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パーティー2
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恒例の挨拶ラッシュも終わりを迎えた頃。
私はそれと出会った。
「こ、これは――!」
私がいるのは、ホールの中の隅っこにひっそりと置かれたテーブル。絢爛豪華な料理が並ぶこの場のテーブルの中でぶっちぎりの不人気となっている場所だ。
このテーブルに人が寄り付かない理由は単純で、明らかに料理が異端なのである。
ぶっちゃけ、地味。
なんだか前世で近所のサラリーマンの巣窟になっている食堂みたいなメニューが並んでいる。パーティーに参加している貴族たちも馴染みがないせいか敬遠しているようなのだ。
何となく気まぐれで私はその地味テーブルにやってきたわけだけど……そこにそれはあったのよ。
そう、ソースポット(カレーとかが入っている、魔法のランプみたいな形のあれ)に入った黒い液体――明らかに醤油としか思えない調味料が!
「こ、こんな場所で醤油に出会えるなんて……!」
「……せんせい、それ、おいしいですか?」
アイリスが見覚えのないであろう黒い液体をガン見する私に、やや怯えたような顔をするけど、今だけはこれを優先させてほしい。
何しろこの世界に醤油があるなんて私は今まで知らなかったのだ。正直この世界の料理もおいしいけれど、日本人の私は時折どうしようもなく、日本料理の味が恋しくなるのだ。
というわけで、近くを通りかかったメイドを呼び止める。
「失礼。この素敵な黒いソースを用意したのは王城の料理人かしら?」
メイドは私の言葉を聞き、表情を引きつらせた。
「も、申し訳ありません! 私どもも、その黒い液体をこの場に並べるのはやめたほうがいいと再三伝えたのですが、宮廷料理長がどうしてもと……! あの人は腕は確かなのですが、いかんせん突拍子もないことをする悪癖がありまして……! どうかお許しくださいませ!」
あ、どうやら私が謎ソースに文句をつけようとしたと思われているみたい。
「勘違いしないでちょうだい。この醤――ソースは素晴らしいものだわ。作り出したのか、あるいは見つけ出したのかはともかく……宮廷料理長は優れた審美眼をお持ちなのね」
「はあ……えっ!?」
「後日また話を聞きにうかがっても構わないかしら?」
「そ、それは、もちろん。かしこまりました」
驚いたように言って、礼をしてからメイドは去っていった。
うまくいけば醤油が手に入るかもしれない……!
醤油があればいろいろできるわよね。この世界でもニンニクやら砂糖は手に入るし、から揚げなんかいいかもしれない。……あ、どうしよう、想像しただけでよだれが。
「……かりゃい、です」
「え?」
声がしたので振り返ると、そこではステーキに醤油をたっぷりかけて食べたアイリスが涙目になっていた。アイリス、それはかけ過ぎよ!
「アイリス、大丈夫? それは私が食べるわ。無理しないで!」
「はい……」
慌てて醤油たっぷりのステーキをアイリスから受け取って食べる。
……あ、合わない……! ステーキが完璧なだけに醤油単体との微妙な相性の悪さが際立つ。確かにこれは塩辛くてあまり美味しくない。醤油だってうまく使えばステーキに合うソースになるというのに、なんというもったいないことを!
この世界では醤油はほとんど知られていない。そんな中でステーキとの組み合わせにたどり着いた宮廷料理長はとても優れた手腕の持ち主だけど、あと一歩が足りない……!
これはぜひ和風ソースの作り方を伝えたいところだ。
みりんは……まあ、ワインと砂糖で何とかしましょう。
……と、そんな感じで夢を広げていると。
「――皆様。本日はお集まりいただきありがとうございます」
ホールに女性の声が響き渡る。
桃色髪の聖女、カリナのものだ。
彼女は一目で主役とわかる優美なドレスを身に纏い、ゆっくりとホール前方に歩いていく。
……それはいいとして、彼女の隣には見覚えのある男性が付き添っている。
「……フェリックス殿下」
金髪と緑色の瞳が特徴の青年、フェリックス・ウェインライト。
私の婚約者であり、この国の王太子だ。
その人物はカリナをエスコートしながら堂々と現れた。私と殿下の婚約については周知なので、参加者の貴族たちの間に一瞬で動揺が走った。
当たり前だ。婚約者のいる男性が、年若い女性と仲睦まじげな姿を見せつけるなど、常識知らずにもほどがある。
ホール中央で立ち止まったカリナは、周囲を見回して告げる。
「まずはご挨拶を。私はこのたび新たに聖女となった、カリナ・ブラインと申します。現在この国には私の他に五人の――失礼、四人の聖女がいます。その末席に加われたことを心より誇らしく思います」
遠くから私のことを見つつ、そんな挨拶を口にするカリナ。
……訂正で省いた聖女一人はもしかしなくても私のことかしら。いや、まあ、事実だからそれはいいけれど。
貴族の一人がおずおずと手を挙げる。
「……質問をよろしいですかな、新たな聖女殿」
「あなたはソーグ卿ですね。何なりと」
「貴女がフェリックス殿下とともにいらっしゃった理由を、お聞かせ願えますか? それはこの場の全員が気にしていることでございましょう」
「ごもっともです。それについては――殿下」
「ああ」
カリナは微笑み、フェリックスをちらりと見る。フェリックスは鋭い視線を私に向けてきた。
「ミリーリア・ノクトール。こちらに来い」
呼ばれてしまった。嫌な予感がするけど……行くしかない。
「アイリス。ここで大人しく待っていてね」
「せ、せんせい……」
「大丈夫。心配しなくていいわ」
ちょっと心配だけど、会場には多くの兵士が見張りとして立っている。少しの間、アイリスには一人で待っていてもらおう。
ホール中央で待つカリナとフェリックスの前に歩いていく。私が一歩進むたびに、パーティーの参加者たちがモーセの逸話のように左右に割れていった。
「何でしょうか、殿――」
カラン。
私の足元に、小さな何かが転がった。
それは指輪だ。
フェリックス殿下が、私の足元にそれを投げたのだ。
これって……私との婚約指輪?
「“万能の聖女”――いや、悪女ミリーリア・ノクトール! 貴様との婚約を、今この場をもって破棄させてもらう!」
大勢の賓客の集まるパーティー会場の中央で、フェリックス殿下は侮蔑を込めた声で私にそう叫ぶ。
その隣では、カリナがごくごくわずかに、けれど確かに、意地の悪い笑みを浮かべていた。
私はそれと出会った。
「こ、これは――!」
私がいるのは、ホールの中の隅っこにひっそりと置かれたテーブル。絢爛豪華な料理が並ぶこの場のテーブルの中でぶっちぎりの不人気となっている場所だ。
このテーブルに人が寄り付かない理由は単純で、明らかに料理が異端なのである。
ぶっちゃけ、地味。
なんだか前世で近所のサラリーマンの巣窟になっている食堂みたいなメニューが並んでいる。パーティーに参加している貴族たちも馴染みがないせいか敬遠しているようなのだ。
何となく気まぐれで私はその地味テーブルにやってきたわけだけど……そこにそれはあったのよ。
そう、ソースポット(カレーとかが入っている、魔法のランプみたいな形のあれ)に入った黒い液体――明らかに醤油としか思えない調味料が!
「こ、こんな場所で醤油に出会えるなんて……!」
「……せんせい、それ、おいしいですか?」
アイリスが見覚えのないであろう黒い液体をガン見する私に、やや怯えたような顔をするけど、今だけはこれを優先させてほしい。
何しろこの世界に醤油があるなんて私は今まで知らなかったのだ。正直この世界の料理もおいしいけれど、日本人の私は時折どうしようもなく、日本料理の味が恋しくなるのだ。
というわけで、近くを通りかかったメイドを呼び止める。
「失礼。この素敵な黒いソースを用意したのは王城の料理人かしら?」
メイドは私の言葉を聞き、表情を引きつらせた。
「も、申し訳ありません! 私どもも、その黒い液体をこの場に並べるのはやめたほうがいいと再三伝えたのですが、宮廷料理長がどうしてもと……! あの人は腕は確かなのですが、いかんせん突拍子もないことをする悪癖がありまして……! どうかお許しくださいませ!」
あ、どうやら私が謎ソースに文句をつけようとしたと思われているみたい。
「勘違いしないでちょうだい。この醤――ソースは素晴らしいものだわ。作り出したのか、あるいは見つけ出したのかはともかく……宮廷料理長は優れた審美眼をお持ちなのね」
「はあ……えっ!?」
「後日また話を聞きにうかがっても構わないかしら?」
「そ、それは、もちろん。かしこまりました」
驚いたように言って、礼をしてからメイドは去っていった。
うまくいけば醤油が手に入るかもしれない……!
醤油があればいろいろできるわよね。この世界でもニンニクやら砂糖は手に入るし、から揚げなんかいいかもしれない。……あ、どうしよう、想像しただけでよだれが。
「……かりゃい、です」
「え?」
声がしたので振り返ると、そこではステーキに醤油をたっぷりかけて食べたアイリスが涙目になっていた。アイリス、それはかけ過ぎよ!
「アイリス、大丈夫? それは私が食べるわ。無理しないで!」
「はい……」
慌てて醤油たっぷりのステーキをアイリスから受け取って食べる。
……あ、合わない……! ステーキが完璧なだけに醤油単体との微妙な相性の悪さが際立つ。確かにこれは塩辛くてあまり美味しくない。醤油だってうまく使えばステーキに合うソースになるというのに、なんというもったいないことを!
この世界では醤油はほとんど知られていない。そんな中でステーキとの組み合わせにたどり着いた宮廷料理長はとても優れた手腕の持ち主だけど、あと一歩が足りない……!
これはぜひ和風ソースの作り方を伝えたいところだ。
みりんは……まあ、ワインと砂糖で何とかしましょう。
……と、そんな感じで夢を広げていると。
「――皆様。本日はお集まりいただきありがとうございます」
ホールに女性の声が響き渡る。
桃色髪の聖女、カリナのものだ。
彼女は一目で主役とわかる優美なドレスを身に纏い、ゆっくりとホール前方に歩いていく。
……それはいいとして、彼女の隣には見覚えのある男性が付き添っている。
「……フェリックス殿下」
金髪と緑色の瞳が特徴の青年、フェリックス・ウェインライト。
私の婚約者であり、この国の王太子だ。
その人物はカリナをエスコートしながら堂々と現れた。私と殿下の婚約については周知なので、参加者の貴族たちの間に一瞬で動揺が走った。
当たり前だ。婚約者のいる男性が、年若い女性と仲睦まじげな姿を見せつけるなど、常識知らずにもほどがある。
ホール中央で立ち止まったカリナは、周囲を見回して告げる。
「まずはご挨拶を。私はこのたび新たに聖女となった、カリナ・ブラインと申します。現在この国には私の他に五人の――失礼、四人の聖女がいます。その末席に加われたことを心より誇らしく思います」
遠くから私のことを見つつ、そんな挨拶を口にするカリナ。
……訂正で省いた聖女一人はもしかしなくても私のことかしら。いや、まあ、事実だからそれはいいけれど。
貴族の一人がおずおずと手を挙げる。
「……質問をよろしいですかな、新たな聖女殿」
「あなたはソーグ卿ですね。何なりと」
「貴女がフェリックス殿下とともにいらっしゃった理由を、お聞かせ願えますか? それはこの場の全員が気にしていることでございましょう」
「ごもっともです。それについては――殿下」
「ああ」
カリナは微笑み、フェリックスをちらりと見る。フェリックスは鋭い視線を私に向けてきた。
「ミリーリア・ノクトール。こちらに来い」
呼ばれてしまった。嫌な予感がするけど……行くしかない。
「アイリス。ここで大人しく待っていてね」
「せ、せんせい……」
「大丈夫。心配しなくていいわ」
ちょっと心配だけど、会場には多くの兵士が見張りとして立っている。少しの間、アイリスには一人で待っていてもらおう。
ホール中央で待つカリナとフェリックスの前に歩いていく。私が一歩進むたびに、パーティーの参加者たちがモーセの逸話のように左右に割れていった。
「何でしょうか、殿――」
カラン。
私の足元に、小さな何かが転がった。
それは指輪だ。
フェリックス殿下が、私の足元にそれを投げたのだ。
これって……私との婚約指輪?
「“万能の聖女”――いや、悪女ミリーリア・ノクトール! 貴様との婚約を、今この場をもって破棄させてもらう!」
大勢の賓客の集まるパーティー会場の中央で、フェリックス殿下は侮蔑を込めた声で私にそう叫ぶ。
その隣では、カリナがごくごくわずかに、けれど確かに、意地の悪い笑みを浮かべていた。
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