Sword Survive

和泉茉樹

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     末

 あの夜のことを、新聞もテレビも、取り上げなかった。ネットにもほとんど情報がなく、つまりそこは魔法管理機構が処理したのだろう。
 僕がそのことに考えが及んだのは、天城さんが入院している病室で指摘された段になってからだ。
 天城さんの入院は三日ほどだった。治療費を僕に押し付けようとしたけど、僕は必死に拒絶した。店長と同じように破滅したくはない。
 退院寸前に、その店長も見舞いに来た。どうやら魔法管理機構に相当、絞られたらしく、疲れきった表情だった。
 天城さんが二人にしてくれ、というので、僕と月読は病室を出た。
 今のところ、誰からの監視もないようだけど、実際のところはわからない。気付かれないように監視している可能性は十分にある。
 ただ、それを無理に暴こうとは思わなかった。
 僕と月読が力を合わせれば、いくらでも探り出せる。
 でもそれは余計なことだし、やってはいけない、と僕たちは考えている。
 どれほど高い能力があっても、全てが許されるわけではない。
 僕たちは病院を出て、入り口の脇にある小さな庭のベンチに座った。入り口がよく見えるので、店長が出てくるのはわかるだろう。店長が帰りに一緒に食事に行こう、と言っていたから、ここで待つ。
「何もおかしいところはない?」
 月読に尋ねると彼女は微笑んだ。
「大丈夫。ありがとう」
 すでに真夏を過ぎたけど、日差しは強い。ちょうど日陰だけど、蒸している。
 しばらく僕たちは黙ってベンチに座っていた。
 ここのところの慌ただしさが嘘のように、落ち着いた三日間だった。
 天城さんが万全じゃないから、と言えなくもないけど。
「これから、どうしたらいいのかな」
 なんとなく、声にしていた。それに対して、月読が僕の手を握る。小さな、細い手だ。
「一緒にいて」
 僕は何も言わずに、彼女の手に自分の手を重ねた。

     ◆

「さすがに今回ばかりは無茶だったな」
 店長が天城に言うと、天城は口元に笑みを浮かべる。
「お互い様だな」
「なんのことかな?」
 とぼけようとする店長に、天城はさりげなく応じた。
「いつから魔法管理機構の下っ端をやっている?」
「……まぁ、そうか、気付かれないわけもないな。無茶ばかりだった」
 天城は気づいていた。店長をきっかけに多くのことが起こりすぎた。店長が、真澄を天城の秘密裏の空間に招く結果になった時、天城は疑問を抱いていた。それから、探り続けていたのだ。
「別に私としては構わない」
 天城はベッドの上で、堂々と言った。
「いつでもお前を処分できる。肉体的にも、経済的にも」
「こういう客は出入り禁止にするべきだろうな」
 顔をしかめる店長だが、すぐにそれをほころばせた。
「しかし、睦月のこともある。あいつを助けてくれたことに感謝を示すということで、これからもうちで相手してやるよ。小さいが、松代シティでは屈指の品揃えだからな」
「ほとんどゴミ屋敷だぞ」
 あれでも管理されている、と店長が呟く。
「だが」天城が言った。「睦月はまだ助かるか、わからないぞ」
「何を言っているんだ?」
 店長はそう言って、ズボンのポケットからくしゃくしゃの封筒を取り出した。それを天城に差し出す。
「お前のアジトに届いていたのを、持ってきてやったよ」
 心底から嫌そうな顔をして、天城は封筒を受け取る。
 魔法管理機構からの通知書だった。
「中身を見たのか?」
「その程度の技術はある。これでも魔法管理機構の下っ端でもあるしな」
 ため息を吐いた天城が、封筒を開封し、中を検めた。
 一度、頷く。
 そして窓の向こうの夏の空を見た。

     ◆

 天城さんが退院してすぐ、僕たちは例の海に囲まれた中庭にいた。
「これを渡しておく」
 際出されたのは小さなカードだったけど、少し歪んでいる。
「なんですか?」
 月読と一緒にカードを確認する。
 それには「聖剣保持者管理票」と描かれている。保持者の氏名は僕の名前、聖剣の名称は月読型二号、となっている。
 そして認定者の欄には、弾劾者、とある。
「例の守護者がお前たちを認めて、こうして、存在することを受け入れたってことだ。そのカードの持ち主は、世界にもそうそういないぞ」
 言葉を聞きながら、でも、僕は別のところを見ていた。
 それは、管理責任者、という欄だ。
 そこに、天城光、と書かれている。
「天城さんの名前ですよね、これ」
 そうだ、と頷く天城さん。
「私はこれでも、聖剣管理局特別任命封印官、という役職を持っている」
「なんですか、そのじゅげむみたいな名前は」
「聖剣を封印する技量を持っている、ということだ、簡単に言えばな」
 気づくのが遅れたけど、そうか、天城さんは魔法管理機構に意見することができる地位なのだ。よくわからないけど、そういう謎の役職を持っていても、おかしくない。
 しかし、本当によくわからない。
「それで、責任者になったんですか? 僕と月読の?」
「私がお前たちの管理をこれからも行う。厳密にな」
 僕と月読は視線を合わせた。
「学校は、どうするんです? 生活も」
「元通りになる、前と同じになるんだ」
 その一言で、心が少し軽くなるのを感じた。
「ただし訓練は続ける」
 やっぱり少し重くなった……。
 天城さんはいくつかの注意事項を申し渡して、僕たちを解放した。
 新しく作成されたドアを抜けると、やっぱりコンビニの裏だった。不審に思われないように、移動する。向かう先はマグマグだ。
 平穏な昼下がりで、まだギリギリ夏休みだった。
 ここ数日、自分の部屋で生活して懐かしささえ感じていたところだった。アンドロイドも懐かしかったけど、彼女は情報を操作されていたので、ちょっと認識に齟齬があるのが、切ない。
 月読も僕の部屋で生活し始めた。この件は、近いうちに、両親に伝える必要がある。
 真澄とも二回ほど顔を合わせた。
 彼女は反省したり怒ったり、忙しいけど、とりあえず、関係は前と同じに戻った。幼馴染として、他の友達や知り合いとは違う、親密さが戻っている。
 そして今日、天城さんからも日常に戻ることを許可された。
 やっと、これで憂いはなくなったと言える。
 松代シティの住宅街を掠めるように進んで、マグマグが見えてくる。すでに店は開いていて、店長が看板を外へ出している。
 その光景を見て、感動が押し寄せてきた。昨日も一昨日も、同じことを感じた。
 どうしてもちょっと涙腺が緩むけど、耐えた。
 月読がそっと僕の手を握った。僕も握り返す。
 マグマグの中に入る。馴染みの光景、馴染みの匂い、馴染みの雰囲気。
 戻ってきた、と思った。
 これからは月読がいる。新しい経験をすることもあるだろう。
 でも僕の居場所はちゃんと、ここにあるし、今、こうして戻ってきたように、何度でも戻ってこられるような気がした。
 僕たちは店の奥に進み、カンターの店長が気づいた。
「おう、おかえり」
 僕は思わず笑い、答えた。
「ただいま」




(了)
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