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第8章
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八
しばらく辛抱の時間になった。
悪魔の攻撃で防御陣地は危うい時もあったが、どうにか持ちこたえた。物資の供給はさすがに細々としたものになったが、スカルスが指揮する略奪隊は、反乱軍の物資を奪う作戦を続けている。しかし、いつまでもあてにはできない。
悪魔の攻勢を支えながら、僕は部下と議論して、陣地を徐々に変えていった。
部下というのは、シグナルとタンクだ。この二人が僕の副官となった。
この決定は彼らが僕に最初に決断を促したからではない。過去の経歴を見て、彼らが適任と思ったからだ。僕の直属の部下として、シグナル、タンク、スカルスが大きな存在である。
陣地が完全に完成して、僕は全体の指揮官を集合させ、今後の展開の計画を打ち明けた。
それは大激震と言ってもいい衝撃だっただろう。
第一の発表は、軍団を一度、解散するという決定だ。
第二の発表は、一度、解散してから、全軍を再編する、という内容になる。
陣地を守る守備隊と、攻勢に出る突撃隊に、はっきりと役割分担をすること、それが僕の決定だった。
守備隊の存在は非常に大きい。彼らは攻勢にこそ出ないものの、人間の生活圏への悪魔の侵入を防ぐことになる。
今や、唯一の対悪魔戦力である第四軍は、広い範囲にわたって防御陣地を敷いている。あまりに戦線が伸びすぎて、人手は足りない。
一方、防御に力を振り向ければ、攻撃が手薄になる。兵力はいきなり増えたりはしない。
指揮官から質問があったのは、守備隊と突撃隊の待遇の差についてだ。
両者はその性質上、突撃隊の方が優遇される、と考えるのは自然だ。
それを僕は否定した。
「守備隊と突撃隊の間に待遇の差はありません。そして、突撃隊は、志願者だけで構築するつもりです」
僕が指揮官たちを見回すと、彼らはほとんど、唖然としていた。
「なんですって?」
指揮官の一人が質問してくる。まるで自動的に話しているような、そんな調子だ。
「志願者だけ、と聞こえましたが、それでは数が揃わないと思います」
「数は気にしていません。揃った数が突撃隊の総数、と考えています」
バカな、と誰かが呟いた。確かに、馬鹿げていると自分でも思う。
それでもこの方針に決めたのは、第四軍の中に、高い士気を持つ兵士が少なくない、と考えたからだ。第一軍の崩壊の中でも人類軍に残る決断をして合流したものも多い。
僕と、シグナル、タンクで話し合った時に、僕たちは、突撃隊は志願兵だけにしても相当数が集まる、と意見が一致した。
実際の数は、やってみるまでわからないけれど。
僕が指示を出し、シグナルとタンクが指揮官たちに書類を配る。そこにはこの場での決定が詳細に書かれていた。
「それをそれぞれの部隊の兵士に周知してください。その書類にも、最後に書いてありますが、除隊したいのなら、しても構いません。兵卒だろうと、指揮官だろうと」
僕の視線を受けて、顔を背けた指揮官が数人いた。大半は、事の重大さがまだ飲み込めていない。少ないが、強い視線を返してくる指揮官もいた。
いくつかの質問を受け付けてから、僕は指揮官たちを解散させた。
去っていく指揮官の間を縫って、体格のいい男が近づいてきた。黒い髪、褐色の肌。ズーガだった。
「司令官、思い切ったことをするな」
「あなたたちは連合王国に雇われているはずですが、まだ雇用関係ですか?」
ズーガが不敵に笑う。
「すでに十分、稼いだのでね、最近の細々とした収入でも戦える」
「僕たちには払うべき金銭はありませんよ」
これは半分、本当で、半分は嘘だ。
反乱軍から物資を横取りする時、金銭もある程度、手に入っている。ただ、それはほとんど即座に食料の調達に当てられている。スカルスがその担当だった。報告書が詳細に届いている。
「司令官、我々が志願兵に参加するのは、許されるかな」
さすがに、この言葉には僕の方が泡を食ってしまった。
「志願兵、ですか? あなた方が?」
「そうさ。おかしいかな」
僕は、おかしくはありませんが、と首を傾げてしまった。
「何の得もないのですよ。ただ命を危険にさらし、悪ければ失うことになる」
「そちらの兵士が命を失うのは当然で、我々が命を捨てるのはおかしい、と思っているわけか」
「そうではありません」
正直、僕は慌てていた。
「どうも、何を言っても、うまく伝わらないですね。はっきりしていること、要点をお伝えしますが、あなた方の助力は、ぜひとも受けたい」
「最初からそう言えばいい」
ズーガは僕の肩を強く叩くと、豪快に笑った。
「しかし」僕は背の高い彼の顔を見上げる。「本当にいいのですか?」
「気にするな。考えても仕方のないことさ。兵隊とは、そういうものなんだろう」
ズーガは手を上げて去って行った。入れ替わりに、シッラがやってくる。
「まさか、君も志願兵か?」
「そうなりそうね。ズーガは関係ないわよ」
僕は目を回して見せるしかない。少し怒ったらしいシッラの拳が胸を軽く打った。
「また会いましょう」
シッラがズーガの後を小走りに追った。やれやれ。
僕がテントを出ようとすると、出入り口で待っているものがいた。
「ダイアン様、ユーメールさん」
そこには教徒隊の二人がいた。
「我々からも志願兵は多く出ると思いますが」ダイアンが軽く頭を下げる。「それは教義による拘束ではないことを、お伝えしたい」
「そんなことは思いません。ありがたい兵力として、使われていただきます」
「最終的な勝利を、祈ります」
僕は微笑んで見せ、自分のテントへ歩いている。
最終的な勝利、という言葉は、僕の心を波打たせていた。
最終的な勝利というものが何を意味するのか、僕にはわからなかった。これは僕一人では、絶対に答えは出ないだろう。いつか、ダイアン自身に問いかけてみるべきだろうか。尋ねたところで、僕の理解の及ばない答えが返ってくる気もする。
その日は早めに寝たが、翌朝は早朝から起こされることになった。テントの外が騒がしいのだ。すでに活動していた侍従に尋ねると、兵士がテントの向こうに押しかけている、という。
これは、暴動のようなものか、と思いながら、少し思案して、外に出ることにした。
兵たちが暴走しているのなら、これまでだ。
外に出ると、押し寄せていた兵士たちがしんと静まった。
十人や二十人じゃない、百人を超える兵士が、ぎっしりと固まっていて、それが突然に静かになったのだ。それはすごい衝撃だった。
そして、暴動ではない、ということも分かった。
「ラグーン司令官!」
兵士の一人が声を張り上げる。
「我々は司令官と共に戦う覚悟です!」
賛同を表現するために、多くの兵士が腕を振り上げ、大声を上げる。空気がビリビリと震えた。そのうち、誰かが地面を踏み鳴らし始め、それが広がっていく。
「私は突撃隊に志願します!」
「俺もだ!」
「俺も!」
次々と声が上がり、重なっていく。
突然の事態に、僕は状況を飲み込むのに苦労した。
ここに押し寄せている兵士は、突撃隊に志願している兵士なのか?
あまりに数が多すぎて、すぐには信じられなかった。声はまるで押し寄せてくるように、轟く。僕は彼らの顔を可能な限り、見て、頷いて見せる。しかし波濤のように彼らの声と、踏み鳴らす音は止むことがない。
侍従が踏み台を運んできたので、僕は即座にそれに乗った。
「感謝します!」
僕の一言で、また場が静まり返った。ここに至って、彼らは非常な熱狂を持ちながら、完全な統制を受け入れている。
理想的とも言える兵士たちだった。
「これから」僕は静かな空気に、できるだけ静かに語りかけた。「志願兵の出願を受け入れる。早いも遅いもない、落ち着いて、名乗り出て欲しい。大丈夫だ、敵が逃げることはない。戦場がなくなることもない。君たちの熱意と戦意は、絶対に無駄にはならない」
誰かが雄叫びをあげ、他の誰かが応じる。やがて勝鬨のような声が沸き起こった。
しばらく、彼らは声を発していたが、僕の侍従が志願兵の受け付けを始めると、彼らはまるで誰かから指示を受けているように、整列し、順番に出願の手続きを始めた。
僕は食事を取ることもなく、一人一人、志願兵の顔を確認し、敬礼を交わした。
途中でズーガがやってきて、呆れたような顔で「今朝の大騒ぎには参ったよ」と言っていた。すぐ後にシッラも続き、少なくない数の蛮族部隊の兵士がやってきた。
異国人隊もすぐにやってくる。ダイアンは来ていなかったが、ユーメールが来た。ダイアンのことを聞くと、彼はとりあえず、負傷兵を後方へ輸送し、必要なら本国まで送り届けてから、可能なかぎり早く、志願兵として突撃隊に加わると話していたそうだ。
実際、ユーメールが届けてくれた書簡にはその旨が記されていた。
志願兵の列はなかなか途切れることはなく、その日の昼までかかった。僕の腕は敬礼を繰り返していたがために、相当に疲弊していた。
計数が終わったのは夕方で、志願兵の総数は千人を超えていた。つまり、全体の四分の一ほどが突撃隊を志願したのだ。
これは想定よりずっと多く、かつ、望ましい数だ。
僕が気にかけてたのは守備隊の数だった。推測される現状の数では、守備隊は合理的に機能しそうだ。
除隊希望者も出たが、それは少ない数だったこちらも想定より少なく、望ましいと言える。
僕は翌日から部隊の編成をシグナル、タンクとともに考え始めた。
志願兵には指揮官クラスの兵士は少ない。僕たち三人は、その点はそれほど問題にはしなかった。第四軍団の兵士は、多くの戦場を経験し、どこよりも練度が高い、と考えている。
問題点は、突撃隊を構成するのに重要な馬の調達と、突撃隊が本体から離れて行動した際の、補給の方法だった
これは地図を机に広げて、議論を交わすことになった。突撃隊が全体から見れば少数とはいえども、補給が受けられないのでは、とても戦えない。
どこかに補給基地を設けるべき、とシグナルが意見したが、これにはタンクが即座に反論する。突撃隊は悪魔の勢力圏を移動する計画だから、まさか補給基地を悪魔の勢力の中で維持することはできない、というのだ。
その考えは間違っていない。つまり、補給基地を設置する点は、はっきりしている。
「防御陣地に併設、しかないかな」
僕の言葉にシグナルが即座に同意。タンクは何か言いたそうだったが、地図を見ている。僕はその地図を指差した。
「突撃隊は防御陣地から敵地へ向かい、防御陣地に戻って補給を受け、また敵地へ向かう。これしかないな」
「問題は多いですよ」
タンクが唸るように反論。
「まず第一に、防御陣地が突破されて後退を余儀なくされたら、そこに併設された補給基地の物資を搬出する余裕があるとは思えません。それと、突撃隊が補給のために防御陣地へ戻る時に、悪魔に背を向けることになるのが、気になります。追い打ちをかけられるのは、危険ではないですか?」
僕とシグナルは顔を見合わせる。
「非常に冷静だと思う」
僕がそういうと、タンクは余計に不機嫌そうになり、
「何事も、計算してから行うべきです」
と、低い声で唸る。
しばらく、僕たちは議論を続けた。
遠くで誰かが騒いでいる。状況が状況なら、悪魔の進撃かと思ったかもしれないが、今日はそうは思わなかった。
誰かが戦意を迸らせているのだろう、と思った。
僕もどこか高揚したものを感じながら、意見を出していた。
しばらく辛抱の時間になった。
悪魔の攻撃で防御陣地は危うい時もあったが、どうにか持ちこたえた。物資の供給はさすがに細々としたものになったが、スカルスが指揮する略奪隊は、反乱軍の物資を奪う作戦を続けている。しかし、いつまでもあてにはできない。
悪魔の攻勢を支えながら、僕は部下と議論して、陣地を徐々に変えていった。
部下というのは、シグナルとタンクだ。この二人が僕の副官となった。
この決定は彼らが僕に最初に決断を促したからではない。過去の経歴を見て、彼らが適任と思ったからだ。僕の直属の部下として、シグナル、タンク、スカルスが大きな存在である。
陣地が完全に完成して、僕は全体の指揮官を集合させ、今後の展開の計画を打ち明けた。
それは大激震と言ってもいい衝撃だっただろう。
第一の発表は、軍団を一度、解散するという決定だ。
第二の発表は、一度、解散してから、全軍を再編する、という内容になる。
陣地を守る守備隊と、攻勢に出る突撃隊に、はっきりと役割分担をすること、それが僕の決定だった。
守備隊の存在は非常に大きい。彼らは攻勢にこそ出ないものの、人間の生活圏への悪魔の侵入を防ぐことになる。
今や、唯一の対悪魔戦力である第四軍は、広い範囲にわたって防御陣地を敷いている。あまりに戦線が伸びすぎて、人手は足りない。
一方、防御に力を振り向ければ、攻撃が手薄になる。兵力はいきなり増えたりはしない。
指揮官から質問があったのは、守備隊と突撃隊の待遇の差についてだ。
両者はその性質上、突撃隊の方が優遇される、と考えるのは自然だ。
それを僕は否定した。
「守備隊と突撃隊の間に待遇の差はありません。そして、突撃隊は、志願者だけで構築するつもりです」
僕が指揮官たちを見回すと、彼らはほとんど、唖然としていた。
「なんですって?」
指揮官の一人が質問してくる。まるで自動的に話しているような、そんな調子だ。
「志願者だけ、と聞こえましたが、それでは数が揃わないと思います」
「数は気にしていません。揃った数が突撃隊の総数、と考えています」
バカな、と誰かが呟いた。確かに、馬鹿げていると自分でも思う。
それでもこの方針に決めたのは、第四軍の中に、高い士気を持つ兵士が少なくない、と考えたからだ。第一軍の崩壊の中でも人類軍に残る決断をして合流したものも多い。
僕と、シグナル、タンクで話し合った時に、僕たちは、突撃隊は志願兵だけにしても相当数が集まる、と意見が一致した。
実際の数は、やってみるまでわからないけれど。
僕が指示を出し、シグナルとタンクが指揮官たちに書類を配る。そこにはこの場での決定が詳細に書かれていた。
「それをそれぞれの部隊の兵士に周知してください。その書類にも、最後に書いてありますが、除隊したいのなら、しても構いません。兵卒だろうと、指揮官だろうと」
僕の視線を受けて、顔を背けた指揮官が数人いた。大半は、事の重大さがまだ飲み込めていない。少ないが、強い視線を返してくる指揮官もいた。
いくつかの質問を受け付けてから、僕は指揮官たちを解散させた。
去っていく指揮官の間を縫って、体格のいい男が近づいてきた。黒い髪、褐色の肌。ズーガだった。
「司令官、思い切ったことをするな」
「あなたたちは連合王国に雇われているはずですが、まだ雇用関係ですか?」
ズーガが不敵に笑う。
「すでに十分、稼いだのでね、最近の細々とした収入でも戦える」
「僕たちには払うべき金銭はありませんよ」
これは半分、本当で、半分は嘘だ。
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「司令官、我々が志願兵に参加するのは、許されるかな」
さすがに、この言葉には僕の方が泡を食ってしまった。
「志願兵、ですか? あなた方が?」
「そうさ。おかしいかな」
僕は、おかしくはありませんが、と首を傾げてしまった。
「何の得もないのですよ。ただ命を危険にさらし、悪ければ失うことになる」
「そちらの兵士が命を失うのは当然で、我々が命を捨てるのはおかしい、と思っているわけか」
「そうではありません」
正直、僕は慌てていた。
「どうも、何を言っても、うまく伝わらないですね。はっきりしていること、要点をお伝えしますが、あなた方の助力は、ぜひとも受けたい」
「最初からそう言えばいい」
ズーガは僕の肩を強く叩くと、豪快に笑った。
「しかし」僕は背の高い彼の顔を見上げる。「本当にいいのですか?」
「気にするな。考えても仕方のないことさ。兵隊とは、そういうものなんだろう」
ズーガは手を上げて去って行った。入れ替わりに、シッラがやってくる。
「まさか、君も志願兵か?」
「そうなりそうね。ズーガは関係ないわよ」
僕は目を回して見せるしかない。少し怒ったらしいシッラの拳が胸を軽く打った。
「また会いましょう」
シッラがズーガの後を小走りに追った。やれやれ。
僕がテントを出ようとすると、出入り口で待っているものがいた。
「ダイアン様、ユーメールさん」
そこには教徒隊の二人がいた。
「我々からも志願兵は多く出ると思いますが」ダイアンが軽く頭を下げる。「それは教義による拘束ではないことを、お伝えしたい」
「そんなことは思いません。ありがたい兵力として、使われていただきます」
「最終的な勝利を、祈ります」
僕は微笑んで見せ、自分のテントへ歩いている。
最終的な勝利、という言葉は、僕の心を波打たせていた。
最終的な勝利というものが何を意味するのか、僕にはわからなかった。これは僕一人では、絶対に答えは出ないだろう。いつか、ダイアン自身に問いかけてみるべきだろうか。尋ねたところで、僕の理解の及ばない答えが返ってくる気もする。
その日は早めに寝たが、翌朝は早朝から起こされることになった。テントの外が騒がしいのだ。すでに活動していた侍従に尋ねると、兵士がテントの向こうに押しかけている、という。
これは、暴動のようなものか、と思いながら、少し思案して、外に出ることにした。
兵たちが暴走しているのなら、これまでだ。
外に出ると、押し寄せていた兵士たちがしんと静まった。
十人や二十人じゃない、百人を超える兵士が、ぎっしりと固まっていて、それが突然に静かになったのだ。それはすごい衝撃だった。
そして、暴動ではない、ということも分かった。
「ラグーン司令官!」
兵士の一人が声を張り上げる。
「我々は司令官と共に戦う覚悟です!」
賛同を表現するために、多くの兵士が腕を振り上げ、大声を上げる。空気がビリビリと震えた。そのうち、誰かが地面を踏み鳴らし始め、それが広がっていく。
「私は突撃隊に志願します!」
「俺もだ!」
「俺も!」
次々と声が上がり、重なっていく。
突然の事態に、僕は状況を飲み込むのに苦労した。
ここに押し寄せている兵士は、突撃隊に志願している兵士なのか?
あまりに数が多すぎて、すぐには信じられなかった。声はまるで押し寄せてくるように、轟く。僕は彼らの顔を可能な限り、見て、頷いて見せる。しかし波濤のように彼らの声と、踏み鳴らす音は止むことがない。
侍従が踏み台を運んできたので、僕は即座にそれに乗った。
「感謝します!」
僕の一言で、また場が静まり返った。ここに至って、彼らは非常な熱狂を持ちながら、完全な統制を受け入れている。
理想的とも言える兵士たちだった。
「これから」僕は静かな空気に、できるだけ静かに語りかけた。「志願兵の出願を受け入れる。早いも遅いもない、落ち着いて、名乗り出て欲しい。大丈夫だ、敵が逃げることはない。戦場がなくなることもない。君たちの熱意と戦意は、絶対に無駄にはならない」
誰かが雄叫びをあげ、他の誰かが応じる。やがて勝鬨のような声が沸き起こった。
しばらく、彼らは声を発していたが、僕の侍従が志願兵の受け付けを始めると、彼らはまるで誰かから指示を受けているように、整列し、順番に出願の手続きを始めた。
僕は食事を取ることもなく、一人一人、志願兵の顔を確認し、敬礼を交わした。
途中でズーガがやってきて、呆れたような顔で「今朝の大騒ぎには参ったよ」と言っていた。すぐ後にシッラも続き、少なくない数の蛮族部隊の兵士がやってきた。
異国人隊もすぐにやってくる。ダイアンは来ていなかったが、ユーメールが来た。ダイアンのことを聞くと、彼はとりあえず、負傷兵を後方へ輸送し、必要なら本国まで送り届けてから、可能なかぎり早く、志願兵として突撃隊に加わると話していたそうだ。
実際、ユーメールが届けてくれた書簡にはその旨が記されていた。
志願兵の列はなかなか途切れることはなく、その日の昼までかかった。僕の腕は敬礼を繰り返していたがために、相当に疲弊していた。
計数が終わったのは夕方で、志願兵の総数は千人を超えていた。つまり、全体の四分の一ほどが突撃隊を志願したのだ。
これは想定よりずっと多く、かつ、望ましい数だ。
僕が気にかけてたのは守備隊の数だった。推測される現状の数では、守備隊は合理的に機能しそうだ。
除隊希望者も出たが、それは少ない数だったこちらも想定より少なく、望ましいと言える。
僕は翌日から部隊の編成をシグナル、タンクとともに考え始めた。
志願兵には指揮官クラスの兵士は少ない。僕たち三人は、その点はそれほど問題にはしなかった。第四軍団の兵士は、多くの戦場を経験し、どこよりも練度が高い、と考えている。
問題点は、突撃隊を構成するのに重要な馬の調達と、突撃隊が本体から離れて行動した際の、補給の方法だった
これは地図を机に広げて、議論を交わすことになった。突撃隊が全体から見れば少数とはいえども、補給が受けられないのでは、とても戦えない。
どこかに補給基地を設けるべき、とシグナルが意見したが、これにはタンクが即座に反論する。突撃隊は悪魔の勢力圏を移動する計画だから、まさか補給基地を悪魔の勢力の中で維持することはできない、というのだ。
その考えは間違っていない。つまり、補給基地を設置する点は、はっきりしている。
「防御陣地に併設、しかないかな」
僕の言葉にシグナルが即座に同意。タンクは何か言いたそうだったが、地図を見ている。僕はその地図を指差した。
「突撃隊は防御陣地から敵地へ向かい、防御陣地に戻って補給を受け、また敵地へ向かう。これしかないな」
「問題は多いですよ」
タンクが唸るように反論。
「まず第一に、防御陣地が突破されて後退を余儀なくされたら、そこに併設された補給基地の物資を搬出する余裕があるとは思えません。それと、突撃隊が補給のために防御陣地へ戻る時に、悪魔に背を向けることになるのが、気になります。追い打ちをかけられるのは、危険ではないですか?」
僕とシグナルは顔を見合わせる。
「非常に冷静だと思う」
僕がそういうと、タンクは余計に不機嫌そうになり、
「何事も、計算してから行うべきです」
と、低い声で唸る。
しばらく、僕たちは議論を続けた。
遠くで誰かが騒いでいる。状況が状況なら、悪魔の進撃かと思ったかもしれないが、今日はそうは思わなかった。
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