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しおりを挟むグレンの言葉通り、あれから程なくして準備は整い、王都を出てウィケッドに向かうことになった。俺を迎えに来た時も兵士の多さに圧倒されはしたが、最終決戦というだけあって比較にならない。余程の高台にでも上らない限り全体を見ることは不可能に思えるほど、大地の向こう側まで犇めいて見えた。
その都度、主要な都市に立ち寄っては物資を得て、さらに東に向かう。そんな繰り返しを続けていたら、国境付近で黒い村が目の前に飛び込んできた。
焼け野原のような場所ではあるが、家らしき建物や教会などが炭に塗れながらも存在している。辺りの木々は炎によって炙られたのか黒く変色し、くねくねと歪んだ幹が不気味に映った。
「わっ」
少し前を歩いていた兵士の一人が、何かに躓いたらしい。驚きに声を上げて、よろけながら数歩進んだ。
「大丈夫か?」
座り込んだまま微動だにしないものだから駆け寄って顔を覗きこむと、兵士は唇を震わせていた。心なしか顔色も悪いような気がする。何を見てしまったのか。それを確かめようとするが、彼が口を開いたため叶わなかった。
「し、しんで、る……」
一文字ずつ区切るようにして言われ、はっと掠れた吐息が漏れる。言葉をうまく飲み込めなくて、けれど本当は理解できているから指先が震えた。鼻を突く焦げ臭さが鮮明になり、喉奥が焼けたように熱を持つ。込み上げてくる吐き気を堪えながらも兵士の視線を追えば、人の形をした黒いものが転がっていた。その片腕は、途中で途切れていた。引き裂かれたのだろうか。辺りを見渡してみても失われた片腕は見当たらない。
この世界に来るまで、死は綺麗なものだと思っていた。幼い頃、葬式に参列したことはあるが、棺桶で横たわるその人はまるで寝ているように穏やかな顔をしていたからだ。けれど、目の前の死体は、苦悶が炭に塗れて尚も浮かんでいる。
緩慢な動作で顔を上げるが、その先の光景も酷いものだった。倒れた木々や家屋からは、ゆらゆらと煙が立ち上っている。そのことから村が襲われてから、そう経っていないことが窺えた。ここにも数日前まで普通の営みがあったのだろうか。
「あまり期待はできませんが、生き残りがいるか調べさせましょうか」
グレンは相変わらず温度のない声で告げると、兵士たちに村人の捜索を急ぎ行うように命じた。死体に躓いた兵士といえば、それに反応することもできないまま呆然としている。まだ幼さの残る顔立ちの、ちょうど少年と青年の間くらいに見えた。行軍には貴族の私兵や傭兵の他、名もない兵士が何人もいる。彼も、そのうちの一人なのかもしれない。青褪めて震える姿は、とても戦い慣れた者には見えなかった。
「勇者様、ここは他に任せて行きましょう」
「だが、彼をこのままにはできない」
「……そこの者、この者を後方に連れて行きなさい」
グレンは青褪めた兵士を一瞥した後、傍にいた別の者に命じた。ふらつく足取りで去っていく背を見つめていると、目の前に手が差し出される。それを無視して立ち上がるよりも先に手を取られて、そのまま引き上げられた。いつも通り何を考えているのかわからない笑みが間近にあって、思わず眉を寄せてしまう。
「恐らくは志願兵でしょう。ある程度の教育はしていますが、やはり実戦経験のある者と比べてしまうと頼りないですね」
「……自分から望んで此処に来たのか」
「ええ、魔族との戦いは激化していくばかりです。自分の居場所を守りたいのであれば自ら立つしかない」
人も魔族も等しく殺し合っていて、目の前に作り上げられた光景はどちらも似通ったものだった。正しいとか、正しくないとか。元の世界ならはっきりと答えられたことが、ここにいると分からなくなってくる。青褪めていた兵士は、一体なにを胸に此処に来たのだろう。
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