【リメイク版連載開始しました】悪役聖女の教育係に転生しました。このままだと十年後に死ぬようです……

ヒツキノドカ

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きちんとお話

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「さて……アイリス、怪我とかはしてない?」

「だいじょうぶです。たすけていただき、ありがとうございます。せんせい」

 見た感じ大丈夫そうではあるけれど、一応確認しておくと、いつものように礼儀正しく頭を下げてくるアイリス。怪我をしていないならよかった。

「アイリス、あの子たちに絡まれたのは今日が初めてじゃないのよね?」

「……はい。すこしまえから、なんどか」

「具体的にどんなことをされたのか、教えてくれる?」

 アイリスに事情を聞くと……思ったより酷い内容だった。
 足を引っかけられて転ばさせる。髪を掴んで引っ張られる。頬を叩かれる。他にも色々、証拠の残らない陰湿な虐めをしていたようだ。

「……アイリス、ちょっと待ってて。ニナたちに罰を与えてくるから」

 さすがに脅して放置では罰が足りない。
 ニナたちを追いかけようとする私を、アイリスが引き留めた。

「せんせい、わたしはだいじょうぶです」

「でも……」

「それより、きょうのぶんの、くんれんをおねがいします」

「――」

 私は唖然とした。
 アイリスは、ニナたちのことなんてまったく気にしてない。
 自分が虐められたことなんてどうでもいいと思っているのだ。

「アイリス、あなた、酷いことをされたんでしょう?」

「わたしだけ、とくべつあつかいなので、しょうがないです」

「しょうがないって……」

 ……ああ、これは駄目だ。

 虐められても気にしない。
 ありえないくらい過酷な訓練を課されても気にしない。

 五歳の女の子がそんな状態なんて、どう考えてもおかしい。アイリスは麻痺してしまっている。

「アイリス。今日はもう部屋に戻りなさい。今のあなたに訓練はさせられないわ」

「なっ……」

「自分を追い込み過ぎよ。私はそんなことを許可した覚えはないわ」

「わたしは、はやく、せいじょになりたいんです!」

 初めてアイリスが声を荒げた。自分のしたことに気付いたのか、アイリスは慌てて自分の口を手で押さえる。
 そんなアイリスに私は言った。

「……アイリス。たとえ話をしましょうか」

「たとえ話……?」

「たとえば、アイリスが魔物に襲われて死んでしまったとする。そしてあなたの両親には、魔物を殺す魔術や剣の才能があったとする」

「……!」

「あなたの両親は毎日必死に魔物と戦っている。自分の目が潰されても、腕が食いちぎられても、それでも戦い続ける。そうしないと、あなたの仇が討てないから。そんな生活をしていたらいつか死んでしまう。周りの人がそう言っても、二人は戦うことをやめない」

 絶句するアイリスに、私は尋ねた。

「あなたの両親がそんなふうになってしまったら……あなたはどう思う?」

「……いや、です。すごく、いやです」

「どうしてそう思うの?」

「おとうさんも、おかあさんも、やさしくて、たのしそうで……むりして、ほしくないです……」

 怯えたように顔を青くし、涙をぼろぼろと零すアイリス。
 それを見て、私はなんだか悲しくなった。
 この子はやっぱり優しい。自分の苦しさには鈍くても、他人の苦しさがわかる子だ。きっと素敵な両親に育てられたんだろう。

 ……どうしてアイリスが悪役聖女になんてならなくちゃいけないのか。
 この子が幸せになる未来が、どうして原作には存在しないのか。
 こんなに優しい子が追い詰められて、苦しんで、最後には民の前で首を落とされ、石を投げられる。そんな未来は絶対に見たくない。

「私はね、アイリス。あなたに幸せになってほしいわ。この世界には楽しいこともいっぱいあるのよ。美味しいものを食べて、楽しく遊んで、笑っているあなたを見たいわ」

 この一週間、アイリスの頑張りを見てきた。
 死亡フラグ回避のためにアイリスには生きる喜びを知ってほしい――なんて最初は思っていたけれど、今は違う。努力家でまっすぐなアイリスを私は好きになってしまった。こんなにいい子が復讐のためだけに生きるなんて悲しすぎる。

「……」

「アイリス?」

「せんせいは、わたしがしあわせになってもいいと、おもいますか?」

「ええ、思うわ」

「……そう、ですか」

 アイリスは息を詰まらせ、それからとぎれとぎれに言う。

「わ、わたし、はやくせいじょにならなくちゃ、いけないって……でも、つらくて、でも、やすんだりしたら、だめだって、おもって、でも、うええええええ」

 最後のほうはもう言葉にならなかった。

 堰を切ったように大泣きするアイリスを、私は思わず抱きしめた。場所が通路から丸見えの場所なので、通りかかった修道女や神父がぎょっとしているけれど、まったく気にならなかった。

 私はアイリスが泣き止むまで、じっとその場でアイリスの髪を撫で続けた。
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