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騎士団の詰所4

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「……毒を治療するのは、“治癒”ではなく“浄化”の領分だ。今のアイリスでは無理だ」

「……はい。いまのわたしでは、“じょうか”はできません……」

 その言葉を聞いたアイリスが悔しそうに俯くけど……私が言いたいのはそういうことじゃない。

「何で伝わらないんですか! 私が治すと言っているんです!」

「お前は聖女の力の大半を失っているはすだ。妄言を吐くな!」

「やってみなくちゃわからないでしょうが! 何をあっさり諦めているんですか!?」

「――、」

 私が怒鳴り返すと、フォードは目を見開いた。あれ、何かそんな響くこと言ったかな? 
 まあ今はフォードはどうでもいい。騎士たちを治すことが重要だ。
 今にも死んでしまいそうなほど顔色の悪い騎士たちのもとにひざまずき、手をかざす。

 手のひらに灯るのは緑色……“浄化”の光だ。
 けど光が弱い。アイリスの“治癒”の光の十分の一もないだろう。今の私がどれくらい弱体化しているかがよくわかる。けど、やるしかない。
 “浄化”のコツは相手の症状を正確に診断すること。“治癒”と同じく相手の魔力の流れに合わせて調整、さらに毒の成分に応じてもう一度調整。相手の症状にぴったり合うように細かく魔力をコントロールする必要がある。

「……ッ」

 頭が痛い!
 あっという間に魔力が枯渇しかける。冷や汗が噴き出し、めまいがする。事故の前ならいざしらず、今の私が扱える魔力はごくわずかしかない。

 けど……よし、できた!
 調整を終えた“浄化”の光を騎士たちに流し込む。

「楽に、なった……?」

 騎士が驚いたように言う。顔色はまだ悪いままだけど、呼吸や声からは不自然さがなくなっている。
 要領を掴んだ私はそのまま残り二人の騎士にも“浄化”を行い、症状を緩和させる。

「は、はは、すごい」

「息が楽にできる! 体も痛くない!」

 騎士たちはそれぞれ嬉しそうに声を上げる。
 何とかなった……!
 私はホッとした気持ちのまま立ち上がろうとして、足元をふらつかせた。

「あっ……」

 ぐいっ、と腕を引かれた。さらにバランスを崩したところを、大きな手に受け止められる。

「大丈夫か?」

 気遣うように声をかけてくるのはフォードだ。超絶美形が間近にあって、あまりの驚きに心臓が跳ねる。

「ふ、フォード様……すみません、ご迷惑を」

「いや、いい。それより……部下は助かったのか?」

 私は自分の足できちんと立ちつつ、首を横に振った。

「いえ、まだ安心はできません。今の私では症状を緩和させるので精一杯でした」

「! では――」

「ですが、数日はもつはずです。その間にポーションを開発してもらえば、助かるでしょう」

 さすがに毒を全部分解してしまうのは、今の私では無理だった。だから私が選んだのは、毒を弱めて三人の騎士の寿命を延ばすこと。
 騎士の話によれば、数日あれば赤模様の森蜘蛛の毒を分解するポーションができるとのことだった。それまで命をつなげさえすれば、彼らは助かるはずだ。

「もし日数が足りなければ、私がまた“浄化”を行います。それで大丈夫のはずです」

「そう、か。あいつらは助かるのか」

「はい。諦めなくてよかったでしょう?」

「……」

 私が胸を張って言うと、フォードは数秒黙り込んだ後。
 膝をつき、私に頭を下げた。
 ……えええええええ!? 急に何!?

「――ミリーリア・ノクトール殿。部下を救ってくれた貴女に感謝を申し上げる。貴女がいなければ、優秀な騎士が三人命を散らすところだった。貴女がいたから、彼らは生き残ることができた。心からの感謝を」

「え、あ、はい。どういたしまして」

「並びに、謝罪をさせてほしい。俺は貴女のことをよく知らないまま疑った。いかに自分の目が曇っていたか思い知らされた。……何か願いがあれば言ってほしい。俺に叶えられることなら、何でもさせてもらう」

 いや、私の願いって言われても。
 十年後、あなたが私とアイリスを捕まえないでくれたらそれでいいんだけど、そんなことを言っても伝わらないだろうし……
 あ、そうだ。

「じゃあ、またアイリスの様子を見に来てください」

「……は?」

「ほら、アイリスって私以外の大人とあんまりかかわりがないじゃないですか。それって子どもの教育上よくないと思うんですよね。価値観が偏るっていうか」

「それを自分で言うのか……?」

 まあ、これは建前だ。
 要するにフォードが敵に回らないようにするために、私とアイリスが善良な人間であると思ってもらいたいのである。そのためには私とアイリスの教育風景を定期的に覗いてもらうのが一番いいはず。

「アイリスもフォード様に懐いているようですし。ね、アイリス?」

「はい! ふぉーどさまと、おはなしできるのは、うれしいです」

「……わかった。そんなことでいいなら」

 よし、言質ゲット。

「約束ですよ!」

「なぜ小指を出す」

「指きりです。あ、指きりってわかります? こうやって小指を絡めて誓い合うんです」

「聞いたこともない。どこの国の風習だ?」

「ちなみに約束を破ると千本の針を相手に飲ませることができます」

「本当にどこの風習なんだ……」

 ブツブツ言いながらも指切りに応じてくれるフォード。
 今のアイリスと長期間接していれば、嫌でもアイリスを捕まえようなんて気にはならないはずだ。こんないい子いないんだから、ほんとに。

 そんなわけで、いろいろ予想外のことがありつつも、私はフォードとそこそこ友好な関係を結ぶことができたのだった。
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