13 / 19
十二
しおりを挟む
十二
俺はぼんやりと、学校の片隅の広場のベンチで、空を見上げていた。
もう夏が近い。日差しが熱を帯びつつある。風もどこか湿り、それは来るべき梅雨と、その後の夏の蒸し暑さを連想させた。
中間試験が終わって、三週間が過ぎた。俺は一人きりで、まだマスターを見つけていなかった。
声をかけてくるマスターは大勢いた。俺の能力の情報はまだ広まっていないが、それでも、虚糸を生み出したことや、Eランクマスターの真利阿を四回戦まで進めさせたこと、そして何より、ドームでの一件が、俺を有名にさせていた。
マスターたちは、俺を優良物件とみているのだろう。だから、というわけでもないが、俺は乗り気になれず、ほとんどのマスターを、最初の一言で拒絶していた。中には面白いことを言うマスターもいるが、それでも、彼らの夢や希望に、俺は乗ることが出来なかった。
一部では、俺がお高くとまっている、とか、真利阿とデキていた、真利阿を忘れられないでいる、という噂も流れていると、隼丸がこっそり教えてくれたが、俺にはどうしようもなかった。
「暇そうね」
声の方を見ると、月子が立っていた。長い金髪が風になびいて輝いていた。俺は彼女をぼんやりと見た。月子が俺の隣に来て、「隣、座るわよ」と言いながら、ベンチに腰を下ろす。
「ねぇ、犬」
「犬じゃねぇよ」
「じゃあ、犬コロ」
俺はもう諦めて、月子に気になっていることを聞いた。
「月子、お前、どうして金髪なの?」
それを聞くと、月子が嫌そうな顔をした。俺はずっと気になっていたが、真利阿に訊いても優奈に訊いても、教えてもらえなかった。もちろん、隼丸も小李も言わない。そのことを話すと、月子の顔は、余計に嫌そうな顔になる。それからふっと息を吐くと、空を見上げた。
「まぁ、話しても良いわ」
「そんなに重要なことか?」
そんなわけないじゃない、と月子が笑って言った。
「あれは私たちが中等部に入ったばかりの頃だったわね。真利阿が団十郎の三代目を作ったところで、私と真利阿のバカと優奈は、同じクラスで、いつも一緒にいたわ」
「へぇ、そうなのか」
「そう。で、ある時、真利阿のバカが、髪の毛をマイトがマリオネットやオートマタを作る技術で染められる、という話をしたの。私は勢いで、自分の髪の毛を染めてみても良いと言った。で、真利阿のバカは、私の髪の毛を金髪に染めたわ」
ふぅん、と俺は相槌を打った、
「その髪の毛、染めているのか。ずっと染め続けているのか」
「違うわよ!」月子が目じりを吊りあげた。「あのバカは、髪の毛を普通に染めるんじゃなくて、根本的に、髪の毛の色を変えちゃったの!」
「え? どういうこと?」
月子が淡く笑いながら言う。
「私の髪の毛は、もう地毛から金色なのよ。染めているんじゃなくて。死ぬまで金髪でしょうね、弄らなければ」
「真利阿なら直せるんじゃないの?」
「当時は無理だったし、別に、私も今のままで構わないし。まぁ、眉毛とかが黒いのは、我ながら、おかしいと思うけどね」
月子はそこまでしゃべると、今度は俺に質問してきた。
「あなたのオンリーリンクの話、もう二条先生から聞いた?」
「あぁ……」
「ご愁傷さま、と言うべきなのかしらね……良く分からないけど」
俺は黙って、空を見上げた。月子も同じ方向を見ていた。空は青く、風が吹いている。日差しはやや強くはあるが柔らかく、気温も快適だ。
俺のオンリーリンクは、真利阿と、父である柏原雨彦と通じていたと、二条先生が教えてくれた。
俺がここに来るきっかけでもある、意識の喪失は、マナが切れたことが原因だった。それまで俺にマナを供給し続けていたのは、柏原雨彦なのだ。その彼からのマナの供給が止まったという事は、それはつまり、彼が命を失った、ということである。
それは恐ろしく高度な技術だった。二条先生の推測では、虚糸だったのだろうという事だったが、気付かれることなく、操糸をつなぎ続けるなど、尋常なことではない。
俺が父と顔を合わせたのは、もう一年以上前だ。彼は世界中を飛び回り、様々な研究機関に顔をしだしていた。そして今は行方不明になっている。テロリストにやられたのか、それともどこかの研究所の刺客にやられたのかは知らないが、もう生きていないのだ。
それはこの初夏の世界とは、遠く隔たった世界の出来事のように感じられた。
「犬コロ。今は、二条先生からマナをもらっているの?」
「ん? あぁ、毎日一回、供給してもらっている」
「あんた、まるでオートマタみたいね」
月子の率直な感想に、俺は皮肉げな笑みを浮かべた。
「いっそ、オートマタだったら、何も考えずにいられて、楽だったかもな」
「……ごめん、そういう意味じゃないわ」
「分かってる。ただ、言ってみたかっただけだ」
俺の言葉が空気にとけると、二人はそれきり黙りこんで、夏の気配を感じていた。近くを学生たちが歩いていく。学校はまた、期末試験を迎えようとしている。俺はそれを、どう戦い抜くのだろう。マスターもいないのに。
「犬コロ」
月子がそっと言った。やけに優しげな声だった。
「私が、犬コロのマスターになっても良いわ」
「俺のマスターになるってことは、お荷物を背負う事だぞ、月子。俺はお前からマナを供給されても、まともには戦えない。ただの人間程度の、人造生命体だ」
「それでも良いわ。試験には、一応、コートに立てばいいだけにしてあげる。私には小李がいるしね」
俺は嘆息した。そんな提案は、簡単には受け入れがたかった。
「月子、本気で言っているのか?」
「まぁね。どうせそのうち戻ってくるバカな女子生徒が、パートナーが落第してたんじゃ、カッコつかないと思っただけよ。悪い?」
思わず笑いながら、そういうことか、と俺が言うと、そういうことよ、と月子はどこか拗ねたような口調で答えた。俺はどうするべきか考えたが、答えは出なかった。遠くからチャイムの音が聞こえた。月子が腕時計を見る。
「私、もう行かなくちゃ。今の話、よく考えておいてね」
「あぁ、分かった」
「犬コロは授業、良いの?」
頷く俺を月子は数瞬だけ見つめると、「じゃあね」と言って軽く手を振って離れて行った。一人きりに戻った俺は、じっと虚空を睨みつけた。
月子は、真利阿が戻ってくると考えているのだろうか。俺はとてもそうとは思えなかった。視界に、あの時、駅で真利阿を見送るしかなかった時の、彼女の表情がかすかに見えた。
真利阿は、ちゃんと考えて、自分を納得させて、それで実家に帰ったのではないか。それが覆されることなど、あるだろうか。
俺はよくよく、あの時の真利阿の顔を思い出そうとした。何か、引っかかりはあるだろうか。希望を抱かせるような何かが、あの表情に込められていただろうか。
「やぁ、狗彦くん」
声は背後からだった。しかし、顔を見ずとも、声だけで誰かは分かった。
「授業は良いのか? 優等生」
俺が言うと、声の主は笑いながら、俺の隣へやってきて、腰を下ろした。
「授業なんてどうでもいいさ。僕に勝てる奴なんて、そうはいない」
隣に座っている泰平が、そう言った。俺は鼻を鳴らすだけで、それ以上は何も言わなかった。
中間試験は、結局、泰平が勝利した。彼と、彼の二体のマリオネットに最も対抗できたのは、結局は俺と真利阿で、準々決勝も、準決勝も、決勝も、泰平たちの攻撃の前で、まともに戦えるものはいなかった。勝ち星はともかく、その健闘によって、俺は悪くない成績がつくはずだ。
泰平は、しばらく黙っていたが、重い口調で話しだした。
「僕が、虚木さんを追いだしたと、そう思っているかな、きみは。僕にはそんなつもりはなかった。ただ、本当の力を、見てみたかったんだ。きみの、そして虚木さんの」
「本当の力だって?」
泰平が、頷く。
「今はそうでもないけど、虚木と言えば、有名なマスターの家系だ。うちの、神守も引けを取らないが、それでも、虚木さんは、僕と同等か、それくらいの力はあると、僕は見ていた。だから、本気で潰したんだ」
「言い訳か?」
「そう取ってもらってもかまわないよ」泰平が笑う。「同じことは、本堂優奈さんにも言える。彼女も強い。だから、僕は容赦なく攻撃した。もっとも、彼女は本気にならなかったようだけど」
俺が頭にはてなマークを浮かべているうちに、話題は、次に移った。
「きみは確かに、すごいマリオネットだ。そしてきっと、それを一番活かせるのは、僕だと思う。僕の元には有力なマイトも、マイスターも、何人かいるし、きみの本当の実力を発揮させることは出来るはずだ。きみの中にあるという、不可思議なオンリーリンクも、弄れるだろう」
「……それは、必要ないね」
俺は自分で自分の言葉が信じられず、思わず泰平を見ていた。泰平も、驚いた顔をしている。
「驚いたな、これは。きみは、虚木さんとまだペアのつもりなのかい?」
「ん、いや、どうかな。ただ、お前の言いたいことは分かるよ、泰平。お前も、俺と組みたいんだろ? それだったら、俺は、真利阿と組むかなって、そう思っただけだ」
「ここにいない人間を選ぶのか? 戦場から逃げた逃亡者を?」
辛辣な泰平の言葉にも、俺は動じなかった。ただ無言で、自分の意思を強く主張し、そして鉄壁の防御を張った。そんな俺に泰平は呆れた顔を向けてから、しばらく、真剣に考え込んでいた。
「どうしても、無理か?」
「……あぁ、無理だ」
「じゃあ、きみは、期末試験は誰と組むんだい?」
俺が押し黙って、それから、小さな声で言った。
「誰かの世話になるさ。お前以外の」
「理由を聞かせてくれるかな」
「理由なんてないさ。直感だよ。お前についていっちゃいけないって、なぜか思うんだ。その理由は、きっと、お前が誰より知っているんじゃないか?」
完全な出まかせというわけではないが、俺は泰平にどこか、自分とは違う気配を感じていたし、そういう意味では、泰平に考えさせた方が、正解により近い解答が出そうだった。
無表情に泰平はベンチから立ち上がった。
「分かったよ。きみを勧誘しても、無理そうだ。期末試験では、ぶつからないと良いな」
「俺はたぶん、何もしないよ」
何もできないのだから、とは言わなかった。泰平も分かっていただろう。
泰平が足音も静かに、ゆっくりと立ち去ってから、俺は一人で、まだベンチに腰をおろしていた。風が時間の流れを教えるように、時折は強く吹き、時折は弱く吹き、俺の髪の毛や服の端を揺らした。
しばらくして、俺は腰を上げ、そしてゆっくりと校舎へと向かった。
その日の夜、寮の部屋で、小李に月子の電話番号を聞き、携帯電話に電話した。月子は出なかった。留守番電話に、自分の名前と、月子とペアになっても良い、という旨を吹きこんだ。一時間後、向こうから電話がかかってきて、翌日、契約を結ぶことになった。
契約は滞りなく終わり、俺は月子のマリオネットになった。
月子は楽しそうに、「犬コロって名前じゃあれだから、『虎』って呼ぼうかしら」と言っていたが、俺が笑って「狗彦で良いよ」と応じると、彼女は少し淋しそうな顔をしてから、そうね、と呟いて、それ以上は名前に関してはなにも言わなかった。
期末試験は、月子のマリオネットとして戦ったが、月子は小李をメインとして使ったし、俺は結局、右腕を相手に切断されただけで済んだ。その傷も、二条先生が綺麗に、跡形もなく治してくれた。
何もないまま、学期が終わり、夏休みになった。
夏がやってきた。
(続く)
俺はぼんやりと、学校の片隅の広場のベンチで、空を見上げていた。
もう夏が近い。日差しが熱を帯びつつある。風もどこか湿り、それは来るべき梅雨と、その後の夏の蒸し暑さを連想させた。
中間試験が終わって、三週間が過ぎた。俺は一人きりで、まだマスターを見つけていなかった。
声をかけてくるマスターは大勢いた。俺の能力の情報はまだ広まっていないが、それでも、虚糸を生み出したことや、Eランクマスターの真利阿を四回戦まで進めさせたこと、そして何より、ドームでの一件が、俺を有名にさせていた。
マスターたちは、俺を優良物件とみているのだろう。だから、というわけでもないが、俺は乗り気になれず、ほとんどのマスターを、最初の一言で拒絶していた。中には面白いことを言うマスターもいるが、それでも、彼らの夢や希望に、俺は乗ることが出来なかった。
一部では、俺がお高くとまっている、とか、真利阿とデキていた、真利阿を忘れられないでいる、という噂も流れていると、隼丸がこっそり教えてくれたが、俺にはどうしようもなかった。
「暇そうね」
声の方を見ると、月子が立っていた。長い金髪が風になびいて輝いていた。俺は彼女をぼんやりと見た。月子が俺の隣に来て、「隣、座るわよ」と言いながら、ベンチに腰を下ろす。
「ねぇ、犬」
「犬じゃねぇよ」
「じゃあ、犬コロ」
俺はもう諦めて、月子に気になっていることを聞いた。
「月子、お前、どうして金髪なの?」
それを聞くと、月子が嫌そうな顔をした。俺はずっと気になっていたが、真利阿に訊いても優奈に訊いても、教えてもらえなかった。もちろん、隼丸も小李も言わない。そのことを話すと、月子の顔は、余計に嫌そうな顔になる。それからふっと息を吐くと、空を見上げた。
「まぁ、話しても良いわ」
「そんなに重要なことか?」
そんなわけないじゃない、と月子が笑って言った。
「あれは私たちが中等部に入ったばかりの頃だったわね。真利阿が団十郎の三代目を作ったところで、私と真利阿のバカと優奈は、同じクラスで、いつも一緒にいたわ」
「へぇ、そうなのか」
「そう。で、ある時、真利阿のバカが、髪の毛をマイトがマリオネットやオートマタを作る技術で染められる、という話をしたの。私は勢いで、自分の髪の毛を染めてみても良いと言った。で、真利阿のバカは、私の髪の毛を金髪に染めたわ」
ふぅん、と俺は相槌を打った、
「その髪の毛、染めているのか。ずっと染め続けているのか」
「違うわよ!」月子が目じりを吊りあげた。「あのバカは、髪の毛を普通に染めるんじゃなくて、根本的に、髪の毛の色を変えちゃったの!」
「え? どういうこと?」
月子が淡く笑いながら言う。
「私の髪の毛は、もう地毛から金色なのよ。染めているんじゃなくて。死ぬまで金髪でしょうね、弄らなければ」
「真利阿なら直せるんじゃないの?」
「当時は無理だったし、別に、私も今のままで構わないし。まぁ、眉毛とかが黒いのは、我ながら、おかしいと思うけどね」
月子はそこまでしゃべると、今度は俺に質問してきた。
「あなたのオンリーリンクの話、もう二条先生から聞いた?」
「あぁ……」
「ご愁傷さま、と言うべきなのかしらね……良く分からないけど」
俺は黙って、空を見上げた。月子も同じ方向を見ていた。空は青く、風が吹いている。日差しはやや強くはあるが柔らかく、気温も快適だ。
俺のオンリーリンクは、真利阿と、父である柏原雨彦と通じていたと、二条先生が教えてくれた。
俺がここに来るきっかけでもある、意識の喪失は、マナが切れたことが原因だった。それまで俺にマナを供給し続けていたのは、柏原雨彦なのだ。その彼からのマナの供給が止まったという事は、それはつまり、彼が命を失った、ということである。
それは恐ろしく高度な技術だった。二条先生の推測では、虚糸だったのだろうという事だったが、気付かれることなく、操糸をつなぎ続けるなど、尋常なことではない。
俺が父と顔を合わせたのは、もう一年以上前だ。彼は世界中を飛び回り、様々な研究機関に顔をしだしていた。そして今は行方不明になっている。テロリストにやられたのか、それともどこかの研究所の刺客にやられたのかは知らないが、もう生きていないのだ。
それはこの初夏の世界とは、遠く隔たった世界の出来事のように感じられた。
「犬コロ。今は、二条先生からマナをもらっているの?」
「ん? あぁ、毎日一回、供給してもらっている」
「あんた、まるでオートマタみたいね」
月子の率直な感想に、俺は皮肉げな笑みを浮かべた。
「いっそ、オートマタだったら、何も考えずにいられて、楽だったかもな」
「……ごめん、そういう意味じゃないわ」
「分かってる。ただ、言ってみたかっただけだ」
俺の言葉が空気にとけると、二人はそれきり黙りこんで、夏の気配を感じていた。近くを学生たちが歩いていく。学校はまた、期末試験を迎えようとしている。俺はそれを、どう戦い抜くのだろう。マスターもいないのに。
「犬コロ」
月子がそっと言った。やけに優しげな声だった。
「私が、犬コロのマスターになっても良いわ」
「俺のマスターになるってことは、お荷物を背負う事だぞ、月子。俺はお前からマナを供給されても、まともには戦えない。ただの人間程度の、人造生命体だ」
「それでも良いわ。試験には、一応、コートに立てばいいだけにしてあげる。私には小李がいるしね」
俺は嘆息した。そんな提案は、簡単には受け入れがたかった。
「月子、本気で言っているのか?」
「まぁね。どうせそのうち戻ってくるバカな女子生徒が、パートナーが落第してたんじゃ、カッコつかないと思っただけよ。悪い?」
思わず笑いながら、そういうことか、と俺が言うと、そういうことよ、と月子はどこか拗ねたような口調で答えた。俺はどうするべきか考えたが、答えは出なかった。遠くからチャイムの音が聞こえた。月子が腕時計を見る。
「私、もう行かなくちゃ。今の話、よく考えておいてね」
「あぁ、分かった」
「犬コロは授業、良いの?」
頷く俺を月子は数瞬だけ見つめると、「じゃあね」と言って軽く手を振って離れて行った。一人きりに戻った俺は、じっと虚空を睨みつけた。
月子は、真利阿が戻ってくると考えているのだろうか。俺はとてもそうとは思えなかった。視界に、あの時、駅で真利阿を見送るしかなかった時の、彼女の表情がかすかに見えた。
真利阿は、ちゃんと考えて、自分を納得させて、それで実家に帰ったのではないか。それが覆されることなど、あるだろうか。
俺はよくよく、あの時の真利阿の顔を思い出そうとした。何か、引っかかりはあるだろうか。希望を抱かせるような何かが、あの表情に込められていただろうか。
「やぁ、狗彦くん」
声は背後からだった。しかし、顔を見ずとも、声だけで誰かは分かった。
「授業は良いのか? 優等生」
俺が言うと、声の主は笑いながら、俺の隣へやってきて、腰を下ろした。
「授業なんてどうでもいいさ。僕に勝てる奴なんて、そうはいない」
隣に座っている泰平が、そう言った。俺は鼻を鳴らすだけで、それ以上は何も言わなかった。
中間試験は、結局、泰平が勝利した。彼と、彼の二体のマリオネットに最も対抗できたのは、結局は俺と真利阿で、準々決勝も、準決勝も、決勝も、泰平たちの攻撃の前で、まともに戦えるものはいなかった。勝ち星はともかく、その健闘によって、俺は悪くない成績がつくはずだ。
泰平は、しばらく黙っていたが、重い口調で話しだした。
「僕が、虚木さんを追いだしたと、そう思っているかな、きみは。僕にはそんなつもりはなかった。ただ、本当の力を、見てみたかったんだ。きみの、そして虚木さんの」
「本当の力だって?」
泰平が、頷く。
「今はそうでもないけど、虚木と言えば、有名なマスターの家系だ。うちの、神守も引けを取らないが、それでも、虚木さんは、僕と同等か、それくらいの力はあると、僕は見ていた。だから、本気で潰したんだ」
「言い訳か?」
「そう取ってもらってもかまわないよ」泰平が笑う。「同じことは、本堂優奈さんにも言える。彼女も強い。だから、僕は容赦なく攻撃した。もっとも、彼女は本気にならなかったようだけど」
俺が頭にはてなマークを浮かべているうちに、話題は、次に移った。
「きみは確かに、すごいマリオネットだ。そしてきっと、それを一番活かせるのは、僕だと思う。僕の元には有力なマイトも、マイスターも、何人かいるし、きみの本当の実力を発揮させることは出来るはずだ。きみの中にあるという、不可思議なオンリーリンクも、弄れるだろう」
「……それは、必要ないね」
俺は自分で自分の言葉が信じられず、思わず泰平を見ていた。泰平も、驚いた顔をしている。
「驚いたな、これは。きみは、虚木さんとまだペアのつもりなのかい?」
「ん、いや、どうかな。ただ、お前の言いたいことは分かるよ、泰平。お前も、俺と組みたいんだろ? それだったら、俺は、真利阿と組むかなって、そう思っただけだ」
「ここにいない人間を選ぶのか? 戦場から逃げた逃亡者を?」
辛辣な泰平の言葉にも、俺は動じなかった。ただ無言で、自分の意思を強く主張し、そして鉄壁の防御を張った。そんな俺に泰平は呆れた顔を向けてから、しばらく、真剣に考え込んでいた。
「どうしても、無理か?」
「……あぁ、無理だ」
「じゃあ、きみは、期末試験は誰と組むんだい?」
俺が押し黙って、それから、小さな声で言った。
「誰かの世話になるさ。お前以外の」
「理由を聞かせてくれるかな」
「理由なんてないさ。直感だよ。お前についていっちゃいけないって、なぜか思うんだ。その理由は、きっと、お前が誰より知っているんじゃないか?」
完全な出まかせというわけではないが、俺は泰平にどこか、自分とは違う気配を感じていたし、そういう意味では、泰平に考えさせた方が、正解により近い解答が出そうだった。
無表情に泰平はベンチから立ち上がった。
「分かったよ。きみを勧誘しても、無理そうだ。期末試験では、ぶつからないと良いな」
「俺はたぶん、何もしないよ」
何もできないのだから、とは言わなかった。泰平も分かっていただろう。
泰平が足音も静かに、ゆっくりと立ち去ってから、俺は一人で、まだベンチに腰をおろしていた。風が時間の流れを教えるように、時折は強く吹き、時折は弱く吹き、俺の髪の毛や服の端を揺らした。
しばらくして、俺は腰を上げ、そしてゆっくりと校舎へと向かった。
その日の夜、寮の部屋で、小李に月子の電話番号を聞き、携帯電話に電話した。月子は出なかった。留守番電話に、自分の名前と、月子とペアになっても良い、という旨を吹きこんだ。一時間後、向こうから電話がかかってきて、翌日、契約を結ぶことになった。
契約は滞りなく終わり、俺は月子のマリオネットになった。
月子は楽しそうに、「犬コロって名前じゃあれだから、『虎』って呼ぼうかしら」と言っていたが、俺が笑って「狗彦で良いよ」と応じると、彼女は少し淋しそうな顔をしてから、そうね、と呟いて、それ以上は名前に関してはなにも言わなかった。
期末試験は、月子のマリオネットとして戦ったが、月子は小李をメインとして使ったし、俺は結局、右腕を相手に切断されただけで済んだ。その傷も、二条先生が綺麗に、跡形もなく治してくれた。
何もないまま、学期が終わり、夏休みになった。
夏がやってきた。
(続く)
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!
仁徳
ファンタジー
あらすじ
リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。
彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。
ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。
途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。
ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。
彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。
リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。
一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる
僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。
スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。
だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。
それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。
色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。
しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。
ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。
一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。
土曜日以外は毎日投稿してます。
ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい
空色蜻蛉
ファンタジー
選ばれし竜の痣(竜紋)を持つ竜騎士が国の威信を掛けて戦う世界。
孤児の少年アサヒは、同じ孤児の仲間を集めて窃盗を繰り返して貧しい生活をしていた。
竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。
火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜?
いやいや、ないでしょ……。
【お知らせ】2018/2/27 完結しました。
◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる