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「今日は少し付き合っていただきたいところがあります」
護衛も終えて早々に立ち去ろうとする俺の背に、グレンの声が投げかけられた。この台詞を聞くのも何度目か。何かしてしまったかと心臓が軋むが、グレンの表情を見て杞憂だと悟る。初めこそ感情の変化が分かり辛い男だったが、嫌でも共に過ごすうちにある程度の起伏は分かるようになってきてしまった。貴族と談笑している時の笑みや俺を無理やり外出に引き摺っていくときの笑みは似ているようで違っていて、理解したくもない奴の変化を俺は隣で見る羽目になっていた。
「嫌だと言っても意味ないんだろ」
「ええ、まあ。ですが、心構えくらいはさせてあげようと思いまして。王都を離れる前に、主要な方々と顔合わせをしていただこうかと」
「戦線に出るのに、王宮の人たちと関わる必要があるのか?」
「今は魔導具も発達していて、離れていても連絡が行えますから。それに、貴方は私の隣にいるのですから、それなりに関わることも今後多くなってくると思います」
断る口実をぐるぐると頭に巡らせるが、戦況に関わってくるのであれば無下にもできない。それに、これも無駄な抵抗であることはわかっていた。結局のところ俺に関する全ての決定権はグレンにある。わかった、と溜息混じりに頷けば、グレンはくすくすと喉を震わせるようにして笑ったようだった。
「あまり緊張なさらずとも大丈夫ですよ。変わり者ばかりですから、多少なにか失礼なことをしようと気にする方々ではありませんからね」
「そうは言ってもな……」
グレンと知り合いということは、それなりに地位が高い者ばかりだろう。夜会の場であった貴族の顔触れを思い出して、げんなりしてしまう。
「居心地が悪いのであれば、私の隣にいればいい。場くらいは繋いで差し上げますよ」
「いや、それは」
お前の傍が一番嫌だ、と途中まで出かかった言葉を何とか飲み込む。どうせ敵わないのだから余計に事を荒立てる必要もない。それに、こういった遣り取りは却ってグレンを喜ばせているような気がして嫌だった。やわらかい爪を立てる子猫を愛でるように、完全な格下を相手にするような、余裕ぶった態度に余計に心がささくれ立つ。反発心を飲みこんで唇を引き結ぶと、やはりグレンは楽しそうに目を細めるだけだった。
顔合わせは王宮の離れで行われることになっているらしい。元々は貴族たちを招いて催しを開く場所だったようだが、ある事件があってからは開いておらず、こうしてプライベートな集まりにのみ使用しているようだった。
普段は立ち入りが禁じられている場所に俺なんかが来てしまって良かったのだろうか。恐々としてしまうが、グレンは慣れたものなのか一切の迷いなく進んでいく。王宮の敷地内にあるだけあって、たかが通路だというのに煌びやかだ。ほとんど出入りはないと言っても清掃はされているのだろう。足元に敷かれたカーペットは柔らかく、埃の一つも見当たらない。一人では余計に気後れしてしまいそうで置いて行かれないように足を速めるが、余所見をしていたせいで曲がり角で誰かと肩をぶつけてしまった。軽い衝撃に、思わず足を下げる。
「す、すみません」
慌てて頭を下げるが、これみよがしな舌打ちが返ってきて冷や汗が出る。まずい人とぶつかってしまっただろうか。勇者という立場から多少は特別に扱われているものの、結局のところ異世界人であることに変わりはなく、貴族の中には露骨に嫌悪感を示してくる者もいる。そういった類の者であれば面倒だな、と思いつつ顔を上げた。そこには紙袋を手にした少年が立っていて、一瞬、思考が遠退いた。
陶磁器で出来た人形が歩いている。そう思ってしまうほど見目の整った少年が俺を睨みつけていた。白磁の頬が微かに色づいていなければ、そこに生を感じることさえなかったかもしれない。彼は何時までも反応しない俺に痺れを切らしたのか、不愉快そうに形のいい眉を吊り上げた。
「いつまで道を塞いでいる。さっさと退け」
腕を組み、尊大に顎を反らしながら、彼は紙袋の中からパンを取り出しては口に入れ、もぐもぐと頬を動かし続けている。餌を溜めこむハムスターのような様子に唖然とした。白銀の髪と金色に輝く瞳は冷たい印象を与えてくるのだが、いまいち決まっていない。切るような美貌の少年の頬で輝くのは砂糖の粉だ。ギャップの酷さに頭がついていかず、足を動かせない。
そうこうしているうちに少年の連れが来たようだった。きっちりと軍服らしきものを着た青年が、両手いっぱいに手荷物を抱えた状態で駆けてきて面食らう。もはやバランスゲームの域に達するほどの積みようだ。それほどの量を、青年は涼しい顔で持っていた。
「ヴィクター様、あまり先に行かれては危険です」
「うるさいぞ、エリック。俺に着いて来られないお前が悪い」
「申し訳ありません、善処いたします。因みに俺の名前はエリックではなく、エドウィンです」
「そんなことはどうでもいい。こいつを退かせ」
「はっ、畏まりました」
何を見せられているのか。茫然としていると、エドウィンと呼ばれた男は俺に向かって軽く頭を下げた。
「申し訳ありませんが、道を譲っていただいてもよろしいでしょうか」
「構いませんが……」
別に意地になるような事でもない。身体をずらして道を譲ると、エドウィンは微笑んでくれた。
「ご協力に感謝いたします。ヴィクター様、進路が空きました」
「よくやった、エルモ」
「恐縮です。褒美にエドウィンと名前を呼んでいただければ幸いです」
「お前の名前なんかどうだっていい、行くぞ」
「はい」
「待てっ! 陛下を差し置いて、貴様ら何処に行くつもりだ!!」
地響きがするほどの怒号が通路いっぱいに轟いて、驚きに肩が跳ねあがる。声の主に顔を向けると、通路に向こうに雄々しい顔立ちの青年が立っていた。がっちりとした体躯の男は何とか表情を保ってはいるものの滲みだす怒りの熱までは隠せていない。少し離れた場所にいる俺ですらも寒気を覚えるというのに、向けられた少年は気にした様子もなく肩を竦めただけだった。
「どうせ中央塔の点検の話だろ。あれは飽きた、つまらない。ブラック、ああいうチマチマした作業はお前の方が得意だろ。譲ってやるからやれ」
急に矛先を向けられたグレンは、常に浮かべている笑みの端を引き攣らせた。珍しく黙っていると思ったが、本当に関わりたくなかったらしい。
「私の名前は……まあ、好きに呼んでいただいて構いませんが、気分で仕事をする癖を改めるように常々言っているでしょう。それに私は私ですることがあるのですから、自分の役目くらい大人しくしたらどうですか」
「そんなこと俺に関係ない。どうしても魔術技師が必要なら、エルクがやればいい」
「未熟な俺よりも開発者であるヴィクター様が行われた方が確実かと思われます。中央塔は我々シュルテンに生きる者にとって連絡を取るための大切な機関です。異常時の今だからこそ民に安心して頂くために連絡経路は必要不可欠です。ヴィクター様、どうかよろしくお願いします」
エドウィンが大量の荷物を手にしたまま器用に頭を下げる横で、男が呆れたように溜息をついた。
「言いたいことは色々あるが、今回は点検の話じゃない。まったく駄々を捏ねていないで、とっとと来い。こっちは陛下から必ず連れてくるように言われているんだ」
「はっ、体よく追い払われたの間違いだろ。お前、陛下に嫌われているもんな」
ヴィクターが小馬鹿にしたように笑みを刻むと、男の目が不機嫌そうに細められた。急激に冷めていく空気に全身が強張るが、エドウィンは怖気づくこともなく腰に下げた剣に手を添えたようだった。
「アルノルト様、お気持ちはお察ししますが、ヴィクター様は我が主。手荒な真似をされるのであれば、それ相応の覚悟を持っていただきたい」
「……相変わらずの犬振りだな」
「誉め言葉として受け取っておきましょう」
剣呑とした雰囲気に、関係のない俺の息が詰まりそうだ。隣に立つグレンは割り込めば巻き込まれると分かっているのか、窓の外に視線を逃がしたまま微動だにしない。こいつでも儘ならないことがあるんだな、と何故かしみじみと思ってしまった。
渦中の当事者であるヴィクターといえば、ひりつくような空気を気にした様子もなく、紙袋から取り出した菓子を食べ続けているのだから驚きだ。最後のひとつを食べ終えた彼は指についた砂糖を舐めると、ぽいっと紙袋を放り投げた。それを慣れた動作で受け取るエドウィンの様子を見るに、これが日常的な光景であることが知れる。
「仕方ない。エキドナの顔に免じて、行ってやる」
「ヴィクター様……ありがとうございます。ですが、俺はエドウィンです」
「素直に礼くらい言えないのか」
「申し訳ございません。ありがとうございます」
「よし、仕方ないな」
お前こそ碌に礼も言えないのか。と、今にも口を出しそうだ。突っ込みを飲みこんで他の顔を見ると、彼らも何か言いたげな顔をしていた。妙な一体感があるようで嫌だった、主にグレンと同じことを考えているのだと思うと複雑だ。
アルノルトと呼ばれた赤髪の男は、くしゃりと前髪を掴むと疲労の滲む声で言った。
「……とんだ茶番に付き合わされたな。俺は本気で、お前がそんなのに仕えられているのかが分からん」
「ヴィクター様とお呼びください」
アルノルトは力なく頭を振った。
「お前らの関係は、本当によくわからないな」
「特に理解していただきたいと思っておりませんので、お気遣いなく」
にこやかな笑みに誤魔化されそうだが、言っていることは中々に辛辣だ。
ヴィクターに至っては二人の会話に興味がないのか、さっさと歩きだしてしまう。
「行くぞ、着いてこい」
「はい、お供致します」
ヴィクターの背をエドウィンが追いかけていく。それに続いて、アルノルトが深々とした溜息をついて歩いて行った。呆気に取られたまま遠ざかっていく背を見送っていると、珍しく本当に疲れた様子のグレンがそっと耳元に顔を寄せてくる。
「あれが、ご紹介予定の方々です。見ての通り変人ばかりですから緊張するだけ労力の無駄ですよ」
「……お前にしては珍しく本当のことだったんだな」
「おや、どういった意味でしょうか」
言葉とは異なり、グレンは楽しげに笑みを深めた。もう少しで魔族を殺しに行けるからか、ここ最近の彼は不気味なほどに機嫌がいい。そのまま下から掬い上げるように手を取られて、思わず眉間に力がこもる。咄嗟に振り払おうとするが、それ以上に強い力で引き留められて諦めた。
「先程のように迷子になられても困りますからね」
「なってない」
「ほら、行きますよ」
俺の言葉なんて聞いているようで聞いていないのもいつものことだ。抵抗したところで無駄だということはわかりきっているので、大人しく手を引かれるまま後に続く。そうして、元々は王族やそれに連なる方々が交流していたというホールに案内された。
護衛も終えて早々に立ち去ろうとする俺の背に、グレンの声が投げかけられた。この台詞を聞くのも何度目か。何かしてしまったかと心臓が軋むが、グレンの表情を見て杞憂だと悟る。初めこそ感情の変化が分かり辛い男だったが、嫌でも共に過ごすうちにある程度の起伏は分かるようになってきてしまった。貴族と談笑している時の笑みや俺を無理やり外出に引き摺っていくときの笑みは似ているようで違っていて、理解したくもない奴の変化を俺は隣で見る羽目になっていた。
「嫌だと言っても意味ないんだろ」
「ええ、まあ。ですが、心構えくらいはさせてあげようと思いまして。王都を離れる前に、主要な方々と顔合わせをしていただこうかと」
「戦線に出るのに、王宮の人たちと関わる必要があるのか?」
「今は魔導具も発達していて、離れていても連絡が行えますから。それに、貴方は私の隣にいるのですから、それなりに関わることも今後多くなってくると思います」
断る口実をぐるぐると頭に巡らせるが、戦況に関わってくるのであれば無下にもできない。それに、これも無駄な抵抗であることはわかっていた。結局のところ俺に関する全ての決定権はグレンにある。わかった、と溜息混じりに頷けば、グレンはくすくすと喉を震わせるようにして笑ったようだった。
「あまり緊張なさらずとも大丈夫ですよ。変わり者ばかりですから、多少なにか失礼なことをしようと気にする方々ではありませんからね」
「そうは言ってもな……」
グレンと知り合いということは、それなりに地位が高い者ばかりだろう。夜会の場であった貴族の顔触れを思い出して、げんなりしてしまう。
「居心地が悪いのであれば、私の隣にいればいい。場くらいは繋いで差し上げますよ」
「いや、それは」
お前の傍が一番嫌だ、と途中まで出かかった言葉を何とか飲み込む。どうせ敵わないのだから余計に事を荒立てる必要もない。それに、こういった遣り取りは却ってグレンを喜ばせているような気がして嫌だった。やわらかい爪を立てる子猫を愛でるように、完全な格下を相手にするような、余裕ぶった態度に余計に心がささくれ立つ。反発心を飲みこんで唇を引き結ぶと、やはりグレンは楽しそうに目を細めるだけだった。
顔合わせは王宮の離れで行われることになっているらしい。元々は貴族たちを招いて催しを開く場所だったようだが、ある事件があってからは開いておらず、こうしてプライベートな集まりにのみ使用しているようだった。
普段は立ち入りが禁じられている場所に俺なんかが来てしまって良かったのだろうか。恐々としてしまうが、グレンは慣れたものなのか一切の迷いなく進んでいく。王宮の敷地内にあるだけあって、たかが通路だというのに煌びやかだ。ほとんど出入りはないと言っても清掃はされているのだろう。足元に敷かれたカーペットは柔らかく、埃の一つも見当たらない。一人では余計に気後れしてしまいそうで置いて行かれないように足を速めるが、余所見をしていたせいで曲がり角で誰かと肩をぶつけてしまった。軽い衝撃に、思わず足を下げる。
「す、すみません」
慌てて頭を下げるが、これみよがしな舌打ちが返ってきて冷や汗が出る。まずい人とぶつかってしまっただろうか。勇者という立場から多少は特別に扱われているものの、結局のところ異世界人であることに変わりはなく、貴族の中には露骨に嫌悪感を示してくる者もいる。そういった類の者であれば面倒だな、と思いつつ顔を上げた。そこには紙袋を手にした少年が立っていて、一瞬、思考が遠退いた。
陶磁器で出来た人形が歩いている。そう思ってしまうほど見目の整った少年が俺を睨みつけていた。白磁の頬が微かに色づいていなければ、そこに生を感じることさえなかったかもしれない。彼は何時までも反応しない俺に痺れを切らしたのか、不愉快そうに形のいい眉を吊り上げた。
「いつまで道を塞いでいる。さっさと退け」
腕を組み、尊大に顎を反らしながら、彼は紙袋の中からパンを取り出しては口に入れ、もぐもぐと頬を動かし続けている。餌を溜めこむハムスターのような様子に唖然とした。白銀の髪と金色に輝く瞳は冷たい印象を与えてくるのだが、いまいち決まっていない。切るような美貌の少年の頬で輝くのは砂糖の粉だ。ギャップの酷さに頭がついていかず、足を動かせない。
そうこうしているうちに少年の連れが来たようだった。きっちりと軍服らしきものを着た青年が、両手いっぱいに手荷物を抱えた状態で駆けてきて面食らう。もはやバランスゲームの域に達するほどの積みようだ。それほどの量を、青年は涼しい顔で持っていた。
「ヴィクター様、あまり先に行かれては危険です」
「うるさいぞ、エリック。俺に着いて来られないお前が悪い」
「申し訳ありません、善処いたします。因みに俺の名前はエリックではなく、エドウィンです」
「そんなことはどうでもいい。こいつを退かせ」
「はっ、畏まりました」
何を見せられているのか。茫然としていると、エドウィンと呼ばれた男は俺に向かって軽く頭を下げた。
「申し訳ありませんが、道を譲っていただいてもよろしいでしょうか」
「構いませんが……」
別に意地になるような事でもない。身体をずらして道を譲ると、エドウィンは微笑んでくれた。
「ご協力に感謝いたします。ヴィクター様、進路が空きました」
「よくやった、エルモ」
「恐縮です。褒美にエドウィンと名前を呼んでいただければ幸いです」
「お前の名前なんかどうだっていい、行くぞ」
「はい」
「待てっ! 陛下を差し置いて、貴様ら何処に行くつもりだ!!」
地響きがするほどの怒号が通路いっぱいに轟いて、驚きに肩が跳ねあがる。声の主に顔を向けると、通路に向こうに雄々しい顔立ちの青年が立っていた。がっちりとした体躯の男は何とか表情を保ってはいるものの滲みだす怒りの熱までは隠せていない。少し離れた場所にいる俺ですらも寒気を覚えるというのに、向けられた少年は気にした様子もなく肩を竦めただけだった。
「どうせ中央塔の点検の話だろ。あれは飽きた、つまらない。ブラック、ああいうチマチマした作業はお前の方が得意だろ。譲ってやるからやれ」
急に矛先を向けられたグレンは、常に浮かべている笑みの端を引き攣らせた。珍しく黙っていると思ったが、本当に関わりたくなかったらしい。
「私の名前は……まあ、好きに呼んでいただいて構いませんが、気分で仕事をする癖を改めるように常々言っているでしょう。それに私は私ですることがあるのですから、自分の役目くらい大人しくしたらどうですか」
「そんなこと俺に関係ない。どうしても魔術技師が必要なら、エルクがやればいい」
「未熟な俺よりも開発者であるヴィクター様が行われた方が確実かと思われます。中央塔は我々シュルテンに生きる者にとって連絡を取るための大切な機関です。異常時の今だからこそ民に安心して頂くために連絡経路は必要不可欠です。ヴィクター様、どうかよろしくお願いします」
エドウィンが大量の荷物を手にしたまま器用に頭を下げる横で、男が呆れたように溜息をついた。
「言いたいことは色々あるが、今回は点検の話じゃない。まったく駄々を捏ねていないで、とっとと来い。こっちは陛下から必ず連れてくるように言われているんだ」
「はっ、体よく追い払われたの間違いだろ。お前、陛下に嫌われているもんな」
ヴィクターが小馬鹿にしたように笑みを刻むと、男の目が不機嫌そうに細められた。急激に冷めていく空気に全身が強張るが、エドウィンは怖気づくこともなく腰に下げた剣に手を添えたようだった。
「アルノルト様、お気持ちはお察ししますが、ヴィクター様は我が主。手荒な真似をされるのであれば、それ相応の覚悟を持っていただきたい」
「……相変わらずの犬振りだな」
「誉め言葉として受け取っておきましょう」
剣呑とした雰囲気に、関係のない俺の息が詰まりそうだ。隣に立つグレンは割り込めば巻き込まれると分かっているのか、窓の外に視線を逃がしたまま微動だにしない。こいつでも儘ならないことがあるんだな、と何故かしみじみと思ってしまった。
渦中の当事者であるヴィクターといえば、ひりつくような空気を気にした様子もなく、紙袋から取り出した菓子を食べ続けているのだから驚きだ。最後のひとつを食べ終えた彼は指についた砂糖を舐めると、ぽいっと紙袋を放り投げた。それを慣れた動作で受け取るエドウィンの様子を見るに、これが日常的な光景であることが知れる。
「仕方ない。エキドナの顔に免じて、行ってやる」
「ヴィクター様……ありがとうございます。ですが、俺はエドウィンです」
「素直に礼くらい言えないのか」
「申し訳ございません。ありがとうございます」
「よし、仕方ないな」
お前こそ碌に礼も言えないのか。と、今にも口を出しそうだ。突っ込みを飲みこんで他の顔を見ると、彼らも何か言いたげな顔をしていた。妙な一体感があるようで嫌だった、主にグレンと同じことを考えているのだと思うと複雑だ。
アルノルトと呼ばれた赤髪の男は、くしゃりと前髪を掴むと疲労の滲む声で言った。
「……とんだ茶番に付き合わされたな。俺は本気で、お前がそんなのに仕えられているのかが分からん」
「ヴィクター様とお呼びください」
アルノルトは力なく頭を振った。
「お前らの関係は、本当によくわからないな」
「特に理解していただきたいと思っておりませんので、お気遣いなく」
にこやかな笑みに誤魔化されそうだが、言っていることは中々に辛辣だ。
ヴィクターに至っては二人の会話に興味がないのか、さっさと歩きだしてしまう。
「行くぞ、着いてこい」
「はい、お供致します」
ヴィクターの背をエドウィンが追いかけていく。それに続いて、アルノルトが深々とした溜息をついて歩いて行った。呆気に取られたまま遠ざかっていく背を見送っていると、珍しく本当に疲れた様子のグレンがそっと耳元に顔を寄せてくる。
「あれが、ご紹介予定の方々です。見ての通り変人ばかりですから緊張するだけ労力の無駄ですよ」
「……お前にしては珍しく本当のことだったんだな」
「おや、どういった意味でしょうか」
言葉とは異なり、グレンは楽しげに笑みを深めた。もう少しで魔族を殺しに行けるからか、ここ最近の彼は不気味なほどに機嫌がいい。そのまま下から掬い上げるように手を取られて、思わず眉間に力がこもる。咄嗟に振り払おうとするが、それ以上に強い力で引き留められて諦めた。
「先程のように迷子になられても困りますからね」
「なってない」
「ほら、行きますよ」
俺の言葉なんて聞いているようで聞いていないのもいつものことだ。抵抗したところで無駄だということはわかりきっているので、大人しく手を引かれるまま後に続く。そうして、元々は王族やそれに連なる方々が交流していたというホールに案内された。
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