっていたかわかりません。そのような言い方をしないでください。私は十分救われました」
「お前がどう思うかではない。俺の問題だ。……お前に何かあれば、俺は己を恥じるだろう。お前は騎士団の恩人だからな」
「大げさですよ」
「そのように言うお前だからこそ、万全の状態で守るべきだった」
意外と強情な人物である。これは騎士の矜持のようなものだろうか。
私はフォードの手を取り、目を合わせた。
「もう一度言いますが、私はフォード様によって十分救われました。私がそう言っているから、そうなのです。謝意はきちんと受け取ってくださらないと困ります」
青い瞳を凝視しながら告げる。
「……そうか」
「そうです。なので、ありがとうございます」
「礼には及ばない。俺が望んでやったことだ」
フォードは私から視線を外し、それからアイリスを見た。
「アイリスも、遅れて悪かったな」
「そんなことありません。ふぉーどさまは、とても、かっこうよくたすけてくれました」
「……お前たち師弟はまったく同じようなことを言うのだな」
「そうなのですフォード様。私とアイリスは以心伝心なのです」
「どうして急に誇らしげになるのか、俺にはわからない」
アイリスという世界で一番可愛らしいと言っても過言ではない存在と心が通じ合っている。そのことは私にとってこの上ない喜びなのだ。
「先ほどのことだが、お前はカリナ・ブラインと確執でもあったのか?」
フォードが改めてそんなことを尋ねてくる。
「特にそんなことはなかったはずですが……そもそもまともに話したこともありませんでしたし」
「同じ教会、同じ学院に属していたのにか?」
「そもそも学院時代、私はほとんど学院の講義に出席できていませんからね。カリナ様だけでなく、ほぼすべての同級生にかかわりがありませんでした。教会でも同様です」
何しろ学院時代のミリーリアは“万能の聖女”である。聖女が複数存在するとはいえ、あくまで貴重な存在であることに変わりはない。国内外問わず仕事がある聖女であり、しかも複数の能力を扱えるミリーリアはまさに世界中から引っ張りだこだったのだ。
カリナの言ったような虐め行為なんてやっている暇は当然ながらない。
「となると、カリナ・ブラインの目的は……」
「……王妃の座、でしょうね」
私を引きずり下ろし、フェリックス殿下を篭絡する。そうするだけで王妃の座が手に入る。
この国の王妃の務めは、実はさほど多くない。
何しろ聖女は基本的に多忙なので、最低限の妃教育くらいしか受ける時間がない。そのため王妃となってからの国政にかかわる職務は、基本的に代役が行う慣例となっている。
言葉を選ばずに言えば、王妃は実務の面ではお飾りなのである。
というわけで、王妃となれば少ない労力で優雅な生活を送ることができる。私を陥れようとするのに足る動機と言えるだろう。
「だが、それだけ大それたことを起こす割には計画がずさんすぎる」
「それは……そうですね。実際、フォード様によって、カリナ様はあの場で私の立場をなくさせることに失敗していますし」
「そう、ただ愚かなだけなら問題はない。今後いかようにもやりようはある。だが、間が良すぎる」
「……」
「国王夫妻の身動きが取れず、ノクトール家当主夫妻も不在。教皇も王都を離れている。それらすべてが偶然重なることなどあり得るか? しかもカリナ・ブラインとフェリックス殿下はそれに合わせて“招待客が多くなるように”前もって大量の招待状をばら撒いている」
フォードの言いたいことがわかってきた。
「カリナ様たちが立てた計画にしては、今日のためのお膳立てが適切すぎると?」
「話が早いな。そしてこの場合――」
「十中八九、カリナ様たちにこの計画を提供した何者かがいる、と」
確かに偶然にしてはできすぎなタイミングでのパーティーだった。国王夫妻、私の両親、教皇様たち教会の上層部……どれか一つでもあの場にいれば、カリナたちの計画は一瞬で潰されていただろう。
「そうなると、その何者かはそれなりの地位を持っていることになりそうですね」
「ほう?」
「この状況が偶然作られたというのは、私には考えにくいです。教皇様の不在は定期的な巡礼のためですから除くとして、王妃殿下の体調不良、私の両親の国外での仕事……この二つを意図的に起こせるとすれば、ある程度の影響力を持つ人物でなくては不可能です」
フォードは頷いた。
「俺も同意見だ。この状況はさすがに出来過ぎている。何者かの作為によってこの状況が作られたと考えるのが自然だろう」
「となると、この国でそれなりの地位に就く人物が、カリナ様を王妃の座につけようとしていることになるわけですよね。……そんなことをしたい人がいるのでしょうか?」
「……ふ」
「何ですか、急に」
「いや、お前と話すとことが早く進むと思っただけだ」
「……褒めていますか?」
「ああ。わずらわしくなくていい」
「そ、そうですか」
急に褒められて驚く。ついでに、かすかとはいえフォードの笑った顔を見られたことにも。
おかしい、この人は原作では私とアイリスを捕縛する危険人物のはずなのに、今のところまったく対立する気配がない。ありがたいことだけど。
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