【リメイク版連載開始しました】悪役聖女の教育係に転生しました。このままだと十年後に死ぬようです……

ヒツキノドカ

文字の大きさ
上 下
33 / 43

パーティー5

しおりを挟む
「……は?」

 ぽかんとするカリナの横で、フェリックス殿下が叫ぶ。

「おい、フォード! 君はカリナに向かってなんてことを言うんだ!?」

「フェリックス殿下。どうかお静かに。ここはかつて貴方に剣を教えたような、誰もいない庭とは違うのですから」

「――っ」

「懐かしいことですね。殿下は私に向かって、何度も木剣を打ち込まれた。『一歩でも私を動かす』という宣言はいまだに有効なのでしょうか? 再挑戦をいつでもお待ちしていますよ」

「そ、その話は今は関係ないだろう……!」

「失礼しました。恐れながらも殿下に剣をお教えした身としては、つい当時の殿下の姿が懐かしくなってしまいまして。殿下は泣きながらも勇敢に私に挑みかかってこられました」

「も、もういい! やめろっ!」

 フェリックス殿下が冷や汗を流して喚く。
 ……この二人、もしかして剣術の師弟関係にあったとか? このやり取りを見る限り、フェリックス殿下はフォード様に相当な苦手意識を持っているような気がする。顔を真っ赤にしたフェリックス殿下が黙り込んだ後、フォードはカリナに向き直る。

「ミリーリア様に対する糾弾についてですが、いくつか気になることがありますね」

「な、何ですか?」

「まず、貴女が受けた学院時代のミリーリア様による虐めについて。その証人となった人物について、騎士団のほうにいくつか報告が寄せられていましてね」

「……?」

「フルディール家と、ケルタ家。この二つの家はどちらも多額の借金を抱えていました。その支払いに充てるため、領地の税金を上げたところ、領民が反発して治安が悪くなっていたようです。しかし、この二つの領地は最近になって平穏が戻ったようですね。何でも、どちらの家でも借金がなくなって税を上げる必要がなくなったのが原因だと」

「……な、何が言いたいのですか?」

「報告はもう一つあります。――フルディール家とケルタ家の人間が、カリナ様の屋敷に最近よく出入りしていたと」

「……っ」

「カリナ様の家、つまりブライン家は元は商家として途轍もない富を築いた家柄。借金の肩代わりくらい容易なことでしょう。その代わりとして、両家に協力を取り付けた。そんな可能性も考えられます」

 あくまでフォードは断定せず、淡々とカリナを詰めていく。

 それにしても……なぜそんなことまで知っているのか。

「……」

「そ、それは……」

 私が学生時代にカリナを虐めていた。そんなデタラメの証人となった二人の参加者が明らかに動揺している。

 まさか、本当にカリナの家に買収されて私に難癖をつける手伝いを? だとしたら、さすがにやり過ぎだ。私はともかく、この件を知ったお父様が間違いなく潰しにかかるだろう。

「仮にお二人の家と我が家につながりがあったところで、それが今日のことと関係しているとは限りません。フォード様の発言は言いがかりですわ。撤回を」

 カリナは毅然とそんなことを言い返すものの、よく見ると視線が泳いでいる。
 そんなカリナを見て、フォード様は失笑した。

「証拠がない? それは貴女のほうでしょう。たかが証人二人で侯爵家の令嬢を……それも元聖女であるミリーリア様をなじっておいて、どうしてそこまで強気でいられるのか。理解しかねます」

「……っ!」

「言いたいことは他にもあります。――そこの聖女候補」

「は、はひっ」

 びくりと体を震わせるニナに、フォードは続ける。

「アイリスがミリーリアに、虐待に近い扱いを受けていた。君はそう証言したそうだな?」

「そ、そうです! 間違いありません! 私はアイリス自身からそれを聞いたのです!」

「では、アイリスは君に助けを求めたのか?」

「そ、それは……そうでは、ありませんが……」

 ちらりとフォードがアイリスに視線を向ける。アイリスはぶんぶんと首を縦に振った。……まあ、確かにあの時のアイリスは厳しい訓練を求めていたのはその通りだ。
 フォードは周囲に言い聞かせるよう、よく響く声で言う。

「聖女候補アイリスは、私の部隊が山村で魔物に追われているところを救いました。その際、彼女は両親を魔物に殺されています。その心の傷がアイリスを教会へと導きました。彼女が魔物を倒す力を得るため、ミリーリア様に厳しい訓練を請うことは、当然の流れでしょう」

「だからって、五歳の子供に酷いことをしていいなんて、おかしいじゃないですか!」

 食って掛かるニナに、フォードは肩をすくめる。

「……そのことについては、ミリーリアが私情を持ち込んだと私に懺悔をしていた。彼女は非を認め、アイリスに謝罪をした。そしてアイリスはそれを受け入れた。すでに終わった話だ」

「謝ったら許されるんですか!?」

「ミリーリアはアイリスに対する行動によって、謝罪が本心からのものだと証明した。俺の知る限り、ミリーリアとアイリスの現在の関係はきわめて良好だ。外野が口を出すことではない」

「う……」

「最後にもう一つ伝えておく。聖女候補ニナ、お前が他の聖女候補二人とともにアイリスを虐めていたことは知っている。そのせいで、更生のために僻地の教会に派遣されていたこともな。この場でお前の発言に信頼を置くつもりはない」

「う、ううっ」

 言葉をなくし、困ったようにカリナを振り向くニナ。そのカリナも、何を言うべきか迷っているように見える。いつの間にか、場の空気はフォードに支配されていた。

 ……ところで、本当にフォードはどうしてここまで色々な情報を知っているんだろう。騎士たちの使命はあくまで魔物の討伐なので、こういった街の中の話に詳しい理由はないような気がするんだけど。

「ふぉ、フォード! 凄むのをやめたまえ。カリナが怖がっている」

「どうかお静かに、殿下。今はカリナ様や、そこの聖女候補と話しているのです」

「……」

「フェリックス様……!?」

 あっさり黙り込むフェリックス殿下にカリナが唖然としている。何という明確な上下関係だろう。

「――最後に、カリナ様」

「っ」

「先ほどミリーリア様を国外追放処分にする、などと仰っていましたね」

「と……当然です。フォード様は疑っているようですが、ミリーリア様は危険で執念深いお方です。ミリーリア様の婚約者であったフェリックス様と新たに婚約を結び、聖女の座まで手に入れた私に、何らかの復讐を企ててもおかしくありません」

 ……よくもまあ、本人がいる場でそんな暴言を吐けるものね。しかも根拠が全部嘘だというのに。
 ああ、嘘だからこそ私を国から追い出したい、ということか。

「それがもっとも愚かな言葉だ、カリナ様。……貴女が聖女としての力の証明をするため王城を空けた期間に、周辺の森で凶悪な魔物が発生しました。森蜘蛛の突然変異種です。その魔物の毒に侵された私の部下は、数日で命を落とすと宣告されました。それを救ったのが、偶然居合わせたミリーリア様だったのです」

「……!? どういうこと? ミリーリア様にはもう聖女の力はないはずでは!?」

「ミリーリア様はわずかに残った力を使い、見事な“浄化”の力で騎士を治しました」

「そんな……おかしいわ。だって、ミリーリアの力はあの時完全に……」

 ぶつぶつと何事かを呟くカリナ。おかしい、というのは一体何についての言葉だろうか。まさか、私の力の大半が失われたことにカリナが関係している……なんてことはない、わよね。さすがに。
 ……ないわよね?

「また、森蜘蛛の突然変異種は森で大量に繁殖していました。下手をすれば周辺の村がいくつか壊滅してもおかしくない状況だったのです。あの状況で騎士がさらに減らされていた場合のことは、考えたくありませんね」

 あれ、その話は初耳だ。

「……そんなことになっていたんですか、フォード様」

「終わった話だ。報告するまでもないだろう。討伐時点では医者によって解毒薬も完成していたからな」

「なるほど」

「それに、お前を呼べば無理をしてでも“浄化”を使いかねないと判断した」

 それはしない……とは、言い切れないけども。
 どうやらフォードなりに気を遣ってくれた結果のようだ。
 フォードは視線を前に戻す。

「カリナ様は、ミリーリア様を他国に渡すことがどれほどおそろしいことか理解していないようですね。何より、貴女が不在の間、聖女の代理として王都を守ったのは彼女です。それに対して礼を言うならともかく、くだらない疑いをかけるとは信じがたい」

「ぐっ……」

「聖女の貴女に告げるのも心苦しいですが、あえて言いましょう。――恥を知れ、カリナ・ブライン。危険で執念深いのは貴女のほうではないのか」

 はっきりとそう告げられ、口をパクパク開閉させることしかできなくなったカリナ。
 彼女は顔を真っ赤にしながら、フォード、私、アイリスを順番に睨みつけた。

「ど、どうやらフォード様もすでにミリーリア様に絆されているようですね。今日までフェリックス様の婚約者であったにもかかわらず、いつの間にそのような関係になったのでしょうか! ……この場は引いて差し上げます。今日の報いはいずれ必ず受けてもらいますよ!」

 そう言い捨て、カリナは「体調が優れないので部屋に戻ります!」と足早に出て行った慌てたようにニナもその後を追う。

 ええええええええ!? 自分が主役のパーティーで出ていくの!?
 とんでもない空気になるわよこの後……

「か、カリナ!? う、うう、僕は……ああ」

 取り残されたフェリックス様は、招待客がいることもあって、追うこともできない。なまじカリナが大量の客を集めたせいで、フェリックス様が受けるプレッシャーは凄まじいことになっているだろう。場の空気は最悪の一言だ。

「殿下。ミリーリア様も気分が優れないようです。私が馬車までお送りしますので、これで」

「……っ、フォード、君はミリーリアの味方をするというのか!?」

「ええ」

「なっ」

「私はミリーリア様の心の美しさをすでに知っています。――よって、今後ミリーリア様に手出しをする際は、レオニス公爵家当主たる私が立ちはだかることをご理解ください。賢明な殿下なら、この言葉の意味もわかるでしょう」

「――」

 絶句するフェリックス殿下。
 フォードが言ったのはこういうことだ。

 ――次にミリーリア・ノクトールに手を出したら、公爵家と王家の間で内乱が起こるぞ。

 ……とんでもない脅しだ。それが実現すれば、間違いなく国が崩壊するほどの。

「失礼します。――行くぞ、ミリーリア。アイリス」

「は、はい」

「ふぉーどさま、ありがとうございます」

 フォードに手を引かれ、そのまま会場を後にする私たち。取り残されるフェリックス様が、私が言うのもなんだけど、どうしようもなく哀れだった。
しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

ヒロインと結婚したメインヒーローの側妃にされてしまいましたが、そんなことより好きに生きます。

下菊みこと
恋愛
主人公も割といい性格してます。 小説家になろう様でも投稿しています。

親友に裏切られ聖女の立場を乗っ取られたけど、私はただの聖女じゃないらしい

咲貴
ファンタジー
孤児院で暮らすニーナは、聖女が触れると光る、という聖女判定の石を光らせてしまった。 新しい聖女を捜しに来ていた捜索隊に報告しようとするが、同じ孤児院で姉妹同然に育った、親友イルザに聖女の立場を乗っ取られてしまう。 「私こそが聖女なの。惨めな孤児院生活とはおさらばして、私はお城で良い生活を送るのよ」 イルザは悪びれず私に言い放った。 でも私、どうやらただの聖女じゃないらしいよ? ※こちらの作品は『小説家になろう』にも投稿しています

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

処理中です...