巨人族に嫁入り【完結】

米派

文字の大きさ
上 下
14 / 16

14

しおりを挟む

あたたかな陽射しに包まれた中庭は、時おり涼しい風が吹いてきて心地がいい。空いた手を膨れた腹に添えながら、ゆったりと足を進めていく。ちょっとした段差に差し掛かると、アザドは足を止めて教えてくれる。最近は腹がかなり大きくなってきたので足元が見辛く、靴を履くのにもモタモタしていたら散歩中、俺の代わりに気にしてくれるようになった。

「ありがと」

お礼を言うと、アザドは優しく目を細めた。繋いだ手にそっと力が込められるのがわかって、自然と笑みがこぼれてくる。

妊娠してからも、中庭を歩く日課は変わらずに続いていた。無理は厳禁らしいが、ある程度の運動はした方が良いと医者に言われたからだ。ちまちまと歩く俺を急かすことなく、アザドは歩幅を合わせてくれる。ゆっくりと歩きながらぽつぽつと会話を交わす、この穏やかな時間が俺は好きだった。

「ラティフ」

名前を呼びながらアザドが手を添えると、ラティフは何時もぽこぽこと元気よく動いているのが嘘のように静かになる。それがまるで耳を澄ませているようにも思えて、ついつい頬が緩んでしまう。よく話しかけてくれるので、きっとラティフも声を覚えているのだろう。

「アザドの声、安心するみたい」

口にしたあと同意するようにぽこんっと軽く蹴る感覚があって、つい二人で顔を見合わせて笑ってしまった。

「会える日が楽しみだな」

穏やかに目を細めて、アザドは優しく腹を撫でくれる。あたたかな掌が触れると心地が良くて、俺も同じように手を添えた。子ができてから少し歩くだけで息切れしてしまったり腰が痛くなったりと辛いこともあるが、それ以上に腹の重みが愛しく思える。それもこれも、きっとアザドが良くしてくれるからだろう。
政務で疲れているだろうに痛みのせいで中々寝付けない俺を気遣って、よく撫でてくれたり腰を温めてくれる。彼が言うには普段は傍に居られないかららしいが、それは立場を思えば仕方がないことだ。むしろ、忙しい中で気にかけてくれることが嬉しい。

ラティフの部屋に玩具や服が増えていくたびに、アザドが本当に楽しみにしてくれているのが伝わってきて意味もなく泣きたくなる。この子は心から望まれ、愛されて産まれてくるのだ。それがどれほど得難いものか。アザドは何気なくしているのかも知れないが、彼が楽しみだと口にするたびに優しく腹を撫でてくれるたびに不安が薄れていく。大丈夫だと、強く思うことができる。記憶に残る母の顔は嫌悪感に歪んだものばかりではあるけれど、もしかしたら、もしかしたら一度くらいはこうして腹を撫でてくれたことがあったのかもしれない。そんなことが過ぎるほどに、膨らんだ腹を見つめる彼の眼差しは優しいものに感じられた。

「今日の夜、何か食べたいものはあるか?」
「ご飯とは違うけど、甘いものがあったらいいな。……最近、すごく食べたくなっちゃうんだ」
「そうなのか。もしかしたらラティフが甘いもの好きなのかも知れないな。果物でも用意してもらおうか」

風に揺らされる花々を眺めながらゆったりと中庭を歩いていると、少しずつ少しずつ部屋に近づいてくる。気付けば足取りが遅くなっていて、慌てて早めた。一緒に居たい気持ちはあるが、いつまでも引き留めていては彼の仕事が溜まっていくばかりだ。名残惜しくは思うが、また夜に会えるのだからと自身に言い聞かせる。

「たくさん歩いて疲れただろ。よく休むといい」

俺を寝台に寝かせると、アザドはそっと頭を撫でてくれた。何もせずに寝てばかりというのも、心苦しいものがある。けれど、それを謝ったときアザドは首を振って、膨らんだ腹を殊更に優しく撫でてくれた。常に子の為に気を張っているのだから、疲れるのは当然のことだと言って。

「ありがと、アザド」

だから、油断すれば口を突きそうになる謝罪を飲みこんで、代わりにお礼を言うことにしている。謝ると表情を曇らせる彼も、素直に感謝を伝えると嬉しそうに目を細めてくれるからだ。

互いに触れるだけのキスを送りあってから、部屋を出ていくアザドを見送る。彼の気配がなくなると、寂しいのかラティフがぽこぽこと蹴り始めた。宥めるように腹を擦りながら、世話役に教えてもらった子守唄を口遊む。調子外れのあまり上手いとは言えないものだったが、多少は安心させることが出来たのだろうか。ラティフは次第に落ち着いていった。

安堵すると同時に、ふわぁ、と欠伸が漏れる。アザドと散歩をしたお陰だろうか。ゆったりと眠気が寄せてきて瞼が重たくなってくる。腹の張りや動きに途中途中で起こされつつも、ぼんやりとした微睡みの中を揺蕩っているだけでも気持ちが良かった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ツンデレ妖精王が、獅子だけど大型ワンコな獣人王にとろとろに愛される話

古井重箱
BL
【あらすじ】妖精王レクシェールは、獣人王ガルトゥスが苦手である。ある時、レクシェールはガルトゥスに熱いキスをされてしまう。「このキスは宿題だ。その答えが分かったら、返事をくれ」 ガルトゥスの言葉に思い悩むレクシェール。果たして彼が出した答えは——。【注記】妖精王も獣人王も平常時は人間の青年の姿です。獅子に変身するけど大型ワンコな攻×ツンデレ美人受です。この作品はアルファポリスとムーンライトノベルズ、エブリスタ、pixivに掲載しています。ラブシーンありの回には*をつけております。

童貞処女が闇オークションで公開絶頂したあと石油王に買われて初ハメ☆

はに丸
BL
闇の人身売買オークションで、ノゾムくんは競りにかけられることになった。 ノゾムくん18才は家族と海外旅行中にテロにあい、そのまま誘拐されて離れ離れ。転売の末子供を性商品として売る奴隷商人に買われ、あげくにオークション出品される。 そんなノゾムくんを買ったのは、イケメン石油王だった。 エネマグラ+尿道プラグの強制絶頂 ところてん 挿入中出し ていどです。 闇BL企画さん参加作品。私の闇は、ぬるい。オークションと石油王、初めて書きました。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

転生先のパパが軽くヤンデレなので利用します

ミクリ21
BL
転生したら王子でした。しかも王族の中で一番低い地位です。しかし、パパ(王様)が溺愛してきます。更にヤンデレ成分入ってるみたいです。なので、少々利用しましょう。ちょっと望みを叶えるだけですよ。ぐへへ♪

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

騎士団やめたら溺愛生活

愛生
BL
一途な攻め(黒髪黒目)×強気で鈍感な受け(銀髪紫目) 幼なじみの騎士ふたりの溺愛もの 孤児院で一緒に育ったアイザックとリアン。二人は16歳で騎士団の試験に合格し、騎士団の一員として働いていた。 ところが、リアンは盗賊団との戦闘で負傷し、騎士団を退団することになった。そこからアイザックと二人だけの生活が始まる。 無愛想なアイザックは、子どもの頃からリアンにだけ懐いていた。アイザックを弟のように可愛がるリアンだが、アイザックはずっとリアンのことが好きだった。 アイザックに溺愛されるうちに、リアンの気持ちも次第に変わっていく。 設定はゆるく、近代ヨーロッパ風の「剣と魔法の世界」ですが、魔法はほぼ出てきません。エロも少な目で会話とストーリー重視です。 過激表現のある頁に※ エブリスタに掲載したものを修正して掲載

すてきな後宮暮らし

トウ子
BL
後宮は素敵だ。 安全で、一日三食で、毎日入浴できる。しかも大好きな王様が頭を撫でてくれる。最高! 「ははは。ならば、どこにも行くな」 でもここは奥さんのお部屋でしょ?奥さんが来たら、僕はどこかに行かなきゃ。 「お前の成長を待っているだけさ」 意味がわからないよ、王様。 Twitter企画『 #2020男子後宮BL 』参加作品でした。 ※ムーンライトノベルズにも掲載

処理中です...