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五章

「情報と影響と熱気」その①

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 日本では無職の自宅警備員だった俺がついに、商人の街ゴールディ―ウォールにて住む家を手に入れた。賃貸だし謎の植物もいるけど、とにかく異世界で頑張ったことを父さんに話したい気分だ。あの後すぐに再婚して幸せにやっているのかなぁ。

「ご主人、日が暮れてまいりました、これからどうなさいますか」

 スカーレットに言われ何気なく空を見上げたその時、庭や家の周りの外灯に自動で明かりが点る。
 これまでの町でもそうだったが、暗くなると外灯や屋内の廊下などは魔法の力で自動的に点く。部屋や風呂、トイレも人が入ると明かりが点き、消したい時はスイッチがちゃんとある。まったく魔法のアイテムは便利だ。商人になったわけだし、いつか便利グッズを作って売りたいと思う。ただこれらは魔力が切れたら使えないので、魔力が蓄積された魔石や封印石を交換しなければならない。
 因みにまだ庭におり謎のマンドラゴラのセバスチャンと一緒にいた。

「そうだなぁ、とりあえず家の中をチェックしますか」
「はいにゃ」
「御意」

 家の中に入ってから「もうマントは着てなくていいよ」と言ったら二人はマントを脱いだが、下半身丸出しの問題児がいるの忘れてた。

「バ、バカ猫、堂々と見せるんじゃない」

 スカーレットが慌ててクリスの股間をマントで隠した。
 こうしてあらためて見ると、これどんな鬼畜な状況だよ。凄い光景だよホンと。

「どこかで服とか下着買ってやるから、それまで俺のパンツ穿いてろ」

 もう一つ黒のボクサーパンツを取り出しクリスに渡した。

「はいにゃ。ご主人様のパンツだから、とっても嬉しいにゃ」

 その様子を見てスカーレットは羨ましそうにしていた。

「なに、お前もパンツ欲しいの?」
「なっ⁉ ななななっ、何をご主人⁉」
「なにって、パンツ欲しそうな顔してたから。クンクン匂いを嗅ぎたいんだろ、クンクン」
「そ、そんなはしたないこと思うわけ、な、ないじゃありませんか」

 赤面して挙動不審になってるくせに相変わらず素直じゃないな。

「本当にクンクンしたくないの? 今なら特別に穿いてるパンツをあげるぞ。凄い匂うしクンクンしほうだいだ」
「あわわわわわっ、に、匂いが染み込んだご主人のパ、パンツ」
「クリスはクンクンするよな」
「はいにゃ。クンクンするのにゃ。ご主人様の匂い大好きなのにゃ」
「まあ欲しくないならいいんだけど」
「あの、その、ほ、欲しいです」
「えっ、なんて? よく聞こえないなぁ、声が小さすぎて」
「ほっ、欲しいです‼ スカーレットはご主人のパンツが欲しいです、クンクンしたいです‼」
「よし、素直でよろしい。後で本当にあげるからな」
「はい……嬉しいです」

 恥ずかしがってる犬系半獣人の女の子、なんて可愛いんだろ。てか楽しすぎる。なんだか俺、随分とご主人様に慣れてきたかも。でも凄いバカなやり取りしてるよな。

「ほほう、アキト殿はかなり変態な御主人様のようですね」
「おわっ、セバスチャン⁉」

 気付かなかったが後ろにセバスチャンがいた。家の中までついて来てたのかよ。今の会話を聞かれてたとか恥ずかしすぎる。

「って服着てるじゃん⁉」
「えぇ、着ろというので着てきました」

 いつの間に何処で着替えたんだ。土の中? 地面の下に部屋とかあるのかな。
 その服装は白い長袖ワイシャツに蝶ネクタイ。濃紺のベストとズボンで黒いエナメルシューズ。どこからどう見ても普通の服装だ。もう人間にしか思えない。しかも超美形だから完璧すぎて眩しいぜ。

「あの、さっきのやり取り冗談だから」
「その変態さ、なかなかにわたくし好みでございます」
「そ、そうなの……」

 ヤダもう怖いんですけど、その意味ありげな目が。
 それからモヤモヤしながら家の中を見て回った。西洋風の部屋は広々していてベッドやクローゼット、棚などがあり申し分ない。
 この時まだセバスチャンがついて来ている。こいつは何がしたいんだろ。ただ家の中はセバスチャンによって掃除されており、凄く綺麗な状態だった。
 キッチンには調理器具や食器が充実し、魔法のアイテムである冷蔵庫や水が出る蛇口まである。更に洗濯機みたいなものまであった。
 これらの魔法を使った便利グッズはやはり召喚勇者たちの影響だろう。あと風呂とトイレにも魔法は使われている。トイレは洋式だが汚物が流れる下水管があるわけではなく、ボタンを押して水を流すと転送魔法で施設に集められて処理される。砂漠の町サンドブールのトイレも同じシステムだった。
 この家の風呂は家庭用ではなくかなり大きく、浴槽は十人ぐらいは入れる。鏡とシャワーが付いてる体を洗う場所も四つあった。因みに浴槽にお湯を溜めるのもシャワーを出すのもボタン一つで操作できる。これらも水道管があるのではなく転送魔法で水が運ばれる仕組みだ。
 魔法の便利さ神レベルすぎる。別世界の物と魔法をここまで見事に融合させる天才がいたとは驚きだ。
 肝心の一階店舗スペースは一番広い作りで奥に倉庫部屋があり、その部屋の半分は巨大な金庫になっている。商売をするうえでこの金庫は助かる。魔法の道具袋のような特殊空間収納は便利だけど本体を盗まれたら終わりだからな。

「じゃあ部屋を決めようか。俺は階段上がって一番奥の部屋。向こう側の左がクリス、右の部屋がスカーレットな」
「えっ⁉ 私たちが人間の部屋を使ってもいいのですか?」

 スカーレットの驚き方からして、奴隷は母屋以外の場所に住むのが普通みたいだ。

「まあいいだろ。部屋はあまってるし、ここには俺たちだけだから、他の人間に迷惑掛からないし」
「わーいわーい、クリスチーナの部屋なのにゃ。ご主人様と一つ屋根の下で寝れるのにゃ」
「ご主人、ありがとうございます。スカーレットは幸せ者です」

 スカーレットは涙ぐみながら片膝を付いて言う。いちいち大袈裟だけど尻尾を振ってて可愛いなぁ。

「あの、セバスチャンは部屋とかはいらないんだよね」
「はい。わたくしの部屋は庭ですから。お気遣い感謝いたします、アキト殿」

 とりあえず聞いてみただけだが、家の中で一緒に住むとか言われたら困るところだった。でも前の家主の部屋は話の流れ的に、そのままにしておかないといけない。帰ってきたら一緒に住むことになるのかなぁ。なんだかまたモヤモヤする。

「そういえばお腹減ったよな、晩御飯どうしようかな」
「実は先程ご主人と別行動をとった時に食材を買っておきました。私は少しお金を持っていましたので」
「ドジっ子連れてアンジェリカから逃げながら買い物もしてくるとか、いやもう流石と言うしかないよ、スカーレット」
「ご主人に喜んでいただけて嬉しいです。これからも尽力いたします」

 我が家の犬は頼もしいぜ。この街では買い物も簡単ではないらしいからな。表通りの店では奴隷は買物できないうえに、裏通りでも一部の店でしか無理だ。

「スカーレットちゃん凄いのにゃ。後はクリスチーナにお任せなのにゃ」

 いつも通り自信満々だけど本当に料理できるのかな。ドロドロの紫色したカオスな物体を生み出すのだけはやめてくれ。

「ほら、食材だ。作れるものなら作ってみろ」

 キッチンに移動しスカーレットは鞄の魔法空間からパンと野菜、肉など食材を取り出す。クリスへの対抗心むき出しで不機嫌そうな顔をしていた。

「ここは調味料もナイフも鍋もなんでもそろってるのにゃ」
「がんばれクリス、期待してるぞ」
「お任せなのにゃ」

 クリスは壁に掛けてあったブラウンのエプロンを付けた。
 何もできない俺たちはダイニングのテーブルに移動して料理を待つことにする。長方形のテーブルにはイスが六つあり、俺は一番手前に座った。スカーレットは遠慮してなかなか座らなかったが正面に座らせた。
 キッチンからは上機嫌なクリスの鼻歌とリズミカルな包丁の音が聞こえてくる。

「わたくしはこの辺りで失礼いたします。食事はとりませんので」
「まあ植物だもんな」
「その通りです、アキト殿。わたくしは基本的に水分だけしか口にしません」
「水だけ? お茶は飲むんだよな」
「はい、紅茶をいただきます。マスターがいた時はお酒も飲んでいました。いずれご一緒しましょう。ではご機嫌よう」

 見た目はほぼ人間の謎のマンドラゴラのセバスチャンは、モデル張りのカッコいいウォーキングで庭に帰った。いったい何者なのか。
 悪い奴ではなさそうだけど、その不気味さは底が知れない。アンジェリカ程ではないが特別な存在の力を感じる。
 因みにあの服、魔道布まどうふという特殊な布で作られており、着たまま土に潜っても汚れないとのこと。
 程なく、キッチンから良い匂いがしてくる。これは普通に美味しい食べ物の匂いですよ。

「期待できそうだな」
「匂いだけでは信用できません。バカ猫が作っているのをお忘れなく」
「とか言って、お前さっきからお腹ギュルギュルいってるぞ」
「はわわわ、ち、違います、これは、その……」

 スカーレットは赤くなった顔を両手で覆いモジモジしている。
 こいつも天然のいいね職人だな。ケモ耳と尻尾付いてる半獣人、可愛すぎて萌え死寸前だ。

「お待たせなのにゃ。クリスチーナ特製、ベーコンたっぷりシチューなのにゃ」

 クリスは手早く料理を作った。慣れた感じもあるし本当に得意だったようだ。

「おぉ、見た目は完璧。凄いじゃんクリス。見直したぞ」

 テーブルにはシチューとパン、それにサラダまである。この時スカーレットのお腹は、グギュルルルッとこれ以上ないぐらいの音を出して空腹をアピールした。

「ははっ、凄い音だな。俺の腹もさっきから鳴りっぱなしだ。さっ、食べようぜ」

 クリスはスカーレットの横に座り、三人同じテーブルで食事を開始した。たぶんこの光景をこっちの世界の人間が見たら怒るんだろう。
 郷に入っては郷に従えだしバレないようにしないと。俺が責められる以上に二人が辛い思いをするかもしれない。

「美味い‼ このシチュー美味いよクリス」

 お世辞抜きで本当に美味しい。この世界の料理は向こうの世界の影響を受けている風であなどれない。レベル高い。

「ご主人様のお役に立てて嬉しいのにゃ。まだまだいっぱいあるにゃ」

 クリスは満面の笑みで喜んでいる。こんな特技があるとは、人は見かけによらない。いい勉強になった。
 しかしスカーレットは食べる時はワイルドだ。食いしん坊キャラのようにガツガツ食う。それに比べてクリスはスプーンを丁寧に使い音を立てず上品に食べている。
 クリスはおバカなドジっ子だけど気が利くところもあるし、小さい時から奴隷教育を受けていてよく尽くすいい子だ。ただ冒険には連れて行きたくないけど。

「あぁ~美味しかった。お腹いっぱいだ。ありがとうな、クリス、スカーレット」
「ご主人のために当然のことをしただけです」
「そうなのにゃ。これからは毎日ご主人様のために作るのにゃ」

 いい子たちすぎて泣けてくる。この二人と知り合えてラッキーだった。
 この時、何気なく、というかごく普通に水の入ったマグカップを手に取る。だがその瞬間ガチャっと音が鳴りカップを握り潰した。

「えっ、力入れてないのに」
「大丈夫ですか、ご主人」
「にゃにゃっ、大変なのにゃ」
「大丈夫、怪我はしてないよ。ちょっと力入れ過ぎたかな。このカップ、ヒビが入ってたのかも」

 なにこれ、どうした俺。日常生活での超人パワーの制御はできてたはず。とはいえこの世界に来てから急激にパワーアップしたのは事実。まさか今この瞬間も超人レベルが上がっているのか。
 冷静に思い返しても、やはりあり得ないような力になっている。普通に考えて素人がダンジョン攻略したり、あんな大きな、しかも特別硬い岩をパンチ一撃で簡単に破壊できるわけない。
 確認できるステイタスは商人の基本設定なので本来の自分の強さが分からないし、これからはもっと力加減に気を付けないと。
 何故ここまで凄いパワーアップが起こってるんだろ。女神に勇者召喚されたんでも異世界転生したんでもないから、もしかしたらそこに理由があるのかも。超変則的に異世界に入り込むなんて無茶苦茶だもん、体に異変が生じる可能性もある。早くレベルアップしている超人パワーに慣れないと大変な事になりそう。

「あのさぁ、これからちょっと出かけてくるから」
「はい、それではすぐに用意いたします」

 スカーレットは飼い主と散歩に行こうとする犬の如く尻尾を振って、ウエストポーチの魔法空間からマントを出そうとする。

「待て待て、二人は留守番だ。俺一人で行く」

 スカーレットはシュンとしてフワフワの尻尾は元気なく垂れ下がった。

「あの、どちらにお出かけですか?」
「場所は決めてないよ。ゴールディ―ウォールの夜の顔を見ておきたいから、街をぶらぶらしてくる。あと情報収集も」
「ご主人、ご用心ください。まだあのエルフがいるかもしれません」
「そうだな、それ忘れてたよ」
「やはり私も一緒の方が。近付いてくれば匂いで分かりますので」
「心配性だな、大丈夫だっての。そうだ、風呂でも入れておいてくれ。帰ってきたら入るから」
「はいにゃ。クリスチーナにお任せなのにゃ」
「じゃあ行ってくる」

 ウエストポーチ型の魔法の道具袋を装着して街の中心部へ徒歩で向かう。
 とにかく夜の街を確認しておかないと。同じ街でも昼と夜は居る人間も商売も雰囲気や治安も変わるはずだ。





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