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3-3章 魔眼

3-3-2 魔眼覚醒

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     ◆


  畳に叩きつけられ、思わず変な声をあげていた。
「うげ」
「立て! 新入り! この軟弱者!」
 私は着慣れない道着を整えつつ、巨漢と言っていい道着の男性に組みついていくが、どういうわけか、私の体は重さがないように宙に舞う。
 また畳に衝突し、息が詰まるが跳ね起きる。
「その意気だ、新入り! 本気で来い!」
 組みついて投げ飛ばそうとするが、やっぱり投げられない。
 この男の人はびっくりするほど重い。まるで人間じゃないみたいに、言ってみれば、金属の塊みたいに感じる。でも普通の人間が、そんなに重いわけがない。
 何か技があるんだろう。
 もう一度、私は投げ飛ばされて、畳に墜落した。
「そこの優男も来い!」
 男性が視線を向けている先には、セイルがいる。戸惑いつつ、彼はローブを脱いで、やってくる。道着を着ていない。
「俺は初心者じゃないですよ」
「ふざけたことと言うな! 悪魔は素人も玄人も考えちゃくれんぞ!」
 意味不明だ。
 男性とセイルが組み合う。
 あっという間にセイルが投げ捨てられると思ったけど、二人はお互いの服のどこを掴むかで攻防があり、組もうとしては離れ、組もうとしては離れる。
 なんだなんだ、セイルの奴、結構やるじゃん!
 一瞬、巨漢の方の手がセイルを掴み止める。
 投げに行くのが緩慢に見えた。
 セイルが相手の道着を掴んでいるのに気づいた。
 二人が投げを撃ち合い、倒れこむ。
 道着の男性が立ち上がり、さっきまでとはまるで違う、晴れ晴れした表情で、座り込んでいるセイルに手を差し出す。
「男に二言はないとはこのことだな!」
「そりゃどうも」
 手を借りてセイルが立ち上がる。道着の巨漢は「もう一回!」などと言っているが、セイルはそれを拒絶しようとする。
 剣術の稽古をセイルは私につけてくれるけど、同時に格闘技を習おう、と言い出した。格闘技の中でも柔道? がいい、とセイルが判断し、どこでどういう噂を収集したのか、この道場を探し出した。
 悪魔通りに近いけど、私たちの相手をしている男性は人間だ。名前は、クンドーというらしい。門人はどうやら、いない。今も道場には私とセイル、クンドーだけだ。
 クンドーに抗しきれずに、セイルがもう一度、組み合う。
 今度はセイルが鮮やかにクンドーを投げたが、畳に触れる寸前にクンドーが変な姿勢をとり、二人はもつれて倒れこむ。
「一本だろ?」
 そういうセイルに、クンドーが笑う。
「今のは有効くらいだな」
「まぁ、実戦の場だったらあんたは死んでるよ」
 今度はセイルがクンドーに手を貸し、二人が笑みを見せ合っている。なんだか、男ってこういうことで変に友情を結んだりするよね……。
 表情を改めたクンドーが「新入り! こっちへ来い!」と私を呼ぶ。拒絶できる威圧感じゃないので、私は小走りに彼の前に立ち、二人で組み合う。
 セイルはあっさりと投げを打てたのに、私にはできない。
 潰されるのならまだ抵抗できた証拠になりそうだけど、クンドーの投げは強烈で、私は初心者の見本のように畳に落ちる。
 それから数時間、みっちりと稽古を受けた。その間、セイルはひたすら古書を読んでいた。
 稽古が終わり、セイルがクンドーに指導料を払おうとしたが、「あんたが門人になるなら、無料でいい」とクンドーが言い出し、これにはセイルも笑っていた。
「いつかエッタにもそう言いたくなる日が来るさ」
「その小娘が? それはまさに、笑止千万だな」
「今のうちに笑っておけよ。ほら、指導料」
 セイルは硬貨を指で弾いて、クンドーに押し付けた。
 二人で外へ出ると、もう夕陽が射している。
 大浴場でさっぱりして、帰り道で夕飯を食べることになった。西通りに店を出している食堂で、傭兵たちが多い。
「柔道も魔法と一緒に習ったの?」
「いや、さっき、お前たちの様子を見て、勉強した」
「どういうこと?」
 すっとセイルが自分の目を指差す。
「二人の動きをトレースして、コツを盗んだ。意外に便利な魔法なんだ」
 仕組みはわからないが、ズルだということはわかる。
「卑怯じゃん! 結局、投げ捨てられるのが嫌なんだ」
「確かに投げられるのは癪だが、別に卑怯ではないな。そんなことを言い出したら、お前のその体だって卑怯だし、剣術を極めた人間が剣術を披露するのも卑怯になる。そうだろ?」
 どう応じることもできず、私は歯噛みした。
 料理が運ばれてきたので、しばらく二人ともが黙った。
 食事がおおよそ済んで、私はセイルをフォークで示す。
「さっきの話の魔法、身に付けるのは難しい? 痛いの?」
「魔眼の話か?」セイルが眉をハの字にする。「痛くはないし、あれは魔法の応用だ」
「私に魔法の素質があると思う?」
「これは見えるか?」
 すっとセイルが手を振った。
 彼の手元から真っ白い燐光が走り、周囲をぐるっと飛び回り、天井に当たって消えた。
 無意識にそれを追っていた私を観察していたらしいセイルが、小さく口笛を吹く。
「素質はありそうだな。何色に見えた?」
「白い光だった」
「それは脈ありだ。コツさえ掴めば、どうにかなるかもしれない」
 やった、と思わず声をあげてしまった。
 食事を済ませて、部屋に戻り、セイルが魔眼の行使に関して、短くレクチャーをしてくれた。
 体の中のオーラを瞳に集中させ、その流れで理論魔法の魔法回路を形成させる、そうすることで、瞳がまず強化される。次に意識領域をやはり魔法回路で受け入れ準備を整えておき、あとは覚えたいものを眺め、魔眼の観測を意識に焼き付ける。
「あまり大量の情報を意識に流し込むと、意識が焼け付くから、加減しろよ」
「何かでテストしないとわからないよ」
「ジャグリングが定番だ」
 そう言って、セイルがポケットから三枚のコインを取り出し、ジャグリングの真似事を始める。器用だなぁ。
「この動きを観察し、覚えてみろ。まずは魔眼での観測だ」
 私は体の中のオーラを意識する。
 人間は違うようだけど、悪魔はオーラを常に感じている。細かな流れを意識して、教えてもらったばかりの魔法回路の複雑な構造を、瞳にまとわりつかせる。
 一瞬、視界の全てが把握できた。
 と思った時には左目に激痛が走る。
「大丈夫か?」
 コインを掴み止めたセイルが、しゃがみこんだ私のそばに屈む。
「やりすぎだ。もっと弱い力から始めろ」
「加減できなかった。イタタ……」
 左目を押さえる手が血に濡れていく。でもその血もすぐに乾き、痛みも消えた。
 流しに行って手を洗い、私物の鏡で左目をチェックする。
「これは……」
 私は思わず、セイルを見た。
「目がこんなになったけど」
 さっきより格段に輪郭が鮮明に見える視界で、セイルが驚いている。
「こいつはすごいな」
 そういうセイルの瞳に映る私の姿さえ、私にはよく見えた。
 私の左目は、黄金色に光りを放っていた。
 どうなっちゃったんだろう?



(続く)
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