夜明けには程遠い【完結】

米派

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「……最悪だ」

目覚めるなりグレンの顔が飛び込んできて、呟く。昨夜のことを思い出して殴り飛ばしてやりたくなったが、虚しくなって止めた。殴っても怒りはしないだろうが、完全に只の八つ当たりで俺の方が居た堪れなくなる。

無駄に整った顔を眺めて、するりと指先で頬を撫でた。擽ったそうに身動ぎはしたものの起きる気配はなく、好き勝手に指で触れてやる。初めは少し近づいただけで目を覚ましていたのに、こうして共に寝るようになってから俺が多少なにかをしようと起きなくなった。安心したように眠り続けるグレンに苛立ちが込み上げてきて、ぐっと無遠慮に頰を引っ張ってやる。

なし崩しに身体の関係を持ってから暫くして、俺の部屋が撤去された。四六時中一緒なんて俺にとってはストレスでしかない。当然、抗議したが、尤もらしい事を並び立てられて部屋に引き摺り込まれた。

毎夜のように性処理を手伝わされるのかと思って警戒していたのだが、グレンとて暇ではない。主要となる城を落とす画策をしたり、他の案件で手一杯だと言うこともある。そういった行為に及ぶ夜もあれば、ない夜もあった。何もしないのに、人形のように抱きしめられることに意味はあるのだろうか。グレンは満足そうだが、腕の中でぎゅうぎゅうと締め上げられるだけの行為に首を傾げてしまう。穴に突っ込めば気持ちがいいかもしれないが、そうでなくては固い男を抱き締めて何があるっていうんだ。

考えながらグレンの顔を弄っていたせいだろうか。加減を誤ったらしく、眉間に皺が寄った。あっ、と思って手を離すが、静かに上がっていく瞼を止めることはできない。グレンは瞳を瞬かせたあと、俺の腰を引き寄せるようにして額に唇を押し付けてきた。

「……眠れないんですか?」

頬に唇が寄せられて、すりっと鼻先が首筋に埋まる。そのまま行為に移るかと思ったが、グレンは俺を抱き締めるだけで何もしようとしない。

むしゃくしゃとした気持ちを抱えたまま眠ることなんてどうせ出来ない。口に出すのは躊躇われるが、何も分からなくなりたい気分だった。自分から足を絡ませて、首筋に頬を寄せる。誘い方なんて良く分からないが、これで良いのだろうか。そんな不安は杞憂だったらしく、顎を掴まれて些か乱暴なキスをされた。舌を甘く食まれたと思えば、じゅっと強めに吸われる。ぞくりと腰に熱が溜るのが分かった。

「貴方から誘ってくれるなんて珍しいですね。いや、初めてですか?」
「どうでもいいだろ。そういう気分になったんだ」

グレンの首に腕を回して、自ら唇を押しつけると赤い瞳が丸くなった。そのまま歯列を割って舌を差し込むと、肩を掴まれてぐっと遠ざけられる。まさか押し退けられるとは思っていなかったので、あっさりと距離が空いてしまった。見上げたグレンは何とも形容し難い表情を浮かべているが、目元は少し赤い。したくない訳ではなさそうだが、何故か迷っているようだった。葛藤するように眉を寄せてから、俺の肩を更に押してくる。

「……止めましょう」

嫌だと言っても押し倒してきたくせに、何故、俺が誘うと跳ね除けられるのだろう。ああ、とある考えに至って、げしっとグレンの腹を蹴る。

「無理矢理が好みだったのか? 抵抗して欲しいならするが」

歯向かうと怒るので黙って足を開いていたが、グレンからしたら物足りなかったのかもしれない。

グレンは眉を下げると、首を横に振った。両頬を包むようにして掌が添わされる。瞳を覗き込むように顔が近づいてきて、それに後ろめたさを覚えて視線をずらした。何故かは良く分からない。

「私を使って、誰を見ようとしていたのですか?」

どくっ、と一際大きく心臓が跳ねた。

「誰も」

反射的に返したけれど、グレンは信じていないようだった。俺を抱き寄せると、何をするでもなく腕に力を込めてくる。

「今の貴方とはしたくありません」

俺が何を考えていようが、尻の具合は別に変わりないはずだ。元々、濡れるような場所でもない。

「でも、反応はしてる」
「…………黙って貰えますか」

布越しに撫でると、確かな熱を感じた。不意打ちの接触に肩を跳ねさせたあと、グレンは恨めしそうに目を吊って俺を睨む。しかし、頬が赤いせいで、いまいち迫力はない。

頭を真上から押さえつけられて、毛布の中に押し込まれる。首を竦めたまま見ようとすると、急に視界が暗くなった。触れた場所から熱を感じて、それが掌であることが分かった。

「戦いも終わってないのですから、大人しく寝なさい」

気紛れに押し倒してきて、好き勝手に犯す奴に言われたくない。そう思ったものの、グレンは俺を上から押さえつけるように抱きしめて目を閉じてしまった。どうやら、抗議を受け付ける気は微塵もないらしい。

溜め息を一つ零してから、俺も仕方なく瞼を下ろした。上から掛かる体重を受けて、仰け反った背が痛い。でも、背中が痛いから余計なことは考えなくても済みそうだった。……断じて、こいつの体温が心地いいなんてことは思ってない。







ぽんぽんと、額に当たる感触で目が覚めた。小さく唸ってから重たい瞼を押し上げると、タルトが降ってきているのが見える。全く意味がわからない。

「夢か」

なるほど、と思い、もう一度目を閉じるが、その間も顔にぽんぽんと軽いものが当たる感触がある。俺は身体を起こした。相変わらずタルトは頭上から降り注いでいる。それはグレンの掌から生み出されているようで、柔らかいスポンジのような衝撃が額に当たった。ぽんっと軽い音を立てて隣に落ちる。

「……何してるんだ」
「お好きなんでしょう?」

こっちのが良かったですか? とグレンは手からクッキーやスコーンを生み出した。それらを手で跳ね除けると、壁にぶつかって床を跳ね回る。祭りで取るスーパーボールが、確かこんな感じだ。やたらとファンシーになった部屋を眺めてから、グレンを見上げると頬を撫でられた。

「流石に食べられませんが、気分だけでもと思ったんです。魔王の首を獲ったら、一緒に食べに行きましょう」

グレンの中で、俺は何時まで此処にいる事になっているんだろう。聞きたいが、帰還の事を持ち出したら、また首根っこ掴まれるような気がしないでもない。無駄に痛い思いをしたいわけではないので、頷くこともせず無言で流すことにした。

じっと見上げる俺に、グレンは満足そうに目を細める。そうして首筋に刻まれた歯型を確かめるように舌を這わせた。

「蓮」

首や手足を飾る装飾品は、こいつにとって所有の証なのか。身に着けさせては、嬉しそうに目を細める。支配欲、所有欲。どちらでも同じことだが、言いなりになる俺を見るとそれが満たされるのだろうか。

「私のものだ」

俺は物じゃない。言い飽きるほど口にした言葉は、グレンに食べられて消えた。




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