夜明けには程遠い【完結】

米派

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つまんない方法を取ったな。

ぼんやりと思いつつ、大きく欠伸をした。人の勢いは止まらず、城は次から次へと落ちている。

次に襲う領地は港を保有している。グレン様は本気で魔族を根絶やしにするつもりのようで、今回の進軍は逃げ場を断つためだ。魔族からすれば大切な場所だから、何としても守ろうとしてくると思ったが、密偵からは籠城すると報せが入ってきた。つまらない。もっとこう、奇抜な発想をしてくれるかと期待していたのに。

そもそも門を閉ざしたところで、勇者さんが剣を振るえば、紙切れよりも容易く門は開かれる。いや、正確には叩き切られる。無意味だ。

兵士達に交じって黙って走っていたが、退屈だった。少しだけペースを上げて、勇者さんに駆け寄る。

「今回も楽そうですね」
「……援軍を待っているのかもしれない。気は引き締めたほうが良いと思う」
「余所がこっちに回せる余裕があるとは思えませんけど……まあ、大事な場所ですもんね。無くはないか」

勇者さんに話しかけたら、隣のグレン様が僅かに眉を寄せた。小さな変化だったが、どうやら勇者さんに話し掛けたのが気に食わないらしい。魔族と国にしか興味がないと思っていたのに、この二人どうにも面白い方向に転がっている。からかいたくなるが、それよりも先に勇者さんが手綱を引いて馬を止めた。

「……蓮?」

グレン様の問い掛けにも答えず、彼は瞼を下ろした。そして、バッと勢いよく顔を上げる。

「構えろ!!」

直下にも見える坂を、ざざっと滑る音がした。いつの間に近くまで来ていたのか、勇者さんとグレン様を目掛けて幾つもの影が駆け下りてくる。雑兵には目もくれず、二人の首だけを求めて襲い掛かってきた。

俺も咄嗟に構えを取りはするが、元々腕っぷしは強くない。いや、正直に言えば弱い。

あっ、死んだな。

木の幹のように太い腕に腹部を殴られ、悲鳴さえ上げられないまま吹っ飛ばされる。視界がぶれて、まともな意識が帰ってきた頃には目前に青空が広がっていた。一瞬だけ時が止まったような気がして、すぐに心臓が跳ねる感覚が襲う。ああ、これは無理だ。

十何年かそこらしか生きていないが、どうやら終わるらしい。重ねてきた事を思うと、こんな呆気ない死に方で良いのかと思いつつ落下していく。グレン様みたいに魔法とか使えないし、勇者さんみたいに特別な力とかないし、凡人の俺は黙って死ぬしかない。

落ちていく最中でグレン様と目が合ったが、強襲に対処する方を取ったのか直ぐに逸らされた。鋭く指示を飛ばす声が聞こえる。まあ、だよね。暗殺には自信があるが、別に代わりなんて探そうと思えば見つかるだろう。俺は、特別じゃないし。

「ジェイク!!」

だから、彼の手が伸びてきたことは、それこそ死ぬほど驚いた。

崖下に真っ逆さまに落ちていく俺の手に、温かな熱が触れる。それは無遠慮に俺を引き寄せると、脇へと抱え込んだ。彼は吼え、剣を岩に突き立てた。ガッと一瞬だけつっかえるような感覚の後も落ち続ける。

片手で二人分の体重を支えているから、彼の顔は苦悶に満ちていた。食いしばった口元を見ていると、奥歯が砕けるのではと心配になる。腕は血管が浮くほどで、ぶるぶると激しく震えている。俺を放りだせば幾分か楽だろうし、そもそも助けようとしなければこんな事にもなっていない。

剣のお蔭か、勢いを殺しつつ地面に落下した。彼は俺を放り投げると、右腕を押さえて岩壁に背を預ける。

「はっ、はぁ……っ、く……」

右肩は、酷使したせいか赤く腫れている。ぼたぼたと顎から滴る汗は、地面を濃く染めるほどだった。何故、助けられたのか分からずに首を傾ける。呆然としたまま勇者さんを見ていると、彼は薄く目を開けて俺を見た。

「多分、グレンが、来る」

黙り込んだ俺に何を思ったのか、途切れ途切れの苦しげな声で言った。俺一人だったら放って行かれるだろうが、勇者さんがここにいる以上は迎えに来るだろう。俺は有り難いが、彼はそれまで辛そうだ。

俺は魔力の適正がからっきしで、子供でも使用可能な簡単なものすら使えない。あまり怪我に頓着しないから、手当ての道具なんかも持ってはいなかった。

「あの、大丈夫ですか?」

動揺のせいで、阿呆みたいな質問をしてしまった。そんなこと見ればわかるだろと言われても仕方ないが、彼は呻きながらも答えてくれる。

「痛いのは、慣れてる。へい、き……」
「そ、そっか……なんかしようか?」
「……剣を、抜いてくれないか? 今、取れなくて」

彼が見た方には、岩に突き刺さったままの剣がある。深々と刺さっているらしく、柄を持って岩壁に靴底を押し付けて踏ん張ることで漸く抜けた。ぽんっと引っこ抜くと同時に、後方に転倒する。

「ぅっわ!」

抜けた途端に俺の手元を離れて、勇者さんの腰に掛かる鞘へと吸い込まれるようにして戻ってしまった。そうしていると、まるで生き物みたいだ。

「ありが、……ぅ……っ」

声を出すと傷に響くのか、彼は小さく呻いた。腫れた腕は、見るからに痛そうだ。

「どうして、俺のこと助けてくれたんですか?」
「……どうし、て?」

安静にした方がいいと頭では分かっているのに、つい疑問を口にしてしまう。

他にも要因は色々あったかも知れないが、俺がグレン様を煽ったせいで彼は望まない関係を結ぶ羽目になったのは確かだ。痛々しいほどの噛み跡を見れば、聞かなくても大体わかる。そのせいか話しかけても素っ気ないし、嫌われているものだとばかり思っていた。今こうして、助けてくれたことが信じられない。

「……わからない。でも、お前に、死んでほしくなかった……悪い。理由は、あんまりない」

そうか、この人は俺に死んで欲しくないのか。何となく、嬉しいような気がする。こんな綺麗な人に、死ぬことを惜しまれているというのは不思議な感じがした。

「あと、話し掛けてくれたの、少し嬉しかった、から」
「……そうだったんだ」

彼は、うんと小さく頷いた。自分より大きな男がするにしては可愛い仕草だ。胸がきゅんっと締まった気がして首を傾げる。今の何だ。

その意味を探る前に、後方の茂みから音がした。振り返りざまに矢をナイフで弾き、代わりに手にしていたそれを茂みへと投げる。ぎゃあっ、と濁音混じりの悲鳴が聞こえて血が散った。それを皮切りに葉が擦れる音がして、茂みの中から魔族が歩み出てくる。

ちらりと見上げた崖上は、飛び下りてこられるような高さではない。応援がくるのは、まだ暫く掛かるだろう。

「あー……やっちゃったなあ……」

これは確実に叱られる。
異空間に繋がるトランクを引っ張り出して、茂みに向かって放り投げた。それはパカリと空いて、中に収まったナイフを四方に撒き散らす。鋭い切っ先が肌を引き裂き、辺りに悲鳴を響かせた。もっと大きく上げさせれば、より場所が分かりやすくなるだろう。

黒塗りのトランクケースは、俺の愛用品だ。魔石を埋め込んだ腕輪と連動しているので、態々手にしなくても勝手に後を追ってきてくれる。拷問や諜報を生業とする俺にとっては、敵方へのプレゼントに死体を詰め込めることもあり、無くてはならない相棒のようなものだった。

多くの恨み言を聞きつつ、何とか襲いくる魔法を躱し続ける。けれど、あまり後ろに下がり過ぎると、勇者さんに攻撃される可能性が高くなってしまう。

「真っ向勝負とか大っ嫌いなんだけどな……えーと、見逃してくれません?」

こてんと首を傾けて可愛い子ぶってみるが、返事は剣で返ってきた。ですよね。ガキンと金属音を響かせながら、衝撃をナイフで受け流す。

「そうやって命乞いをする仲間も切り捨ててきたんだろ? お前の頼みを聞いてやる義理はない!」
「だよねー。聞いてみただけだから気にしないで」

俺が躱したせいで体勢を崩して、相手がつんのめった。がら空きになった首裏を目掛けてナイフを振り上げるが、横合いから手首を撃たれる。弾けるように血飛沫が上がり、走った痛みに舌を打った。咄嗟にトランクを呼び戻して二撃目は防いだが、いい加減に複数人を相手取るのも厳しい。

じりじりと足裏を擦るように後退する。あー、本当に不味い。俺なんて死んだって大した打撃はないが、勇者さんが殺されたりしたらグレン様が使い物にならなくなりそうだ。いや、余計にぶっ壊れて、人にとっては良い方向に働くかな。……いや、そんなこと今はどうでも良くて。

焦りで、頭が上手く動かない。勇者さんだけでも逃さなければと思うが、岩壁を背にして他は魔族に囲まれている。うん、やばいね。

「ジェイク、伏せろ!!」

若干、目が遠くなったとき、背を殴りつける勢いで名前を呼ばれる。頭で考えるよりも、身体が先に動いていた。地面にへばりつくと同時に熱風がうなじを撫でる。そこを起点として、ぶわりと鳥肌が立つ。多分、少しでも反応が遅れていたら、魔族諸共、光の洪水に焼かれていただろう。

そろそろと顔を上げると、俺たちの周りは焼け野原になっていた。微かに残った木々や草花からは、ぷすぷすと火が鎮火するときに出す音がしている。

「ぅひゃあー、すっご」

後方から、どさっと重たいものが落ちる音がした。振り返ると、勇者さんが地面に俯せで倒れている。傍には剣が落ちていた。

「わ、わ、大丈夫ですかっ? って大丈夫じゃないよね。ど、どうしよ」

右腕は赤を通り越して、紫に変色している。負傷した腕で、無理やり力を行使したせいだろう。

剣は勇者さんの能力をある程度は補助してくれるらしいが、結局のところ使っているのは彼自身の力だ。当然、僅かだろうが消耗する。ましてや、負傷した腕を使ったのだ。いつもより反動も倍増するだろう。

「慌て過ぎだ」

勇者さんは一息で言い切ると、痛みを逃がすように息を吐き出した。そして、横目で俺の手を見ると眉を下げる。

「怪我をする前に動かなくて悪かった」

勇者さんに比べれば、掠り傷の範疇だ。医療隊に頼めば、呪文一つで治せる程度である。

勢いよく首を横に振ると、勇者さんは口元を緩めた。それから、ぐっと腕に力を込めて立ち上がる。立ちくらみに襲われたのか、ぐらりと身体が傾くが、支える前に彼は自身の足で持ち直した。そして、地面に転がる剣を左手で取る。

「行こう。また襲われたら対処できない」
「……動いても大丈夫なんですか?」
「ああ。でも、上手く動けないかもしれないから助けてくれると嬉しい」

彼は俺を見下ろして、眉を下げた。

「頼んでいいか……?」

頼りない声で問いかけられ、目を瞬かせた。ここは普通、やれとか命令形で言うところだろう。

そもそも、なぜ彼は一言も俺を責めないのだろう。その腕も、痛みに晒されているのも、油断していた俺が引き起こしたことだ。その皺寄せを、彼が担う必要なんて無いのに。

あっ、と遅れて思い出す。そう言えば、礼を言いそびれていた。

「あ、ありがとう。助けてくれて、その、助かりました」

素面で礼を言う機会はあまりない。そのせいか、妙な言い方になってしまう。気恥ずかしくなってきて俯くと、ぽんっと跳ねるように頭を撫でられた。

「気にしなくていい。……お前が無事で良かった」

本当に心の底から安堵したと言わんばかりに綻んだ表情が、視界に飛び込んでくる。どっ、と心臓をぶん殴られた気がした。

「…………どうも」

あれ、なんか顔が熱い。病気だろうか。心音が、急速に上がっていく。

なんだ、これ。

理由を知りたくて勇者さんを見上げるが、彼の横顔にすら心臓が破裂しそうなほど高鳴る。戦闘中に撹乱系の魔法を掛けられた覚えはないが、相当な使い手でも居たのだろうか。早く、医療隊の元に駆け込まないと、身体が爆発するかもしれない。

「行こう、ジェイク」

俺は、ぎこちなく頷いた。




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