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第一章
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しおりを挟む『俺をよべ——ベルク』
高位悪魔という存在は気まぐれで欲望に忠実な精霊だ。
俺様は高位な悪魔連中の内じゃぁそこそこ上に立つと思う。
自由と快楽を求める悪魔——「色欲のルスト」とも名づけられた俺様は、そう易々と人間なんぞと契約という名の束縛に死んでも応じないつもり、だった。
——何のツケの回しか……実際はよく分からねえ状況に、気付けばこの半魔の小僧と契約しちまった。
そん時の記憶は曖昧で、かろうじて覚えているくらい。ただ、こいつの魂の色からなんとなく懐かしさを感じた。そのせいで目が眩んだかもしれん。
狂いまくった女に何度も鞭を打たれた挙句に再び髪を掴み吊るしにされてる、一応契約者とでも言える少年を目の当たりにする。否、正確には過去の闇に囚われる主人の”精神体“を。
(チッ、いきなり胸糞悪ぃもん見せられたぜぇ……)
自由と相反する言葉——すなわち囚われ、束縛。
そんな場面を再び見せられたルストはかなり気が立っている。
あのバケモンの檻が緩んだと思って久々にシャバの空気を吸えると言うのに⋯⋯
なんだ? このしけた面の餓鬼は。
俺様の契約者とあろう者が自分の魔力に反噬されるなんざざまぁーねぇな。
こいつの生まれた時から今に至るまでずっと側で自由の空気を吸う機会を窺っていたというのに⋯⋯
あの“女”に見つかったあの日から——
『ベルちゃんの魔力が安定出来た暁にはちゃんと外へ出してあげるから、今は大人しくしないと消しちゃうぞ♪』とか脅されて⋯⋯
俺の自由をっ! 快楽をっ!
(————っくそぉがぁ~~!! 納得いかねぇ!!)
フンっ、結界の綻びと餓鬼の精神の揺らぎを感じたから。ちょっくら体の主導権握って。こいつの魔力を安定させようとしたまでだ。
⋯⋯別にあわよくば報復しようとしたり、こいつの体借りて酒と女を享受しに行こうとか、そうゆんじゃねーし。
まぁ、この小僧の胸に秘める、側から見て歯痒くてしょーがねぇ。あの女に対する有り余る思いを俺様が少し手助けしてやろうとも考えはした。
⋯⋯考えはしたが、途中であの女に更なる監禁を強いられそうでやめておこう。少なくとも高位悪魔である俺様がどうしてこんな肩身の狭い思いをしなきゃならねぇーんだ⋯⋯
それもこれも、この餓鬼と契約なんぞしたせいで⋯⋯
悪魔はうらめしそうに全身傷だらけになってる男の子を映らない横目で見遣る。
——つか、どんだけ考えるんだよ!? 自分の心中で長々と一人言しちまったじゃねぇか。
『おい。決まったか、吾の契約者よ』
そろそろ待っていられんとばかりに再度繕った口調でもう一度少年に催促する。
悪魔の一人言は、実はさほど経っていない。
ただ単に、性格が短気な悪魔——ルストである。
「⋯⋯僕は⋯俺っ、は⋯⋯」
姿見をせず聞こえてくる誘惑の囁きに。少年はどこかうわの空とした表情で何もないはずの空をぼんやり見つめ、思い悩んでいた。
彼は確かに苦しい出来事から逃げ出したいと、楽になりたいと一瞬心を動かした。
けど、何故かこの甘言に乗ってはいけないと。
だれかに⋯⋯靄のかかった知らない誰かにそれはダメだと、過去から目をそ逸らしてはいけないと。手を引かれ、その一歩を踏み留ませられた。
見えないその人とは大切な。欠けがいのない。唯一無二の存在であると。根拠もなく確信する。
(⋯⋯大切な、人?……)
「⋯⋯分からない⋯⋯」
思い出そうにも、記憶の底は細波ひとつも立たない。なのに心はその人に会いたいと全身の細胞で叫んでいる。
枯れ細った手で胸元を強く掴む。そうすれば心に脈打ち訴える何かをわかる気がした。
『分からないというのなら。吾の力を使えばよかろう』
「それは……駄目だ……」
『分からんのに結論を出すのか?』
少年の躊躇う意思を目にし、悪魔のルストにとってその迷いは不可解で仕方なかった。
何故だ? こんな心身共々ボロクソになってるというのに。何を躊躇する必要がある。誰にも屈しない力を手にすれば、もう二度と昔みたいに虐げられ蔑まれた苦痛な経験を味わなくて済むだろ。
人間とは(いや、ここは半魔か)やはり不可解な生き物だぜぇ。
暗闇に紛れる悪魔は煙の実体を、解せぬとばかりにゆらゆらと人間のため息混じりに首振る動作を真似した。
「違うと思ったまでだ」
どこか迷いが晴れたかのように。今度はまっすっぐ前を据え、決然とした態度でキッパリ言い切った。
そして少年は青年へ成長し、過去の幻影は霧散していく。
哀れのひ弱い少年から散りゆく煙と共に、凛々しくもどこかあどけなさを残す今の美青年の姿に変貌してゆく。
(俺は壊す力より。あの人を——守れる力が欲しい。そして、できれば⋯⋯自分の手で守りたい)
消えた幻に残されたベルクは水平線の見えない灰色の空虚の世界に一人佇んでいた。
無限に続く晴れない空を眺め。胸に当てた手を暫く見下ろすと。悪魔の誘いに断りの答えを出す。
「お前の手は借りたくない⋯⋯そう、心が示している。だから悪いが手助けは断らせてもらう」
『⋯⋯⋯⋯なに?』
「お前の手はっ⋯」
『ダァ~ー! 聞こえてらぁ! 本気で言ってんのか貴様?!』
「そうだ」
『何ぜだ?! 俺様、一応小僧あんたの契約悪魔だぞ!? この、俺の力を借りればあんたの闇の魔力を使いこなし、今回みたいなヘマは起こらねぇし。今より強くなれるかもしんねぇーんだぞ!?』
こいつ、今も魔法は大気中に巡る元素魔粒子をちまちまと溜め込んで使ってやがる。
そりゃ普通の精霊契約無しの魔術士達おろか他の奴らもその方法で魔法とか技とか使うけどよー。
俺様みたいな魔力消耗も無ければ強力の魔法を一発で使えるリーズナブルな方法があるというのに。
何だこのザルにされた気分は⋯⋯腹たつー!
「そうかもしれない。だが俺はお前の力を借りてなせる事を自分の力で成し遂げたい。⋯⋯ぁと、期待に、応えたいし⋯⋯」
誰の期待かは思い出せないが、そうしなければいけない気がする。
(⋯⋯んーだとっこらぁ!?
結局あの女のためかよ?! チッ、別にてめーの為に聞いてるんじゃねーし!
俺様の自由の為に手順踏んで、契約者であるオメーに聞いてやってんだ! 力ずくにこと済まさなかったことを感謝しろよな!)
手を貸す申し出を足蹴にされ、ショックのあまり逆ギレしたルストは。断れるなんぞ考えもしなかったんだろう。
実際契約という名の枷を付けられたからには、そう易々と主人に危害を加えることも主人の意向なしに行動を起こすなんて、不可能な事実は精霊契約の箇条に含まれている。
よって、悪魔といえども精霊の一種に違いないルストは自ら主人であるベルクに対する、害なす行為はできないはず。
しかし、どんな規則や条例にも穴はある。
——それすなわち契約の力が弱まった時。
精霊と人間を繋ぐ――精霊契約。
それはお互いの心に契約印を押し。世界への干渉を望む退屈な精霊と力を欲する貪欲な人間との公平的な交渉。
それゆえ契約者の心が揺らいだその時、契約の印が弱まる。絆が弱い場合その隙に主人の体を乗っ取ったり、羽目を外そうとする精霊はよく見かける。
大方自由気ままな悪魔がほとんどに違いない。そのせいで彼らは敬遠される理由もあるが。いちばんの理由は「魔神、魔族」と同じく闇の系統だからだ。
いや、魔族達の”闇”とは似て非なるもの。
「光ありし場所影連なる」ともいう世界の説理に基づき、精霊も光と影がある。
光の反面を代表する闇の精霊に区化される悪魔は世界の大地によって自然と生まれた最古の悪魔と、あらゆる執念の意思から生まれ変わる悪魔が存在する。
その闇属性の魔力は自然によって作り出された産物で世界のバランスを壊さず。世界の理に叶った力として認められている。
一方で魔神、魔族の闇魔力とは”闇属性”とは言えないだろう、正確に名称を付けると――「邪気」とでもいうか。
彼らの魔力は世界の均衡を破壊するために存在する邪悪そのモノなのだ。
邪気に当てられた存在は堕魔する。
堕魔――邪気に触れた存在が悪意に染められ理性を失い魔物化、魔人化してしまう事を指す。
人体の魔粒子を正気と例えるのならそれは全く正反対の存在であり。一度邪気に染められた者は巣食う悪の種により心を蝕まれ魔に落ちる。
人々のあれだけ魔族を忌み嫌う理由はその恐れによるものが大きい。
ナチュラルボーン悪魔として自負するルストは自尊心を少しばかり傷つけられた。
相手は見えないとわかっていても。黒煙に扮する己の体を隅っこっでしょんぼりとすぼめる。
(なんかっ、こんな小僧の心配なんざどーでもよくなってきた⋯⋯
そもそも今回の件の発端は。こいつが知らず知らずに己の欲を抑えすぎてたせいで、心に付け入る隙が出たせいだろーが)
『⋯⋯っぉ俺がせっかくよぉー
⋯⋯己の欲望に素直にさせてやろうと思ったってのによぉ⋯⋯』
明らかに落胆した声にベルクは悪事をしてしまった居心地の悪さを覚える。
先程の気取った話声といい、落ち込む湿った声といい。全部辛い子供時代に、姿は見せないけど時に語りかけてくる、親しんだ存在によるものだと。ベルクはわかっていた。
悪魔のくせにメンタルの弱いルストを慰めようと右往左往する。
気の利く話を何とか喋ろうとした途端。語りかけようとした方角から、滅多に聞き及べない悪魔の絶叫が空虚なこの空間に響き渡った。
「『っぁあああああ~~!!
⋯⋯あぁ、来ちまったよ⋯⋯あのバケモンが、あの恐ろしい悪魔がぁっ⋯⋯』
「フッフッフッ、誰ぁ~れが悪魔だって~~」
間髪入れずに鈴を転がすような笑い声がその場に降りおりた。そう降りおりた。
空から眩い金色の帯が厚い曇天をかき分けるように、地面に立つ人影に降り注ぐ。
光を纏い。たゆたう金糸のごとく輝く髪と天より舞い降りる。
その神々しい光景に目を全て奪われたベルクは、彼女の声を耳にした瞬間から胸の高鳴りは鳴り止まらなかった。
記憶のもやは一気に晴れ、ざわざわと色んな気持ちが波打つ。苦しいような。それでいて待ちわびたような気持ち。
己の内に抱える何かが溢れ出そうだ⋯⋯
ドクンドクンと、早まる心臓の鼓動に指の関節が白むほどの強さで両手を押さえつける。
真っ直ぐと透き通る碧のした瞳は、優し過ぎるぐらいの眼差しを俺に向ける。
そんな瞳に、心の柔らかい部分をそっと撫でられた気持ちになって。今まで蓄積された思いに、泣きそうな程切なげな表情を流す。
——べルちゃん、もう大丈夫、大丈夫だから⋯⋯」
あぁ、思い出した。大切なのはいつだってこの暖かい日差し——彼女だけだ⋯⋯
(俺の、俺だけの——先生)
——待ち望んだ存在に手を差し伸ばす。
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