Sword Survive

和泉茉樹

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第23章

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     二十三

 僕は全身の具合を確かめた。
 鎧はボロボロで使い物にならない。
「何をした?」
 こちらを見ていた弾劾者が、静かな声で尋ねてくる。
「魔法に干渉しただけ」
 応じながら、全身のプロテクターを外した。スーツだけになり、しかし、すぐ魔力を、現象化法魔法、現象変質魔法に変える。真っ青な金属の鎧が全身を覆った。
 事態を悟った弾劾者も構えを取り、同時に全身に鎧を励起させる。破損が全て修繕され、完全武装に戻る。彼の両腕で赤い雷光がうねり、炸裂音、破裂音が連続する。
 僕は青い刀身の月読を構え、じっと待った。
 こちらから攻めることもできる。
 しかし月読にそのつもりはない。
 彼女は戦いを終わらせるための戦いを選んでいる。
 僕はそれを受け入れた。
 僕の体と魔力が、月読という流れを味方にして、より高みへと上がっていく。
 全身の魔力が練り上げられていく。弱いそれを、一点に、ひたすら練り上げた。
 弾劾者が飛び込んでくる。
 牽制とは思えないほどの雷撃が左右から繰り出される。
 生身で受ければ消し飛ぶほどの威力のそれを、剣を横薙ぎに振るうことで受ける。
 剣が薙いだ瞬間、雷撃が消える。花火のように、眩い燐光が舞い散った。
 突進してきた弾劾者の攻撃を僕の体はギリギリで回避する。
 すぐに彼は気付いただろう。
 僕の体の動きを読めないことに。
 僕と月読は、僕の弱い基礎魔力で、弾劾者にも負けない、巨大な内包魔力を引き寄せている。
 僕の周囲に魔力の場を展開し、全ての魔法による探知を防いでいた。これは同時に鎧でもある。青い鎧には弾劾者の雷撃は触れることもない、触れる寸前に爆ぜて消えてしまうのだ。
 膨大な内包魔力は完全に支配され、末端の末端に至るまで、僕たちの管理下にあった。
 いや、周囲の全ての魔力、それが手に取るように理解できる。
 反撃は一撃で良かった。
 下から上へ、すっと月読が切り上げた。
 弾劾者が大きく間合いを取った。
「これくらいにしませんか?」
 僕の言葉に返事はない。
 弾劾者の兜が二つに割れた。金髪が空気に揺れる。
 彼の額から、血が流れる。
「もう終わりですよ。勝負はここまでです」
 僕がもう一度、繰り返す。弾劾者は無言のまま、額の血を拭うこともしない。血が鼻筋へ流れ、滴る。
「何をした?」
 やっと彼は応じた。心底から理解できない、という響きだった。
「何もしていません」
 僕は少し言葉を探した。
「これが月読の力で、僕の素質、ということです。それ以外には、説明できません」
「月読は危険だ。封印するのは、本来の任務。これで、その危険性がはっきりした」
「そうですか」
 どうしたらいいのか、僕にはわからなかった。
 諦めるつもりもなく、弾劾者が構えを取る。
 月読が僕に意見を伝えてくる。一瞬で、詳細に意思疎通ができる。月読は弾劾者の魔法をすべて封印し、戦う力を奪うことを提案している。僕はそれを受け入れた。
 しかし、そこまでは至らなかった。
 弾劾者がこちらに手を向ける。その手に雷光はない。
 理解する間もなく、現象は起こった。
 僕の中心で何かが疼いた瞬間、大量の魔力がそこに流れ込み始める。
 封印魔法、それも反世界魔法のそれであり、かつ、想定できる最大のもの。
 発生源は、弾劾者だ。彼の封印魔法が僕の中で発動している!
「……ッ!」
 僕は激痛に耐えつつ、月読と同期して、魔法を発動。
 僕の内部で、弾劾者の封印魔法が、僕という存在を裏返す。正世界の僕の全てを反世界に飲み込もうとするそれを、ギリギリで食い止める!
 落ち込んでいく魔力の流れを逆に引き戻すように、封印魔法を反転する封印魔法を発動。
 僕が知っている最大級の反世界魔法、天城さんが行使する封印魔法の複製。
 それでも拮抗するには至らない。
 自分の中に滝があり、その滝壺へ落ちる瀑布を逆に滝の上へ吸い上げているようなものだった。しかも徐々に自分が封じ込まれ、落ち込んでいく
 世界の裏側へ。
 デタラメなこと、この上ない。
 しかし、弾劾者がやっているのは、彼らの順当な、そして最も強力な聖剣の封印方法である。
 つまり、これで決着ということだ。
 押し切られれば、僕という存在は封じ込まれ、月読も無力化される。
 そうなるわけにはいかない。
 落下と脱出が拮抗しているが、こうなっては、ただの我慢比べだ。
 弾劾者が歯を食いしばっているのが見えた。僕も似たような表情だろう。
 お互いに、耐える。
 もちろん、僕は耐えるだけじゃない。月読との同調が最大限に深まり、僕を感知装置として、月読は弾劾者の封印を超高速解析。さらにそれを端から複製する。
 この複製だけでは、弾劾者の反世界魔法には対抗できない。
 複製は複製、真作に比べれば、劣るものだ。
 だから、もう一歩、進ませる。
 しかし、僕は気づいた。
 ダメだ、間に合わない。弾劾者の魔法の方が、速い。
 僕という存在が内側へ、ぐっと沈み込む。
 自分が封じらえる、飲み込まれる恐怖。
 でもそんな中でも、僕は月読に力を貸し、月読も諦めなかった。
 僕は弾劾者を睨みつける。それが、せめてもの反抗。
 その時、弾劾者に何かが飛んだ。
 十字架、展開されていない魔器だ。
 誰が投げたのかは、はっきりしている。
 真澄だった。
 弾劾者がそれを避けた、その一瞬だけ封印魔法が乱れた。
 その僅かな間隙、しかし思考するには十分な時間。
 僕の中で、複製したばかりの弾劾者の封印魔法、そして天城さんの封印魔法が融合し、発動!
 一瞬で逆転した。弾劾者の封印魔法が押し切られ、破綻する。
 一つの本物に、二つの偽物を混ぜ合わせてぶつける。
 賭けとしか言えないけど、それに僕と月読は勝った。
 僕の内部で大量の魔力が渦巻くのがわかる。
 これは、真澄と対峙した時と、似た感覚だ。
 魔力が暴走を始める、その兆し。
 月読の意識が僕の中で強張る。恐怖、絶望。
 そんなことはないよ。
 僕はすぐに答えた。
 そして流れる魔力の脈動にそっと意識を添えた。
 その僕の意識には、月読も同期している。
 二人の支配力が浸透していく。

     ◆

 真澄は睦月を中心に渦巻く魔力に、恐怖を感じた。
 あの魔力が暴走したら、誰にも止められない。天城でもきっと無理だろう。それほどの莫大な、人に扱えるような魔力量ではない。
 睦月と月読の魔力と、金髪の男の魔力の全てが、睦月の中心から激しい波動として押し寄せてきている。世界が震えるような、それほどの波動。
 真澄は破滅を予感した。
 金髪の男が真澄のすぐそばへ移動すると、現象変質魔法で壁を作った。
 真澄を守ろうとしているのだ。
 だが、二人が予想した展開にはならなかった。
 二人が感じていた力の気配が、一度、大きく揺らいだ。

     ◆

 僕は自分の内部の魔力を、すべて掌握した。
 少しずつ、体の外に逃し、内包魔力は内包魔力へ、弾劾者の基礎魔力は弾劾者へ帰していく。
 自分の周囲で魔力が青い光となり、揺らめきながら天へ上がっていく。
 それの一部は、弾劾者にも流れていった。
 集中する一方で、その光景に、少しだけ心を打たれた。
 やがて、僕の中には適切な量の魔力だけが残った。
「またやってみる?」
 僕の言葉に、弾劾者は答えなかった。
 弾劾者は、真澄を守るような姿勢で僕たちを見ている。
 彼の魔力はすでに万全のそれだ。僕が彼に還元したために。
 だから、やろうと思えば、また最初からやり直すことができた。
 でも彼も、それが愚かしいことだと、気づいたようだった。
 構えを解いて、全身の鎧を解除する。
「傷も治すとは」彼が自分の体を確認する。「凄まじいな」
「たまたまかな」
 そう、弾劾者の体の傷は、大きいものも小さいものも治癒していた。魔力を還元した時、自然とそれが起こったのだ。
 僕にも理由はわからなかった。
 弾劾者は軽くこちらを睨み、厳かに口にした。
「この件は、魔法管理機構に厳密に報告する。結論を待て」
 それが終戦の言葉だった。
 その段になって、倉庫に警察と、よく職業のわからない男たちが入ってきた。
「この場での出来事は魔法管理機構の管轄だ!」
 突然、弾劾者が大音声を発した。乱入してきた男たちは、びくりと体を震わせて動きを止める。しかしすぐに動きを取り戻し、警官たちは渋々といった様子で、後退していく。他の男たちは弾劾者の元に歩み寄り、指示を聞いていた。
 真澄が彼らから離れ、こちらへやってくる。
「どうなっているの? 何が何やら……」
「真澄が倉庫の屋根を落としたことは不問になるんじゃないかな」
 それはありがたいけど、と真澄は言ってから、やっと本題に気づいたらしい。
「あんたの体は大丈夫なの? さっきの光は?」
「うん」僕は答えづらかったので、受け流した。「とりあえず大丈夫」
 そこで、重大なことに気づいた。
「天城さんのこと、忘れていた」
 僕は慌てて、周囲の魔力の流れを確認し始めた。
 結論を言えば、天城さんは瓦礫の下から掘り出されて、そのまま病院に運び込まれた。












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