Sword Survive

和泉茉樹

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第20章

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     二十

 水天宮魔法研究所のことを、天城さんは事前にある程度、知っていたようだ。
 きっとマグマグに潜伏した時、確認していたんだろう。
 だから、転移魔法を発動させて狙い澄ましたようにその場所に僕たちは忍び込んだ。
「すごい、これは……」
 天城さんの魔器が照明の代わりになる魔法を発動し、周囲を照らす。浮かび上がった光景を見て、僕は驚きのあまり、声を漏らしていた。
「ここにあるもので、作れそうか? それが最大の難点だ」
「やってみます」
 倉庫は天井が高いが、その天井に近い位置まで棚が設置され、様々な部品が並んでいる。整理されているのはわかった。よく観察すれば、その配置も把握できそうだ。
「手伝う。言ってくれ」
 月読の中のファイルにあった、補修のための装置、その装置の設計図と必要な部品を、視界に映る映像で確認。
 二人で手分けし、部品を集め始めた。ある程度が手元に揃うと、部品と一緒に確保していた工具の準備をする。電気は研究所がすでに送電を切られているので、小型の発電機を起動した。魔法式の発電機で、静かだ。
 役割を分担し、僕は部品を組み立て始め、天城さんは倉庫のそこここから次々と部品を持ってくる。
 時に別の目的の器具を分解し、その中から基盤を出したりした。
 視界に映る情報の端に、時間のカウントダウンが表示されている。今、残りの数字は二十を切っている。つまり、あと二十分で作り上げなくちゃいけない。
 全部の部品が揃ったので、天城さんはどこか遠くを見て、動かなくなった。ただぼんやりしているのではなく、周囲の魔力を探っているんだろう。なにせ、水天宮研究所の本体は、魔法管理機構に制圧されている。
 敵の領域に踏み込んでいるようなものだ。
 カウントダウンが十を切り、一桁になる。僕は必死に手を動かし、工具で部品をつなげ、回路をつないで、電気を流した。失敗したらやり直す時間はほとんどない。手間がかかっても、テスターを使う。また時間が減る。
 残りの数字が四分を切った時、装置は完成した。したけど、設計図をやや無視している。
 形は大きなミキサーのようなものだ。複雑な部品の組わせである本体からコードが伸び、発電機に繋がっている。その本体の上にガラス製の筒が立っていた。
 僕は溶液をガラスの筒に流し込んだ。真っ青な色をしていた。
 そして、装置を起動。羽根が回り始め、溶液が渦を巻く。
 最初はかすかな音だったのが、どんどん大きな唸りに変わる。溶液も波がなくなった。
 筒の中の溶液に水泡が上がり始める。少しずつ溶液の色が紫に変わり、赤に変わった。
「よし」
 思わず呟いていた。
 目の前の展開は、予定通りだった。これで準備は終わった。
 視界の隅の時間を確認。二分を割って、一分と少し。
 僕は急いでガラス筒を開けて、そっと月読をその中に入れた。蓋を元に戻し、簡易的な操作盤をいじると、溶液が激しく水泡を上げ始める。羽根の回転も安定。
「どうなっている?」
 天城さんが僕の横に立った。僕は視界に投影される映像を眺める。
「とりあえず、今は月読と装置の同期が完了して、状態を自動で確認しています。これで月読の状態はリセットされました」
「修復が最後まで終わるのはいつだ?」
「えっと……、機材の簡易知能は、解析終了から修復完了まで十二分を予定しているようです」
 天城さんが呟いた。
「遅いな」
「どういうことですか?」
 強烈な耳鳴りがした。
 そして物凄く大きなものが軋むような音。いや、すぐに張り裂ける音に変わった。
 落雷と地鳴りを足して何倍にもしたような、物凄い音だった。
「さすがに」天城さんが魔器の弾倉に素早く魔法弾を送り込む。「プロフェッショナルなだけのことはある」
 そう言いつつ、彼女は連続して引き金を引く。
 一瞬で天城さんと僕、月読の入った装置とそのための発電機が、白銀の金属で覆われる。強力な現象物質化魔法だった。
「なんですか? 何が起こっているんですか?」
 未だ、止むことなく響く続ける統率のない音の波濤の中で、僕は天城さんに怒鳴った。
「追っ手だよ」
 一瞬、真澄のことが頭に浮かんだ。
 反射的に周囲の魔力の状態を感知しようとした。月読を持っていないので、最高の感度には程遠いけど、わかってくる。
 この周囲で展開される複雑な魔力の乱れは、真澄の力量ではない。
 強烈な現象化魔法がこの倉庫に穴を開けようとしていて、それを天城さんが魔力の壁で防ぎつつ、同時に物質の壁を作って物理的に僕たちを守ろうとしている。
 しかし現象化魔法による打撃力は、天城さんでも拮抗した状態を維持するしかないほど、強力だ。
 一体、どんな存在が、そんな技を使うのか。
 天城さんと拮抗する誰かが、ここに迫っていた。
 激しい音は止むことがなかった。僕は視界の隅を確認。今度もカウントダウンだけど、工作をしている時は進みが早く感じたのに、今は酷く遅い。
 やっと、九分の残りになった程度。
 天城さんが弾倉を外し、全部の空薬莢を床に捨てた。涼しい音が連続する。
「今のうちに」天城さんの手でが器具を使って全弾を一回で再装填。「覚悟しておきなさい」
 僕が答える前に、天城さんは次々と引き金を引いていく。
 甲高い、悲鳴のような音が鼓膜を引き裂くほどに響いた時、突然に音が止まった。
 天城さんが一歩、下がった。
 目の前の白銀の壁に、赤い点が、浮かび上がってきた。
 熱、それも超高熱。
 赤い点は染みのようになり、さらに広がり、丸い円となる。それがさらに広がると、ごっそり、金属が落ちた。
 人一人通れる穴を、その長身の男は、潜るようにして中に入ってきた。壁が溶けるように全部消える。天城さんが解除したのだ。
 つまり、この目の前の男にはもはや、無駄ということだ。
 真っ黒い装束。短い金髪。日本人ではない。
「珍しいお客だこと」
 天城さんがまた空薬莢を捨てる、しかし今度は一発ずつ、魔法弾を装填してる。
「すでに魔力の波形からお前のことは知っている」
 男が滑らかな日本語で言った。
「天城光一等級行使者。なぜ邪魔をする?」
「そちらこそ、なぜこの程度の小娘に、守護者が出てくる?」
 守護者……。
 やっと納得できた。天城さんの多重の防御を破壊したのも、守護者が相手なら納得できた。
 それほどの圧倒的な使い手。
 世界で十三人だけの、しかし全てを制圧できるとも言われる、最強の戦士。
「私もあんたのことは知っている。弾劾者と呼ばれる守護者のことは、よく調べた」
 天城さんが弾倉を戻す、涼しい音。
「こちらからの要求は一つ。そこの聖剣をこちらへ渡せ」
 守護者、いや、彼ら十三人に与えられる称号で呼べば、弾劾者は、僕の方を指差した。僕の背後にある、月読を。
「今すぐにだ」
 感情を窺わせない、平板な声。しかし気迫は強烈で、心が震えそうになる。
 そんな僕とは違って、天城さんは余裕なように見えた。すっと僕と弾劾者の間に立つように移動した。
「その前に、私が相手をしよう」
「魔法管理機構への反逆だぞ。その意味を知っているか?」
 魔法管理機構の支配下にない行使者は、ほとんどいない、と僕も知っている。つまり、魔法管理機構から睨まれれば、もう行使者としては終わりなのだ。
「私は、正しいと思った道を選ぶ。守護者と剣を交えても」
 確固とした信念が言葉になったようだった。
 僕はそれに興奮しながら、一部では冷静に考えていた。
 僕にそれだけの覚悟があるだろうか。
 守護者はわずかに落胆したようだったが、すぐに気配を改めた。
「では、存分に魔法をぶつけ合うしかあるまい」
 天城さんがその言葉が終わる前に引き金を引いた。
 攻撃したんじゃない。何か液体が空中から滲み出すと、それが僕と月読の入った装置を包み込んだ。
 守護者は腕を振るう。
 雷撃が走った。しかしそれが、液体の幕に衝突し、弾け、消えた。
 守護者が躊躇いなく、もう一度、腕を振った。
 ただ今度の雷撃は、先ほどとは違う。赤く輝く雷撃だった。
 目を細める僕の前で、液体が瞬間的に沸騰、蒸気が爆発的に広がるが、しかし、液体の膜は雷撃を完全に防いでいた。
「反世界拒絶魔法か」
 晴れていく蒸気の向こうで、守護者が呟く。
「その通り」
 天城さんが涼しい声で言う。そしてその体の鎧が起動し、装甲が覆っていく。
「私を倒せば、自然とあの聖剣を奪える、という寸法だ」
「よほどの自信家だな」
「実力もあるさ」
 天城さんが天井に向けて数発の魔法弾を発砲する。
 周囲の光景が一変した。
 そこはもう倉庫ではない。開けた平地がどこまでも続く世界。足元の砂は黄金色、ところどころにある植物は銀色だ。
 空は真っ青で、雲は一つもない。
 地球上の光景には見えなかった。まるで違う星にいるようだ。
「世界反世界置換魔法」
 弾劾者が呟きながら、周囲を見た。
「反世界に取り込んで、どうするつもりだ?」
 ここは、反世界なのか? それなら、とんでもない魔法だ。魔力も必要だが、それ以上に莫大な魔力を完璧にコントロールし、魔法に練り上げている力量は、尋常ではない。
「ここでなら遠慮なく、戦える」
 天城さんが薬莢をすべて落とす。弾劾者は何もせずにそれを見ていた。
 つまり、その程度に弾劾者も余裕を持っている。
「さて、やろうか」
 弾倉を元に戻し、天城さんが身構える。
「確認する機会を与える」
 弾劾者もまた、姿勢を変えた。拳法の構え。
「退くつもりはないのか? この戦いに、どういう意味がある?」
「意味だって?」
 天城さんの背中からどこか愉快がっている空気が漂った。
「そこにいる間抜け二人を、ちょっと助けてやりたくてね。大人として」
「理解不能だ」
 弾劾者はそれだけ告げて、戦いの始まりに代えた。
 二人が同時に動き出す。














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