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2-9章 第二縦穴封印戦

2-9-1 伝説の始まり

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     ◆

 今からしばらく前になるが、悪魔と人間の大きな衝突があった。
 舞台は第二縦穴の最深部、第六階層で始まる。
 俺とサーヴァは傭兵になって順調にキャリアを重ね、評価色がそれぞれに黄金、白銀となったところだった。つまり売り出し中だったと言える。
 そんな二人で、訓練も兼ねて金を稼ごうと第二縦穴にちょうど潜っていた。第六階層だ。
 最初の異変として奥から傭兵たちが逃げ帰ってくる。
「逃げろ! 逃げるんだ! 悪魔が押し寄せてくる!」
 たまに傭兵の中でも気の弱い奴らが、少数の悪魔を大群を見間違えることがある。逃げてくる傭兵はただの三人で若く見えた。
 思わず失笑して、彼らの背後を守るように位置取る。
 ここで逃げていれば、また違っただろう。
 実際、悪魔は押し寄せてきた。
「こんな馬鹿なことがあるか!」
 思わず喚いたほど、亜人は引きも切らずにやってくる。
 次々と切っては捨て、切っては捨て、また切っては捨てた。
「これはいい訓練になるな、アルス!」
「本気でそう思うならお前は自殺志願者だ!」
 いつの間にか俺たちのそばには他の傭兵がおり、一緒に悪魔を防ぎとめている構図ができていた。
 しかし如何せん、数が違いすぎる。
「退くぞ! 退け!」
 どこかでそんな野太い声が上がる。撤退だって? 戦闘中だぞ。
「行くぞ、アルス」
 俺の背後を守るようにサーヴァが立つ。
「逃げるってか? この状態で後退したら、犠牲者が出る」
「すでに出ている。ここを支え続ける必要性はない」
 必要性か。くそ、ふざけた言葉だ。
「行くぞ、アルス」
 結局、俺はその言葉を承知した。それでもできるだけ多くの傭兵が撤退できるように、殿に加わった。
 俺の想像の通り、悪魔たちは攻め手を緩めず、殿は少数で多数を相手にしながら、なおかつ後退するという難題を、どうにかこなし、後続の傭兵部隊と交代し、やっと戦闘を脱出することができた。
 第六階層はすでに悪魔に奪還され、第五階層が主戦場だと聞いた時、俺たちは第四階層の拠点の一つで、休息を取っていた。
 混乱を極めた拠点では医薬品が不足し、水さえも不自由していた。
 何より、仲間とはぐれた傭兵達が、仲間を探して方々で大声をあげていた。
「悪魔の大攻勢とは、珍しいな」
 渡された水を少しずつ飲みながら、サーヴァに声をかけるが、奴は真面目な顔で配給の食料をかじっている。
「もしかして世界の危機かな」
「馬鹿なことを言っている暇があるのか? 世界の危機だとしても、戦うのは私たちだ」
 それもそうか。
 騒々しいどころではない喧騒の中で、俺たちは短い時間だけ休み、再び前線に向かった、
 第五階層へ降りるつもりだったが、想定外の事態が起こっていた。
 戦闘は第五階層と第四階層を結ぶ通路で行われていた。ついさっきまで自分たちが休んでいた拠点は、これでは早晩、悪魔に飲み込まれてしまう。
 俺たちと一緒に来た傭兵と、負傷兵が交代する時、俺は後方に正確な情報を送るように指示した。
 この戦いは、重大だった。背後には大勢の傭兵がいるし、補給部隊や補給業者も控えている。
 大惨事の予兆が、はっきりと感じ取れた。
 戦いに加わり、ひたすら亜人を切り倒した。今までに切ったことのない数を切って、それでも亜人の波は途切れることがない。
 傭兵たちが悲鳴をあげ、倒れ、踏み潰され、悪魔の群れの奥へ消えていった。
 自分もそうなるかもしれない。
 そんな想像をしながら、でも俺は少しの隙もなく剣術を行使して、悪魔を屠り続けた。
 傭兵たちがジリジリと後退する。
 総崩れにならないのは立派だ。
 不意に気づいたが、傭兵たちは軍隊とは少し違う。
 指揮官の下に統制された軍隊は、指揮官を失えば指揮が取れなくなり、崩壊するだろう。
 しかし傭兵たちはそれぞれの個人が個人の意思で戦っている。
 仲間が死のうと、戦いをやめないのは、個人として悪魔を倒す意思を強く持っているからだろう。
 一人、また一人と傭兵が倒れるが、俺たちは戦いを継続する。
 これは使命というよりは、傭兵に共通する、精神性によるのだろう。
 何のために戦っているのか、俺も度々、考えた。
 この戦場にいる意味は何だろう?
 金になるわけではない。では、名誉か? 名誉のために命をかけるなんて、俺の柄じゃない。
 たぶん、俺も傭兵だから戦っているんだろう。
 悪魔どもを押し返せないまま、俺とサーヴァが休む番になり、後退する。第四階層の拠点は閑散としていた。非戦闘員は下がったらしい。医療行為も第三階層で行っていると叫んでいるものがいる。
 座り込んで、なけなしの水を飲む。
「これで悪魔はいつでも俺たちを潰せるとわかったな」
 思わず皮肉げに言うとに、サーヴァが失笑する。
「この穴倉に閉じ込めてやれば良いんだ」
 その言葉の意味するところに気づいて、俺は思わず奴の顔を見ていた。
「最終封印作戦が実行されるってことか?」
「それは最後の手段だがな」
 俺はよく知らないが、傭兵事務所は地下迷宮の管理をするに当たって、悪魔の逆襲が発生した時に対処法をいくつか示している。
 大規模な部隊の編成による悪魔の討伐もだが、最終的な手段として、理論魔法を用いた縦穴の封印というものがある、と聞いている。
 しかしそれは九つの縦穴がある現在でも一度も使われていない。
 それだけの事態はなかったのだ。
「まぁ、見てみたくもあるが、その前に逃がせるだけを逃がさないとな」
「事務所が考えるさ」
 会話はそこで終わってしまい、二人で別々に休息をとった。
 戦闘の音が近づいてくるような気がした。錯覚ではなく、近づいてくるのだろう。
 そろそろだなという時に目を開けて体を起こすと、サーヴァも立ち上がった。
「上の層に伝令を出すべきだ」
「もう行っているさ。さて、戦いのお時間だ」
 二人で装備を確認し、拠点を離れた。
 ついに戦闘は第四階層で行われている。俺たちが加わった時にはすでに敗走寸前で、何の手助けにもならなかった。
 誰がかはわからないが、一人、二人と傭兵が悪魔に背を向けて逃走した。
「逃げるな! 戦え!」
 別の誰かの怒鳴り声。その怒鳴り声が、最後の引き金を引いたようだった。
 さっきまで勇猛果敢に戦っていた傭兵たちが散り散りになって逃げ始める。
 その流れに逆らって、俺とサーヴァは亜人に向かった。
 それ以外に何ができただろう。
 戦う者が戦うしかないのだ。
 数がグッと減った傭兵たちは決死の覚悟で武器を振るい、その場に留まった。
 名をあげたいとか、そういう理由でもなかった。
 これはやっぱり、使命感、だろうか。
 少なくとも俺はそんなものに突き動かされていた。
 戦えるのに逃げるのは、何かに反する。
 でも、何に?
 激闘は緩慢な後退の中で続き、例の拠点で一時、膠着した。しかし一時的なものだ。俺たちも後退するしかなく、後続の増援部隊が来た時には、ほとんど第四階層の全てを奪取されていた。
 疲れ切った体で、ゆっくりと第三階層へ向かった。疲れているせいか、脚が重い。
 第三階層に上がってすぐのところに陣地がいくつも組まれていて、そのうちの一つが医療部隊らしかった。
 そこへ行くと看護師が早口で何かまくしたてた後、俺の全身の傷を素早く治療し、最後に水のボトルをくれた。
 外へ出て、サーヴァを待つ。
 空気は明らかに沈んでした。
 すでに敗北したかのような空気だった。




(続く)
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