101 / 120
3-6章 実験対象
3-6-1 魔法使いの訪問者
しおりを挟む◆
俺はエウロパの店でひっきりなしに翻訳仕事を続けていた。
今まで、誰がその仕事をしていたのか聞いたら、悪魔の中の知識の持ち主に分業で任せていたらしい。
それが今は全部、俺一人の仕事になっているようだ。
「いつかこの店を継いで欲しいところよ」
休憩のお茶の時に、エウロパがそんなことを言う。
俺は常に魔法で例の生活している部屋を把握していて、出入りもきっちり理解している。
アルコスタの奴は俺を騙しているつもりなのか、それともこちらのことを織り込み済みなのか、堂々と外出している。
俺だって、アルコスタを完全に拘束できるとは思っていないし、第一、風呂に入れるくらいはさせなくちゃいけない。
というわけで、風呂に関しては許可を出しておいたけど、たった今は、彼女はフラフラと中央通りを歩いている。服を見ているようだ。
一方のエッタは何をしているかと思えば、東通りで食料品を買っている。
魔法を使えばロロ港湾都市の全てを把握できそうなものだが、この二人には俺が紐付けているので、把握できるだけだ。知らない領域が多いし、同時に複数の視点を把握するのはともすると困難になる。
メガネを外して目元を擦り、瞬きをする。
時計を見て、昼飯の時間になっていることに気づいた。
ローブを手に、一階へ降りる。エウロパはカウンターで本を読んでいる。
声をかけようとした時、店に入ってきた客がいる。
いらっしゃいませ、とエウロパが顔を上げ、俺にも気づいた。視線だけで昼食に行くことを無言で告げ、俺は客とすれ違って外へ出ようとする。
「アルハルトン? アルハルトンじゃないか?」
いきなり客に名を呼ばれ、思わず足を止めてしまった。
相手がローブのフードを脱ぐ。若い男だが、えっと、誰だったか。
しかしあまり関わりたくない。俺の名前を知っているのだから、特にだ。
「人違いですね、失礼」
頭を下げ、外に出る。男は追ってこなかった。
悪魔通りに進んで、いつか、悪魔に連れて行かれたハンバーガーショップに向かう。もう何度も行っていて、店員とも顔馴染みになった。例の刺青の男女だが、無愛想なのは変わらないが、わずかに口調が穏やかになった、気がする。
店に入り、注文する。もうメニューを見る必要もない。
空いている席に座ると、女の方の店員が水を持ってくる。
グラスの水を飲みつつ、考えた。
さっきのローブの男について、思考は即座に記憶の検証に入る。顔の作り、声、声の特徴を記憶領域の中を総ざらいして、合致するものを探した。
見つからないな。
では、全てが作り物か?
顔は魔法でいくらでも変えられる。声音もだ。しかし口調を変えるのは難しい。
自分の身元を隠す意図があるのなら、そう簡単に記憶とも一致しないはずだ。もし簡単に一致するようなら、二流、三流だ。
それなら俺はなんなんだ、となるが、逃げかくれが嫌いなだけ。説得力がないけど。
意識を記憶から引き上げ、考えた。
別の言語か?
魔法使いが使いこなす、複数の古代言語を思い返し、それぞれの言語の特徴を整理する。
例の男の言葉の選び方が、適合する古代言語を探す。
と、一つ、意識に浮かび上がってきた言語がある。オッペー帝国語だ。
今度はオッペー帝国語のスペシャリストの魔法使いを検索し、なるほど、「黒の花園」か、と当たりをつけることができた。
俺が学んだ魔法学校と似た施設、魔法使いの学校の一つの「黒の花園」の連中がオッペー帝国語を好んで使う。
記憶にある知り合いから、黒の花園の関係者を選び出し、さっきの男と照合。
比較的近い相手が浮かび上がった。
「ルーサー・イデアン・ビショップ……?」
記憶にある個人情報では、もう四十代のはずだ。しかしさっきの姿は二十代程度だろう。
何の研究をしているのかな、と情報を探るが、記憶にはなかった。まぁ、良いか。可能な限り関わらないようにしよう。
ロロ港湾都市には魔法使いが大勢いるが、知り合いは少ない。そもそも魔法使いが悪魔と積極的に戦う理由はほとんどなくて、この街に用があるとすれば、魔法の実地検証くらいになる。
そうでなければ、魔法の研究をやめて、魔法を戦闘力にして稼ごうとするか。
ルーサー、ね。
ハンバーガーが運ばれてきて、さっさと平らげ、食後のコーヒーがやってくるのを待つ。やってきたコーヒーにはすでにミルクと砂糖が入れられている。いつの間にか好みを覚えてもらって、ありがたい。
会計をして、礼を言って店を出た。
運動がてら、少し遠回りしてエウロパの店に戻ると、さすがにもう例の男はいなかった。
「お知り合いじゃないの?」
カウンターでやっぱり本を読んでいたエウロパが開口一番、そんなことを言うので、俺は苦笑いするしかない。
「知り合いじゃないですよ。名乗りましたか?」
「名刺を置いていったわね」
すっとカウンターの上の紙がこちらに突き出される。
受け取って、さすがに驚いた。
名前は、イデアン・ビショップ、となっている。本当にルーサー・イデアン・ビショップらしい。っていうか、偽名を使えよ。
「やっぱり知り合いじゃない」
嬉しそうにエウロパが笑う。なぜだ?
「情報は聞いていますが、会ったことはありませんね」
「あなた、顔を変えていないの?」
ズバリ核心を突かれて、俺はちょっと狼狽えた。
「人相を変えるのは好きじゃなくて」
「名前を変える知恵はあるのにね。彼、また来るそうよ」
参ったな、一体、何の用があるんだろう?
「何の本を買って行きましたか?」
「医学書よ」
医学書?
エウロパから詳しい話を聞いて、やっと俺はロフトに上がった。椅子に座って、無意識に腕組みしていた。
どうもきな臭いが、ここに来るというのだから、準備しておこう。
魔法をいくつか用意して、それからやっと午後の仕事に取りかかった。ひたすら翻訳仕事をして、かすかな、明かりの灯る音で意識がはっきりした。
首筋を伸ばして、時計を見ればもう十八時を回っている。
一階では、エウロパがお茶を用意していた。
「飲んでから帰りなさいよ」
どうも、と空いている椅子に座る。
「この店で狼藉は許しませんからね」
どうやら魔法の設置を察知されたらしい。とぼけても良いけど、エウロパの信頼を無下にするのも嫌だな。
「狼藉なんて、とんでもない。ちょっとした補助的な魔法です」
「どうかしらね」
どこまで把握しているんだ?
「魔法について詳しいようだけど、どこで習ったのか、聞いていない」
カップを手に取りつつ尋ねると、エウロパが意味深な笑みを見せる。
「悪魔にも秘密はあるのよ」
「オーケー」カップの中身を飲み干す。「探り合いは止めておきましょう」
見送られて店を出て、気が向いて、中央通りに寄り道した。例のケーキ屋の新作の噂を、つい二日前、エウロパが俺にしたのだ。
この時間にもあるかは不明だが、行ってみる価値はある。
ケーキ屋に着くと、看板が店内に入れられるところだった。
ケーキを買えるか尋ねると店員が気持ちのいい笑顔で、あまり種類はありませんが、どうぞ、と店内に入れてくれた。
俺はケーキを三つ買って、店を出た。
ウキウキと部屋に戻る足取りは、自然と軽くなっていた。
(続く)
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
スキル【海】ってなんですか?
陰陽@2作品コミカライズと書籍化準備中
ファンタジー
スキル【海】ってなんですか?〜使えないユニークスキルを貰った筈が、海どころか他人のアイテムボックスにまでつながってたので、商人として成り上がるつもりが、勇者と聖女の鍵を握るスキルとして追われています〜
※書籍化準備中。
※情報の海が解禁してからがある意味本番です。
我が家は代々優秀な魔法使いを排出していた侯爵家。僕はそこの長男で、期待されて挑んだ鑑定。
だけど僕が貰ったスキルは、謎のユニークスキル──〈海〉だった。
期待ハズレとして、婚約も破棄され、弟が家を継ぐことになった。
家を継げる子ども以外は平民として放逐という、貴族の取り決めにより、僕は父さまの弟である、元冒険者の叔父さんの家で、平民として暮らすことになった。
……まあ、そもそも貴族なんて向いてないと思っていたし、僕が好きだったのは、幼なじみで我が家のメイドの娘のミーニャだったから、むしろ有り難いかも。
それに〈海〉があれば、食べるのには困らないよね!僕のところは近くに海がない国だから、魚を売って暮らすのもいいな。
スキルで手に入れたものは、ちゃんと説明もしてくれるから、なんの魚だとか毒があるとか、そういうことも分かるしね!
だけどこのスキル、単純に海につながってたわけじゃなかった。
生命の海は思った通りの効果だったけど。
──時空の海、って、なんだろう?
階段を降りると、光る扉と灰色の扉。
灰色の扉を開いたら、そこは最近亡くなったばかりの、僕のお祖父さまのアイテムボックスの中だった。
アイテムボックスは持ち主が死ぬと、中に入れたものが取り出せなくなると聞いていたけれど……。ここにつながってたなんて!?
灰色の扉はすべて死んだ人のアイテムボックスにつながっている。階段を降りれば降りるほど、大昔に死んだ人のアイテムボックスにつながる扉に通じる。
そうだ!この力を使って、僕は古物商を始めよう!だけど、えっと……、伝説の武器だとか、ドラゴンの素材って……。
おまけに精霊の宿るアイテムって……。
なんでこんなものまで入ってるの!?
失われし伝説の武器を手にした者が次世代の勇者って……。ムリムリムリ!
そっとしておこう……。
仲間と協力しながら、商人として成り上がってみせる!
そう思っていたんだけど……。
どうやら僕のスキルが、勇者と聖女が現れる鍵を握っているらしくて?
そんな時、スキルが新たに進化する。
──情報の海って、なんなの!?
元婚約者も追いかけてきて、いったい僕、どうなっちゃうの?
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
傭兵ヴァルターと月影の君~俺が領主とか本気かよ?!~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
船旅を終えて港町オリネアに辿り着いた旅の傭兵ヴァルターは、幼いセイラン国の姫巫女アヤメと出会い、彼女によってキュステンブルク王国を救う騒動に巻き込まれて行く。
アヤメにはとんでもない秘密があり、それによってヴァルターは傭兵から領主へと転身する。
一見すると万夫不当で粗暴な男、だがその実、知略に富んだヴァルターの成り上がり物語。
装備製作系チートで異世界を自由に生きていきます
tera
ファンタジー
※まだまだまだまだ更新継続中!
※書籍の詳細はteraのツイッターまで!@tera_father
※第1巻〜7巻まで好評発売中!コミックス1巻も発売中!
※書影など、公開中!
ある日、秋野冬至は異世界召喚に巻き込まれてしまった。
勇者召喚に巻き込まれた結果、チートの恩恵は無しだった。
スキルも何もない秋野冬至は一般人として生きていくことになる。
途方に暮れていた秋野冬至だが、手に持っていたアイテムの詳細が見えたり、インベントリが使えたりすることに気づく。
なんと、召喚前にやっていたゲームシステムをそっくりそのまま持っていたのだった。
その世界で秋野冬至にだけドロップアイテムとして誰かが倒した魔物の素材が拾え、お金も拾え、さらに秋野冬至だけが自由に装備を強化したり、錬金したり、ゲームのいいとこ取りみたいな事をできてしまう。
愛されない王妃は王宮生活を謳歌する
Dry_Socket
ファンタジー
小国メンデエル王国の第2王女リンスターは、病弱な第1王女の代わりに大国ルーマデュカ王国の王太子に嫁いできた。
政略結婚でしかも歴史だけはあるものの吹けば飛ぶような小国の王女などには見向きもせず、愛人と堂々と王宮で暮らしている王太子と王太子妃のようにふるまう愛人。
まあ、別にあなたには用はないんですよわたくし。
私は私で楽しく過ごすんで、あなたもお好きにどうぞ♡
【作者注:この物語には、主人公にベタベタベタベタ触りまくる男どもが登場します。お気になる方は閲覧をお控えくださるようお願いいたします】
恋愛要素の強いファンタジーです。
初投稿です。
辺境の最強魔導師 ~魔術大学を13歳で首席卒業した私が辺境に6年引きこもっていたら最強になってた~
日の丸
ファンタジー
ウィーラ大陸にある大国アクセリア帝国は大陸の約4割の国土を持つ大国である。
アクセリア帝国の帝都アクセリアにある魔術大学セルストーレ・・・・そこは魔術師を目指す誰もが憧れそして目指す大学・・・・その大学に13歳で首席をとるほどの天才がいた。
その天才がセレストーレを卒業する時から物語が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる