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フォード・レオニス2(主人公以外視点)
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ミリーリア・ノクトール。
少し前まで“万能の聖女”と呼ばれていた女性だ。
直接話したことはないが、噂は聞いていた。
外見は見目麗しく、苛烈な雰囲気と相まって“ウェインライトの薔薇”などと呼ばれるほど。生まれは侯爵家であり、礼儀作法も見惚れるほど完璧にこなす。
しかしもっとも特徴的なのは、聖女としての実力だ。あらゆる力を最高レベルで使いこなす、歴代最高峰の聖女とされていた。
もっともいい話ばかりではない。
ミリーリアはその能力の高さゆえにプライドが高く、他の聖女候補や婚約者とも衝突が絶えなかった。悪い噂も多く、貴族たちの間では悪女として有名だった。
そんなミリーリアは、事故によって聖女の力の大部分を失った後、アイリスの教育係となった。アイリスは本人の頼みだったとはいえ、俺が教会に連れてきた少女だ。そのアイリスが、性悪で有名なミリーリアに過酷な訓練を課されていると人づてに聞いた。
俺はいてもたってもいられず、仕事の合間を縫って様子を見に行った。
その時の俺の内心には、アイリスに対する申し訳なさと、ミリーリアに対する疑いがあった。
ミリーリアが仮にアイリスに過剰な訓練をさせているなら、アイリスを教会に連れてきた責任を取って、俺が連れ出すつもりでいた。
だが――そんな俺の考えは間違っていた。
ミリーリアはアイリスに懐かれていた。
聖女の力の大半を失った身でありながら、“治癒”を行うアイリスのサポートを完璧にこなした。
そして、俺が諦めた部下の騎士たちの命を目の前で救ってみせた。
素晴らしい人物だと思う。
逆境をものともせず、誰もが無理だと思ったことをやってみせた。
彼女は強い芯を持っているだけでなく、人のために全力を尽くせる人間だった。
……ああ、俺は何と愚かだったのだろう。
自分が責任を持つべきアイリスが絡んでいたとはいえ、こんな人格者を疑ってかかっていたとは。目が曇っていた、という次元ではない。
「何を考えてるんですか、副団長」
「あまり喋ると体に障るぞ、ケビン」
「黙っているより会話してたほうが、体の痛みがやわらぐんですよ」
場所は詰所内の医務室。
ミリーリアの“浄化”によって救われた俺の部下たちは、そこに運び込まれて安静にしている。ミリーリアとアイリスはすでに帰宅済みだ。
ミリーリアたちが帰ったあと、すぐに部下を治療院に向かわせ、赤模様の森蜘蛛の毒を分解するためのポーション作りを依頼させた。ポーションができるまでの数日は患者本人の気力で乗り切るしかないが、この様子なら大丈夫そうだ。
部下のケビンの言葉に返事をする。
「ミリーリア・ノクトールのことを考えていた」
「あー……何か噂と随分違う人でしたね? もっとキツい性格の人って聞いてましたけど」
「だが、実物は違った」
「そうですねぇ……聖女様ってもっとお高く止まってるイメージだったんですけど、ミリーリア様は親しみやすい感じでしたね」
ケビンもどうやら俺と似たような印象を抱いたようだ。
俺は溜め息を吐く。
「謝罪を受け入れてはくれたが……後日改めて、何か詫びの品でも贈る必要があるだろうな。何を渡したものか」
「……!」
「……何か言いたそうだな、ケビン」
「あ、あの副団長が女性のことで頭を悩ませている……! 気を付けてください副団長。ケビン天気予報によりますと、おそらくこれから槍が降ります」
「意味の分からん言葉を作るな。それにただの謝罪の品を贈るだけで、女性云々は関係ない」
「いや、俺でなくても驚きますって! だって副団長、その年でもお見合い全部断ってるくらいの女嫌いじゃないですか!」
「……」
女嫌い。
まあ、否定はしない。
公爵家の長男である以上、俺にもかつて婚約者はいた。しかしその人物はレオニス家に嫁入りする身となったことで増長し、さんざん迷惑をかけてくれた。友好的だった他の上位貴族との関係がぶち壊しになったことすらある。
そんなわけでその婚約者とは破断。
それからいくつも縁談はあったが、例外なく全員がろくでなしだった。
「まあ仕方ないとは思いますけど。副団長、嘘みたいに女運ないですからね」
「黙れ」
レオニス家は武家としての力を保つため、魔力の高さを基準に婚約者を選ぶ。その結果、人格の査定が甘くなっているのだ。
とはいえ歴代当主の中でここまで手こずった人間はいないらしいので、ケビンの言葉はおそらく事実なんだろう。……信じたくはないが。
「単に詫びの印を贈るというだけで、男女がどうこうなど意味不明だ。妙な勘繰りはやめろ。先方にもいい迷惑だ」
「えー、他には何もないんですか?」
「ない。ミリーリア・ノクトールの人格には敬意を表するが、それだけだ」
つまらなさそうに唇を尖らせるケビン。こいつ、見た目以上に元気なのではないか?
「無難だが、菓子にするか……アイリスもいることだし、二人が楽しめるようなものを……」
仕事にかまけていた弊害か、これというものがすぐに浮かばない。思案を巡らせていると、ケビンがぼそりと何か呟いた。
「…………何もない、ねえ……」
「何か言ったか、ケビン」
「いえ特に。ミリーリア様によろしくお願いします」
「? ああ」
何やら面白がっているような口調で言うケビンを訝しみながら、俺は頷いた。
少し前まで“万能の聖女”と呼ばれていた女性だ。
直接話したことはないが、噂は聞いていた。
外見は見目麗しく、苛烈な雰囲気と相まって“ウェインライトの薔薇”などと呼ばれるほど。生まれは侯爵家であり、礼儀作法も見惚れるほど完璧にこなす。
しかしもっとも特徴的なのは、聖女としての実力だ。あらゆる力を最高レベルで使いこなす、歴代最高峰の聖女とされていた。
もっともいい話ばかりではない。
ミリーリアはその能力の高さゆえにプライドが高く、他の聖女候補や婚約者とも衝突が絶えなかった。悪い噂も多く、貴族たちの間では悪女として有名だった。
そんなミリーリアは、事故によって聖女の力の大部分を失った後、アイリスの教育係となった。アイリスは本人の頼みだったとはいえ、俺が教会に連れてきた少女だ。そのアイリスが、性悪で有名なミリーリアに過酷な訓練を課されていると人づてに聞いた。
俺はいてもたってもいられず、仕事の合間を縫って様子を見に行った。
その時の俺の内心には、アイリスに対する申し訳なさと、ミリーリアに対する疑いがあった。
ミリーリアが仮にアイリスに過剰な訓練をさせているなら、アイリスを教会に連れてきた責任を取って、俺が連れ出すつもりでいた。
だが――そんな俺の考えは間違っていた。
ミリーリアはアイリスに懐かれていた。
聖女の力の大半を失った身でありながら、“治癒”を行うアイリスのサポートを完璧にこなした。
そして、俺が諦めた部下の騎士たちの命を目の前で救ってみせた。
素晴らしい人物だと思う。
逆境をものともせず、誰もが無理だと思ったことをやってみせた。
彼女は強い芯を持っているだけでなく、人のために全力を尽くせる人間だった。
……ああ、俺は何と愚かだったのだろう。
自分が責任を持つべきアイリスが絡んでいたとはいえ、こんな人格者を疑ってかかっていたとは。目が曇っていた、という次元ではない。
「何を考えてるんですか、副団長」
「あまり喋ると体に障るぞ、ケビン」
「黙っているより会話してたほうが、体の痛みがやわらぐんですよ」
場所は詰所内の医務室。
ミリーリアの“浄化”によって救われた俺の部下たちは、そこに運び込まれて安静にしている。ミリーリアとアイリスはすでに帰宅済みだ。
ミリーリアたちが帰ったあと、すぐに部下を治療院に向かわせ、赤模様の森蜘蛛の毒を分解するためのポーション作りを依頼させた。ポーションができるまでの数日は患者本人の気力で乗り切るしかないが、この様子なら大丈夫そうだ。
部下のケビンの言葉に返事をする。
「ミリーリア・ノクトールのことを考えていた」
「あー……何か噂と随分違う人でしたね? もっとキツい性格の人って聞いてましたけど」
「だが、実物は違った」
「そうですねぇ……聖女様ってもっとお高く止まってるイメージだったんですけど、ミリーリア様は親しみやすい感じでしたね」
ケビンもどうやら俺と似たような印象を抱いたようだ。
俺は溜め息を吐く。
「謝罪を受け入れてはくれたが……後日改めて、何か詫びの品でも贈る必要があるだろうな。何を渡したものか」
「……!」
「……何か言いたそうだな、ケビン」
「あ、あの副団長が女性のことで頭を悩ませている……! 気を付けてください副団長。ケビン天気予報によりますと、おそらくこれから槍が降ります」
「意味の分からん言葉を作るな。それにただの謝罪の品を贈るだけで、女性云々は関係ない」
「いや、俺でなくても驚きますって! だって副団長、その年でもお見合い全部断ってるくらいの女嫌いじゃないですか!」
「……」
女嫌い。
まあ、否定はしない。
公爵家の長男である以上、俺にもかつて婚約者はいた。しかしその人物はレオニス家に嫁入りする身となったことで増長し、さんざん迷惑をかけてくれた。友好的だった他の上位貴族との関係がぶち壊しになったことすらある。
そんなわけでその婚約者とは破断。
それからいくつも縁談はあったが、例外なく全員がろくでなしだった。
「まあ仕方ないとは思いますけど。副団長、嘘みたいに女運ないですからね」
「黙れ」
レオニス家は武家としての力を保つため、魔力の高さを基準に婚約者を選ぶ。その結果、人格の査定が甘くなっているのだ。
とはいえ歴代当主の中でここまで手こずった人間はいないらしいので、ケビンの言葉はおそらく事実なんだろう。……信じたくはないが。
「単に詫びの印を贈るというだけで、男女がどうこうなど意味不明だ。妙な勘繰りはやめろ。先方にもいい迷惑だ」
「えー、他には何もないんですか?」
「ない。ミリーリア・ノクトールの人格には敬意を表するが、それだけだ」
つまらなさそうに唇を尖らせるケビン。こいつ、見た目以上に元気なのではないか?
「無難だが、菓子にするか……アイリスもいることだし、二人が楽しめるようなものを……」
仕事にかまけていた弊害か、これというものがすぐに浮かばない。思案を巡らせていると、ケビンがぼそりと何か呟いた。
「…………何もない、ねえ……」
「何か言ったか、ケビン」
「いえ特に。ミリーリア様によろしくお願いします」
「? ああ」
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