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第21章
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二十一
月読は自分が温かい何かに包まれているのを感じた。
まるで突然に目覚めたように、その暖かさに少し驚く。ただ、すぐに自分の状態がわかった。
意識を失う直前の激痛はもう消えていた。
ぼんやりと周囲のことがわかる。どこかの反世界にいるようだった。
睦月がいて、天城がいる。誰か知らない、強い魔力の気配もあった。
月読は自分の内側へ潜っていった。
自分のために、二人が窮地に立っている、と即座に判断できた。
その状況を覆すためにも、月読自身が万全状態になるのが、必要な要素だった。
自分の中心で自分に対するメンテナンスの残り時間を知った。
同時に自分の状態を精査していく。致命的な損傷はない、回復可能だ。
その確認の中で、自分の一部に強力な機能制限があるのがわかった。誰が施したものか、巧妙に、普通では気づかないような、そんな処置だ。
機能制限の正体を、月読は観察し、解析を始めた。
解析は彼女の本質的な機能の一つ、最も繊細に設計された点だ。
彼女は徐々に回復していくのを感じつつ、その不可思議な機能制限の正体を少しづつ暴いて行った。
暖かい空気の中で。
◆
赤い雷光が弾劾者を取り巻いた時、天城さんが連続して引き金を引いた。
獣の咆哮と同時に、蛇のような存在が虚空に現れる。
唖然とする僕の前で、蛇の全身が鱗で覆われ、それは、龍へと変化。僕や真澄が使った龍のような炎ではなく、実体を持った、本物の龍だった。
「封印管理魔法。小賢しい」
弾劾者が呟きと同時に、腕をふるうと、雷撃が龍を直撃した。
しかし、龍の咆哮が雷撃を吹き飛ばす。
「こいつは反世界に生息する魔獣さ」天城さんが魔法弾を再装填。「そう簡単には倒せん」
その言葉に返事をする間もなく、龍が宙を走ると、その顎で弾劾者を襲う。弾劾者がわずかに身を捻って回避し、龍も速いが、弾劾者も素早く動く。高位の運動強化魔法。
龍が弾劾者に周囲を螺旋となって制圧、そのまま押しつぶすように伸び上がる。
龍の動きが静止。
「させるか!」
天城さんが引き金を連続して引く。
龍が咆哮をあげるが、その周囲で空間が歪む。
僕は遅れて気づいた。
回避不能な攻撃を受けたまさにその場面で、弾劾者は龍を封印しようとしたのだ。
龍それ自体は、きっと天城さんが事前に反世界で確保していた魔獣で、つまり、天城さんの封印魔法に制御されている。
それを弾劾者は上塗りするように封印しようとした。
そして今、その封印を天城さんがさらに封印しようとしている。
多重に展開する封印、より強い封印だけが成立する、危険な展開。
激しい龍の咆哮と同時に、その姿が消滅。わずかな塵を残して、消え去った。
残っているのは、弾劾者だ。来ている上着の端々が破れている。
「手品はそれだけじゃないさ」
天城さんが弾劾者の雷撃を回避。超高速の攻撃に対して、事前の予測が成立したのは、たぶん、ここが天城さんが展開した結界内だからだろう。
つまり、天城さんの方にアドヴァンテージがある。
連発される魔法弾。
天城さんの左右に影のように二頭の豹が現れた。まるでタールのよう黒く、のっぺりとしている。
黒豹は身をかがめ、弾劾者に襲いかかった。
今度は弾劾者も対処法を心得ている。力づくで封印すればいいのだ。
そもそも、天城さんがどれだけの技量を持っていても、守護者の任務は聖剣の封印。
封印にかけてはトップクラス、他の追随を許さないものがある。
天城さんが弾倉から空薬莢を捨てた時、二頭の魔獣は弾劾者に飛びかかる。
手のひらを向けただけで、先を走る豹の輪郭が歪んだ。
ただ、その後に起こったことは想像を超えた。
その豹が真っ黒い幕になり、広がった。暗幕のように見えた。
それが歪み、収縮を始めた時、二頭目の豹が幕になった一頭目に突っ込む。
幕が歪み、まるですり抜けるように、その向こうに豹が出現。
幕は即座に封印されたが、それは一頭目のみで、二頭目は無傷で弾劾者に牙をむいた。
湿った音ともに、弾劾者が左腕に噛み付かれる。
今までで最も強い雷撃が渦巻き、黒豹が痙攣、顎は腕を噛みちぎるまでに至らない。
即座に封印が発動し、二頭目の黒豹も消えた。
「埒があかないな」
つぶやいた弾劾者がコートを脱いだ。
「正直、甘く見ていない」
彼の全身には僕や天城さんが着ているような鎧と同種のものがあった。
ただ、形状が全く違う。より攻撃的で、鋭角の多いプロテクター。
そのプロテクターから真っ黒い鎧が滲むように展開し、その全身を赤い雷撃がさらに覆う。どうやら豹による攻撃はプロテクターが受け止めて、無意味だったか。
完全武装した弾劾者が拳を腰に引き寄せた。
「標的はお前ではない、女」
拳が繰り出される。
激しい光に僕は一瞬、視力を失った。あまりに大きすぎる轟音に聴覚も一時的になくなる。
うっすらと見えてきたのは、僕と月読の入ったガラス筒その他の装置を掠めるように、地面に溝ができている光景だ。
天城さんが何か叫んでいるけど、聞こえない。
僕たちを守っていた液体には穴が空いているようだ。それが見えてきた。穴は収縮していくが、しかし、どこか痙攣しているような印象を受ける。
もう一度、弾劾者が拳を引き寄せる。赤い瞬きがその拳で弾けている。
再びの、一撃。
距離を無視した、圧倒的な一撃。
しかしそれは、明後日の方向に逸れた。
射線上に、天城さんが立っていた。
「反世界拒絶魔法を、吹き飛ばすか」
そんな天城さんの呟きが聞こえる。
雷撃を弾き飛ばした魔器からは湯気があり、彼女の全身の鎧も高熱で輪郭の周囲を揺らめかせている。
「しかし、負けるわけにはいかないな」
連続した魔法弾の発動。僕たちを包む膜が復活し、さらに二重、三重になった。
「なぜそこまで必死になる?」
弾劾者が構えを取る、彼なら僕たちを守る膜を破壊することもできるのは、わかった。
きっと、天城さんもわかっている。
それでも、僕たちを守るつもりなんだ。
「昔、誰よりも大切な奴がいた」
天城さんがまた薬莢を地面に落とす。ゆっくりとした動作で、細い指が魔法弾を詰め直す。
「そいつは、私の手の届かないところで、勝手なことをやって、勝手に封印された。お前たちの仲間にな」
「逆恨みか?」
「まさか。ただ私、こう思った」
ガチンと弾倉が定位置に戻る。
「私の目の前で、誰かが理不尽に封印されるのは嫌だ、とね」
「くだらない理屈だ」弾劾者は切って捨てた。「そこの剣は、人間には過ぎたもの。管理されるのが正しいと思わないのか?」
「あるいは、そうかもしれない」
肩をすくめる天城さんだけど、ふざけた気配はなかった。
「いつか、致命的に暴走するかもしれない。ただ、私はそうならないように、こいつらのそばにいるし、こいつらを導いてもきた。月読二号は、暴走しないだろう」
「先ほどの気配を、私は感じたぞ。あの暴走の現場に、お前もいたはずだ」
酷薄な弾劾者の言葉。
「その状態を見れば、暴走し、破損したのだろう。この状況をどう言い繕う?」
「完璧な存在などいないさ。そいつらはただの八等級のアルバイターと、何も知らない世間知らずのお嬢ちゃん、ってこと」
「それでも、過ぎた力を持っている」
やれやれ、と天城さんが魔器を持ち上げる。
「だからこそ、守ってみせる」
天城さんが引き金を引いて、前に飛び出した。
◆
夢路真澄は、松代シティの片隅の路地で、ぼんやりしていた。
共同作戦を取った対魔の指揮官は散々に真澄を責め、捨て台詞を残して去って行った。
現場検証もおおよそ終わり、真澄はただ、夜空を見上げていた。
考えているのは、睦月のことだった。
少しずつ、彼の必死さが伝わってきた。
真澄と睦月の関係は誰が見ても親密だった。
その真澄を退けてでも、睦月は月読を守ろうとした。
その考えは真澄の中で、もしかしたら自分が間違っているのだろうか、という思いに展開しつつある。それでもまだ確信はなかった。
そもそも真澄が、睦月の世話を焼く必要はない。
私は別に、睦月の保護者でもないし。
夜空を見ながら、そんなことを彼女の思考は繰り返し考え、堂々巡りを続けていた。
どこかで強烈な魔力の気配がした。どこだろう、と彼女の意識は基礎魔力を練り上げた。睦月によってだいぶ消費されたが、回復しつつある。
基礎魔力は内包魔力へと結びつき、夜空を走った。
どこだろう?
素早く位置を確かめ、モバイルを取り出すと、地図と擦り合せる。
「これって……」
水天宮魔法研究所の敷地内だった。
もしかして、ここに睦月たちがいる? なんでまた、松代シティに?
真澄の脳裏に、天城の行動と、その後の様子が思い浮かんだ。
月読が破損したのなら、どこかで直す必要がある。何か急ぐ理由があったとすれば、月読が生まれた水天宮魔法研究所が最適なのは明らかだ。
ただ、あそこはすでに魔法管理機構に制圧されたはずだ。機材もなければ、研究者もいない。
素人が言っても……。
そこでふと、睦月のことが思い浮かんだ。
あの少年は、マグマグで働いているから、知識と経験はある。
なら、もしかしたら何か、方策があったのかもしれない。
魔力の気配はすぐに消え去り、今は何も感じない。しかし、勘違いではない。
「行ってみるか」
真澄は立ち上がった。
その瞬間、再び、魔力の激しい揺れが起きた。位置は変わらない。
「まずいんじゃないの、これは」
彼女は魔器を槍の形状に変えると、魔法を発動し、強く地面を蹴った。
◆
天城さんが展開した世界反世界置換魔法が破綻し始めていた。
地面や空のそこここに亀裂が生まれ、黒いの中に暗い虹色の渦が浮かんでいる。
「やっぱり、やるもんだ」
天城さんがそう言って、髪の毛をかきあげた。兜はすでに吹っ飛んでいた。
手を払うと血が飛び散った。金色の砂に赤い斑らができる。
一方、弾劾者も少しだけ息が上がっていた。その左肩が大きく裂けている。
「ここまでの使い手が在野にいるとは、驚きだ」
「世界って広いのさ」
天城さんが魔器の魔法弾を装填するため、弾倉を弾き出す。
しかし、危うく、魔器を取り落としそうになる。
「やれやれ」
どうにか廃莢するが、魔法弾を込める手元が揺れ、弾丸が地面に落ちた。
「くそ」
天城さんが呟くように何かを罵倒し、ついに片膝をついた。
膝が、足元の滑る土で湿った音を立てた。
彼女の足元には大量の出血による血溜まりができていた。
鎧はそこここで完全に吹き飛び、腹部が抉れている。
いよいよ世界反世界置換魔法が完全に消滅、周囲の光景が解けるように変化し、元の水天宮魔法研究所の倉庫に戻った。
「殺すには惜しい」
立ち上がろうとする天城さんだけど、足に力が入っていない。わずかに身を起こしたところを、弾劾者が容赦なく蹴り飛ばした。
「天城さん!」
思わず僕が叫ぶ。
僕たちを守る反世界拒絶魔法はかろうじて残っていた。
仰向けに倒れこんだ天城さんを弾劾者は踏みつけて抑え込むと、腕を振り上げた。その手には赤い雷光が宿っている。
「見事だった、と言っておこう」
「真打は」
天城さんが呟く。
「私じゃないさ」
「……何?」
弾劾者が顔を上げる。
こちらを見ていた。僕の手には、装置から取り出されたばかりの、月読が握られている。
「行ける?」
(はい!)
力強い月読の意思。
僕は魔力を展開した。
月読は自分が温かい何かに包まれているのを感じた。
まるで突然に目覚めたように、その暖かさに少し驚く。ただ、すぐに自分の状態がわかった。
意識を失う直前の激痛はもう消えていた。
ぼんやりと周囲のことがわかる。どこかの反世界にいるようだった。
睦月がいて、天城がいる。誰か知らない、強い魔力の気配もあった。
月読は自分の内側へ潜っていった。
自分のために、二人が窮地に立っている、と即座に判断できた。
その状況を覆すためにも、月読自身が万全状態になるのが、必要な要素だった。
自分の中心で自分に対するメンテナンスの残り時間を知った。
同時に自分の状態を精査していく。致命的な損傷はない、回復可能だ。
その確認の中で、自分の一部に強力な機能制限があるのがわかった。誰が施したものか、巧妙に、普通では気づかないような、そんな処置だ。
機能制限の正体を、月読は観察し、解析を始めた。
解析は彼女の本質的な機能の一つ、最も繊細に設計された点だ。
彼女は徐々に回復していくのを感じつつ、その不可思議な機能制限の正体を少しづつ暴いて行った。
暖かい空気の中で。
◆
赤い雷光が弾劾者を取り巻いた時、天城さんが連続して引き金を引いた。
獣の咆哮と同時に、蛇のような存在が虚空に現れる。
唖然とする僕の前で、蛇の全身が鱗で覆われ、それは、龍へと変化。僕や真澄が使った龍のような炎ではなく、実体を持った、本物の龍だった。
「封印管理魔法。小賢しい」
弾劾者が呟きと同時に、腕をふるうと、雷撃が龍を直撃した。
しかし、龍の咆哮が雷撃を吹き飛ばす。
「こいつは反世界に生息する魔獣さ」天城さんが魔法弾を再装填。「そう簡単には倒せん」
その言葉に返事をする間もなく、龍が宙を走ると、その顎で弾劾者を襲う。弾劾者がわずかに身を捻って回避し、龍も速いが、弾劾者も素早く動く。高位の運動強化魔法。
龍が弾劾者に周囲を螺旋となって制圧、そのまま押しつぶすように伸び上がる。
龍の動きが静止。
「させるか!」
天城さんが引き金を連続して引く。
龍が咆哮をあげるが、その周囲で空間が歪む。
僕は遅れて気づいた。
回避不能な攻撃を受けたまさにその場面で、弾劾者は龍を封印しようとしたのだ。
龍それ自体は、きっと天城さんが事前に反世界で確保していた魔獣で、つまり、天城さんの封印魔法に制御されている。
それを弾劾者は上塗りするように封印しようとした。
そして今、その封印を天城さんがさらに封印しようとしている。
多重に展開する封印、より強い封印だけが成立する、危険な展開。
激しい龍の咆哮と同時に、その姿が消滅。わずかな塵を残して、消え去った。
残っているのは、弾劾者だ。来ている上着の端々が破れている。
「手品はそれだけじゃないさ」
天城さんが弾劾者の雷撃を回避。超高速の攻撃に対して、事前の予測が成立したのは、たぶん、ここが天城さんが展開した結界内だからだろう。
つまり、天城さんの方にアドヴァンテージがある。
連発される魔法弾。
天城さんの左右に影のように二頭の豹が現れた。まるでタールのよう黒く、のっぺりとしている。
黒豹は身をかがめ、弾劾者に襲いかかった。
今度は弾劾者も対処法を心得ている。力づくで封印すればいいのだ。
そもそも、天城さんがどれだけの技量を持っていても、守護者の任務は聖剣の封印。
封印にかけてはトップクラス、他の追随を許さないものがある。
天城さんが弾倉から空薬莢を捨てた時、二頭の魔獣は弾劾者に飛びかかる。
手のひらを向けただけで、先を走る豹の輪郭が歪んだ。
ただ、その後に起こったことは想像を超えた。
その豹が真っ黒い幕になり、広がった。暗幕のように見えた。
それが歪み、収縮を始めた時、二頭目の豹が幕になった一頭目に突っ込む。
幕が歪み、まるですり抜けるように、その向こうに豹が出現。
幕は即座に封印されたが、それは一頭目のみで、二頭目は無傷で弾劾者に牙をむいた。
湿った音ともに、弾劾者が左腕に噛み付かれる。
今までで最も強い雷撃が渦巻き、黒豹が痙攣、顎は腕を噛みちぎるまでに至らない。
即座に封印が発動し、二頭目の黒豹も消えた。
「埒があかないな」
つぶやいた弾劾者がコートを脱いだ。
「正直、甘く見ていない」
彼の全身には僕や天城さんが着ているような鎧と同種のものがあった。
ただ、形状が全く違う。より攻撃的で、鋭角の多いプロテクター。
そのプロテクターから真っ黒い鎧が滲むように展開し、その全身を赤い雷撃がさらに覆う。どうやら豹による攻撃はプロテクターが受け止めて、無意味だったか。
完全武装した弾劾者が拳を腰に引き寄せた。
「標的はお前ではない、女」
拳が繰り出される。
激しい光に僕は一瞬、視力を失った。あまりに大きすぎる轟音に聴覚も一時的になくなる。
うっすらと見えてきたのは、僕と月読の入ったガラス筒その他の装置を掠めるように、地面に溝ができている光景だ。
天城さんが何か叫んでいるけど、聞こえない。
僕たちを守っていた液体には穴が空いているようだ。それが見えてきた。穴は収縮していくが、しかし、どこか痙攣しているような印象を受ける。
もう一度、弾劾者が拳を引き寄せる。赤い瞬きがその拳で弾けている。
再びの、一撃。
距離を無視した、圧倒的な一撃。
しかしそれは、明後日の方向に逸れた。
射線上に、天城さんが立っていた。
「反世界拒絶魔法を、吹き飛ばすか」
そんな天城さんの呟きが聞こえる。
雷撃を弾き飛ばした魔器からは湯気があり、彼女の全身の鎧も高熱で輪郭の周囲を揺らめかせている。
「しかし、負けるわけにはいかないな」
連続した魔法弾の発動。僕たちを包む膜が復活し、さらに二重、三重になった。
「なぜそこまで必死になる?」
弾劾者が構えを取る、彼なら僕たちを守る膜を破壊することもできるのは、わかった。
きっと、天城さんもわかっている。
それでも、僕たちを守るつもりなんだ。
「昔、誰よりも大切な奴がいた」
天城さんがまた薬莢を地面に落とす。ゆっくりとした動作で、細い指が魔法弾を詰め直す。
「そいつは、私の手の届かないところで、勝手なことをやって、勝手に封印された。お前たちの仲間にな」
「逆恨みか?」
「まさか。ただ私、こう思った」
ガチンと弾倉が定位置に戻る。
「私の目の前で、誰かが理不尽に封印されるのは嫌だ、とね」
「くだらない理屈だ」弾劾者は切って捨てた。「そこの剣は、人間には過ぎたもの。管理されるのが正しいと思わないのか?」
「あるいは、そうかもしれない」
肩をすくめる天城さんだけど、ふざけた気配はなかった。
「いつか、致命的に暴走するかもしれない。ただ、私はそうならないように、こいつらのそばにいるし、こいつらを導いてもきた。月読二号は、暴走しないだろう」
「先ほどの気配を、私は感じたぞ。あの暴走の現場に、お前もいたはずだ」
酷薄な弾劾者の言葉。
「その状態を見れば、暴走し、破損したのだろう。この状況をどう言い繕う?」
「完璧な存在などいないさ。そいつらはただの八等級のアルバイターと、何も知らない世間知らずのお嬢ちゃん、ってこと」
「それでも、過ぎた力を持っている」
やれやれ、と天城さんが魔器を持ち上げる。
「だからこそ、守ってみせる」
天城さんが引き金を引いて、前に飛び出した。
◆
夢路真澄は、松代シティの片隅の路地で、ぼんやりしていた。
共同作戦を取った対魔の指揮官は散々に真澄を責め、捨て台詞を残して去って行った。
現場検証もおおよそ終わり、真澄はただ、夜空を見上げていた。
考えているのは、睦月のことだった。
少しずつ、彼の必死さが伝わってきた。
真澄と睦月の関係は誰が見ても親密だった。
その真澄を退けてでも、睦月は月読を守ろうとした。
その考えは真澄の中で、もしかしたら自分が間違っているのだろうか、という思いに展開しつつある。それでもまだ確信はなかった。
そもそも真澄が、睦月の世話を焼く必要はない。
私は別に、睦月の保護者でもないし。
夜空を見ながら、そんなことを彼女の思考は繰り返し考え、堂々巡りを続けていた。
どこかで強烈な魔力の気配がした。どこだろう、と彼女の意識は基礎魔力を練り上げた。睦月によってだいぶ消費されたが、回復しつつある。
基礎魔力は内包魔力へと結びつき、夜空を走った。
どこだろう?
素早く位置を確かめ、モバイルを取り出すと、地図と擦り合せる。
「これって……」
水天宮魔法研究所の敷地内だった。
もしかして、ここに睦月たちがいる? なんでまた、松代シティに?
真澄の脳裏に、天城の行動と、その後の様子が思い浮かんだ。
月読が破損したのなら、どこかで直す必要がある。何か急ぐ理由があったとすれば、月読が生まれた水天宮魔法研究所が最適なのは明らかだ。
ただ、あそこはすでに魔法管理機構に制圧されたはずだ。機材もなければ、研究者もいない。
素人が言っても……。
そこでふと、睦月のことが思い浮かんだ。
あの少年は、マグマグで働いているから、知識と経験はある。
なら、もしかしたら何か、方策があったのかもしれない。
魔力の気配はすぐに消え去り、今は何も感じない。しかし、勘違いではない。
「行ってみるか」
真澄は立ち上がった。
その瞬間、再び、魔力の激しい揺れが起きた。位置は変わらない。
「まずいんじゃないの、これは」
彼女は魔器を槍の形状に変えると、魔法を発動し、強く地面を蹴った。
◆
天城さんが展開した世界反世界置換魔法が破綻し始めていた。
地面や空のそこここに亀裂が生まれ、黒いの中に暗い虹色の渦が浮かんでいる。
「やっぱり、やるもんだ」
天城さんがそう言って、髪の毛をかきあげた。兜はすでに吹っ飛んでいた。
手を払うと血が飛び散った。金色の砂に赤い斑らができる。
一方、弾劾者も少しだけ息が上がっていた。その左肩が大きく裂けている。
「ここまでの使い手が在野にいるとは、驚きだ」
「世界って広いのさ」
天城さんが魔器の魔法弾を装填するため、弾倉を弾き出す。
しかし、危うく、魔器を取り落としそうになる。
「やれやれ」
どうにか廃莢するが、魔法弾を込める手元が揺れ、弾丸が地面に落ちた。
「くそ」
天城さんが呟くように何かを罵倒し、ついに片膝をついた。
膝が、足元の滑る土で湿った音を立てた。
彼女の足元には大量の出血による血溜まりができていた。
鎧はそこここで完全に吹き飛び、腹部が抉れている。
いよいよ世界反世界置換魔法が完全に消滅、周囲の光景が解けるように変化し、元の水天宮魔法研究所の倉庫に戻った。
「殺すには惜しい」
立ち上がろうとする天城さんだけど、足に力が入っていない。わずかに身を起こしたところを、弾劾者が容赦なく蹴り飛ばした。
「天城さん!」
思わず僕が叫ぶ。
僕たちを守る反世界拒絶魔法はかろうじて残っていた。
仰向けに倒れこんだ天城さんを弾劾者は踏みつけて抑え込むと、腕を振り上げた。その手には赤い雷光が宿っている。
「見事だった、と言っておこう」
「真打は」
天城さんが呟く。
「私じゃないさ」
「……何?」
弾劾者が顔を上げる。
こちらを見ていた。僕の手には、装置から取り出されたばかりの、月読が握られている。
「行ける?」
(はい!)
力強い月読の意思。
僕は魔力を展開した。
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