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アイリスとニナ(※主人公以外視点)
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「……くらく、なっちゃった」
聖女候補の少女、アイリスは何冊も本を抱えて教会の中を歩いていた。
本は読み書きを覚えるためのものだ。聖女には一定の教養が必要とされ、文字の読み書きや計算ができなくては聖女になれない。
アイリスは教会の書庫で、遅くまで読み書きの勉強をしていたのだ。
けれど、足りない。
(もっとがんばらないと。はやくせいじょにならないと)
朝早くに起きて、聖女の力を扱う訓練。
ミリーリアに教わってまた訓練。
夕方からは礼儀作法や読み書きの勉強。
大変ではあるが、アイリスは気にしていない。訓練が終われば聖女になれる。聖女になれれば、王都の外に出て魔物と戦うことができる。
もっとも聖女が魔物と戦うには、強力な“破魔”の力を使いこなす必要はあるが――関係ない。必要ならどんなことだって習得してみせる。
(せいじょになって、まものをたおす。たくさん、たくさんたおす。おとうさんと、おかあさんも、それをのぞんでる)
アイリスは気付かない。
もともとやせっぽちだった体が、教会に来てからさらに体重を落としていることも。
桜色だった頬が、どんどん土気色になっていっていることも。
本を持ってアイリスが自室に戻ろうとしていると……
「きゃあ!?」
何かにつまずいて、思い切り転んだ。抱えていた本のせいで受け身も取れず、咄嗟についた膝が擦れて痛みを発する。
「――あはは、本当にこんな遅くまで勉強してたんだ。努力家アピールのつもり?」
馬鹿にするような甲高い声が響く。
「にな、さん……?」
「私だけじゃないわよ」
そこにいたのはアイリスの聖女候補としての先輩である、ニナだった。友人らしい他の聖女候補も二人いる。
通路で待ち構えていたニナは、暗がりから足を伸ばしてアイリスの足に引っかけたらしい。
「どうして、ここに」
「あなたを待っていてあげたに決まってるじゃない」
「わたしを?」
「ええ」
笑みを浮かべるニナ。アイリスの心臓がどきりと跳ねた。ニナたちが夜遅くに、こんな場所にいるのはおかしい。周囲には助けてくれるような人も当然いない。
「……しつれいします」
アイリスが本を拾い、急いでその場から逃げようとすると……ニナはアイリスの髪を掴んで引っ張った。
「いたっ……!」
「どこに行こうとしてるのよ。話はまだ終わってないわ。……ねえ、アイリス。ものは相談なんだけど、あなた、教会から出ていってくれない?」
「……え?」
ニナはニヤニヤと笑いながら続ける。
「私たち、ミリーリア様の弟子になりたいの。でも、あなたがいるからミリーリア様の手が空かない。なら、あなたがいなくなれば解決するわ。ねえ、出て行って? あなたがいなくなればいいのよ」
「……」
アイリスは恐怖に何とか耐えながら、首を横に振った。
「い、いやです」
「は? 何? 逆らうの?」
「わたしは、でていきません」
教会を出ていくということは、聖女になることを諦めるということだ。今出て行けば、アイリスは聖女としての力を使えないままになる。
聖女の肩書はともかく、“破魔”の力を習得しない限り、アイリスは教会を出ていくつもりはない。
「はっ! どうせあんたはミリーリア様の弟子になることの意味もろくにわかってないんでしょ」
「……?」
「ミリーリア様は“万能の聖女”と呼ばれた方よ。そんな人の弟子になれば、箔がつくわ。あなた知ってる? 聖女になれば、王位継承権を持つ人間と婚約を結べるのよ。聖女として箔がつけばつくほど、その中でも優良物件に嫁げるの」
聖女は王位継承権を持つ人間と結婚する。
王族に聖女の血を取り込み、権威を強化する仕組みだ。このことは教会に来た時点でアイリスにも説明されていたが、もともとただの村娘だったアイリスにはよくわからなかった。
「そんなことが、うれしいんですか?」
そう言った途端――
ぱしん。
「……え?」
「生意気なのよ、ガキ。何もわかってないくせに」
アイリスが尋ねた直後、ニナに顔を叩かれた。じんじんと痛む頬にアイリスが呆然としていると、鋭い罵声が浴びせられる。
ニナはアイリスを見下ろして、嘲笑うように言った。
「これから、たくさん虐めてあげるわ。あなたが自分から教会を出ていきたくなるまでね」
そう言ってニナとその友人二人は去っていった。
「……へやに、もどらないと」
三人の背を見送ってから、アイリスは本を拾って抱え直す。
擦りむいた膝が痛い。
叩かれた頬も痛い。
けれど、どうでもいい。
「ねるじかんが、へっちゃった……」
――聖女としての訓練に支障が出ないといいな。
アイリスが思ったのは、そんなことだけだった。
聖女候補の少女、アイリスは何冊も本を抱えて教会の中を歩いていた。
本は読み書きを覚えるためのものだ。聖女には一定の教養が必要とされ、文字の読み書きや計算ができなくては聖女になれない。
アイリスは教会の書庫で、遅くまで読み書きの勉強をしていたのだ。
けれど、足りない。
(もっとがんばらないと。はやくせいじょにならないと)
朝早くに起きて、聖女の力を扱う訓練。
ミリーリアに教わってまた訓練。
夕方からは礼儀作法や読み書きの勉強。
大変ではあるが、アイリスは気にしていない。訓練が終われば聖女になれる。聖女になれれば、王都の外に出て魔物と戦うことができる。
もっとも聖女が魔物と戦うには、強力な“破魔”の力を使いこなす必要はあるが――関係ない。必要ならどんなことだって習得してみせる。
(せいじょになって、まものをたおす。たくさん、たくさんたおす。おとうさんと、おかあさんも、それをのぞんでる)
アイリスは気付かない。
もともとやせっぽちだった体が、教会に来てからさらに体重を落としていることも。
桜色だった頬が、どんどん土気色になっていっていることも。
本を持ってアイリスが自室に戻ろうとしていると……
「きゃあ!?」
何かにつまずいて、思い切り転んだ。抱えていた本のせいで受け身も取れず、咄嗟についた膝が擦れて痛みを発する。
「――あはは、本当にこんな遅くまで勉強してたんだ。努力家アピールのつもり?」
馬鹿にするような甲高い声が響く。
「にな、さん……?」
「私だけじゃないわよ」
そこにいたのはアイリスの聖女候補としての先輩である、ニナだった。友人らしい他の聖女候補も二人いる。
通路で待ち構えていたニナは、暗がりから足を伸ばしてアイリスの足に引っかけたらしい。
「どうして、ここに」
「あなたを待っていてあげたに決まってるじゃない」
「わたしを?」
「ええ」
笑みを浮かべるニナ。アイリスの心臓がどきりと跳ねた。ニナたちが夜遅くに、こんな場所にいるのはおかしい。周囲には助けてくれるような人も当然いない。
「……しつれいします」
アイリスが本を拾い、急いでその場から逃げようとすると……ニナはアイリスの髪を掴んで引っ張った。
「いたっ……!」
「どこに行こうとしてるのよ。話はまだ終わってないわ。……ねえ、アイリス。ものは相談なんだけど、あなた、教会から出ていってくれない?」
「……え?」
ニナはニヤニヤと笑いながら続ける。
「私たち、ミリーリア様の弟子になりたいの。でも、あなたがいるからミリーリア様の手が空かない。なら、あなたがいなくなれば解決するわ。ねえ、出て行って? あなたがいなくなればいいのよ」
「……」
アイリスは恐怖に何とか耐えながら、首を横に振った。
「い、いやです」
「は? 何? 逆らうの?」
「わたしは、でていきません」
教会を出ていくということは、聖女になることを諦めるということだ。今出て行けば、アイリスは聖女としての力を使えないままになる。
聖女の肩書はともかく、“破魔”の力を習得しない限り、アイリスは教会を出ていくつもりはない。
「はっ! どうせあんたはミリーリア様の弟子になることの意味もろくにわかってないんでしょ」
「……?」
「ミリーリア様は“万能の聖女”と呼ばれた方よ。そんな人の弟子になれば、箔がつくわ。あなた知ってる? 聖女になれば、王位継承権を持つ人間と婚約を結べるのよ。聖女として箔がつけばつくほど、その中でも優良物件に嫁げるの」
聖女は王位継承権を持つ人間と結婚する。
王族に聖女の血を取り込み、権威を強化する仕組みだ。このことは教会に来た時点でアイリスにも説明されていたが、もともとただの村娘だったアイリスにはよくわからなかった。
「そんなことが、うれしいんですか?」
そう言った途端――
ぱしん。
「……え?」
「生意気なのよ、ガキ。何もわかってないくせに」
アイリスが尋ねた直後、ニナに顔を叩かれた。じんじんと痛む頬にアイリスが呆然としていると、鋭い罵声が浴びせられる。
ニナはアイリスを見下ろして、嘲笑うように言った。
「これから、たくさん虐めてあげるわ。あなたが自分から教会を出ていきたくなるまでね」
そう言ってニナとその友人二人は去っていった。
「……へやに、もどらないと」
三人の背を見送ってから、アイリスは本を拾って抱え直す。
擦りむいた膝が痛い。
叩かれた頬も痛い。
けれど、どうでもいい。
「ねるじかんが、へっちゃった……」
――聖女としての訓練に支障が出ないといいな。
アイリスが思ったのは、そんなことだけだった。
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