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1-9章 呪いと悲劇

1-9-3 悪魔の所業

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     ◆

 俺はその一部始終を見ていた。
 なるほど、凄まじい魔法だ。これは呪いの類だろう。
 呪いか。ついさっき、吸血鬼から聞いたばかりだが、間違った連想でもないだろう。
 と、その男がこちらを振り向いた。
 気づいていたのか、と思ったが、事態は深刻だ。
 こちらに矢が向けられた。
 おいおい、ここはロロ港湾都市の地下迷宮への入り口に程近い、適当な建物の屋上だ。
 弓矢が使いやすいだろうと思って上がったら、たまたま男を見つけただけだが、そんな言い訳も通じないな、これは。
 矢が放たれる。
 超高速で、しかも狙いすましたように俺の額に飛んでくる。
 剣を一閃させ、矢を粉砕。
 もちろん、それで終わるわけもない。次々と矢が向かってくるが、どれもが正確に俺の頭か心臓を狙ってくる。
 そういう呪いか!
 屋根から屋根へ飛び移り、矢を弾き飛ばしながら男に接近。
 その時だった。
 男が同時に三本の矢をつがえた。
 恐怖より先に神経が研ぎ澄まされた。
 超高速の三箇所同時攻撃。
 捌けるか? いや、捌くしかない。
 腰にある短剣を抜き、両手で二本の剣を操り、凌ぐ。
 男はすぐそこだ。と、男も剣を抜いてこちらに向かってくる。
 お互いが剣を繰り出し、衝突、弾かれる。
 命をかけたダンスが始まり、唐突に途切れる。
 距離を置いた二人で、黙って視線をぶつける。
「何者だ? お前」
 尋ねられても、逆に俺こそが知りたい。
 とんでもない技量だった。俺の剣はもちろん本気ではないが、普段は全く使わない剣術を駆使しなければ、奴の致命的な一撃を防げないのだ。
「ただの傭兵、ってことにしておいてくれ。剣を引け。俺はお前の敵ではない。味方でもないが」
「あの女を助けただろう?」
「そりゃ偶然だ」
 本当のことだけど、信じてもらえないだろうなぁ。
「お前はあの女の両親の、人体実験の産物だな?」
 ピクリと男の眉が動いた。図星らしい。
「なら納得できることもある。お前にかけられた呪いは、相手を絶対に殺す呪いなんだろう。矢を射れば自然と一撃必殺になる。剣を振れば、相手を殺す機動で剣が走る。便利だが、力加減ができない、そんなところか」
「鋭い分析だ、と言っておく」
「呪いなら理論魔法で封じられるはずだ。なぜそうしない?」
 男はわずかに視線を下げ、それから俺を見た。怨嗟の炎が宿っていた。
「呪いをかけられたのは俺ではない、俺の母だ」
「なんだって……?」
 訳がわからない。
 男は言葉を続ける。
「あの女の血族は俺の母親をいいようにいじり尽くし、化け物にしてしまった。それも俺が母の体に宿っている時だ。悪魔どもは喜んで母を改造し、実験に使った。その実験の最大の要素は、妊娠中の女性を改変したら、その身に宿る子供はどうなるのか、ということだった」
 くそ、吐き気がする。
 そんなクソッタレなことをする連中は、無関係の俺でも放っては置かないだろう。
 こいつはその実験の被害者なのだ。
 恨んで、当然だった。
「俺は生まれた時から、呪いを宿していた。物心つく頃に、俺は実験の最中に悪魔を一人、殺してしまった。そこから俺の地獄は、さらに一歩、凄惨さを増した。悪魔どもは俺を牢屋に入れ、実験の時だけ、そこから出ることが許された。もちろん実験の最中も、悪魔たちが常に警戒している。俺はただ言いなりになった」
「それがどうしてここにいる?」
「どこかの悪魔が事実に気づいただけさ。穏健派悪魔が、連中を一網打尽にして、処刑した。俺も解放された。それからが、俺の本当の血塗られた道の始まりだったがね」
 やれやれ、世の中には残酷さが山ほどある。
 山ほどあるが、だからと言って容認するわけにはいかないのだ。
「あの女の両親がお前の母親を壊した、その復讐か?」
「あの女の血族は、俺が全部殺す。そう決めた。一撃で仕留められないなら、一度殺しても死なないのなら、何度でも殺してやる。死ぬまで殺し尽くす。そう決めた」
 俺が黙り込んだのは、その気迫、残酷さ、静かなる凶暴性に打ちのめされたわけではなく、真剣に吟味したからだ。
 あの吸血鬼の女は、たぶん実験には関わっていない。彼女の両親の責任を、彼女が肩代わりする道理はどこにもない。彼女は彼女であり、両親じゃないし。
 だけど、この男の恨みを晴らしてやりたいとも思う。
 この男の悲劇、破滅に、少しでも満足を与えたいと、俺は思ってしまった。
 目の前にいる男の復讐心を、収める方法は俺には想像もできなかった。
 こいつは、人生を狂わされてしまった。それも悪魔の好奇心という、しょうもない理由で。
 決めたぞ。
「俺はあの女の味方はしないと決めた」
 俺は剣を鞘に戻した。男は不審そうな顔でこちらを見ている。
「俺は無関係を決め込むよ。どちらも間違っていると思うからだ。そして、俺には答えを出せない」
「おかしな男だ。お前を殺そうとした俺を放っておくのか? 例の女が死んでもいいのか?」
「俺がまだ生きているから、殺されそうになったことは水に流す。吸血鬼が生きようが死のうが、俺は関係ない。ただ一つ、俺の連れに手を出すなよ。それをやったら、俺はお前を許さんぞ」
 じっと、男は俺を睨んでいたが、俺が少しも動じない素振りなのを見て、わずかに頷いた。
「良いだろう、乗った」
「助かるよ。あんた、名前は?」
 少しの沈黙の後、答えがあった。
「ライン」
「よろしく頼むぜ、ライン。俺は、エドマだ」
 握手するほどの相手ではないので、俺はそれだけ言って、彼に背を向けた。
 ここでラインが即座に矢を放てば、俺は死んだだろう。
 だが奴はそれをしなかった。
 その程度には俺を信用したんだろう。まったく、実はお人好しなんじゃないか?
 雨樋やらを窓枠やらを伝って地上に降り、さて、どうするか、と考えた。ラインは傭兵事務所のある方を見て、矢を放ったのだから、そこに標的がいたことになる。
 狙った相手はポプラだろう。
 傭兵事務所に行ったのはマギの入れ知恵か。小娘が無事だと良いが、さっきのラインの様子ではマギは無事だと思う。
 そうじゃなければ、即座に屋根に這い上がらなくてはならない。
 とりあえずは、部屋で待つことにするか。
 俺はタバコを取り出し、火をつけた。煙を吸い込み、吐く。
 悪魔に対する考えが、俺の中で少し変わった。人間を良いようにする、人間とは別な存在。
 マギもそうなのだ。彼女ももしチャペル博士に出会わなければ、全く別の人生を送っただろう。こんな島へ来ることも、傭兵をやることもなかった。
 ただ、そのことをきっと、マギはとやかく言わないだろう。
 十二人の兄弟姉妹が皆殺しにされたことも、彼女はほとんど口にしない。
 マギは強い奴だな、としみじみと感じた。
 さて、これから、どうするか、真剣に考えるとするか。



(続く)
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