63 / 82
第八章 悪魔共闘激動編
二
しおりを挟む
何が起こったのか、遅れてわかった。
僕はシリュウに襟首を掴まれ、集合住宅の一室から外へ飛び出していた。
そして目の前で、集合住宅が倒壊した。
「どうなって……」
いや、倒壊しかけた、という方が正しいか。
ただし、崩壊しかけた直後、吹っ飛んだわけだけど。
激しい炎が渦巻き、集合住宅が巨大すぎる火の塊になる。
その炎の中から、二人の兵士が歩み出てくる。服はどこも燃えていない。髪の毛も服も乱れていない。
彼らの周囲に何か、見えない力が渦巻いているのがわかる。
炎がそれを避けている。
「これはもう、人間じゃないな」
僕の横で剣を抜いたシリュウが呟く。
「動かないでください」
声は背後から、振り向くと、リメがいる。僕たちの周囲にも、何かの膜が生まれる。
「エベは容赦というものを知りませんから」
そのエベが、二人の兵士の背後から現れる。
彼も炎に蹂躙されてはいない。
彼自身が炎の中心なのだ。
兵士たちもエベに気づき、振り返る。
「面白くてたまらないな」
そう呟いたのが、はっきり聞こえた。悪魔も冗談を言うのだ。
そのエベの手元で炎が二本の剣に変化する。構え、エベが踏み込み。
二人の兵士が腰の剣に触れず、素手で悪魔の炎の剣を受け止める。
激しい閃光が瞬き、しかし悪魔の剣が静止する。
「ふん」
炎が揺らぎ、膨れ上がる!
兵士の一人が下がるが、もう一人は逃げ遅れた。
エベの炎が激しい火力で兵士を包み込む。
「む」
エベが自分の胸を見下ろしたのはその時だった。
胸に、剣が突き刺さっている。
兵士の剣。
エベが後退し、炎を弱める。
炎の渦の中から現れた兵士は、少しも傷を負っていない。熱を感じすらいないように見えた。
「不気味な連中だよ」
ぼやきながらエベが自分の胸を撫でている。見る見る黒い血が溢れてくる。彼の手元で炎が渦巻き、自身の体を焼く。傷口を塞いだらしい。
「契約者を甘く見るな」
今は完全に倒壊した集合住宅の炎をかき分けて、メリトが出てきた。
先ほどと違うのは、彼の周囲で雷光が爆ぜていることだ。
「本気で当たれ、手加減がなしだ」
「了解」
メリトとエベが地を蹴る。
それぞれに一人ずつ、兵士に当たる。
兵士たちの力は徐々にわかってきた。障壁を展開するのに長けている。
現に、エベの炎は弾かれ、かつ、メリトが放つ雷撃も跳ね返されている。
四人が移動すると、周囲の街並みが破壊されていくだけだ。
悪魔たちは手加減というものを知らないのか?
それとも、そこまでしないと勝てない相手なのか?
「リメ、アルスを頼む」
そう言うと、シリュウが飛び出して行った。
契約者もシリュウに気づく。悪魔たちも反応した。
ただ、シリュウは最短距離で契約者へ駆け寄ると、左手の剣を叩きつけた。
強烈な破砕音とともに何か、見えないものが砕けだ。
契約者が跳ねるように身を躱すが、地面に何かが落ちる。
肩から切断された左腕。
「この魔剣は契約者には有効だな」
ひとりごちるシリュウを、二人の兵士が慎重に観察する。
「魔法殺しの剣」兵士が顔を歪める。「悪魔に向けるべきだろう」
「それは俺が決める」
二人の悪魔はシリュウの援護に回るようだ。兵士たちはじりじりと間合いを計り、一撃を見舞うチャンスを狙っている。
「良いだろう」
兵士二人が、それぞれに手を結ぶ。
二人の間に何かがやり取りされる気配。
片腕を失っている方は目を閉じ、もう一方が、つないでいない手をシリュウに向けた。
まずい、と言ったのは誰だったか。
強すぎる閃光が目を焼いて、何も見えなくなった。
地響きのような音と、吹き荒れる突風。
僕は身を伏せ、ひたすら身を守った。
やがて視力が開封すると、片膝をついたシリュウの前にメリトとエベが立っていた。
二人とも、全身に火ぶくれができ、顔を歪めている。
二人がシリュウを守ったのだと、すぐわかった。
二人の陰になった場所を起残して、地面が大きくえぐれていて、それはリーンの街の一角に帯状の崩壊を生み出していた。
「生きているか、シリュウ殿」
苦しそうにメリトが言うと、それを待っていたように、シリュウが立ち上がった。
「どうしてそこまでやる?」
冷酷とも言えるシリュウの問いに、メリトが引きつるように笑った。
「任務だ」
簡潔な答え。
二人の兵士は、次の一撃、最後の攻撃のために集中を始めている。
それを見逃すシリュウではない。
「今度は俺が助けてやるよ」
兵士に全力で肉迫するシリュウ、その姿は飛燕そのもの。
兵士二人が間合いを取ろうとするが、間に合わない。
一撃で、つながれていた二人の手が切断され、指が飛び散る。
二人の間でやり取りされた力が暴発、腕が吹き飛ぶ。
それでも攻撃役の兵士は、シリュウ、そして背後の悪魔二人を狙っている。
兵士の手に旋回したシリュウの剣が襲いかかる。
魔法破壊の魔剣に、契約者の攻撃が衝突。
光が乱舞し、甲高い音が響く。
そして湿った音。
兵士が腕ごと体を両断され、地面に倒れた。
もう一方はまだ生きているが、両腕を失い、すでに虫の息だった。
「これで」シリュウが剣から血を払って背中に戻す。「連合軍とは決別だな」
僕の横にいたレメが立ち上がり、二人の仲間に駆け寄る。やっとメリトとエベは倒れこみ、緊張を解いている。レメが法印を発動し始めた。
シリュウが僕の方へ歩み寄ってくる。
「悪いな、アルス。巻き込んじまった」
「よくあることだよ」
僕はやっと集合住宅を見た。
最初の炎で崩壊し、その後の閃光に席巻され、見る影もない。
「ほとぼりが冷めるまで、別のところにいるよ」
そう言うと、シリュウがニヤリと笑った。
「なら俺と一緒に来いよ」
「言われなくてもそのつもりさ」
周囲に人が集まりだし、同時に契約者の閃光によって破壊されたリーンの一角で、救助作業が始まった。僕たちはそれに加わることはできないので、三人の悪魔とともに、密かにリーンの街を抜けた。
レメの法印を受けて、二人の悪魔はおおよそ回復したようだった。
「馬で移動する暇はありません。転移魔法を使います」
馬に乗ってリーンからやや離れたところで、メリトが宣言した。
「連合軍はどうしてなのか、シリュウ殿に固執している。先ほどのような大事になることを含んでも、十分な価値がシリュウ殿にあるのでしょう。極めて危険です」
シリュウが無言で頷く。
「さっさと逃げよう。これ以上、無関係な人間を巻き込むのは本意じゃない」
五人で馬を止めて、人目も気にせず、レメの差し出した手に触れた。
「行きます」
瞬間、天地が逆転し、いや、上下左右前後の感覚が失われ、時間の流れが急激に遅くなり、急激に早くなり、全てが拡散し、再び収束する。
気づいた時には、密林の真ん中に立っていた。隣にはシリュウが、そして三人の悪魔がいる。
「今までで一番気分の悪い転移魔法だった」
思わず呟きつつ、僕は首を振って、意識をはっきりさせた。
「こちらです」
メリトが僕たちを導くので、密林の中を歩き始めた。
黒の領域であることははっきりしているけど、どの辺だろう。どれくらい転移したのか。
歩いていくと、巨大な岩があった。その前でメリトが足を止める。ピタリと、手を石に当てた。何が起こるのかと見ていると、石がかすかに横にずれる。もちろん、メリトが押しのけたわけじゃない、そんなに力はこもっていない。
石が自然と動いているのだ。
石が動きを止めると、地面に穴があり、階段が下へと降りていくのがわかる。
「悪魔も地下が好きとはな」
そんなことを言いつつ、階段を降りていくメリトに従うシリュウ。僕は無言だ。
階段が終わると、広い空間に出た。六角形の広間で、六つの通路が伸びている。メリトがひとつを選んで、進む。メリト、エベ、レメは遮光眼鏡を外した。彼らの瞳は、赤い。
すれ違うのは大抵、人間のように見えるが、悪魔だろう。揃って瞳が赤い。
ただ、そんな悪魔は中級から上級の悪魔だ。こんなに大勢の悪魔に囲まれたことはない。それも、彼らは今、味方なのだ。
時折、下級悪魔も通りかかるが、仕事に従事している、という感じで、凶暴でもないし、衝動的でもないようだ。淡々と物を運んだりだとか、掃除をしたりだとか何かをしている。
「今回の計画を立てた方から、お話があります」
通路を進みながらメリトが言う。たぶん、僕とシリュウがこの場に慣れるまで、話を先延ばしにしてくれたんだ。
「それはメリトの上司ってことか?」
「我々にはそれほど強力な上下関係はありません。なので常に私を指揮する上司ではないのですが、作戦責任者、と呼べばいいのでしょうか。そうですね、上司と思ってもらっても、構わないのですが、シリュウ殿とアルス殿には、我々のことをもう少し知ってもらいたいのです」
そうか、とシリュウが応じ、こちらを見る。
「お前の好きな勉強の機会だぞ。ラッキーだな」
僕は苦笑いしか返せなかった。
ラッキーと言えばラッキーだけど、そこまで楽な気持ちにはなれなかった。
何せ、黒の領域どころか、悪魔の秘密基地の中にいるのだ。彼らが何かの瞬間に心変わりしたり、そうでなくても気まぐれでも、なんでも、その気になれば僕なんてあっという間に死体に早変わりしてしまう。
逃げるどころか、抵抗も難しい。
「緊張することはありません」
メリトが僕の方を向いた。
「我々はあなた方を害するつもりはありません」
「ええ、はい」どう答えていいんだろう。「信じます」
「よろしくお願いします」
悪魔にこんなことを言われるなんて。想像もできなかったな。
通路の左右の扉の前をどんどん素通りしていく。いくつか枝分かれの通路もあったけど、メリトは無視して進む。
やがて一つのドアの前で立ち止まった。エベとレメがドアの両脇に立った。警護の役割を負うらしい。メリトがドアをノックすると返事があった。
「行きましょう」
僕たちは部屋に入った。
シリュウは堂々と。
僕は、おどおどと。
それ以外、どうしたらいいのか……。
僕はシリュウに襟首を掴まれ、集合住宅の一室から外へ飛び出していた。
そして目の前で、集合住宅が倒壊した。
「どうなって……」
いや、倒壊しかけた、という方が正しいか。
ただし、崩壊しかけた直後、吹っ飛んだわけだけど。
激しい炎が渦巻き、集合住宅が巨大すぎる火の塊になる。
その炎の中から、二人の兵士が歩み出てくる。服はどこも燃えていない。髪の毛も服も乱れていない。
彼らの周囲に何か、見えない力が渦巻いているのがわかる。
炎がそれを避けている。
「これはもう、人間じゃないな」
僕の横で剣を抜いたシリュウが呟く。
「動かないでください」
声は背後から、振り向くと、リメがいる。僕たちの周囲にも、何かの膜が生まれる。
「エベは容赦というものを知りませんから」
そのエベが、二人の兵士の背後から現れる。
彼も炎に蹂躙されてはいない。
彼自身が炎の中心なのだ。
兵士たちもエベに気づき、振り返る。
「面白くてたまらないな」
そう呟いたのが、はっきり聞こえた。悪魔も冗談を言うのだ。
そのエベの手元で炎が二本の剣に変化する。構え、エベが踏み込み。
二人の兵士が腰の剣に触れず、素手で悪魔の炎の剣を受け止める。
激しい閃光が瞬き、しかし悪魔の剣が静止する。
「ふん」
炎が揺らぎ、膨れ上がる!
兵士の一人が下がるが、もう一人は逃げ遅れた。
エベの炎が激しい火力で兵士を包み込む。
「む」
エベが自分の胸を見下ろしたのはその時だった。
胸に、剣が突き刺さっている。
兵士の剣。
エベが後退し、炎を弱める。
炎の渦の中から現れた兵士は、少しも傷を負っていない。熱を感じすらいないように見えた。
「不気味な連中だよ」
ぼやきながらエベが自分の胸を撫でている。見る見る黒い血が溢れてくる。彼の手元で炎が渦巻き、自身の体を焼く。傷口を塞いだらしい。
「契約者を甘く見るな」
今は完全に倒壊した集合住宅の炎をかき分けて、メリトが出てきた。
先ほどと違うのは、彼の周囲で雷光が爆ぜていることだ。
「本気で当たれ、手加減がなしだ」
「了解」
メリトとエベが地を蹴る。
それぞれに一人ずつ、兵士に当たる。
兵士たちの力は徐々にわかってきた。障壁を展開するのに長けている。
現に、エベの炎は弾かれ、かつ、メリトが放つ雷撃も跳ね返されている。
四人が移動すると、周囲の街並みが破壊されていくだけだ。
悪魔たちは手加減というものを知らないのか?
それとも、そこまでしないと勝てない相手なのか?
「リメ、アルスを頼む」
そう言うと、シリュウが飛び出して行った。
契約者もシリュウに気づく。悪魔たちも反応した。
ただ、シリュウは最短距離で契約者へ駆け寄ると、左手の剣を叩きつけた。
強烈な破砕音とともに何か、見えないものが砕けだ。
契約者が跳ねるように身を躱すが、地面に何かが落ちる。
肩から切断された左腕。
「この魔剣は契約者には有効だな」
ひとりごちるシリュウを、二人の兵士が慎重に観察する。
「魔法殺しの剣」兵士が顔を歪める。「悪魔に向けるべきだろう」
「それは俺が決める」
二人の悪魔はシリュウの援護に回るようだ。兵士たちはじりじりと間合いを計り、一撃を見舞うチャンスを狙っている。
「良いだろう」
兵士二人が、それぞれに手を結ぶ。
二人の間に何かがやり取りされる気配。
片腕を失っている方は目を閉じ、もう一方が、つないでいない手をシリュウに向けた。
まずい、と言ったのは誰だったか。
強すぎる閃光が目を焼いて、何も見えなくなった。
地響きのような音と、吹き荒れる突風。
僕は身を伏せ、ひたすら身を守った。
やがて視力が開封すると、片膝をついたシリュウの前にメリトとエベが立っていた。
二人とも、全身に火ぶくれができ、顔を歪めている。
二人がシリュウを守ったのだと、すぐわかった。
二人の陰になった場所を起残して、地面が大きくえぐれていて、それはリーンの街の一角に帯状の崩壊を生み出していた。
「生きているか、シリュウ殿」
苦しそうにメリトが言うと、それを待っていたように、シリュウが立ち上がった。
「どうしてそこまでやる?」
冷酷とも言えるシリュウの問いに、メリトが引きつるように笑った。
「任務だ」
簡潔な答え。
二人の兵士は、次の一撃、最後の攻撃のために集中を始めている。
それを見逃すシリュウではない。
「今度は俺が助けてやるよ」
兵士に全力で肉迫するシリュウ、その姿は飛燕そのもの。
兵士二人が間合いを取ろうとするが、間に合わない。
一撃で、つながれていた二人の手が切断され、指が飛び散る。
二人の間でやり取りされた力が暴発、腕が吹き飛ぶ。
それでも攻撃役の兵士は、シリュウ、そして背後の悪魔二人を狙っている。
兵士の手に旋回したシリュウの剣が襲いかかる。
魔法破壊の魔剣に、契約者の攻撃が衝突。
光が乱舞し、甲高い音が響く。
そして湿った音。
兵士が腕ごと体を両断され、地面に倒れた。
もう一方はまだ生きているが、両腕を失い、すでに虫の息だった。
「これで」シリュウが剣から血を払って背中に戻す。「連合軍とは決別だな」
僕の横にいたレメが立ち上がり、二人の仲間に駆け寄る。やっとメリトとエベは倒れこみ、緊張を解いている。レメが法印を発動し始めた。
シリュウが僕の方へ歩み寄ってくる。
「悪いな、アルス。巻き込んじまった」
「よくあることだよ」
僕はやっと集合住宅を見た。
最初の炎で崩壊し、その後の閃光に席巻され、見る影もない。
「ほとぼりが冷めるまで、別のところにいるよ」
そう言うと、シリュウがニヤリと笑った。
「なら俺と一緒に来いよ」
「言われなくてもそのつもりさ」
周囲に人が集まりだし、同時に契約者の閃光によって破壊されたリーンの一角で、救助作業が始まった。僕たちはそれに加わることはできないので、三人の悪魔とともに、密かにリーンの街を抜けた。
レメの法印を受けて、二人の悪魔はおおよそ回復したようだった。
「馬で移動する暇はありません。転移魔法を使います」
馬に乗ってリーンからやや離れたところで、メリトが宣言した。
「連合軍はどうしてなのか、シリュウ殿に固執している。先ほどのような大事になることを含んでも、十分な価値がシリュウ殿にあるのでしょう。極めて危険です」
シリュウが無言で頷く。
「さっさと逃げよう。これ以上、無関係な人間を巻き込むのは本意じゃない」
五人で馬を止めて、人目も気にせず、レメの差し出した手に触れた。
「行きます」
瞬間、天地が逆転し、いや、上下左右前後の感覚が失われ、時間の流れが急激に遅くなり、急激に早くなり、全てが拡散し、再び収束する。
気づいた時には、密林の真ん中に立っていた。隣にはシリュウが、そして三人の悪魔がいる。
「今までで一番気分の悪い転移魔法だった」
思わず呟きつつ、僕は首を振って、意識をはっきりさせた。
「こちらです」
メリトが僕たちを導くので、密林の中を歩き始めた。
黒の領域であることははっきりしているけど、どの辺だろう。どれくらい転移したのか。
歩いていくと、巨大な岩があった。その前でメリトが足を止める。ピタリと、手を石に当てた。何が起こるのかと見ていると、石がかすかに横にずれる。もちろん、メリトが押しのけたわけじゃない、そんなに力はこもっていない。
石が自然と動いているのだ。
石が動きを止めると、地面に穴があり、階段が下へと降りていくのがわかる。
「悪魔も地下が好きとはな」
そんなことを言いつつ、階段を降りていくメリトに従うシリュウ。僕は無言だ。
階段が終わると、広い空間に出た。六角形の広間で、六つの通路が伸びている。メリトがひとつを選んで、進む。メリト、エベ、レメは遮光眼鏡を外した。彼らの瞳は、赤い。
すれ違うのは大抵、人間のように見えるが、悪魔だろう。揃って瞳が赤い。
ただ、そんな悪魔は中級から上級の悪魔だ。こんなに大勢の悪魔に囲まれたことはない。それも、彼らは今、味方なのだ。
時折、下級悪魔も通りかかるが、仕事に従事している、という感じで、凶暴でもないし、衝動的でもないようだ。淡々と物を運んだりだとか、掃除をしたりだとか何かをしている。
「今回の計画を立てた方から、お話があります」
通路を進みながらメリトが言う。たぶん、僕とシリュウがこの場に慣れるまで、話を先延ばしにしてくれたんだ。
「それはメリトの上司ってことか?」
「我々にはそれほど強力な上下関係はありません。なので常に私を指揮する上司ではないのですが、作戦責任者、と呼べばいいのでしょうか。そうですね、上司と思ってもらっても、構わないのですが、シリュウ殿とアルス殿には、我々のことをもう少し知ってもらいたいのです」
そうか、とシリュウが応じ、こちらを見る。
「お前の好きな勉強の機会だぞ。ラッキーだな」
僕は苦笑いしか返せなかった。
ラッキーと言えばラッキーだけど、そこまで楽な気持ちにはなれなかった。
何せ、黒の領域どころか、悪魔の秘密基地の中にいるのだ。彼らが何かの瞬間に心変わりしたり、そうでなくても気まぐれでも、なんでも、その気になれば僕なんてあっという間に死体に早変わりしてしまう。
逃げるどころか、抵抗も難しい。
「緊張することはありません」
メリトが僕の方を向いた。
「我々はあなた方を害するつもりはありません」
「ええ、はい」どう答えていいんだろう。「信じます」
「よろしくお願いします」
悪魔にこんなことを言われるなんて。想像もできなかったな。
通路の左右の扉の前をどんどん素通りしていく。いくつか枝分かれの通路もあったけど、メリトは無視して進む。
やがて一つのドアの前で立ち止まった。エベとレメがドアの両脇に立った。警護の役割を負うらしい。メリトがドアをノックすると返事があった。
「行きましょう」
僕たちは部屋に入った。
シリュウは堂々と。
僕は、おどおどと。
それ以外、どうしたらいいのか……。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
義妹がピンク色の髪をしています
ゆーぞー
ファンタジー
彼女を見て思い出した。私には前世の記憶がある。そしてピンク色の髪の少女が妹としてやって来た。ヤバい、うちは男爵。でも貧乏だから王族も通うような学校には行けないよね。
1000年生きてる気功の達人異世界に行って神になる
まったりー
ファンタジー
主人公は気功を極め人間の限界を超えた強さを持っていた、更に大気中の気を集め若返ることも出来た、それによって1000年以上の月日を過ごし普通にひっそりと暮らしていた。
そんなある時、教師として新任で向かった学校のクラスが異世界召喚され、別の世界に行ってしまった、そこで主人公が色々します。
元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜
ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。
社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。
せめて「男」になって死にたかった……
そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった!
もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!
祝☆聖女召喚!そして国が滅びました☆
ラララキヲ
ファンタジー
魔物の被害に疲れた国は異世界の少女に救いを求めた。
『聖女召喚』
そして世界で始めてその召喚は成功する。呼び出された少女を見て呼び出した者たちは……
そして呼び出された聖女は考える。彼女には彼女の求めるものがあったのだ……──
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げてます。
親友と婚約者に裏切られ仕事も家も失い自暴自棄になって放置されたダンジョンで暮らしてみたら可愛らしいモンスターと快適な暮らしが待ってました
空地大乃
ファンタジー
ダンジョンが当たり前になった世界。風間は平凡な会社員として日々を暮らしていたが、ある日見に覚えのないミスを犯し会社をクビになってしまう。その上親友だった男も彼女を奪われ婚約破棄までされてしまった。世の中が嫌になった風間は自暴自棄になり山に向かうがそこで誰からも見捨てられた放置ダンジョンを見つけてしまう。どことなく親近感を覚えた風間はダンジョンで暮らしてみることにするが、そこにはとても可愛らしいモンスターが隠れ住んでいた。ひょんなことでモンスターに懐かれた風間は様々なモンスターと暮らしダンジョン内でのスローライフを満喫していくことになるのだった。
異世界じゃスローライフはままならない~聖獣の主人は島育ち~
夏柿シン
ファンタジー
新作≪最弱な彼らに祝福を〜不遇職で導く精霊のリヴァイバル〜≫がwebにて連載開始
【小説第1〜5巻/コミックス第3巻発売中】
海外よりも遠いと言われる日本の小さな離島。
そんな島で愛犬と静かに暮らしていた青年は事故で命を落としてしまう。
死後に彼の前に現れた神様はこう告げた。
「ごめん! 手違いで地球に生まれちゃってた!」
彼は元々異世界で輪廻する魂だった。
異世界でもスローライフ満喫予定の彼の元に現れたのは聖獣になった愛犬。
彼の規格外の力を世界はほっといてくれなかった。
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
聖女の妹は無能ですが、幸せなので今更代われと言われても困ります!
ユウ
ファンタジー
侯爵令嬢のサーシャは平凡な令嬢だった。
姉は国一番の美女で、才色兼備で聖女と謡われる存在。
対する妹のサーシャは姉とは月スッポンだった。
能力も乏しく、学問の才能もない無能。
侯爵家の出来損ないで社交界でも馬鹿にされ憐れみの視線を向けられ完璧を望む姉にも叱られる日々だった。
人は皆何の才能もない哀れな令嬢と言われるのだが、領地で自由に育ち優しい婚約者とも仲睦まじく過ごしていた。
姉や他人が勝手に憐れんでいるだけでサーシャは実に自由だった。
そんな折姉のジャネットがサーシャを妬むようになり、聖女を変われと言い出すのだが――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる