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第六章 聖都陰謀画策編

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 大聖堂に入って、受付で奇妙なことがあった。
 ファルカはおそらく立場上、帯剣を許されているんだろう。
 でも僕とシリュウはそんなわけにはいかない。
「こちらで剣を預からせていただきます」
 見るからに剣術の心得のある二人の係員が僕たちを挟むように立った。
 僕は剣を預けるが、シリュウが動こうとしない。
「剣を、こちらへ」
 係員が手を差し伸べると、シリュウは彼に自分の手を差し出した。手の甲を上にしている。
 僕の位置からはそこに何があるのか、わからなかった。
 けど、係員が劇的に態度を変えた。目を丸くして、口をぽかんと開けている。
「いや、え……」
 係員が絶句しているのに、シリュウが堂々と言う。
「帯剣は許可されているはずだけどな」
「あ、は、はい。どうぞ」
 係員が引き下がった。ファルカは何かに納得したようで、先へ進む。シリュウがそれに続いた。僕も慌てて追いつく。
「今、何をしたの?」
 小声で尋ねると、シリュウがニヤニヤと笑う。
「天位勲章の受勲者は、大聖堂でも帯剣が許されるのさ」
「え? どこにそんな勲章があるの? 見せて」
「いつか見せてやるよ」
 はぐらかされているのはわかったけど、別に深追いしなくてもいいか。
    しかし、そうか、ファルカも天位勲章を受けてるのか?
 大聖堂の中では、誰もが忙しそうにしている。事務員や連絡員が頻繁に通路を行き交う。そして各所各所には衛兵が立っている。
 緊張した雰囲気が満ちていた。
    食堂で軽く食べて、すぐに移動。
「議場でお話を承るとのことです」
 ファルカがそう言って、ドアの一つの前に立った。
「では、私はここで」
 ドアの脇に立っている係員が、仰々しい動作でドアを開けた。
 シリュウが少しのためらいもなく踏み込み、僕も一歩遅れて、続いた。
 それほど広い部屋ではない。円卓が置かれ、そこに七人の男女が腰掛けていた。
 彼らが、七人委員会か。
 立ち止まったシリュウを七人がじっと見つめる。
「自己紹介も必要あるまい」
 シリュウの方からそう切り出したので、僕は驚いた。
 緊張とかしないのかよ。
「その通り」
 円卓の一人がそう応じた。初老の男である。
「君がシリュウだということは間違いない。彗星勲章、天位勲章を受けた、歴戦の勇士。おそらく、今、最強の剣士の一人だろう」
「褒めたところで何も出ないぞ」
「事実ですからね」
 そういったのは女性だった。顔にシワが目立つ。
「我々があなたをここへ招いたのは、ただ称賛の声を送るためではありません」
「それだったら書類で十分だ」
「きみの実力が本物か知りたいのだが?」
 今度は小柄な男が言った。こちらも若いとは言えない。
「実力が知りたい? 知っているからここに呼んだんじゃないのか?」
「記録を確認するのと、実際に見るのは違う。そして実際に比べるのも」
 はぁとシリュウが息を吐いた。
「決闘でもさせたいのか?」
「それが最も手っ取り早いが」初老の男が言った。「しかし真剣で実際に戦いをさせては、片方が倒れてしまう。それでは無駄が多すぎる。さらに言えば、勝敗は、剣技だけではなく運も関わってくる。運はその場その場で変わるものだ。もちろん、運を招く力もいるが、それは別だろう。つまり、模擬戦をするしかない」
 シリュウが七人をじっと見回した。
「それで、模擬戦で何がわかる?」
「力量はわかる」
「誰に対する力量だ?」
 そのシリュウの一言に、誰も答えなかった。
「誰に対する戦闘を模している?」
 もう一度、シリュウが問いを重ねる。
「あなたはどう考えているのですか?」
 今まで発言していなかった、若い女性が口を開いた。法衣を着ている。
「あなたは、誰を敵としていますか?」
「もちろん」シリュウが女性をまっすぐに見た。「第一は、悪魔だ」
「つまり、我々が、人同士の争いのためにあなたを利用している、そう思われたのですね? そしてそれが不快だと表明された?」
 ふん、とシリュウが鼻で笑った。
「ここは小学校だったかな」
「言葉は尽くさなければ、いけませんよ」
「それもまた、小学校の学級会を思わせる」
 いよいよシリュウは不快げだった。
「これだけははっきりさせよう」
 初老の男が言った。
「我々はきみを敵にしたくはない。だが、味方に引き入れようと思っていない」
「太天位を譲りたいらしいが?」
「それはまた別の話だ。そしてそちらこそが本題。今までの問答は、ただの余興だ」
 余興とはまた、不快な余興もあるもの。
 シリュウも同感のようで、今にも床に唾を吐き捨てるんじゃないかと思った。
「本題とやらを聞こう。それが終われば、いくらでも歓談して差し上げよう」
 シリュウがもう一度、七人を見回した。
 肥満体の男が少し身を乗り出す。
「あまり調子に乗るなよ、若造」
「どちらが若造かも知らないのか?」
 シリュウは冗談で言ったようだが、そもそも通じる冗談ではないし、凄みが効き過ぎていて、笑えない。
 初老の男が身振りで肥満体を抑えた。
「太天位は」ゆっくりと話し始める。「ククルギス殿が受けておられる。しかしすでに、五十代になり、衰えを指摘する声がある」
「そんなの、本人に聞けばよかろうよ。そうでなければ、力のあるものをぶつければいい」
「ククルギス殿の剣は今も冴えている。敵うものも少ない。しかし、いつかは座を譲る必要がある。称号を引き継ぐ役割を、あなたに受けていただきたい」
 七人の視線がじっとシリュウに向けられる。シリュウは別に緊張したようでも、気負うようでもなく、
「ややこしい」
 と、短く一蹴した。
 七人はそれぞれに顔を見合わせ、もう一度、シリュウを凝視する。
「勝てないということかな?」
「そんなのやってみなくてはわからないな。しかし、不敗の人間はいない。いつかは誰かに敗れる。そのククルギストとかいう奴も、いつかは誰かの剣の前に倒れるさ。その時、太天位を譲ればいい」
「それでは遅いと言っている」
 どうしても噛みつきたいらしい肥満体の男が身を乗り出す。
「遅い?」
 刺すような視線が、肥満体の視線を迎え撃った。
「早いも遅いもないだろう。強い人間が天位を受ける、それが当たり前だ。五十だろうと六十だろうと、強ければ天位だ。そうじゃないのか? それとも天位騎士の称号さえも、政治の道具に成り下がっているのか?」
 反論できない肥満体の男が顔を歪めて、背もたれに身を預ける。
 七人委員会の全員が、それぞれの表情で沈黙していた。
「あなたの実力を知りたい」
 法衣の女性が切り出した。
「それはさっきも聞いた。やりたくない」
「我々としても、あなたに説教されたから引き下がる、というわけにはいきません」
 まぁ、それもそうか。
 僕は助け舟を出すつもりで、シリュウに模擬戦をやるように言おうかと思った。
「ククルギス殿と試合をしてみませんか?」
 女性の言葉に、シリュウが腕を組んで、黙った。
「あなたのことは天位騎士も、剣聖騎士団の騎士たちも興味深く見ています」
「俺は猿回しじゃないぞ」
 女性は微笑んで、応じなかった。
 しばらく考えていた様子のシリュウが、組んでいた腕を解いた。
「良いだろう、太天位を受けるつもりはないが、少しくらい遊んでやる」
 七人はそれぞれの反応を示した。好意的なのが四名、嫌悪感を滲ませているのは三名だ。それぞれの顔を僕はじっと見た。
 その七人が、こちらに集中したので、驚いた。
「そちらが、アルス殿かな。シリュウ殿の士卒の」
 ……とんでもない誤解だ。
「士卒ではありません。彼とは友人です。そして僕は探索士です」
「これは失礼をした」
 初老の男が穏やかに微笑む。
「君には雪華勲章を授与する動きがある、まさか君も断るのかね?」
 雪華勲章は僕も知っている。中程度の勲章だ。
「それほどの働きはしていません」
 何せ一年前は、信用度数が一桁なのだ。
「もらえるものをなぜ断る?」
 肥満体が即座に口を挟む。どうやら僕も彼の反感を回避できないらしい。
「悪魔との戦いには勲章は意味がありませんから」
「悪魔との戦いか」
 肥満体が引きつるように笑い出した。不審である。
「君も考えておいてくれ。シリュウ殿と一緒にこの街に滞在するといい。こちらで便宜を図ろう。ファルカを専属でつけることにしてある。今後の予定は、彼を通じて伝達しよう」
 初老の男がそう言ってから、他の六人を見回し、何の意見もないのを確認した。
「ご苦労だった、また会おう」
 シリュウが身を翻したので、僕はどうにか一礼してから彼を追った。ドアが係員の手で開かれ、外に出た。
 ファルカが待機していて、外へ向かおうとするシリュウに並ぶ。
「お疲れ様でした」
「そちらの手に絡め取られた気分だな」
 苦り切った顔でシリュウがそう言った。ファルカは苦笑いだ。
「あの方々はそれが得意なのです」
「嫌な特技だな。時間は、まだ早いな」
 シリュウが時計を確認してから、こちらを見る。
「何かしたいことがあるか? アルス」
「えーっと……」
 僕はメリッサにお土産を買いたかったけど、それを言い出す前に、僕たちの前に一人の女性が立っていた。
 僕と年齢がそう変わらない面立ちで、髪の毛は短い。服装は大聖堂でよく見る女性職員の制服だった。ファルカが何かを言おうとしたけど、女性がそれを手で制する。
「あなたがシリュウ?」
「どうやら俺も聖都では有名人らしい」
 シリュウが顔をしかめる。女性はにっこり笑う。
「あなたに聞きたい話があるんだけど、お嫌?」
「ちょうどいい、暇をしていたんだ、良いだろう。アルスも良いか?」
 断る理由もないな。
 シリュウはファルカに夕方に宿舎に戻ることを伝えて、僕を伴って、女性の後を追った。




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