召喚失敗、成れの果て【完結】

米派

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扉の外には、いくつもの部屋がある。家そのものが宇宙船のように空に浮かんでいるにも関わらず、森の中で見上げたときは遠ざからなければ全体を見るのが難しいほどだった。小型のジェット機まで搭載されていることからも、その広さは並大抵のものではないだろう。中には外部と連絡を取る為と思われる部屋もあり、変なボタンを押したらと思うと気が気ではなく掃除するのも恐ろしいので入ったことがない部屋も幾つかあった。未来の装置を見ているようでワクワクするのは確かだけれど、基本的には旦那様が色々と動かすのを隣で見せてもらうのが一番面白い。

広すぎるが故に生活区域は何となく決まっていて、普段から使っているのは数部屋程度だ。大切な機材を壊したらと思うと適当に入るのも怖いし、旦那様から誘われない限りは見知らぬ部屋には近づかないようにしていた。そのため寝室や浴室、リビングと呼べそうな場所以外は未だに知らないことも多い。その分、それらの部屋の掃除は毎日気合を入れて行っていた。

最近は手際よく終わらせられることも増え、空き時間を好きに使える。食事のレパートリーを増やそうと、キッチンに立ってあれこれと試作を繰り返しては旦那様に食べてもらうのも楽しい。嬉しそうに目を細めてくれると、俺の顔まで緩んでしまう。

それにも行き詰まったときは、旦那様がくれたアイパッドらしきものを使ってゲームをしたり、あらかじめ入っているアイコンをタップして写真を眺めたりしている。この世界を自分の足で歩くことは殆どないけれど、こうして見ているだけでも楽しいものだ。それに写真を持って旦那様のところに行けば連れて行ってくれたり、そこにしかない食事を土産に買ってきてくれることもあった。

あれ……馴染み過ぎでは……?

定期的に心の中でぼやく程度には危機感があるが、ぐうたら生活が骨の髄まで染みてしまったのか起き上がる気も起きない。柔らかな布に背を沈ませ、目の前に浮かび上がるホログラムを眺める。どうやら街並みの映像らしく、ビルの中にある食事処を紹介しているようだ。聞き慣れない音は右から左へと頭を素通りし、その間にも映像の中には様々な種族が代わる代わる映りこむ。その中に、人の姿は一切見当たらない。

「違う世界、なんだよなぁ……」

旦那様は当たり前のように優しく接してくれるので度々忘れそうになるが、この世界にとって俺は異物だ。それは、初めて拾われた時から分かりきっている。敵意、敵意、敵意。周りを囲む感情の強さは、今思い出しても震えが走るほどのものだった。ただ世界が此処だけとは限らないので、もしかしたら何処かに人も存在しているのかもしれない。初めに向けられた視線の強さは見たことがない存在への興味や好奇心の類いではなく、明確な敵意だった。少なくとも見知らぬ存在を目にした、というわけではなさそうだったので、あながち間違ってはいないように思える。

「……帰りたい、か」

親は、友達は、どうしているのか。少しも気にならない訳ではない。けれど、ここを飛び出して帰還の術を探そうとするほどの熱量もなかった。だらだらと居心地の良い空間に居座って、旦那様から与えられる好意に酔っている。硬い指先が柔らかく触れてくれるたび、逞しい腕に抱き締められるたび、守られているような感覚が沁みるように全身に広がって脳が鈍る。このままで良いんじゃないかって、そんな甘えたことが過ぎる。

「あ……」

ぼんやりと画面を眺めていると空の色が変わり、天地が逆転しているかのような風景が眼下に広がる。地上に散りばめられた明かりは煌々と輝き、夜空の星に成り替わったかのような美しさを放っていた。

「……飯、作らないと」

思考を、明日の自分へと放り投げる。悩んでいる時点で選んだようなものだとしても、十数年過ごした場所を簡単に切り捨てることは難しい。全てが満たされているわけではなかったが学校生活自体は楽しかったし、いつか家を出ることは漠然と考えていたが、こんな唐突な出来事であるとは思いもしていなかった。だからこそ、あれこれと小さな未練を手放せない。そのくせ危険を犯してまで外を知ろうともしない中途半端な自分が一番嫌いだった。




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