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しおりを挟むあたたかな陽射しに包まれた中庭は、時おり涼しい風が吹いてきて心地がいい。空いた手を膨れた腹に添えながら、ゆったりと足を進めていく。ちょっとした段差に差し掛かると、アザドは足を止めて教えてくれる。最近は腹がかなり大きくなってきたので足元が見辛く、靴を履くのにもモタモタしていたら散歩中、俺の代わりに気にしてくれるようになった。
「ありがと」
お礼を言うと、アザドは優しく目を細めた。繋いだ手にそっと力が込められるのがわかって、自然と笑みがこぼれてくる。
妊娠してからも、中庭を歩く日課は変わらずに続いていた。無理は厳禁らしいが、ある程度の運動はした方が良いと医者に言われたからだ。ちまちまと歩く俺を急かすことなく、アザドは歩幅を合わせてくれる。ゆっくりと歩きながらぽつぽつと会話を交わす、この穏やかな時間が俺は好きだった。
「ラティフ」
名前を呼びながらアザドが手を添えると、ラティフは何時もぽこぽこと元気よく動いているのが嘘のように静かになる。それがまるで耳を澄ませているようにも思えて、ついつい頬が緩んでしまう。よく話しかけてくれるので、きっとラティフも声を覚えているのだろう。
「アザドの声、安心するみたい」
口にしたあと同意するようにぽこんっと軽く蹴る感覚があって、つい二人で顔を見合わせて笑ってしまった。
「会える日が楽しみだな」
穏やかに目を細めて、アザドは優しく腹を撫でくれる。あたたかな掌が触れると心地が良くて、俺も同じように手を添えた。子ができてから少し歩くだけで息切れしてしまったり腰が痛くなったりと辛いこともあるが、それ以上に腹の重みが愛しく思える。それもこれも、きっとアザドが良くしてくれるからだろう。
政務で疲れているだろうに痛みのせいで中々寝付けない俺を気遣って、よく撫でてくれたり腰を温めてくれる。彼が言うには普段は傍に居られないかららしいが、それは立場を思えば仕方がないことだ。むしろ、忙しい中で気にかけてくれることが嬉しい。
ラティフの部屋に玩具や服が増えていくたびに、アザドが本当に楽しみにしてくれているのが伝わってきて意味もなく泣きたくなる。この子は心から望まれ、愛されて産まれてくるのだ。それがどれほど得難いものか。アザドは何気なくしているのかも知れないが、彼が楽しみだと口にするたびに優しく腹を撫でてくれるたびに不安が薄れていく。大丈夫だと、強く思うことができる。記憶に残る母の顔は嫌悪感に歪んだものばかりではあるけれど、もしかしたら、もしかしたら一度くらいはこうして腹を撫でてくれたことがあったのかもしれない。そんなことが過ぎるほどに、膨らんだ腹を見つめる彼の眼差しは優しいものに感じられた。
「今日の夜、何か食べたいものはあるか?」
「ご飯とは違うけど、甘いものがあったらいいな。……最近、すごく食べたくなっちゃうんだ」
「そうなのか。もしかしたらラティフが甘いもの好きなのかも知れないな。果物でも用意してもらおうか」
風に揺らされる花々を眺めながらゆったりと中庭を歩いていると、少しずつ少しずつ部屋に近づいてくる。気付けば足取りが遅くなっていて、慌てて早めた。一緒に居たい気持ちはあるが、いつまでも引き留めていては彼の仕事が溜まっていくばかりだ。名残惜しくは思うが、また夜に会えるのだからと自身に言い聞かせる。
「たくさん歩いて疲れただろ。よく休むといい」
俺を寝台に寝かせると、アザドはそっと頭を撫でてくれた。何もせずに寝てばかりというのも、心苦しいものがある。けれど、それを謝ったときアザドは首を振って、膨らんだ腹を殊更に優しく撫でてくれた。常に子の為に気を張っているのだから、疲れるのは当然のことだと言って。
「ありがと、アザド」
だから、油断すれば口を突きそうになる謝罪を飲みこんで、代わりにお礼を言うことにしている。謝ると表情を曇らせる彼も、素直に感謝を伝えると嬉しそうに目を細めてくれるからだ。
互いに触れるだけのキスを送りあってから、部屋を出ていくアザドを見送る。彼の気配がなくなると、寂しいのかラティフがぽこぽこと蹴り始めた。宥めるように腹を擦りながら、世話役に教えてもらった子守唄を口遊む。調子外れのあまり上手いとは言えないものだったが、多少は安心させることが出来たのだろうか。ラティフは次第に落ち着いていった。
安堵すると同時に、ふわぁ、と欠伸が漏れる。アザドと散歩をしたお陰だろうか。ゆったりと眠気が寄せてきて瞼が重たくなってくる。腹の張りや動きに途中途中で起こされつつも、ぼんやりとした微睡みの中を揺蕩っているだけでも気持ちが良かった。
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