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セフィラ

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「約束の金だ。これで文句ないな?」
「はい。確かに頂戴いたしました」

 グレフ村のそばで相変わらず待っていたイルブスに、二億ユールを支払う。
 さすがにすべて現金とはいかなかったが、小切手でも問題ないらしい。

 奴隷エルフの入る檻の前にやってくる。

「それでは今日からこの奴隷はあなた様のものです。ご説明しますと、この奴隷は簡単な読み書き、家事などは一通りこなせます。夜の奉仕に関しては初物ですので、旦那様が望むように調教なさるとよろしいかと」

 後半の説明は聞かなかったことにしよう。

「また、何といいますか……片方の足に傷がございます」
「傷?」
「はい。それはわたくしどものもとに来る前につけられたもののようです。しかも、傷が一定以上治らないよう『呪い』がかけられているようですね」

 呪い。
 状態異常の一種で、一部の<魔術師>なんかが扱うものだ。

 解呪には専用のポーションなどが必要になるので、状態異常の中でも厄介とされている。

「それは深刻なのか?」
「走ったりはできませんが、ゆっくり歩く程度なら問題ありません」

 なんてことのないように言うイルブス。
 次にイルブスは俺に手のひらサイズの板のような魔道具を渡してきた。

「これは?」
「商品が身に着けている首枷のスイッチでございます。これに魔力を流すと電撃が発生し、大人しくさせることができます。ついでに魔力を封じる効果もあります」

 魔術に秀でるエルフをどうやって大人しくさせているかと思ったら、こんなものを使っていたのか。

「ああ、ご心配はいりません! きちんと首元のヤケドはポーションで修復しておりますので、見た目は落ちておりませんよ」
「そういう心配をしてるんじゃない」

 俺の持つ板状の魔道具を見て、エルフが怯えたような顔をする。
 よっぽど恐怖を刷り込まれているようだ。

「檻を開けますぞ。おい、出てこい!」
「……」

 イルブスが檻を開けるとエルフは大人しく出てきた。
 事前に聞いていたとおり、足を引きずるような歩き方だ。

「……よろしくお願いします、ご主人様」

 いかにも覚えさせられた感じの挨拶を披露する。

 俺を見る瞳に感情はない。
 相変わらず、虚無的な目だ。

「それではわたくしどもはこれで。またのご利用をお待ちしております」

 イルブスは奴隷を俺に引き渡すと、さっさと馬車を出して去っていった。

 さて、どうするかな。
 何となく放っておけなくて助けてはみたが、ここからはノープランである。

 とりあえずこの物騒な首枷は外してしまうか。

「ひっ……」

 俺が首枷に手を伸ばすと、エルフの奴隷が小さな悲鳴を上げた。だがそれを無視して俺はさっさと首枷を観察する。

 すると裏側に謎のくぼみがあった。
 イルブスから受け取った板状の魔道具をそのくぼみに嵌め込むと、かちり、と音がして首枷が外れる。

 うお、意外と重いな、これ。

「イオナ、これ壊せるか?」
「任せなさい」

 俺たちの中で一番パワーのあるイオナに首枷を渡す。イオナは力を込めてそれをねじ曲げ、引きちぎった。

「ふふん」
「ありがとう、イオナ」

 なんだか褒めて欲しそうな顔をしていたのでイオナの頭をわしゃわしゃと撫でる。
 その後【掘削】スキルで穴を掘り、首輪の残骸を埋めた。

 これでよし。
 奴隷商の持ち物なんて持ち歩きたくないし、適当に捨てて誰かに再利用されるのもまずい。
 壊したうえで埋めてしまえばその心配もなくなる。

「……!」

 エルフが呆気にとられたように俺を見ている。

 なぜ、と聞かれているような気がしたので伝えておく。

「俺は別に奴隷が欲しかったわけじゃない。気まぐれで助けただけだ。だからこんなものは必要ない」
「……私には、奴隷としての価値がありませんか?」

 いらない、と言われたように聞こえたんだろうか。
 エルフはわずかに悲しそうな顔をする。
 俺は慌てて首を横に振る。

「い、いや、そういうことが言いたいんじゃない」

 価値がないわけあるか。このエルフ、凄まじい美人であるだけでなくスタイルもいい。男なら誰だって目を奪われるほどに綺麗だ。

「別に見捨てようってわけじゃない。お前、帰る場所はあるか?」
「……いえ」
「じゃあ、何かやりたいことは? 生きていくアテはあるか?」
「……」

 俺の質問に答えられずエルフは口を閉ざしてしまう。
 まあ、そんなことだろうと思った。

「わかった。なら、しばらく俺たちと一緒に行動しよう。お前にやりたいことが見つかったら、そのとき考えればいい」

 俺は自分の都合でこのエルフを助けた。
 なら、ある程度は責任を持つのが筋だろう。

「……やりたいことなんて、ありません」

 俯いてエルフが呟く。
 その姿はまるで迷子の子供のようだった。

 なんというか……本当に孤児時代の俺を見るかのようだ。

 人間、追い込まれると色んなことがどうでもよくなってくるからな。

「なら、やりたいことが見つかるまで待てばいい。名前を教えてくれるか?」
「セフィラ、です」
「俺はロイだ。よろしくな」
「私はシルだよ~」
「イオナよ」
「……よろしくお願いします」

 どこか戸惑ったように、エルフ――セフィラは頭を下げる。

 そういうわけで、セフィラが同行者に加わった。
 あくまでセフィラの今後が決まるまでの臨時ではあるが。

 さて、これからのことだ。

「とりあえず、セフィラの足を治すか」
「え?」
「不便そうだしな。病気ならともかく、呪いなら何とかなるだろう」

 病気は回復魔術やポーションでは治らないが、呪いなら別だ。
 幸いまだ金は残っているし、ある程度は対応できるだろう。

「そ、そんな、いけませんご主人様。私は奴隷です」
「あのな、まず、ご主人様とか奴隷とかいうな。個人所有は違法なんだよ」

 衛兵に聞かれたらそのまま詰所に連行されかねない。

「も、申し訳ありません!」
「いや、謝るほどのことじゃないけど……あー、あれだ。セフィラの足が悪いと移動が面倒だから、さっさと治したいんだ。俺が不便だから」
「そうでしたか」

 ほっとしたように言うセフィラ。

 どうも自分のために何かされる、というのに慣れていないような感じだ。
 接し方も考える必要がありそうだな。

 俺たちはそのままグレフ村の治療院へと向かった。
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