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第五章 悪魔騎士団襲来編

十一

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 リーンの街へ戻り、メリッサのところへ顔を出して、それから数日で僕たちはすぐに仕事を受けた。
 とにかく、金がない。ここのところ、出費ばかりで収入が細すぎた。
 適当なユニットに助っ人で参加し、衣食住を保証された状態で、黒の領域へ入り、一週間後、僕たちは薄汚れた格好でリーンに戻った。
 探索行の間は特に何の問題もなかった。死者も出なかった。
 ただ、想定より悪魔と遭遇しなかったので、見込んでいた収入に達することがなく、さらに助っ人という立場の僕たちは、ほとんど報酬を貰えなかった。
 メリッサの店へ行くと、彼女は、しばらくここで働けばいい、と言い出して、さすがにそれは僕もシリュウも断った。シリュウは接客が向いているとは思えないし、僕もメリッサとずっと一緒にいるのは少し気が引けた。
 結果、僕は学習塾で子供相手に勉強を教える仕事を受けた。
 シリュウは一人でも探索士をやると言って、リュウという偽名の登録証を使って、仕事をしているようだった。
 僕はシリュウと出会ってから、彼と長い間離れる、ということがなかった。
 シリュウは現在の常識に疎いように見えたし、とにかく不器用に見えた。けどそれももう解消されつつあるのかもしれない。
 彼は一人でやっていけるし、僕も、一人で生きていけるのだ。
 そんな考えをメリッサに漏らすと、彼女は笑いながら、
「アルスが変な趣味を持ってなくてよかった」
 と、言われた。もちろん、ジョークだ。
 学習塾の仕事に慣れた頃、シリュウが帰ってきた。その日は僕は仕事を休んで、自分で料理を作ってシリュウを待ち構えた。
 帰ってきたシリュウは、僕を見ると、少し驚いた様子で、しかしすぐに装備を外すと料理が並んだテーブルに近づいてきた。
「どうだった?」
「どうもこうもない。退屈だったな」
 そんな返事だった。
 食事をしていると、シリュウがこちらを真剣な目で見ている。
「何?」
「簒奪者が、子供相手に勉強を教えて、面白いとも思えない」
 なんだ、その話か。
「確かに、面白くはない。誰にでもできる、楽な仕事だ。やりがいはあるかもしれないが、天職とも思えない」
「じゃあ、なんでそんなことをしている?」
「収入が安定する、危険がない、人が死なない」
 鼻で笑ったシリュウが、酒の入ったグラスを煽った。
「日和った、ってことか」
 僕は肩をすくめて、言葉を返さなかった。
 日和ったのかもしれない。臆病になったかもしれない。
 でも考え始めると、今の自分の生活が、やはりどこか違う気もする。
 金に困ったり、怪我をしたり、人が死ぬ。
 そんなの、まともじゃないし、落ち着きとか平穏とかからはかけ離れている。
 それでも、そういうことに強く惹きつけられる自分もいる。
 食事も食後のお茶も終わり、シリュウは外へ剣の稽古へ出て行った。僕は一人で、寝台に横になって、考えていた。
 サザのことが頭をよぎった。
 彼は、生きたいように生きる、そう宣言したようなものだ。
 彼にできることが、僕にはできないのか。
 同じ生き物ではない。同じ経験を積んでいるわけでもない。
 同じ意識を持っているを持っているわけでも、ない。
 それでも、僕に本当にできないのか?
 翌日、僕はメリッサの店に行った。一人で。
 トウコはメリッサの母と買出しに出ていて、店内をメリッサが掃除しているところだった。僕を見て驚いた顔をしたが、掃除を再開して「話したければ話して、聞くことはできる」と言った。僕は黙って、彼女を見ていた。
 沈黙の中、モップが床を滑る音だけがする。
「何もないの?」
 催促されても、すぐに言えなかった。
「深刻な話?」
「かもしれない」
 メリッサがモップを止めて、僕の前に立つ。
「何かに悩んでいるようだけど、私に何を言って欲しいかは、わかるわよ」
「そうかな」
 メリッサがこちらをまっすぐに見た。
「何も気にせず、好きなようにやりなさい。ね?」
 僕は思わず足元を見た。別にそこに何かがあるわけじゃない。メリッサが続ける。
「自信を持っていいと思う。自分を信じないで何かがなせる人なんて、いないんだし」
「でも、メリッサには迷惑がかかると思う」
 彼女が片方の眉を器用に持ち上げた。
「あなたと仲良くなってから、迷惑がかからなかった時なんて、ここ数週間くらいだよ」
 それも、そうか。
「私を気にしているの? そんな必要、ありませんからね。やりたいようにやって」
 結局、僕は彼女に背中を押して欲しかったのかもしれない。
 僕は部屋に戻り、装備を点検した。ここ数週間で、何も変わっていない。
「なんだ、やっとやる気を出したか」
 部屋にシリュウが戻ってきた。
「気力が萎える時だって、あるさ」
「女に背中を押してもらわないと立ち直れないほどにな」
 僕はシリュウの背中を強く叩いた。
 その数日後、僕は装備で身を固めて、シリュウと一緒に部屋を出た。
「俺もたまに、気力が萎える」
 歩きながら、シリュウが話し出した。
「そういう時は、ひたすら走るか、ひたすら剣を振る。そうしていると何かが体から出ていくような気がする。気がするだけだけどな。でもそうなると、今度は、何も怖く無くなって、逆に怖い。難しいものだな、心というのは」
 シリュウほどの使い手でも、そう思うのか。
 僕にはそれが意外で、同時に、嬉しくもあった。
 彼も僕と変わらないのだ。
 リーンの街のはずれにある小さな傭兵団の屯所へ行った。すでに作戦に参加する傭兵や探索士が集まっている。知った顔も何人かいた。
 全体的に穏やかな空気だけど、どこか荒々しく、殺気の気配も微かにある。
 またここに戻ってきたんだな、と僕は思った。
 平和な世界の外に踏み出し、戦うという仕事。
 命をかけて、悪魔を倒す仕事。
 危ないが、その見返りに極限状態の中で、興奮、激情、暴力を解き放てる。
 自分が凶暴とか、残酷とか、非情とか、そういうことは考えなかった。
 ただ、自分を試したい、というところからスタートしたはずだ。
 今、それを改めて、考えることができた。
 サザの姿がまた脳裏に浮かんだ。
 彼は自分を貫いた。きっと今も、それを続けている。
 その進む道は安全な道でも、簡単な道でもない。
 きっとシリュウもそこを歩いている。
 彼らを見て、僕は怖くなった。自分にはそんな道を進む力はないと思った。
 でもそうじゃないかもしれない。
 一番最初、一歩を踏み出した時は、はっきりと自分が無力だとわかっていた。それでも歩き出したのだ。そしてここまでは歩いてこられた。
 だったら、今も、また新しい一歩を踏み出せるのではないか。
 僕たちの前に、指揮官が現れ、台の上に乗った。僕たちを少し高い位置から眺める。
「命知らずが集まっているな」
 場の空気に笑いが満ちる。僕も笑った。
 命知らずか。その通りだ。
 誰かが「さっさと死なせろ!」と怒鳴った。さらに笑いが起こる。
「死にたければ死ね!」司令官が笑顔で怒鳴った。「しかし、一人でな!」
 その場の傭兵や探索士が声を上げる。指揮官はそれが収まるまで口を閉じた。
「これだけは約束しよう」
 静かな声で響いた。
「君たちは、最高の体験をする。生きるという、体験だ」
 また声が上がった。
 僕も声をあげていた。
 生きるという体験。
 僕は、これから自分の生を実感しに行く。
 メリッサがこの場にいれば、顔をしかめて不快感を示すか、泣き出すだろう。
 それは申し訳ないと思うけど、こういう世界もある。
 僕はもう一度、声を上げた。
 僕は、生きているんだ。
 今までも、これからも。
 戦場で。
 命の賭場で。

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