Sword Survive

和泉茉樹

文字の大きさ
上 下
25 / 25

しおりを挟む
     末

 あの夜のことを、新聞もテレビも、取り上げなかった。ネットにもほとんど情報がなく、つまりそこは魔法管理機構が処理したのだろう。
 僕がそのことに考えが及んだのは、天城さんが入院している病室で指摘された段になってからだ。
 天城さんの入院は三日ほどだった。治療費を僕に押し付けようとしたけど、僕は必死に拒絶した。店長と同じように破滅したくはない。
 退院寸前に、その店長も見舞いに来た。どうやら魔法管理機構に相当、絞られたらしく、疲れきった表情だった。
 天城さんが二人にしてくれ、というので、僕と月読は病室を出た。
 今のところ、誰からの監視もないようだけど、実際のところはわからない。気付かれないように監視している可能性は十分にある。
 ただ、それを無理に暴こうとは思わなかった。
 僕と月読が力を合わせれば、いくらでも探り出せる。
 でもそれは余計なことだし、やってはいけない、と僕たちは考えている。
 どれほど高い能力があっても、全てが許されるわけではない。
 僕たちは病院を出て、入り口の脇にある小さな庭のベンチに座った。入り口がよく見えるので、店長が出てくるのはわかるだろう。店長が帰りに一緒に食事に行こう、と言っていたから、ここで待つ。
「何もおかしいところはない?」
 月読に尋ねると彼女は微笑んだ。
「大丈夫。ありがとう」
 すでに真夏を過ぎたけど、日差しは強い。ちょうど日陰だけど、蒸している。
 しばらく僕たちは黙ってベンチに座っていた。
 ここのところの慌ただしさが嘘のように、落ち着いた三日間だった。
 天城さんが万全じゃないから、と言えなくもないけど。
「これから、どうしたらいいのかな」
 なんとなく、声にしていた。それに対して、月読が僕の手を握る。小さな、細い手だ。
「一緒にいて」
 僕は何も言わずに、彼女の手に自分の手を重ねた。

     ◆

「さすがに今回ばかりは無茶だったな」
 店長が天城に言うと、天城は口元に笑みを浮かべる。
「お互い様だな」
「なんのことかな?」
 とぼけようとする店長に、天城はさりげなく応じた。
「いつから魔法管理機構の下っ端をやっている?」
「……まぁ、そうか、気付かれないわけもないな。無茶ばかりだった」
 天城は気づいていた。店長をきっかけに多くのことが起こりすぎた。店長が、真澄を天城の秘密裏の空間に招く結果になった時、天城は疑問を抱いていた。それから、探り続けていたのだ。
「別に私としては構わない」
 天城はベッドの上で、堂々と言った。
「いつでもお前を処分できる。肉体的にも、経済的にも」
「こういう客は出入り禁止にするべきだろうな」
 顔をしかめる店長だが、すぐにそれをほころばせた。
「しかし、睦月のこともある。あいつを助けてくれたことに感謝を示すということで、これからもうちで相手してやるよ。小さいが、松代シティでは屈指の品揃えだからな」
「ほとんどゴミ屋敷だぞ」
 あれでも管理されている、と店長が呟く。
「だが」天城が言った。「睦月はまだ助かるか、わからないぞ」
「何を言っているんだ?」
 店長はそう言って、ズボンのポケットからくしゃくしゃの封筒を取り出した。それを天城に差し出す。
「お前のアジトに届いていたのを、持ってきてやったよ」
 心底から嫌そうな顔をして、天城は封筒を受け取る。
 魔法管理機構からの通知書だった。
「中身を見たのか?」
「その程度の技術はある。これでも魔法管理機構の下っ端でもあるしな」
 ため息を吐いた天城が、封筒を開封し、中を検めた。
 一度、頷く。
 そして窓の向こうの夏の空を見た。

     ◆

 天城さんが退院してすぐ、僕たちは例の海に囲まれた中庭にいた。
「これを渡しておく」
 際出されたのは小さなカードだったけど、少し歪んでいる。
「なんですか?」
 月読と一緒にカードを確認する。
 それには「聖剣保持者管理票」と描かれている。保持者の氏名は僕の名前、聖剣の名称は月読型二号、となっている。
 そして認定者の欄には、弾劾者、とある。
「例の守護者がお前たちを認めて、こうして、存在することを受け入れたってことだ。そのカードの持ち主は、世界にもそうそういないぞ」
 言葉を聞きながら、でも、僕は別のところを見ていた。
 それは、管理責任者、という欄だ。
 そこに、天城光、と書かれている。
「天城さんの名前ですよね、これ」
 そうだ、と頷く天城さん。
「私はこれでも、聖剣管理局特別任命封印官、という役職を持っている」
「なんですか、そのじゅげむみたいな名前は」
「聖剣を封印する技量を持っている、ということだ、簡単に言えばな」
 気づくのが遅れたけど、そうか、天城さんは魔法管理機構に意見することができる地位なのだ。よくわからないけど、そういう謎の役職を持っていても、おかしくない。
 しかし、本当によくわからない。
「それで、責任者になったんですか? 僕と月読の?」
「私がお前たちの管理をこれからも行う。厳密にな」
 僕と月読は視線を合わせた。
「学校は、どうするんです? 生活も」
「元通りになる、前と同じになるんだ」
 その一言で、心が少し軽くなるのを感じた。
「ただし訓練は続ける」
 やっぱり少し重くなった……。
 天城さんはいくつかの注意事項を申し渡して、僕たちを解放した。
 新しく作成されたドアを抜けると、やっぱりコンビニの裏だった。不審に思われないように、移動する。向かう先はマグマグだ。
 平穏な昼下がりで、まだギリギリ夏休みだった。
 ここ数日、自分の部屋で生活して懐かしささえ感じていたところだった。アンドロイドも懐かしかったけど、彼女は情報を操作されていたので、ちょっと認識に齟齬があるのが、切ない。
 月読も僕の部屋で生活し始めた。この件は、近いうちに、両親に伝える必要がある。
 真澄とも二回ほど顔を合わせた。
 彼女は反省したり怒ったり、忙しいけど、とりあえず、関係は前と同じに戻った。幼馴染として、他の友達や知り合いとは違う、親密さが戻っている。
 そして今日、天城さんからも日常に戻ることを許可された。
 やっと、これで憂いはなくなったと言える。
 松代シティの住宅街を掠めるように進んで、マグマグが見えてくる。すでに店は開いていて、店長が看板を外へ出している。
 その光景を見て、感動が押し寄せてきた。昨日も一昨日も、同じことを感じた。
 どうしてもちょっと涙腺が緩むけど、耐えた。
 月読がそっと僕の手を握った。僕も握り返す。
 マグマグの中に入る。馴染みの光景、馴染みの匂い、馴染みの雰囲気。
 戻ってきた、と思った。
 これからは月読がいる。新しい経験をすることもあるだろう。
 でも僕の居場所はちゃんと、ここにあるし、今、こうして戻ってきたように、何度でも戻ってこられるような気がした。
 僕たちは店の奥に進み、カンターの店長が気づいた。
「おう、おかえり」
 僕は思わず笑い、答えた。
「ただいま」




(了)
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

変身シートマスク

廣瀬純一
ファンタジー
変身するシートマスクで女性に変身する男の話

悪役令嬢に転生した俺(♂)!

satomi
ファンタジー
悪役令嬢に異世界転生してしまった神宮寺琉翔。ずっと体が弱く学校は病院内にある院内学級。 転生を機に健康体を満喫したいところ、しかし気づいた。自分は悪役令嬢という事に!このままでは冤罪で死刑もありうる。死刑は免れたい。国外追放を希望するがその生活はどうすればいいんだ?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

黒の少女と弟子の俺

まるまじろ
ファンタジー
かつて各地で起こったカラーモンスターの大量発生で滅びかけた世界、エオス。 様々な生命がカラーモンスターによって蹂躙され、人類も滅ぶ寸前まで追い詰められた。 しかし、各地で生き残った人類は必死で戦う力を身に付けてカラーモンスターに対抗し、少しずつ奪われた生活圏を取り戻していった。 こうして文明の再興に差はあれど、エオスの人類は徐々にその数を増やしていった。 しかし人類を含めた多くの生命最大の敵であるカラーモンスターは滅びたわけではなく、未だ世界中でその脅威を聞かない日は無い。 これはそんな危険に満ちた世界を渡り歩く、少年少女の物語。 ※カクヨム限定で第二部を公開しています。是非ご覧下さいませ。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

猛焔滅斬の碧刃龍

ガスト
ファンタジー
ある日、背後から何者かに突然刺され死亡した主人公。 目覚めると神様的な存在に『転生』を迫られ 気付けば異世界に! 火を吐くドラゴン、動く大木、ダンジョンに魔王!! 有り触れた世界に転生したけど、身体は竜の姿で⋯!? 仲間と出会い、絆を深め、強敵を倒す⋯単なるファンタジーライフじゃない! 進むに連れて、どんどんおかしな方向に行く主人公の運命! グルグルと回る世界で、一体どんな事が待ち受けているのか! 読んで観なきゃあ分からない! 異世界転生バトルファンタジー!ここに降臨す! ※「小説家になろう」でも投稿しております。 https://ncode.syosetu.com/n5903ga/

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

処理中です...