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悪役聖女の教育係に転生しました
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「はあ……今日も残業かあ……」
終電が来るのを駅のホームで待ちながら呟く私。
どこにでもいる事務職OLのはずなのに、接待のセッティングやら営業資料作りまで上司に押し付けられて毎日残業、残業、残業。気づけば三十歳の大台をとっくに超えてしまっていた。
もちろん浮いた話なんてない。
気まぐれでSNSを開くと、結婚して幸せな家庭を築いた友達が家族旅行の写真を上げていた。幸せそうだ。それに引き換え私は……ッ!
「……結婚、か」
正直ちょっと家庭というものに憧れがある。
素敵な旦那さん……というのは一旦おいといて。
子供が欲しい。
それもとびきり可愛い女の子の。
実家が男兄弟ばかりだったからね。同性の家族とお洒落の話とかスイーツショップめぐりとかしたかったなあ。母親が存命ならそういうのもできたかもしれないけど、残念ながら私が生まれた直後に病気で亡くなってしまっている。
もちろん男手一つで私たち兄妹を育ててくれた父親には感謝してる。してるけど、それはそれとして、やっぱり男家族だけでは満たせない欲求というものがあるのだ。
そんなことを考えているうちに電車がやってくる。
私は視線を前に向け、その時、めまいを感じた。
「ん?」
……そういえば、残業続きでろくに眠れてないんだった。
私は寝不足によるめまいでふらふらと線路上に倒れ込み、最悪のタイミングで突っ込んできた電車にはねられて命を落とした。
――という前世の記憶を、頭を強く打った拍子に思い出した。
「痛た……」
今世の私の名前はミリーリア・ノクトール。ファンタジー感あふれる国に生きる十八歳の侯爵令嬢だ。
生まれ持った“聖女”としての力で国に貢献していたものの、一か月ほど前に階段から落ちた事故がきっかけでその力の大半を失った。
現在は教会に依頼されて、とある聖女候補の指導を行っている。
その聖女候補というのが――
「ご、ごめんなさい。せんせい、だいじょうぶですか……?」
今目の前にいる可愛らしい女の子、アイリス。孤児なので家名はなし。
さらさらの絹のような銀髪と湖のような青い瞳が特徴の、お人形さんみたいに綺麗な子だ。ちなみに年は五歳で、丁寧なのに舌足らずな口調がこれまた可愛い。
今日もこの子に聖女としての力の使い方を教えようとしていたら、アイリスはいつもの時間に私のもとにやってこなかった。
そのため私の方から呼びに行ったのだけど、丁度こっちに来ようとしていたアイリスと曲がり角で勢いよくぶつかり、私はそれで盛大に転んで壁に頭をぶつけたのだ。
多少は痛いけど、まあたんこぶくらいでしょう。
このくらいなら、ヨシ!
「私は平気よ。それよりアイリスこそ大丈夫だった? あなたも転んだでしょ?」
「え?」
慌ててアイリスのほうも確認する。
アイリスの身長なんて百十センチあるかどうかだ。一方今の私は身長百六十センチ以上。この体格差でぶつかったんだからアイリスのほうが心配である。
アイリスのボディチェックを行うと……うん、怪我はしてないみたいね。
危ない危ない。こんな国宝級の美少女に傷なんてつけたら大変なことだ。
「お、おこってないんですか……?」
びくびくと震えながら尋ねてくるアイリス。
「怒る? ああ、まあ、廊下を走ったのはよくないわね。駄目よ、遅刻しそうだからって慌てたら。アイリスだって転んだら危ないんだから」
「せ、せんせいがわたしのしんぱいを……!?」
呆気にとられたように唖然とするアイリス。
「そりゃするでしょう。私はあなたの先生なん、だか、ら……」
そこまで言いかけて、私は思い出す。
ミリーリアが今までこのアイリスにどんな接し方をしてきたか。
怯えたようにアイリスが言う。
「……わたし、ねぼうしたうえに、せんせいにぶつかってころばせてしまいました。また“おしおき”がされるのかなって……」
そう。
ミリーリアは聖女としての自分に高いプライドを持っていた。
事故によってその聖女の力を失ったミリーリアは、その執念を弟子であるアイリスに向けたのだ。自分が聖女になれなくなったから、弟子を最高の聖女に育てて自分の代わりに教会でのし上がらせようというわけだ。
そのためまだ五歳のアイリスに対して過酷な訓練を課し続けた。
一日二十時間も魔術の特訓をさせたり。
少しでも失敗すれば物置に閉じ込めたり。
……ってこんなの虐待じゃない! 何をやってるのよ私は!
「アイリス!」
「は、はい!」
私はその場に膝をついて、勢いよく頭を下げた。
「今までのことはごめんなさい! 私がやってきたことは謝っても許されることじゃないわ……でも、こうしないと私の気が済まないの! 本当にごめんなさい!」
「!?」
声にならない悲鳴を上げるアイリス。
そりゃそうだろう。今まで鬼教官以外の何物でもなかった私が急に土下座を披露しているのだから(この世界に土下座なんて文化はないけど)。
ここは教会本部の廊下なので、普通に神官やシスターが通りかかっているけれど、そのたびにみんながギョッとしている。
しかし今まで私がやってきたことを考えればこの程度では済まされない……!
いや、まあ、転生前の私に同情する気持ちもないではない。
ミリーリアは侯爵令嬢に生まれながら、聖女の力まで持ったことで、それはもう多忙な日々を過ごしてきた。自分の趣味にふけるような時間もなく、聖女の仕事を頑張り続けたのだ。
そのスケジュールときたら、ブラック企業でこき使われていた私でも真っ青なレベルである。
それなのに、ある日いきなり事故に遭い、聖女の力の大半がなくなってしまった。
当然のように聖女の座を追われ、誰からも見向きもされなくなる。ミリーリアが、「自分の今までの人生は何だったんだろう」と愕然とするのも無理はない。
とはいえ、こんな小さな女の子を追い込むような真似をしていいわけがない。
「これからはもっとあなたのことを考えて訓練のメニューを組むわ。つらかったらすぐに言うのよ」
「で、でも、せんせいが『このくらいはできてとうぜん』って」
「それは忘れてちょうだい」
「えええええ」
困惑したような顔を浮かべるアイリス。
とりあえず、聖女教育はこの子の負担にならないよう細心の注意を払おう。幸い今の私にはミリーリアとしての記憶もあるから、訓練のやり方を変えることも問題なくできるはず。
それにしても、ミリーリアにアイリスか。
何だか聞いたことのあるような名前だけど……どこで聞いたんだろう?
終電が来るのを駅のホームで待ちながら呟く私。
どこにでもいる事務職OLのはずなのに、接待のセッティングやら営業資料作りまで上司に押し付けられて毎日残業、残業、残業。気づけば三十歳の大台をとっくに超えてしまっていた。
もちろん浮いた話なんてない。
気まぐれでSNSを開くと、結婚して幸せな家庭を築いた友達が家族旅行の写真を上げていた。幸せそうだ。それに引き換え私は……ッ!
「……結婚、か」
正直ちょっと家庭というものに憧れがある。
素敵な旦那さん……というのは一旦おいといて。
子供が欲しい。
それもとびきり可愛い女の子の。
実家が男兄弟ばかりだったからね。同性の家族とお洒落の話とかスイーツショップめぐりとかしたかったなあ。母親が存命ならそういうのもできたかもしれないけど、残念ながら私が生まれた直後に病気で亡くなってしまっている。
もちろん男手一つで私たち兄妹を育ててくれた父親には感謝してる。してるけど、それはそれとして、やっぱり男家族だけでは満たせない欲求というものがあるのだ。
そんなことを考えているうちに電車がやってくる。
私は視線を前に向け、その時、めまいを感じた。
「ん?」
……そういえば、残業続きでろくに眠れてないんだった。
私は寝不足によるめまいでふらふらと線路上に倒れ込み、最悪のタイミングで突っ込んできた電車にはねられて命を落とした。
――という前世の記憶を、頭を強く打った拍子に思い出した。
「痛た……」
今世の私の名前はミリーリア・ノクトール。ファンタジー感あふれる国に生きる十八歳の侯爵令嬢だ。
生まれ持った“聖女”としての力で国に貢献していたものの、一か月ほど前に階段から落ちた事故がきっかけでその力の大半を失った。
現在は教会に依頼されて、とある聖女候補の指導を行っている。
その聖女候補というのが――
「ご、ごめんなさい。せんせい、だいじょうぶですか……?」
今目の前にいる可愛らしい女の子、アイリス。孤児なので家名はなし。
さらさらの絹のような銀髪と湖のような青い瞳が特徴の、お人形さんみたいに綺麗な子だ。ちなみに年は五歳で、丁寧なのに舌足らずな口調がこれまた可愛い。
今日もこの子に聖女としての力の使い方を教えようとしていたら、アイリスはいつもの時間に私のもとにやってこなかった。
そのため私の方から呼びに行ったのだけど、丁度こっちに来ようとしていたアイリスと曲がり角で勢いよくぶつかり、私はそれで盛大に転んで壁に頭をぶつけたのだ。
多少は痛いけど、まあたんこぶくらいでしょう。
このくらいなら、ヨシ!
「私は平気よ。それよりアイリスこそ大丈夫だった? あなたも転んだでしょ?」
「え?」
慌ててアイリスのほうも確認する。
アイリスの身長なんて百十センチあるかどうかだ。一方今の私は身長百六十センチ以上。この体格差でぶつかったんだからアイリスのほうが心配である。
アイリスのボディチェックを行うと……うん、怪我はしてないみたいね。
危ない危ない。こんな国宝級の美少女に傷なんてつけたら大変なことだ。
「お、おこってないんですか……?」
びくびくと震えながら尋ねてくるアイリス。
「怒る? ああ、まあ、廊下を走ったのはよくないわね。駄目よ、遅刻しそうだからって慌てたら。アイリスだって転んだら危ないんだから」
「せ、せんせいがわたしのしんぱいを……!?」
呆気にとられたように唖然とするアイリス。
「そりゃするでしょう。私はあなたの先生なん、だか、ら……」
そこまで言いかけて、私は思い出す。
ミリーリアが今までこのアイリスにどんな接し方をしてきたか。
怯えたようにアイリスが言う。
「……わたし、ねぼうしたうえに、せんせいにぶつかってころばせてしまいました。また“おしおき”がされるのかなって……」
そう。
ミリーリアは聖女としての自分に高いプライドを持っていた。
事故によってその聖女の力を失ったミリーリアは、その執念を弟子であるアイリスに向けたのだ。自分が聖女になれなくなったから、弟子を最高の聖女に育てて自分の代わりに教会でのし上がらせようというわけだ。
そのためまだ五歳のアイリスに対して過酷な訓練を課し続けた。
一日二十時間も魔術の特訓をさせたり。
少しでも失敗すれば物置に閉じ込めたり。
……ってこんなの虐待じゃない! 何をやってるのよ私は!
「アイリス!」
「は、はい!」
私はその場に膝をついて、勢いよく頭を下げた。
「今までのことはごめんなさい! 私がやってきたことは謝っても許されることじゃないわ……でも、こうしないと私の気が済まないの! 本当にごめんなさい!」
「!?」
声にならない悲鳴を上げるアイリス。
そりゃそうだろう。今まで鬼教官以外の何物でもなかった私が急に土下座を披露しているのだから(この世界に土下座なんて文化はないけど)。
ここは教会本部の廊下なので、普通に神官やシスターが通りかかっているけれど、そのたびにみんながギョッとしている。
しかし今まで私がやってきたことを考えればこの程度では済まされない……!
いや、まあ、転生前の私に同情する気持ちもないではない。
ミリーリアは侯爵令嬢に生まれながら、聖女の力まで持ったことで、それはもう多忙な日々を過ごしてきた。自分の趣味にふけるような時間もなく、聖女の仕事を頑張り続けたのだ。
そのスケジュールときたら、ブラック企業でこき使われていた私でも真っ青なレベルである。
それなのに、ある日いきなり事故に遭い、聖女の力の大半がなくなってしまった。
当然のように聖女の座を追われ、誰からも見向きもされなくなる。ミリーリアが、「自分の今までの人生は何だったんだろう」と愕然とするのも無理はない。
とはいえ、こんな小さな女の子を追い込むような真似をしていいわけがない。
「これからはもっとあなたのことを考えて訓練のメニューを組むわ。つらかったらすぐに言うのよ」
「で、でも、せんせいが『このくらいはできてとうぜん』って」
「それは忘れてちょうだい」
「えええええ」
困惑したような顔を浮かべるアイリス。
とりあえず、聖女教育はこの子の負担にならないよう細心の注意を払おう。幸い今の私にはミリーリアとしての記憶もあるから、訓練のやり方を変えることも問題なくできるはず。
それにしても、ミリーリアにアイリスか。
何だか聞いたことのあるような名前だけど……どこで聞いたんだろう?
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