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強制力?
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「おはようございます、せんせい!」
「ええ、おはよう」
ニナとの一件があった翌朝、アイリスの聖女教育を行うために教会を訪れた私は、輝く笑顔に出迎えられた。
「どうしたの、アイリス? 何だかすごく嬉しそうだけど」
「せんせいに、おあいできるのが、たのしみでした!」
青い瞳を宝石のように輝かせて元気よく頷くアイリス。
……ちょっと天使すぎない? 昨日まではもっとお人形さんみたいな感じだったのに、今日は元気いっぱいで愛らしい。それによく見ると、昨日より顔色がよくなっている。
「ニナたちにはあの後何もされてない?」
「はい。……あの、せんせいは、になさんたちに、なにかしましたか? なんだか、どんよりしていました」
「まあ、いろいろね」
昨日のうちにニナたちのことは、教皇様に伝えた。その結果、ニナたちは聖女候補として精神が未熟ということで、地方の教会でしばらくの間奉仕活動を命じられたのだ。
聖女候補であることは変わらないので、きちんと反省すれば戻ってこられるだろう。
さすがに虐めをするような人間は聖女にはさせられないので、当然の処置だ。
「ニナたちのことは、もう心配いらないわ。それよりアイリス、昨日はよく眠れた?」
私が聞くと、アイリスは頷いた。
「はい。はんせい、したので」
「反省?」
「わたしが、むちゃをしたら、おとうさんとおかあさんが、きっとかなしみます。なので、もう、へんなことはしません」
「あ、アイリス……!」
今のアイリスの表情は、昨日までの思いつめていたものとは違って晴れやかだ。
「いままで、わたしは、まものにふくしゅうをしたいとおもっていました。でも、それはもうやめます。そんなことをしても、おとうさんとおかあさんは、よろこびません」
「ほ、本当に?」
「はい。ほんとうです」
「凄いわアイリス! よく言ったわ!」
アイリスの境遇を考えたら、復讐心を捨てるのはとても難しいことだっただろう。それでも彼女はそれを乗り越えたのだ。
「くるしいです、せんせい」
「……はっ! ごめんなさい、思わず」
感極まって全力で抱きしめてしまった。アイリスが魔物への憎しみに飲み込まれないことは、死亡フラグ回避の必須条件だった。それが達成できたのも喜ばしいけど……それ以上に、アイリスが自分の人生を生きられるようになったことが嬉しい。
「それじゃあアイリス。教皇様のところに行きましょう」
「きょうこうさまに、なにかごようがあるんですか?」
「え? だって、アイリスはもう聖女になる理由はないでしょう?」
魔物への復讐心から解放された以上、アイリスが聖女教育を受ける必要はない。聖女候補も聖女も大変な役目だ。特に数が少ない聖女なんて、とんでもないブラックである。
こんなしんどい仕事、教皇様に話を通してやめてしまえばいい。
「あ、アイリスは今後のことを心配しているのかしら? なら問題ないわ。アイリス一人くらいならうちで面倒見られるもの。気後れするなら、メイド見習いってことでもいいわ。もちろん三食おやつに昼寝付きよ!」
「いえ、やめません。わたしはせいじょになります」
「え?」
「せいじょになります」
「……で、でも、聖女のお仕事はものすごく大変よ? 休みなんて全然なくて、ずっとにこにこしてなきゃいけないし、外国に派遣されることもあるかもしれないし」
「やります」
何で!? どうしてこんなに意思が固いの!? 魔物への復讐心はなくなったんじゃないの!?
「せいじょになって、まものをたくさんやっつけて……わたしみたいなひとを、へらしたいです」
「……あ」
「わたしが、きちんとしたせいじょになれば、できるとおもいます」
決意を込めた表情で言うアイリス。
アイリスは優しい子だ。つらい過去を持っているだけに、他の人に同じ気持ちを味わわせたくないんだろう。
その考えは素敵だと思うけど、結局聖女を目指すところは変わらずか……
これはこの手の創作にありがちな、原作の強制力というやつだろうか。だとすると、死亡フラグは完全に回避できたわけじゃないとか? 一筋縄ではいかないわね。
「それに、せんせいみたいな、すてきなひとにもなりたいです」
「え? 私?」
「はい!」
私、何か素敵なことしたかしら。お菓子とおもちゃでアイリスの気を引こうとして失敗した記憶しかないんだけど。
私が尊敬に値するかはともかく、アイリスの決心は固そうだ。
安全を取るなら、無理やりにでも止めるべきだろう。原作の展開に近付けば近づくほど、破滅エンドに向かう可能性が高くなる。自分が処刑されるのも、アイリスがそんな目に遭うのも私は絶対に嫌だ。
でも……
「……」
アイリスのまっすぐな目つきには覚えがある。
前世の私には兄がいた。兄は必死に勉強して偏差値が七十を超える難関大学に現役で受かり、返済不要な奨学金をもらうほどに好成績を取っていた。医者になるのが夢だとよく言っていた。
けれどある時、父親が病気で倒れて、うちにはお金がなくなった。収入がなくなったうえに父の手術費用、入院費が重なって一気に困窮した。そんな時、兄はあっさり大学をやめて就職すると言い出した。
父や私、弟たちは猛反対したけれど、それでも意見は曲げなかった。
今のアイリスの顔は、あの時の兄と同じだ。
大事な信念を持ち、それを貫くことを決めている。
「……わかったわ」
「……!」
「アイリスがそこまで聖女になりたいっていうなら、私ができる限りのことは教える。これまで通りにね」
「はい! ありがとうございます!」
私が諦めて言うと、アイリスは嬉しそうに笑みを浮かべた。
アイリスがこの調子なら、私が止めても聞かないだろう。それなら、いっそ原作のことを知っている私が近くで状況をコントロールしたほうがいい。
それに、聖女になること自体が悪いわけじゃない。
権力を持ったタイミングで、過激な思想を持っていることが問題なのだ。
ならば私がアイリスにすべきことは一つ――聖女教育をしながら、アイリスが魔物への復讐心を取り戻したりしないように一緒に楽しく過ごすこと!
要するにこれまでと同じってことね。
「でも、焦りは禁物よ。しっかり、コツコツ頑張っていきましょう!」
「よろしくおねがいします!」
そんな感じで、今日の聖女教育がスタートした。
「ええ、おはよう」
ニナとの一件があった翌朝、アイリスの聖女教育を行うために教会を訪れた私は、輝く笑顔に出迎えられた。
「どうしたの、アイリス? 何だかすごく嬉しそうだけど」
「せんせいに、おあいできるのが、たのしみでした!」
青い瞳を宝石のように輝かせて元気よく頷くアイリス。
……ちょっと天使すぎない? 昨日まではもっとお人形さんみたいな感じだったのに、今日は元気いっぱいで愛らしい。それによく見ると、昨日より顔色がよくなっている。
「ニナたちにはあの後何もされてない?」
「はい。……あの、せんせいは、になさんたちに、なにかしましたか? なんだか、どんよりしていました」
「まあ、いろいろね」
昨日のうちにニナたちのことは、教皇様に伝えた。その結果、ニナたちは聖女候補として精神が未熟ということで、地方の教会でしばらくの間奉仕活動を命じられたのだ。
聖女候補であることは変わらないので、きちんと反省すれば戻ってこられるだろう。
さすがに虐めをするような人間は聖女にはさせられないので、当然の処置だ。
「ニナたちのことは、もう心配いらないわ。それよりアイリス、昨日はよく眠れた?」
私が聞くと、アイリスは頷いた。
「はい。はんせい、したので」
「反省?」
「わたしが、むちゃをしたら、おとうさんとおかあさんが、きっとかなしみます。なので、もう、へんなことはしません」
「あ、アイリス……!」
今のアイリスの表情は、昨日までの思いつめていたものとは違って晴れやかだ。
「いままで、わたしは、まものにふくしゅうをしたいとおもっていました。でも、それはもうやめます。そんなことをしても、おとうさんとおかあさんは、よろこびません」
「ほ、本当に?」
「はい。ほんとうです」
「凄いわアイリス! よく言ったわ!」
アイリスの境遇を考えたら、復讐心を捨てるのはとても難しいことだっただろう。それでも彼女はそれを乗り越えたのだ。
「くるしいです、せんせい」
「……はっ! ごめんなさい、思わず」
感極まって全力で抱きしめてしまった。アイリスが魔物への憎しみに飲み込まれないことは、死亡フラグ回避の必須条件だった。それが達成できたのも喜ばしいけど……それ以上に、アイリスが自分の人生を生きられるようになったことが嬉しい。
「それじゃあアイリス。教皇様のところに行きましょう」
「きょうこうさまに、なにかごようがあるんですか?」
「え? だって、アイリスはもう聖女になる理由はないでしょう?」
魔物への復讐心から解放された以上、アイリスが聖女教育を受ける必要はない。聖女候補も聖女も大変な役目だ。特に数が少ない聖女なんて、とんでもないブラックである。
こんなしんどい仕事、教皇様に話を通してやめてしまえばいい。
「あ、アイリスは今後のことを心配しているのかしら? なら問題ないわ。アイリス一人くらいならうちで面倒見られるもの。気後れするなら、メイド見習いってことでもいいわ。もちろん三食おやつに昼寝付きよ!」
「いえ、やめません。わたしはせいじょになります」
「え?」
「せいじょになります」
「……で、でも、聖女のお仕事はものすごく大変よ? 休みなんて全然なくて、ずっとにこにこしてなきゃいけないし、外国に派遣されることもあるかもしれないし」
「やります」
何で!? どうしてこんなに意思が固いの!? 魔物への復讐心はなくなったんじゃないの!?
「せいじょになって、まものをたくさんやっつけて……わたしみたいなひとを、へらしたいです」
「……あ」
「わたしが、きちんとしたせいじょになれば、できるとおもいます」
決意を込めた表情で言うアイリス。
アイリスは優しい子だ。つらい過去を持っているだけに、他の人に同じ気持ちを味わわせたくないんだろう。
その考えは素敵だと思うけど、結局聖女を目指すところは変わらずか……
これはこの手の創作にありがちな、原作の強制力というやつだろうか。だとすると、死亡フラグは完全に回避できたわけじゃないとか? 一筋縄ではいかないわね。
「それに、せんせいみたいな、すてきなひとにもなりたいです」
「え? 私?」
「はい!」
私、何か素敵なことしたかしら。お菓子とおもちゃでアイリスの気を引こうとして失敗した記憶しかないんだけど。
私が尊敬に値するかはともかく、アイリスの決心は固そうだ。
安全を取るなら、無理やりにでも止めるべきだろう。原作の展開に近付けば近づくほど、破滅エンドに向かう可能性が高くなる。自分が処刑されるのも、アイリスがそんな目に遭うのも私は絶対に嫌だ。
でも……
「……」
アイリスのまっすぐな目つきには覚えがある。
前世の私には兄がいた。兄は必死に勉強して偏差値が七十を超える難関大学に現役で受かり、返済不要な奨学金をもらうほどに好成績を取っていた。医者になるのが夢だとよく言っていた。
けれどある時、父親が病気で倒れて、うちにはお金がなくなった。収入がなくなったうえに父の手術費用、入院費が重なって一気に困窮した。そんな時、兄はあっさり大学をやめて就職すると言い出した。
父や私、弟たちは猛反対したけれど、それでも意見は曲げなかった。
今のアイリスの顔は、あの時の兄と同じだ。
大事な信念を持ち、それを貫くことを決めている。
「……わかったわ」
「……!」
「アイリスがそこまで聖女になりたいっていうなら、私ができる限りのことは教える。これまで通りにね」
「はい! ありがとうございます!」
私が諦めて言うと、アイリスは嬉しそうに笑みを浮かべた。
アイリスがこの調子なら、私が止めても聞かないだろう。それなら、いっそ原作のことを知っている私が近くで状況をコントロールしたほうがいい。
それに、聖女になること自体が悪いわけじゃない。
権力を持ったタイミングで、過激な思想を持っていることが問題なのだ。
ならば私がアイリスにすべきことは一つ――聖女教育をしながら、アイリスが魔物への復讐心を取り戻したりしないように一緒に楽しく過ごすこと!
要するにこれまでと同じってことね。
「でも、焦りは禁物よ。しっかり、コツコツ頑張っていきましょう!」
「よろしくおねがいします!」
そんな感じで、今日の聖女教育がスタートした。
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