キツネの女王

わんころ餅

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壊れた歯車

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 野狐族の村が滅んだという話が出回り、イナホは急いで向かうと文字通り更地になっていた。
 ヴォルフが避難させにいったと思われる他の同族の姿は見えず、イナホは絶望する。
 これだけの被害だ。
 探しても無駄だろうと川べりを歩いて帰っていると、けがをして動けなくなっていた野狐族たちがいた。
 イナホは走っていくと、向こうもそれに気が付いて合図を送る。
 急いで駆け寄ると、骨が折れているといったようなケガではなく、捻挫や打撲などで、少し休めば再び歩き出せるような程度であった。
 安心し、綱彦の姿を探すが、どこにもない。

「なあ、首領は……?」

「いないよ。邪神があたいらを助けてから、『ふく』って叫んで走っていったから合流できなかった。あの爆発に巻き込まれて死んだのかもしれない……」

「イナホ、アンタはどうするのさ?」

「アタシは犬族と共にネズミ族の集落に行く。アンタたちはいかなくてもいいけど、けどヴォルフ様の治療を手伝ってくれない?死にそうなの」

「「「それを早く言いなさい!!!」」」

 イナホは野狐族のみんなに叱られるのであった。

 §

 薄暗い洞窟の中、鳴き声のような唸り声が反響する。
 その声の主はキツネの女であり、長い黒髪、白と赤の巫女のような格好をしていた。

「うぅ……うぷっ!?……っえ゙ぇぇぇ……」

 吐いている女の後ろからもう一人、キツネの男が現れる。
 二人は格好が似ており、何かしらの関係性があると思われる。
 男は女の尻を蹴り飛ばし、吐瀉物にダイブさせる。

「いつまで吐いているんだ。契約通り、我と子を成すために身体を作れと言ったはずだ」

「……すまぬ。じゃが……わしは……わしは……野狐族を……わしの魔法で……」

「死んだやつなんかどうでもいい。これからは我のために身体を捧げればいい。邪神ヴォルフなんかにその身体を捧げる必要なんてない。そうだろ?ふく」

 ふくは野狐族の村を正体不明の魔法で全てを吹き飛ばした。
 何故そのようなことをしたのか、考えるとこの手で命を消したと言う事実がふくの心をズタボロにし、食事を受け付けなくなった。
 ヴォルフとは誰のことなのか分からず、国づくりをする……その目的だけ覚えていた。
 そしてこの目の前にいる男の子供を作るというのが、目先の目標である。
 自身の吐瀉物で汚れた体と衣服を洗う為、外に出る。
 透き通るほどの透明な川に入り、身を洗って行く。

「何故こんなことをしておるのじゃ……。まだ、やらねばならぬこと……沢山あった……何をするつもりじゃったのか……?」

 ふくの記憶はぐちゃぐちゃになって分からなくなった。
 ため息をついて、川べりで寝転がる。
 ビチャビチャになった身体と衣服を乾かそうとするが、相変わらず【太陽】は薄暗く頼りないものだった。
 頼りない【太陽】にイライラしながら呟く。

「『風よ、我が体と衣服に纏う水を弾き飛ばせ』」

 風がふくの周りを渦巻き、水気を飛ばして乾かす。
 手櫛で髪の毛を解き、毛並みを整え、袴を着る。
 そしてヨロヨロと洞窟に戻り、男と相対する。

「綱彦よ、わしを抱いておくれ」

「……ふん、服を脱いで転がれ」

 言われるがまま服を脱ぎ、交尾を始めるのだった。
 愛もない、目的も不明で苦痛しかないものだが、ふくは従うほか無かったのだった。

 §

 イナホは避難していた野狐族を連れて、犬族の集落に戻る。
 犬族は慌ただしくしており、イナホは一人の男を捕まえる。

「どうしたのさ!そんなに慌てて」

「ヴォルフ様の呼吸が……」

「!?みんな行くよ!」

 野狐族は全員顔を合わせてヴォルフの元へ走って行く。
 治療をしている小屋に入ると、犬族の女性はオロオロしていた。
 どうやら薬草や薬ではどうにもならないような雰囲気である。
 イナホはコリーを見つけ、状況を聞く。

「帰ってきたよっ!ヴォルフ様の容態は!?」

「非常に不味い。魔力が漏れ出してきてるほどの損傷で、誰の血も受け付けない……ふく様がいれば……」

「ここにいない奴を頼っても仕方ないだろ?ウルシ!アンタは治癒魔法使えたよね?」

 ウルシと呼ばれる男の野狐族はオドオドしながら出てくる。

「つ、使えるけど……こんな怪我……魔力たらないよ……!」

「アタシたちが魔力を肩代わりする。アンタは全力で治しな!」

 そう言われ、事の重大さをウルシは理解し、ヴォルフの前に出る。
 意識を失っているとはいえ恐怖の対象であるヴォルフを見て脚が震える。
 歯をガチガチと鳴らし、涙目になるウルシの背中に手が添えられる。
 しかも二十人分の。

「大丈夫。ヴォルフ様はアタシらの味方。食うつもりならあの時食べてただろ?」

「そうよ!食べずに逃げろって言って逃がしてくれたのよ?本当は悪い狼じゃないのかもよ?」

「顔は怖いけど、話を聞いた限りネズミ族も犬族も助けたみたいだし、信用はしていいんじゃないのか?」

 それぞれが思い思いにヴォルフの評価をし、ウルシは再びヴォルフを見る。
 非常に辛そうな表情で今にも消えてしまいそうな雰囲気であった。

「ボクが……あなたを死なせません……!この命に変えても……!『癒しの力よ、我が魔力を、血肉を糧にし、この者の傷を癒せ!』」

 眩い光が治療小屋を支配し、光が収まるとウルシは倒れ、野狐族の皆も魔力を使い果たしたのか疲労困憊で立ち上がることができなかった。
 コリーは急いでヴォルフの様子を見ると傷は多少癒えており、肉体の崩壊は収まっていた。
 ひとまず安心するが、ヴォルフは目を覚ますことが無かった。
 その間、犬族と野狐族はレオンのいるネズミ族の集落に住まいを移し、生活を始めた。
 目を覚ますまでレオンが王の代理をし、不思議と【それ】は姿を現さず、平穏な日々が迎えられていた。
 国づくりの発起人、ふくとヴォルフは千年間一度も表舞台に姿を出すことはなかった。
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