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きちんとお話
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「さて……アイリス、怪我とかはしてない?」
「だいじょうぶです。たすけていただき、ありがとうございます。せんせい」
見た感じ大丈夫そうではあるけれど、一応確認しておくと、いつものように礼儀正しく頭を下げてくるアイリス。怪我をしていないならよかった。
「アイリス、あの子たちに絡まれたのは今日が初めてじゃないのよね?」
「……はい。すこしまえから、なんどか」
「具体的にどんなことをされたのか、教えてくれる?」
アイリスに事情を聞くと……思ったより酷い内容だった。
足を引っかけられて転ばさせる。髪を掴んで引っ張られる。頬を叩かれる。他にも色々、証拠の残らない陰湿な虐めをしていたようだ。
「……アイリス、ちょっと待ってて。ニナたちに罰を与えてくるから」
さすがに脅して放置では罰が足りない。
ニナたちを追いかけようとする私を、アイリスが引き留めた。
「せんせい、わたしはだいじょうぶです」
「でも……」
「それより、きょうのぶんの、くんれんをおねがいします」
「――」
私は唖然とした。
アイリスは、ニナたちのことなんてまったく気にしてない。
自分が虐められたことなんてどうでもいいと思っているのだ。
「アイリス、あなた、酷いことをされたんでしょう?」
「わたしだけ、とくべつあつかいなので、しょうがないです」
「しょうがないって……」
……ああ、これは駄目だ。
虐められても気にしない。
ありえないくらい過酷な訓練を課されても気にしない。
五歳の女の子がそんな状態なんて、どう考えてもおかしい。アイリスは麻痺してしまっている。
「アイリス。今日はもう部屋に戻りなさい。今のあなたに訓練はさせられないわ」
「なっ……」
「自分を追い込み過ぎよ。私はそんなことを許可した覚えはないわ」
「わたしは、はやく、せいじょになりたいんです!」
初めてアイリスが声を荒げた。自分のしたことに気付いたのか、アイリスは慌てて自分の口を手で押さえる。
そんなアイリスに私は言った。
「……アイリス。たとえ話をしましょうか」
「たとえ話……?」
「たとえば、アイリスが魔物に襲われて死んでしまったとする。そしてあなたの両親には、魔物を殺す魔術や剣の才能があったとする」
「……!」
「あなたの両親は毎日必死に魔物と戦っている。自分の目が潰されても、腕が食いちぎられても、それでも戦い続ける。そうしないと、あなたの仇が討てないから。そんな生活をしていたらいつか死んでしまう。周りの人がそう言っても、二人は戦うことをやめない」
絶句するアイリスに、私は尋ねた。
「あなたの両親がそんなふうになってしまったら……あなたはどう思う?」
「……いや、です。すごく、いやです」
「どうしてそう思うの?」
「おとうさんも、おかあさんも、やさしくて、たのしそうで……むりして、ほしくないです……」
怯えたように顔を青くし、涙をぼろぼろと零すアイリス。
それを見て、私はなんだか悲しくなった。
この子はやっぱり優しい。自分の苦しさには鈍くても、他人の苦しさがわかる子だ。きっと素敵な両親に育てられたんだろう。
……どうしてアイリスが悪役聖女になんてならなくちゃいけないのか。
この子が幸せになる未来が、どうして原作には存在しないのか。
こんなに優しい子が追い詰められて、苦しんで、最後には民の前で首を落とされ、石を投げられる。そんな未来は絶対に見たくない。
「私はね、アイリス。あなたに幸せになってほしいわ。この世界には楽しいこともいっぱいあるのよ。美味しいものを食べて、楽しく遊んで、笑っているあなたを見たいわ」
この一週間、アイリスの頑張りを見てきた。
死亡フラグ回避のためにアイリスには生きる喜びを知ってほしい――なんて最初は思っていたけれど、今は違う。努力家でまっすぐなアイリスを私は好きになってしまった。こんなにいい子が復讐のためだけに生きるなんて悲しすぎる。
「……」
「アイリス?」
「せんせいは、わたしがしあわせになってもいいと、おもいますか?」
「ええ、思うわ」
「……そう、ですか」
アイリスは息を詰まらせ、それからとぎれとぎれに言う。
「わ、わたし、はやくせいじょにならなくちゃ、いけないって……でも、つらくて、でも、やすんだりしたら、だめだって、おもって、でも、うええええええ」
最後のほうはもう言葉にならなかった。
堰を切ったように大泣きするアイリスを、私は思わず抱きしめた。場所が通路から丸見えの場所なので、通りかかった修道女や神父がぎょっとしているけれど、まったく気にならなかった。
私はアイリスが泣き止むまで、じっとその場でアイリスの髪を撫で続けた。
「だいじょうぶです。たすけていただき、ありがとうございます。せんせい」
見た感じ大丈夫そうではあるけれど、一応確認しておくと、いつものように礼儀正しく頭を下げてくるアイリス。怪我をしていないならよかった。
「アイリス、あの子たちに絡まれたのは今日が初めてじゃないのよね?」
「……はい。すこしまえから、なんどか」
「具体的にどんなことをされたのか、教えてくれる?」
アイリスに事情を聞くと……思ったより酷い内容だった。
足を引っかけられて転ばさせる。髪を掴んで引っ張られる。頬を叩かれる。他にも色々、証拠の残らない陰湿な虐めをしていたようだ。
「……アイリス、ちょっと待ってて。ニナたちに罰を与えてくるから」
さすがに脅して放置では罰が足りない。
ニナたちを追いかけようとする私を、アイリスが引き留めた。
「せんせい、わたしはだいじょうぶです」
「でも……」
「それより、きょうのぶんの、くんれんをおねがいします」
「――」
私は唖然とした。
アイリスは、ニナたちのことなんてまったく気にしてない。
自分が虐められたことなんてどうでもいいと思っているのだ。
「アイリス、あなた、酷いことをされたんでしょう?」
「わたしだけ、とくべつあつかいなので、しょうがないです」
「しょうがないって……」
……ああ、これは駄目だ。
虐められても気にしない。
ありえないくらい過酷な訓練を課されても気にしない。
五歳の女の子がそんな状態なんて、どう考えてもおかしい。アイリスは麻痺してしまっている。
「アイリス。今日はもう部屋に戻りなさい。今のあなたに訓練はさせられないわ」
「なっ……」
「自分を追い込み過ぎよ。私はそんなことを許可した覚えはないわ」
「わたしは、はやく、せいじょになりたいんです!」
初めてアイリスが声を荒げた。自分のしたことに気付いたのか、アイリスは慌てて自分の口を手で押さえる。
そんなアイリスに私は言った。
「……アイリス。たとえ話をしましょうか」
「たとえ話……?」
「たとえば、アイリスが魔物に襲われて死んでしまったとする。そしてあなたの両親には、魔物を殺す魔術や剣の才能があったとする」
「……!」
「あなたの両親は毎日必死に魔物と戦っている。自分の目が潰されても、腕が食いちぎられても、それでも戦い続ける。そうしないと、あなたの仇が討てないから。そんな生活をしていたらいつか死んでしまう。周りの人がそう言っても、二人は戦うことをやめない」
絶句するアイリスに、私は尋ねた。
「あなたの両親がそんなふうになってしまったら……あなたはどう思う?」
「……いや、です。すごく、いやです」
「どうしてそう思うの?」
「おとうさんも、おかあさんも、やさしくて、たのしそうで……むりして、ほしくないです……」
怯えたように顔を青くし、涙をぼろぼろと零すアイリス。
それを見て、私はなんだか悲しくなった。
この子はやっぱり優しい。自分の苦しさには鈍くても、他人の苦しさがわかる子だ。きっと素敵な両親に育てられたんだろう。
……どうしてアイリスが悪役聖女になんてならなくちゃいけないのか。
この子が幸せになる未来が、どうして原作には存在しないのか。
こんなに優しい子が追い詰められて、苦しんで、最後には民の前で首を落とされ、石を投げられる。そんな未来は絶対に見たくない。
「私はね、アイリス。あなたに幸せになってほしいわ。この世界には楽しいこともいっぱいあるのよ。美味しいものを食べて、楽しく遊んで、笑っているあなたを見たいわ」
この一週間、アイリスの頑張りを見てきた。
死亡フラグ回避のためにアイリスには生きる喜びを知ってほしい――なんて最初は思っていたけれど、今は違う。努力家でまっすぐなアイリスを私は好きになってしまった。こんなにいい子が復讐のためだけに生きるなんて悲しすぎる。
「……」
「アイリス?」
「せんせいは、わたしがしあわせになってもいいと、おもいますか?」
「ええ、思うわ」
「……そう、ですか」
アイリスは息を詰まらせ、それからとぎれとぎれに言う。
「わ、わたし、はやくせいじょにならなくちゃ、いけないって……でも、つらくて、でも、やすんだりしたら、だめだって、おもって、でも、うええええええ」
最後のほうはもう言葉にならなかった。
堰を切ったように大泣きするアイリスを、私は思わず抱きしめた。場所が通路から丸見えの場所なので、通りかかった修道女や神父がぎょっとしているけれど、まったく気にならなかった。
私はアイリスが泣き止むまで、じっとその場でアイリスの髪を撫で続けた。
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