37 / 120
1-10章 新しい名前
1-10-1 終わりの始まり
しおりを挟む◆
その日は暇な一日で、部屋でぐったりしていた。
風はかすかに涼しく、開け放した窓から吹き込んで、カーテンが芸術的に揺れていた。
小娘はデッカの店の昼間の営業に合わせて働きに行っている。あいつ、このままあそこで店員をやった方がいいんじゃないか? 前もそう思って口にしたら、烈火の如く怒ったので、もう言わないけど。
静かな昼下がりだ。タバコが美味い。
と、控えめにドアがノックされた。当然、居留守を使う。
面倒だし。
もう一度、ドアがノックされる。さらにもう一度。しつこいな。
なんとなく、小娘が初めて来た時のことを思い出した。
やれやれ、いったい誰?
玄関へ行ってドアを開けると、見知った相手だった。
「何の用だ? 調整官殿」
メイヴが穏やかに笑みを見せる。
「あなたたち、ちょっと稼ぎすぎましたね」
そう言って、一枚の書類がこちらに差し出される。ロロ港湾都市にも様々な税金があるが、きっちり払ったはずだ。何の書類だ?
受け取ってみて、思わず額に手を当てていた。
「確かに渡しましたよ、一ヶ月以内に提出してください。では、これで」
優雅な笑みとかすかに甘ったるい匂いを残して、美しき悪魔は去っていった。
一人になってリビングに行き、もう一度、書類を見た。
それは見間違えようもない、「パーティー登録書」だった。
正規の傭兵は大抵が自然とどこかのパーティーに所属するが、中には個人で活動する者もいる。だが傭兵事務所としては、そんな個人傭兵は管理しづらく、好ましい存在ではない。
で、傭兵事務所がとったやり口は、一定の稼ぎを上げる傭兵に強引にパーティーを組ませるというやり口なのだ。
つまり、多くを稼ぎたければパーティーを組むしかなく、一人でやっていきたいのなら、少ない収入しか受け取れない。
個人の傭兵は大勢いて、連中もあれやこれやの抜け道を使ってやっているが、俺とマギの場合は、そんな小賢しいことをしなかった。
というか、そもそもそれほど稼ぐつもりもなく、俺としてはあの小娘に傭兵のイロハを教え、いずれ独り立ちさせるつもりだった。そうなれば小娘がいくら稼ごうがどうしようが、あいつが決めればよかった。
そうなって俺はまた一人になり、気ままに暮らせる、という計画があった。と思う。
だけど現状では、俺とマギは頻繁に地下迷宮に降りては、珠やら何やらを手に入れて売りさばき、カネを稼いでいる。別に生活費に困っていないのに、やってしまった。
結果、傭兵事務所は俺とマギにパーティーを正式に発足させるように、要請してきている。
突っぱねることはできる。
できるが、どこか違う気もする。
「ややこしいなぁ」
漏らすように呟いて、俺はソファに横になり、目をつむった。
どれくらい時間が過ぎたのか、かすかな音に俺は目を覚ました。リビングに小娘がやってくる。どこか晴れ晴れとした顔だ。
「ただいま、エドマ」
「ああ。こいつが届けられた」
俺は素早く机の上の紙を手に取り、小娘に向かって投げる。ひらひらと舞う紙を彼女が器用にすくい上げた。
「パーティー登録書? 誰がパーティーを組むの?」
「俺とお前しかいないだろう」
こちらをマギがまじまじと見てくる。居心地が悪いったらないな。
「まだ時間はあるから、ゆっくりと決めようぜ。いきなりじゃ答えられないだろ?」
「う、うん」
「じゃ、そういうことで。夕飯を頼む」
おずおずとこちらに書類を返してから、小娘は台所へ小走りに入って行って、見えなくなる。
俺がまた、パーティーか。
もう二度と、誰とも組まないと決めていたはずなのに、時間の流れとは、すごいものだ。つくづく、そう思う。
繰り返したくない悲しみや苦しみを、忘れちまうんだから、恐れ入る。
頭の中には弓取の連中の顔が浮かんだ。
もうそれも過去のことなのだ。俺にとっても、誰にとっても。
新しい場所へ踏み出す頃合いかもな。
タバコの箱を取り出し、一本くわえて火をつけた。
もうマギと生活し始めて一年近くが過ぎている。悪くない一年だった。
まったく、俺も歳ばかりとった気がするよ。
しばらくぼんやりしているうちに料理が出来上がってきたのが匂いでわかる。窓の外は薄暗くなった。風も夜のそれに近づいた。
「できたよー」
小娘が呼びにきたので、俺は食卓へ向かう。
どうやらデッカの店で作った料理の復習らしい。盛り付けの感じが、いかにも店で出す感じだった。
「いただきます」
ちゃんと声にして、食べ始める。
味付けは改善されつつあるが、たまに異質な風味が口に広がる。その辺は悪魔の舌に合わせているんだろうな。
俺は悪魔じゃないが。
食事の最中、小娘はデッカの店に来た客の話を静かな調子で話し、くだらない冗談も混ぜて、二人で笑い声をあげたりした。
不意に胸に去来するのは、やっぱり弓取のことだった。
あいつらとも、いろんな話をして、いろんなものを飲み食いして、大騒ぎも繰り返した。
あの五人の仲間は、もういないし、集まることもない。
今は、俺とマギの二人しかいない。
それがどこか寂しく感じるのは、俺の感傷が過ぎるのだろうか。
食事が終わって、お茶を飲みつつ、俺はタバコを吸った。いつの間にか当たり前のように、マギが片付けをしてくれる。
まるで俺はお大尽だな。
「これは試作品ね」
片付けを終えたマギが何かを持ってきたと思うと、プリンだった。見た目は完璧だ。
小さな匙がそれられているので、それですくって口に運ぶ。
うむ、これは美味い。
「どうかな?」
マギはどうか不安そうだが、俺は頷いて見せる。
「よくできているんじゃないか?」
「ほんと! 良かったぁ。容器は食べ終わったら台所に置いておいて!」
嬉しそうにステップを踏んでマギが自分の部屋、元は俺の寝室へ消えていく。ドア越しに鼻歌が聞こえてきた。
俺はいったい、どうしちまったんだ?
こんな仲良しごっこが、俺の望みだったのか?
……違う、が、悪くはない。
結局、プリンはさっさと食べて、自分で容器と匙を片付けた。食器棚も全部、小娘がいいように片付けて配置しているので、棚に戻す時に苦労した。
シャワーを浴びて歯を磨き、服を着替えてソファに寝転がった。
窓はもう閉めてあるが、カーテンは引いていない。
夜空が見えた。部屋の明かりを暗くして、しばらく星を見上げた。
「エドマ、もう寝てる?」
リビングにマギがやってきたのが気配でわかる。
「いや、起きている」
「なんだ、暗いから寝ているかと思った」
「何か用か?」
答えがないのでわずかに身を捻って彼女の方を見ると、視線が合った。
しばらくの無言。
「ううん、なんでもない。また今度、話すね。じゃ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
なんだったんだ? 考える間もなく、小娘は廊下へ消え寝室のドアが閉まる音がした。
まあ、いつでも良いだろう。
タバコを灰皿に突っ込み、窓の外へ視線を戻す。
俺はその夜、星を見ているうちに眠ってしまった。
夢を見た気がしたけど、目が覚めた瞬間に忘れていた。
その日が騒動の初日になるとは、予想も何もしていなかった。
(続く)
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
おばさん、異世界転生して無双する(꜆꜄꜆˙꒳˙)꜆꜄꜆オラオラオラオラ
Crosis
ファンタジー
新たな世界で新たな人生を_(:3 」∠)_
【残酷な描写タグ等は一応保険の為です】
後悔ばかりの人生だった高柳美里(40歳)は、ある日突然唯一の趣味と言って良いVRMMOのゲームデータを引き継いだ状態で異世界へと転移する。
目の前には心血とお金と時間を捧げて作り育てたCPUキャラクター達。
そして若返った自分の身体。
美男美女、様々な種族の|子供達《CPUキャラクター》とアイテムに天空城。
これでワクワクしない方が嘘である。
そして転移した世界が異世界であると気付いた高柳美里は今度こそ後悔しない人生を謳歌すると決意するのであった。
続・拾ったものは大切にしましょう〜子狼に気に入られた男の転移物語〜
ぽん
ファンタジー
⭐︎書籍化決定⭐︎
『拾ってたものは大切にしましょう〜子狼に気に入られた男の転移物語〜』
第2巻:2024年5月20日(月)に各書店に発送されます。
書籍化される[106話]まで引き下げレンタル版と差し替えさせて頂きます。
第1巻:2023年12月〜
改稿を入れて読みやすくなっております。
是非♪
==================
1人ぼっちだった相沢庵は小さな子狼に気に入られ、共に異世界に送られた。
絶対神リュオンが求めたのは2人で自由に生きる事。
前作でダークエルフの脅威に触れた世界は各地で起こっている不可解な事に憂慮し始めた。
そんな中、異世界にて様々な出会いをし家族を得たイオリはリュオンの願い通り自由に生きていく。
まだ、読んでらっしゃらない方は先に『拾ったものは大切にしましょう〜子狼に気に入られた男の転移物語〜』をご覧下さい。
前作に続き、のんびりと投稿してまいります。
気長なお付き合いを願います。
よろしくお願いします。
※念の為R15にしています。
※誤字脱字が存在する可能性か高いです。
苦笑いで許して下さい。
罪人として生まれた私が女侯爵となる日
迷い人
ファンタジー
守護の民と呼ばれる一族に私は生まれた。
母は、浄化の聖女と呼ばれ、魔物と戦う屈強な戦士達を癒していた。
魔物からとれる魔石は莫大な富を生む、それでも守護の民は人々のために戦い旅をする。
私達の心は、王族よりも気高い。
そう生まれ育った私は罪人の子だった。
カフェ・ユグドラシル
白雪の雫
ファンタジー
辺境のキルシュブリューテ王国に、美味い料理とデザートを出すカフェ・ユグドラシルという店があった。
この店を経営しているのは、とある準男爵夫妻である。
準男爵の妻である女性は紗雪といい、数年前にウィスティリア王国の王太子であるエドワード、彼女と共に異世界召喚された近藤 茉莉花、王国騎士であるギルバードとラルク、精霊使いのカーラと共に邪神を倒したのだ。
表向きはそう伝わっているが、事実は大いに異なる。
エドワードとギルバード、そして茉莉花は戦いと邪神の恐ろしさにgkbrしながら粗相をしていただけで、紗雪一人で倒したのだ。
邪神を倒しウィスティリア王国に凱旋したその日、紗雪はエドワードから「未来の王太子妃にして聖女である純粋無垢で可憐なマリカに嫉妬して虐めた」という事実無根な言いがかりをつけられた挙句、国外追放を言い渡されてしまう。
(純粋無垢?可憐?プフー。近藤さんってすぐにやらせてくれるから、大学では『ヤリマン』とか『サセコ』って呼ばれていたのですけどね。それが原因で、現在は性病に罹っているのよ?しかも、高校時代に堕胎をしている女を聖女って・・・。性女の間違いではないの?それなのに、お二人はそれを知らずにヤリマン・・・ではなく、近藤さんに手を出しちゃったのね・・・。王太子殿下と騎士さんの婚約者には、国を出る前に真実を伝えた上で婚約を解消する事を勧めておくとしましょうか)
「王太子殿下のお言葉に従います」
羽衣と霊剣・蜉蝣を使って九尾の一族を殲滅させた直後の自分を聖女召喚に巻き込んだウィスティリア王国に恨みを抱えていた紗雪は、その時に付与されたスキル【ネットショップ】を使って異世界で生き抜いていく決意をする。
紗雪は天女の血を引くとも言われている千年以上続く陰陽師の家に生まれた巫女にして最強の退魔師です。
篁家についてや羽衣の力を借りて九尾を倒した辺りは、後に語って行こうかと思っています。
魔力無しだと追放されたので、今後一切かかわりたくありません。魔力回復薬が欲しい?知りませんけど
富士とまと
ファンタジー
一緒に異世界に召喚された従妹は魔力が高く、私は魔力がゼロだそうだ。
「私は聖女になるかも、姉さんバイバイ」とイケメンを侍らせた従妹に手を振られ、私は王都を追放された。
魔力はないけれど、霊感は日本にいたころから強かったんだよね。そのおかげで「英霊」だとか「精霊」だとかに盲愛されています。
――いや、あの、精霊の指輪とかいらないんですけど、は、外れない?!
――ってか、イケメン幽霊が号泣って、私が悪いの?
私を追放した王都の人たちが困っている?従妹が大変な目にあってる?魔力ゼロを低級民と馬鹿にしてきた人たちが助けを求めているようですが……。
今更、魔力ゼロの人間にしか作れない特級魔力回復薬が欲しいとか言われてもね、こちらはあなたたちから何も欲しいわけじゃないのですけど。
重複投稿ですが、改稿してます
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
左遷されたオッサン、移動販売車と異世界転生でスローライフ!?~貧乏孤児院の救世主!
武蔵野純平
ファンタジー
大手企業に勤める平凡なアラフォー会社員の米櫃亮二は、セクハラ上司に諫言し左遷されてしまう。左遷先の仕事は、移動販売スーパーの運転手だった。ある日、事故が起きてしまい米櫃亮二は、移動販売車ごと異世界に転生してしまう。転生すると亮二と移動販売車に不思議な力が与えられていた。亮二は転生先で出会った孤児たちを救おうと、貧乏孤児院を宿屋に改装し旅館経営を始める。
【完結】聖女ディアの処刑
大盛★無料
ファンタジー
平民のディアは、聖女の力を持っていた。
枯れた草木を蘇らせ、結界を張って魔獣を防ぎ、人々の病や傷を癒し、教会で朝から晩まで働いていた。
「怪我をしても、鍛錬しなくても、きちんと作物を育てなくても大丈夫。あの平民の聖女がなんとかしてくれる」
聖女に助けてもらうのが当たり前になり、みんな感謝を忘れていく。「ありがとう」の一言さえもらえないのに、無垢で心優しいディアは奇跡を起こし続ける。
そんななか、イルミテラという公爵令嬢に、聖女の印が現れた。
ディアは偽物と糾弾され、国民の前で処刑されることになるのだが――
※ざまあちょっぴり!←ちょっぴりじゃなくなってきました(;´・ω・)
※サクッとかる~くお楽しみくださいませ!(*´ω`*)←ちょっと重くなってきました(;´・ω・)
★追記
※残酷なシーンがちょっぴりありますが、週刊少年ジャンプレベルなので特に年齢制限は設けておりません。
※乳児が地面に落っこちる、運河の氾濫など災害の描写が数行あります。ご留意くださいませ。
※ちょこちょこ書き直しています。セリフをカッコ良くしたり、状況を補足したりする程度なので、本筋には大きく影響なくお楽しみ頂けると思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる