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3-2章 意思疎通
3-2-2 ケーキ
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ドアがなかなか開かないので、閉じ込められたと思って強引に突破した。
少し時間が経つと、やりすぎたな、と思うけど、もうどうしようもない。
私は路地から路地へ抜け、悪魔通りまで来ていた。
「やあ、エッタ。元気かい?」
「たまには顔を出せよ、エッタ」
「エッタ、これを持って行きなさい!」
いろいろな知り合いが声をかけてきて、物をくれたりする。
あっという間に両手に袋を下げる形になる。
私が人気者なわけじゃなくて、ただ私のことが心配なんだろう。
私の両親は穏健派悪魔の中でも、多数派ではない存在だった。人間の傭兵たちに混ざって悪魔と戦う、いわば同族殺しを是とする存在だ。
だから、常に悪魔に狙われていた。それも穏健派悪魔に属する悪魔にも。
そんな立場の両親の娘であり、あっさりと孤児になった私は、悪魔たちには不憫に見えるんだろう。
悪魔通りから路地へ入り、目的の店にたどり着く。
「こんにちは、エウロパ」
「エッタ!」カウンターにいた初老の女性が立ち上がる。「まあまあ! ずっと顔を見せないんだから!」
「この通り無事だから、落ち着いて」
その店は書店だった。ものすごく小さな店で、しかも人間向けの書店で、どうやって経営が成り立っているかは、私にはわからない。
途中で悪魔たちからもらった切り花をまず手渡す。ニッコリと笑いつつ、エウロパが私の身なりを見た。
「ちょっとはマシな姿ね、あなた。私が世話をする必要ももうないのかしら?」
すでに花が飾られている花瓶に、エウロパが切り花を差し込む。
「うーん、まだはっきりしないかな。これ、食べましょう」
やっぱり貰い物の焼き菓子を、半分に千切って差し出すと、受け取りながら、エウロパはにこやかにこちらを見る。
「はっきりしない程度の未来があるのね?」
「え? まあ、そうだけど、それって普通じゃない?」
「傭兵稼業は先が見えない、ってご両親は言ってらしたわよ」
そうか。そうかもしれない。
「傭兵になるなんて、やはり子どもは親の姿を見て育つのねぇ」
エウロパは焼き菓子を小さくちぎって食べつつ、感慨深そうだ。もちろん、焼き菓子のせいではなく、私のことで。
「傭兵をやめたくなったら、いつでも私のところへ戻って来なさいね」
「うん、わかった」
エウロパは、両親を失った私の保護者になってくれた悪魔だ。
三年前、両親が懇意にしていたエウロパが私を引き取り、生活を支えてくれた。両親がもしもの時のためにエウロパに話をしていたと聞いたのは、一年前だ。
彼女は最初、私が傭兵になるのに猛反対した。
そんな危険なことをする必要はない。人間を信用するのも、悪魔を殺すのも問題しかない。何かあったら私の両親に顔向けできない。
いろいろなことを言われたけど、私は最後まで折れなかった。
そしてエウロパも、私を送り出してくれた。
最初こそ、私の生活の面倒を見ようとしてくれたけど、すぐに私の自由にさせてくれた。私が髪の毛が伸び放題なら、床屋に行きない、とは言うけど、お金はくれない。服や靴がボロボロだと、新しいものを買いなさい、とは言うけど、やっぱりお金はくれない。
そういう私を尊重する意志が、私は嬉しかった。
その時と比べれば私はマシな生活をしている。
「変な人間と会ったんだよ」
お茶が出されて、私は椅子に座ってエウロパに話した。
「魔法使いなんだけど、お尋ね者なんだって」
「どうしてその人と出会えたの?」
「たまたま。本当に、たまたま。剣を作ってもらってね。折れたけど」
クスクスとエウロパが笑う。
「あなたの力に耐えられる剣なんて、そうないわよ」
うーん、そうかなあ。お金さえあれば、どうにかなりそうだけど。
「その魔法使いのこと、気に入ったのね?」
「え? まさか!」
思わず顔の前で手を振っていた。
「別に気に入っていないけど、ユニークな人間ではある。なんていうか、奇人変人、みたいな? あまり見ないタイプよ」
「別にそういうタイプの人間を気に入っちゃいけない理由はないわ」
「はぐれものよ。付き合っても利がない」
「利がない相手と付き合うことを禁じる法律はないわ」
昔からエウロパは変な理屈を使う。
「私は別にあいつは気に入っていないし、さっさと関係を清算したいの」
「清算って?」
「剣よ。ちゃんとした剣をもらって、おさらばする。それだけ」
あらあらなどと言いつつ、エウロパがお茶を飲む。私もお茶に口をつけた。
「もっとしがみついたらいいのに」
思わずむせそうになった。
「し、しがみつくって?」
「もらえるだけをもらう、ってこと」
「うーん……」
私はお茶の入ったカップを揺らしつつ、考えた。
あまり実感がないな。もらえるだけもらう、って、奪えるだけ奪うってこと? そこまでするほど、強い気持ちはないけど。
「ゆっくり考えなさいね。今日は夕飯を食べていく?」
「できれば泊まりたいかも」
「そのお尋ね者の人に話してきた?」
首を振ると、エウロパが真面目な顔になった。
「なら、事情を話してから、ここに来なさい」
「えー、別にいいじゃん」
「まだ関わるんでしょ? なら、きっちりやりなさい」
私は渋々、席を立った。
「泊まるのは、また別の日にするよ」
思わず、不服そうな口調になってしまったけど、エウロパは受け流してくれた。
「楽しみにしているわ」
「じゃあね」
結局、私はそのまま西通りに戻り、路地へ入って、セイルの店に戻った。
ドアを壊したはずだったけど、直っていた。でもこれ見よがしに、ドアノブは捻れたままだ。
嫌な奴……。
中に入ると、ソファでセイルは眠っていた。目を閉じていて、寝息を立てている。
今なら書き置きをして、自然とエウロパのところへ戻れるかも。それであそこで一晩、話し込めば、今よりもすっきりしそうだ。
彼が用意しているメモ用紙とペンを取りに、形だけの事務机に向かった時、それが見えた。
流れるような筆致で、メモに書かれている言葉。
保冷庫にケーキがあるから食べなさい。
あまりに達筆で読みづらいけど、そう書いてある。台所に行き、小さな保冷庫を開けてみる。
紙の箱が入っていて、そっと取り出して開けてみると、ケーキが確かに入っていた。
こんなことされたら、逃げられないじゃないか。
恨めしげに眠ったままの魔法使いを睨んでから、私は自分のソファに座ってケーキを食べた。まったく、美味しいじゃないか。このケーキがあると知っていたら、さっきの焼き菓子は全部、エウロパに渡したのに。
ケーキを食べ終わっても、セイルはまだ眠っている。
仕方ないので、今のうちに小声で礼を言っておく。
「ありがとう」
途端に、セイルが呻いたので、まさか聞こえたかと思ったが、また眠ったようだった。
まったく、心臓に悪い。そして何より、恥ずかしい。
私は自分のソファに横になり、目を閉じた。眠る時間でもないけど、なんとなく、やることもないし。
今日の夕飯は、私が用意してあげようかな。
レシピを考えているうちに、眠気が忍び寄ってきた。
(続く)
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