Sword Survive

和泉茉樹

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第19章

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     十九

「今回は容赦しない」
 真澄はもう言葉を使う気はないようだった。
 彼女が従えていた炎に青い粒子が混ざり始める。
 反世界魔法が来る。
 しかしそれはわかっている。僕の意識の中で、月読との意思の同調が始まる。
 魔法複製魔法は前回の対峙の時の情報から、すでに真澄の魔法を解析していた。ただし複製した魔法は、真澄の戦闘力には及ばない。
 僕の身につけた鎧が発動し、全身が白銀の鎧で覆われた。少しも窮屈ではなく、軽い。
 意識の中で月読の魔法が発動。
「何……?」
 真澄が周囲を不審そうに見回す。
 僕は意識を集中し、ひたすら月読と呼吸を合わせた。
 今、僕が発動している魔法は、真澄から複製した炎の魔法、そして、天城さんから複製した反世界魔法でもある封印魔法、その二つを融合させたものだった。
 月読の最も特異な性能、魔法融合魔法が稼働していた。
 僕が生み出した真澄とは比べ物にならない弱い炎は、しかしそれ自体が封印魔法である。
 真澄の周囲で青い燐光が激しく瞬く。
 その光景に、変化が現れ始めた。
 青い光の瞬きが連なり、一つの帯となる。
「冗談、でしょ……」
 青い燐光の帯が真澄の周囲の炎を飲み込み、食いちぎる。
 まるで、それは、真澄が使う反世界魔法のようなものだった。
「真澄」僕は意識を集中しながら、話しかけた。「またいつか、友達として会いたいと思っている」
 彼女は何も言わなかった。言えなかったのかもしれない。
 僕は自分の周囲に青い光で構成された龍を引き寄せる。真澄の周囲でも青い炎が起こり、龍を形作る。
 二匹の龍が、向かい合った。
「友達としてなんて……」
 真澄が震える声で言った。
「今も、友達じゃないの、私たち」
「僕も、そう思っているよ。本当に」
「だったら、おとなしく投降してよ! そうすれば、あなたを守れる!」
 それはできない、と言いたかった。
 前と同じだ。それはできない、と言いたいわけじゃないんだ、本当は。僕が言いたいことは、月読を守りたいということで、それが僕の中では何よりも正しい行動、持てる全てを投げ打ってでもやりたいことなんだ。
 ただ、どうしてもそれを伝えられない。
「なんでこんなことをするの!」
 まるで悲鳴にように、真澄が叫んだ。
「……それは」
「もうやめてよ!」
 やめられない。どうして、こんなに真澄と心がすれ違っているのか。それは、覚悟していたような気もする。でも、気がするだけだ。
 本当の覚悟なんて、できていなかった。
「ごめん……」
 真澄の肩から力が抜けた。
「そんなに、何にこだわっているの……?」
「この子を、守りたいんだ」
 僕は剣を持ち上げた。
「この子のために、何かしてあげたい。今、できることを」
「それで、どうなるの?」
「わからないよ。ただ、この子は、何も悪くない。それが何よりも大きい理由、かもしれない」
 真澄は何も言わなかった。
 でも彼女の頭上で、青い炎の身をよじって、膨れ上がる。そしてこちらに向かってきた。
 結局、こうなってしまうのか。
 僕の頭上でも青い燐光の龍が身をくねらせると、真澄の生み出した龍にぶつかった。
 衝突した二つの龍が同時に弾けた。
 天城さんが何かを口走ったのを感じた。
 でも僕はそれどころじゃなかった。
 青い炎と燐光が混ざり合い、お互いを喰らい始める。
 いや、僕の封印魔法が真澄の魔法を食っていくのだ。それはつまり、反世界魔法を反世界魔法が無数に飲み込んでいることを意味した。
 支配下にある封印魔法の数が、一瞬で、僕の管理できる量を超えた。
 絶望的な数の封印魔法が、発動していた。それだけ真澄の魔法が強力だったのだ。
 それを抑え込むための力が、僕の技量を超えていた。
 青い炎が燐光に変化し、激しい光が瞬き、空間が複雑に歪んでいく。
(ァ……ッ)
 月読の悲鳴のかすかな残響。
 それをかき消すほどの激痛が、体を走った。月読を手放さないのに必死だった。
 目の前で、魔力が暴走を始める。僕の支配を失った無数の、莫大な数の封印魔法が、反世界と正世界の境界を突破し、それが世界の境界を破壊しつつあった。
 頭の中で響いているのが月読の声なのか、それとも僕が実際に叫んでいる声が聞こえているのか、わからない。
 すでに青い炎は真澄の周囲から駆逐された。
 残ったのは、すでに無数の暴走する魔力が収束しつつある光景だった。
 真澄が何か叫んでいた。
「やめろ!」
 手首に強烈な打撃を受けて、僕は月読を取り落とした。
 直後、激しい耳鳴りは起こり、吹き荒れていた魔力の暴威が、凝縮され、そのまま押しつぶされるように点になり、そのまま消えた。
「この馬鹿野郎!」
 呆然としたまま、僕は殴り倒されていた。兜の上からでも、強烈な打撃だった。面頬が粉砕されて、地面に飛び散った。
「勝手なことを!」
 僕はやっと、天城さんが僕を殴り倒したこと、いや、無理やりに暴走を止めてくれたということを理解できた。そう、月読と僕を引き剥がし、かつ、魔力の全てを封印した。僕の反世界魔法とは違う、完璧にコントロールされた反世界魔法だった。
 天城さんを見上げると、面頬を跳ね上げて、こちらを睨んでいる。
「この未熟者め!」
 さらに蹴り飛ばされ、僕は地面に叩きつけれた。
「あれを見ろ!」
 天城さんが見た先を反射的に見ていた。
 真澄が、しゃがみこんでこちらを見ていた。すでに鎧は全て消え去り、呆然としている。
「もう少しで無事では済まないところだった。わかっているか!」
 答えることはできなかった。
 動くことすらできなかった。
「行くぞ。迷っている暇はない」
 二の腕を掴まれ、天城さんに強引に引っ張り上げられた。彼女は足で剣の形のままでいる月読を蹴り上げると、それを僕には手渡さず、魔器を握っている方の腕で保持した。
 腕を掴まれたまま、天城さんに従うしかない。
 天城さんが魔器の引き金を引いた。目の前の空間が歪み、そこに僕たちは飛び込んだ。
 どこをどう移動したのか、わからなかった。
 気づいた時には、何度も来ている周囲を海に囲まれた庭にいた。やっと天城さんが僕を解放し、僕は倒れこむように、座り込んだ。
「状況は余計に悪くなったぞ、わかっているか」
 天城さんは冷静な口調だけど、その裏に抑えがたい激情を滲ませていた。
「すみません……」
 どうにかそれだけ口にしていた。
「ついでに、事態は最悪だ」
 無造作に月読が放り投げられ、僕の前に転がった。手に取るけれど、何も感じられなかった。
「いったい、何が……」
「感じ取ろうとしてみろ。私でもわかる、平凡な事態だからな」
 言われたまま、魔力を集中させ、月読と意思を疎通させようとした。しかし、魔力の流れの中に、彼女の意思どころか、感覚さえも捉えることができなかった。
「これは……」
「魔器の初心者がやる奴だ。魔力の過剰供給による、回路断裂だ」
 言われて、やっと思考が追いついた。
 マグマグで働いていて、そういう事態には何度も遭遇している。
 天城さんが言う通り、魔器を持ち始めて日が浅い人がよく起こす故障で、魔力が魔器の想定や設定を超えて流れ込むと、魔器の安全システムが作動する。
 ただ、それで済めばいいが、さらに安全システムの設計を超える事態になると、魔器の内部の回路が断裂し、魔力の流れから切り離されてしまう。
「月読はまともな魔器とは違う、まさか、こんな事態になるとは思わなかった」
 天城さんが自分の鎧を解除しつつ、言った。苦い表情が、解けるように消えた面頬の向こうから現れる。
「月読は、どうなるんですか?」
「お前はよく知っているだろう。修理しないと、使い物にならん。しかし、道具がない。それ以前に修復方法もわからない。知っているだろう連中は、全員、どこかでお縄についているしな」
 僕の頭も少しずつ回ってきた。
 真澄のことも考えたけど、もうどうしようもない。それよりも月読だ。
 月読の故障した箇所をまず探す。次に、彼女を修理する方法を考える。
 その二点をクリアしないと、全てが無駄になる。
 僕は着ているスーツの手首を探った。そこにあるプロテクターに端子が付いているはずだ。左手首から無線の端子を外し、それを月読に貼り付けた。
 頭につけている防具を操作して、視界に情報を投影させた。
「そんなことをしても、月読の意思は読み取れないはずだぞ。今は、全てから自分を守るため、ロックされているだろう。あるいは、完全に機能停止しているかも」
「いえ」僕は視界の情報を視線でスクロールさせる。「こういう時のために、あるはずなんです」 
 何が? と天城さんは冷徹な視線を向けてくる。でも、僕はそれを気にしない程、真剣だった。次々と情報を読み、先へ進む。
「言え、何を探している?」
「リードミー、ですよ」
 天城さんがかすかに驚いた気配。
「試作品に取扱説明書を入力するかな」
「研究者が、機密の漏洩を無視すれば、入力するかもしれません」
「そんな馬鹿はいない」
「僕もそう思います」
 月読の構築情報、様々な経験値や魔法理論が、複雑に暗号化されて、僕の前に展開した。読めるものは全くなかった。だから、それは僕が求めているものとは違う。
「研究者が入力しなければ、存在しない」
「他に入力した存在がいれば?」
 僕の視線が止まった。
「例えば、月読を、研究所から外へ逃がした存在が」
 発見したそれに、わずかに心が震えた。
 そこには「Read Me」というフォルダがあった。
「まさか」天城さんが身を乗り出してくる。「あったのか?」
 僕は頷いて、プロテクターからもう一つ、端子を取り外して、天城さんに手渡した。天城さんは素早くそれを自分の鎧に接続し、自分の視界にこちらから送っている情報を映す。
 僕の視線が、フォルダを開封した。
 中にあるのは三つの言語で書かれたファイルだった。一つは英語、一つは中国語、一つは日本語だ。
 日本語のファイルを開封。
 天城さんと僕がそれぞれに中身を読んだ。
「ありえない……」天城さんが喘ぐように言葉を発した。「こんな、馬鹿な……」
 ファイルの中には月読に起こるいくつかの不測の事態に対する対処方法が記されていた。
 その中に、回路の断裂に関する情報もあった。
 これで、修理の方法はおおよそ、わかるはずだ。急いで文章を目で追う。手法は詳細に書かれている。素人でもわかるように書かれている。僕にはマグマグでの知識があるし、天城さんも一流の行使者として、知識がある。
 最後まで読んで、しかし僕の中にあったのは、困惑だった。
 月読を修理するための手法はわかった。ただ、そのための設備が簡単には用意できない。
 マグマグにある設備でも無理だ。そもそも既存の設備だけでは修理は不可能。もちろん、マグマグの取引先をすべて当たって、出費を度外視すれば、そのうちに部品が集まり、装置を用意できたかもしれない。
 でもこの中庭では無理だ。マグマグに戻ることも、全くの無意味。時間が圧倒的に、絶望的に足りない。
 ファイルには今、最も意味を持つ、重要なことが書かれていた。
 破損の場合によっては、素早く処置しなければ、その後、修復不能な破損に展開する可能性がある。
 いくつかのケースが挙げられていたが、その中に回路の断裂もあった。
 修復可能な時間、その限界は破損から、およそ九十分。
 すでに三十分は経ったとして、あと一時間がリミットだった。
 つまり何よりも、時間がない。
 どうしたら……。
 何か、できないか……。
 無理なのか?
「そうか」
 天城さんが立ち上がった。魔器の弾倉を弾き出すと、そこに魔法弾を込め始める。
 僕はそれを見た。
 彼女は、諦めていない。瞳がギラギラしていた。
「面白いアイディアがある」
「教えてください」
 一も二もなく、言っていた。今は天城さんだけが頼りだった。
「ここでしばらく閉じこもっていようとも思った。ここは松代シティから遥かに離れていて、物理的に安全だからな。ただ、ここにいれば月読は確実にゴミになる。お前はそれを望まないな? そうだろう?」
「もちろんです」
「じゃあ、修理しに行こう」
 え? でも、いったい、どこに?
「松代シティに、最適な場所がある」
「どこですか……?」
「水天宮魔法研究所だ」
 それはものすごくアクロバティック、奇抜としか言えない、突飛な発想だった。













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