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3-4章 守護者

3-4-4 助っ人

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     ◆


 一緒に行動していたパーティーは蜘蛛の子を散らすにように逃げてしまった。
 まぁ、初対面だったし、多くを求めるのも間違っているか。
 豚人の群れは三十を超えていて、逃げようとしたパーティーの中で一人、転倒したがために、逃げる機会を逸した。
 それでも私を残して連中は逃げて、逃げ切れたかは知らないけど、私は孤立無援というわけ。
 そこにオーラの気配がして、セイルの意識体が出現した。
 正直、安心した。
(気になって来てみればこれか)
 呆れたようなセイルの言葉を無視して、豚人が押し寄せてくるのを、私は一体を一撃で屠り、セイルの意識体は不可視の衝撃でまとめて四、五体を吹っ飛ばす。
「なんでここに来たわけ? タイミングが良すぎるけど?」
(悪魔と接触して、お前のことが気になったんだよ。いいタイミングだったな)
「まさに」
 話をしているのもそこまでだ。
 二人がそれぞれに仕事をして、最終的に生き残ったのは豚人ではなく私だった。豚人の死骸に囲まれていて、とても寛げないけど、少なくとも危機は脱した。
(さっさと地上へ戻れ。援軍が来るかもしれない)
「当たり前よ。こんなところにいられるもんですか」
 結局、収穫を回収する暇もなく、私は駆け足で現場を離れた。
「悪魔って、エブッラのこと?」
 彼について、私は思い出したことがあった。
「実は思い出したことがあるの」
(詳しく聞きたいね)
 私の横を飛行しながら、セイルが促してくる。
「私の両親が行方不明になって、エウロパが私を保護したんだけど、エウロパが現れる前に、何人かの悪魔がやってきて、私を保護しようとした」
(それが自然だろう。その中にエブッラがいたのか?)
「それが、私の両親はエウロパ以外の悪魔が私に触れられないように、魔法を残していたの。だから、私を保護しようとする悪魔たちは、私に触れると感電して、罵声を残して引き下がった」
 すごい親もいるもんだ、とセイルが苦笑いしている。
「で、エブッラは、私に触れることもなく、ただ、いつか私が本当に困ったら訪ねてこいって、名刺を置いていったわ」
(その名刺を持っているのか?)
「捨てちゃった。チラッと見ただけで。そこに確か、エブッラ、って書いてあった。あれ以来、一度も会っていないけど」
 セイルが黙って、私の背後に力を放射するのがわかった。肩越しに振り返ると、豚人がちらほらと追ってくる。セイルに任せるとしよう。
 本道に戻り、走り続ける。例のパーティーの連中とは会わなかった。
 地上に出て、やっと一息つけた。セイルは、と思うと、目立つからだろう、姿を消して、気配のようなものだけがすぐそばにある。
(俺はエウロパの店にいるから、すぐに来いよ)
「お風呂に入ってからでいい?」
(店のシャワーを借りればいい。念のためにな)
 どういう意味? と気配の方を見ると、かすかに空中がきらめく。
(悪魔どもがお前を狙っているかもしれない)
「あなたがいれば、問題ないでしょ」
(風呂の中までついていくのは遠慮したい)
 かすかな粒子を手でなぎ払ってやって、私は広場を離れて、エウロパの店に向かう。
 が、悪魔通りに向かう路地を選んだのが悪かった。
 目の前にガタイの良い男が立ち塞がる。
(俺がやる)
 かすかな粒子が私の前に出るが、男がこちらを睨んだ途端、私の身体が痺れる。
 セイルの粒子が弾けるように消えてしまった。
 まだビリビリする手で、私は剣を抜いた。
「抵抗するのはお勧めできないな」
 低い声で男が言うが、構うものか。
「邪魔だからどいてくれる?」
「俺についてきてもらおうか」
「言葉が通じないみたいね。通るわよ」
 私は一歩、踏み出した。
 男が搔き消える。
 そう認識する前に、体が吹っ飛び、地面に叩きつけられていた。
 胸が痛むどころじゃない、灼熱と同時に、息苦しさで意識が朦朧とする。
 相手は剣を帯びていないから、打撃だ。それで胸を人間では致命傷のレベルで破壊された。
 超治癒が発動しているけど、自由を取り戻すまでに時間がかかる。
 ぼやける視界に男が現れ、釣り上げられた。やっぱり抵抗できない。
 男が無言のままどこかへ行こうとしたが、その足が止まる。
「彼女を話したまえ」
 紳士的な口調。
 記憶が蘇った。
 エブッラだ!
「裏切り者め」私のすぐ横で、まさに私をさらおうとしている悪魔が唸る。「お前を処理する命令は受けていない」
「あの方も困ったものだ」
 エブッラの声が近づいてくる。
「私とやりあっても、君にも、君たちにも利はない。彼女を置いていけ」
「これでも命令には忠実でね」
 私の体が地面に放り投げられた。
 首をどうにかに捻って、二人を視界に収めた。
 瞬間、二人が衝突し、細身の男が優雅に着地し、私を半殺しにした方の男が転倒する。
 そのまま動かない。死んだわけではないだろう。
 ぼやける視界の中で、唯一立っている男性が、こちらを見て、さっと手を振った。
 理論魔法の中でも増幅に属する魔法が発動し、私の治癒力がさらに強化され、意識がみるみるクリアになった。
「無事でよかったよ、エッタ」
 私が起き上がるのに合わせて、すっと膝を折り、視線の位置を合わせてくれる。
 確かに見覚えのある顔だ。
「あなたの立場が気になる」
 自分の声とは思えないほど濁った声に驚いたけど、一方のエブッラは平然としている。
「悪魔は悪魔で、派閥争いが激しくてね。君は色々な意味で、標的にされる」
「お父さんとお母さんの関係で?」
「それもあるが、君は悪魔を殺す悪魔だし、その上、魔眼にも目覚めた」
 やれやれ、三つもあるのか。
「両親を知っている?」
「もちろんだ」すっとエブッラが立ち上がった。「お世話になった。立派な人たちだ」
 それはどうも、と答えて立ち上がろうとするがまだ足に力が入らない。
 その間にエブッラがこちらに背を向けた。
「十分に注意しなさい。彼が来るよ」
 え? と思わず声にした時、誰かが路地に駆け込んできた。
「エッタ!」
 セイルだった。彼に視線を奪われて、一瞬、エブッラが視界から消えた。
 慌ててエブッラの方を見たけど、彼はもういなかった。
 路地には私と、倒れたままの悪魔と、今、来たばかりのセイルしかいない。
「意識体を破壊されたのは初めてだ」
 真っ青な顔をして、セイルが私の前にやってくる。
「無事なようだな。お前が倒したのか?」
「まさか。助っ人が来たのよ」
 私はやっと立ち上がれた。セイルは何かに納得したようだ。
「エブッラだな。そうだろ?」
「たぶんね。さっさと逃げた方がいいと思うけど」
「そりゃそうだ。エウロパの店に行こう」
 あそこが安全とも思えないが、エウロパは私の両親が認めた悪魔だし、実はどこよりも安全なのかもしれない。
 胸が苦しいと思うと、軽鎧が変形している。素早く外して、手に提げて、歩き出す。
 途中で倒れている悪魔の様子を見たが、口から血が流れていて、治癒能力が発揮されていない。あるいは死ぬかもしれないけど、仕方ない。
 路地から路地へ抜け、やっと私は安心できた。
「私、どうしたらいいのかなぁ」
 エウロパの店が見えた時に、思わず本音が漏れてしまった。
 セイルが軽く私の髪の毛をかき混ぜる。
「もっと強気でいろよ。なんとかなるさ」
「そんな脳天気な……」
「俺たちを頼れよ」
 俺たち、ね。いったい、誰と誰のことやら。
 私たちが書店の中に入ると、エウロパが微笑んでいる。
「セイルがあんな顔をするのは、初めて見たわ」
 ほっとけ、と呟いて、セイルはロフトの方へ行ってしまった。
 私はクスクスと笑って、それを見送る。
 セイルがどんな顔していたか気になった。
 見せてくれることもないだろうけど。
「お茶にしましょうか」
 自然な様子で、プロメアが奥に行く。
 私はそっとロフトを伺ったけど、セイルは見えなかった。



(第24話 了)
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