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1-2章 剣

1-2-1 最前線の日常

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     ◆


 私、マギの生活は、ロロ港湾都市にいるにも関わらず、全く特別なところがない。
 朝は、パンを買いに近くの悪魔が経営するパン屋へ行く。部屋に帰って、同居人の男を叩き起こす。
「ほら、起きて、エドマ、朝だよ」
 この男はどういう気の利かせ方をしたのか、私に寝室を使うように言って、自分はずっとソファに寝転がっている。
 彼ほど怠惰な男がいるとは、私は思ってもいなかった。
 とにかく、暇さえあればソファに横になっている。酒は禁止にしたので、今は影も形もないがタバコだけは手放そうとしない。
 彼が出かける先は近くの雑貨屋で、つまりタバコとマッチを買いに行くのだ。
 食料品は私が一人で買いに行くことが多いし、料理も基本的には私が担当する。それなのに、無礼千万なことに彼は私の料理にほとんど手をつけない。
 一度、嫌がらせでゆで卵を作って出してあげたら、「これこれ、これでいいんだ」などと言って美味しそうに食べていた。
 何か違う。何か気にくわない。
 話を戻そう。彼を起こして、朝食を食べる。彼はパンをもそもそと食べ、牛乳を飲む。それと少しの生野菜。私は自分で作ったスープを飲むけど、どうも彼はいらないらしい。
 朝食が済むと、私はまだ完全ではない部屋の片付けに移るけど、彼は例によってソファに伸びている。
 お昼ご飯も朝食の残りのパン。私は適当に料理をするけど、やっぱり彼は食べない。
 午後も彼は寝そべっていて、手伝おうとはしない。私は一人でロロ港湾都市の観光に出て、一時間ほどを過ごす。
 部屋に戻ると、大抵、エドマは支度をして待っていて、「行くぞ」とすぐに外へ出るので、私もついていく。
 どういうわけか、彼は毎日、大銭湯へ繰り出して行く。
 私が臭いのことを口にしたのがショックだった、というわけでもないようだが、意外にショックだったのかな?
 一時間ほど私は寛ぐけど、彼はいつも先に出て、近くの雑貨屋で穏健派悪魔の男性と笑いあっている。
「何の話をしているわけ?」
「悪魔の間で流行っているジョークを教わっているんだ。面白いぜ」
 まったく面白そうではない。
 部屋に帰り、夕飯にはいつも米を炊く。これは珍しいことに、エドマからの要求だった。夕飯は彼が料理をすることがたまにある。そういう時はお風呂の帰りにきっちり買い出しもする。
 エドマの料理は私からすると薄味で、なんか物足りないが、素朴といえば素朴だし、どこか懐かしくもあるけど。
 そうこうしているうちに日も暮れて、彼はしばらくソファに横になってタバコを吸って、何かの拍子に「寝るぞ」と言って、さっさとリビングの明かりを消す。私は寝室に移動し、眠る。
 これがずっと続いた一ヶ月だった。
 こんな生活をするために独立派悪魔との戦いの最前線へ来た訳ではない。その最前線の一角を占める傭兵の生活がこれでは、先が思いやられる。
 と、そんな日々に少し変化があり、数日、エドマが寝室にある武具の様子を見ている日が続いた。声をかけても曖昧な返事で、的を射ない。
 そんな日の後、急にエドマが声をかけてきた。昼食の席だった。
「お前、武器はどうするんだ?」
「え? 武器?」
 藪から棒だったので、混乱した。
「そのうち、どこかで買うけど」
「良い鍛冶屋を知っている。これから行ってみるか」
 びっくりした。そういうことを言う奴だったのか?
 片付けが済んでから、二人で外へ出た。どこへ行くのかと思ったら、港の方へ行く。
「西通りに武具屋が多いって聞いたけど?」
「武具屋じゃない、鍛冶屋に会いに行くんだ」
 わけがわからないけど、ロロ港湾都市には彼のほうが詳しいので、ついていく。
 港に近い、海運業者が大勢住んでいる一角、港湾地区へ向かっている、と分かってきた、と思っていると、急にエドマが細い道に入り、先へ進んでしまう。こんなところに鍛冶屋がある?
 疑り深げに進んでいく私の前で、急にエドマが足を止めた。
「探すのに苦労したぜ」
 話しかけている相手は、浮浪者だ。いや、何か小さな看板がある。
 刃物、研ぎます。
 そう書いてあった。
 相手が顔を上げる。髪の毛が伸びすぎていて、顔が隠れて、なんか怖いな。
「なんだ、エドマか」
 声を聞いて余計に驚いた。細い声で、女性なのだ。
 男性かと思っていた。
 エドマは気にした様子もなく、私を指差す。
「今でも仕事はしているんだろ? こいつに剣を作ってやってくれ」
 前髪の間から、二つの瞳が私を見ている。落ち着かない気分になるのは、相手が得体の知れない存在としか思えないからだろう。
 ゆらりと彼女が立ち上がると、髪の毛をかきあげた。
 薄汚れているけど、整った顔立ちだ。まだ若い。
「金はいくら出せる?」
「うちの秘蔵の武具を売るから、まだはっきりとはしないが、まあ、一万ドルくらいかな」
 驚いてばかりだけど、これにも耳を疑ってしまった。
 一ドルで、水の入ったボトルが一本、買える。パンなら食パンが一斤で三ドルほどだ。
 私の知識では、市販品の剣が安いものなら千ドルで買えるだろうから、一万ドルの剣というのは、破格というか、信じられない額である。
 でも当のエドマも、鍛冶屋らしい女性も落ち着いたものだ。
「この娘がね」
 女性が落ちてきた前髪をもう一度、かき上げると、通りに出していた砥石やら何やらを回収し、カバンに放り込むと歩き出した。
「ちょっと痩せたんじゃないか? ちゃんと食っているか?」
「これでも最近は食べている。場所代も取られないから」
「トラブルには気をつけろよ」
 私の前を並んで歩く二人には、どこか親しげな空気がある。
 私とはあまり縁のない空気だ。
「工房はまだ例の場所か? よく没収されないな」
「土地も建物も、私のものだから。空き家なだけで、特に問題ない」
「たまには帰っているか? 荒れているんじゃないのか?」
「毎月、確認はしている」
 なんだろう、この疎外感は。私だけ何も知らないみたいじゃないか。
 三人で、ゆっくりと移動し、私が最初に予測した西通りに入った。通りを行く人がこちらを見る、と思ったら、どうやら鍛冶屋の女を見ているらしい。それも恐れというか、畏怖のようなものを感じる視線が多い。
 たどり着いたのは、西通りから一本、路地を入った場所にある建物で、三階建てだ。二階と三階はどこかに貸していたようだけど、今は空いているように見受けられる。
 その建物の一階の鍵を、鍛冶屋があっさりと開けて、中に入る。
 明かりがつけられる前から、埃っぽくて、咳が出た。
「この通り」
 彼女がエドマに身振りで示す。
「設備が揃っているのはわかったが、掃除が必要だな。マギ、出番だぜ」
 そう言って背中を叩かれて、はっきり言って、怒り心頭だが、耐える。
 鍛冶屋の女性が私の前に立った。
「私はキクサダ。あなたは?」
 理由は不明だけど、ぶっきらぼうな調子で答えていた。
「マギ……」
「よろしく、マギ。エドマ、本当にお金は用意できるの?」
 おう、などとエドマが軽い調子で応じる。
「その小娘を貸すから、良いように使ってやれ」
「え!」思わずエドマを見ていた。「どういうこと?」
「掃除と助手だよ。ちょっとくらい良いだろう? 勉強になるぞ」
 別に勉強したいわけでもないんだけど。
「よろしく、マギ」
 手を差し出されたので、仕方なくそれを握っていた。
 声もなく驚いた私の手を離して、キクサダが部屋を掃除し始める。
 驚いたのは彼女の手だ。すごい手だ。
 ガチガチのタコがいくつもあった。
 普通じゃない。
 私は彼女の背中を凝視していた。




(続く)
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