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第18章
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十八
マグマグに滞在して、三日目の夕方だった。
天城さんは昨日から、時折、店を出てどこかへ行ってしまう。本人は、気晴らし、と言っていたけど、店長は、情報収集、と見ていた。
倉庫が昨日一日を使って整理されて、僕たちの生活空間になっていた。
とにかく昨日は忙しかった。寝台を四人分、作り上げたのが一番の大変さだった。倉庫に眠っていた様々な魔具やら何やらを探索して、どうにか材料を確保した。
他にはすでに小型の冷蔵庫とエアコンもできていた。エアコンは魔法式で小型だけど高効率で、窓がないために息苦しくなりそうな倉庫を快適な空間に変えていた。
倉庫の真ん中で、僕は月読と向かい合っている。
お互いに手を触れ合い、意思を疎通させる。彼女をより効率よく使うための基礎訓練で、ここ一ヶ月は毎日、少しでもこれをやる。
「やっとるな」
倉庫に店長が入ってきた。店長は僕たちが転がり込んでからも毎日、店を開けていて、しかし自分の家には帰っていない。天城さんが帰宅を許さないし、店長も唯々諾々と受け入れている。
相当、天城さんが怖いらしい。
「面白いものを見せてやるよ」
そう言って、店長が手に持っていたものを掲げた。
店長がフォトフレームを持っている。デジタル式の、それもかなり古びていて、大型だった。
倉庫の中から出てきて、と言いつつ、僕たちの傍に腰を下ろした店長がフォトフレームを起動する。
映った画像はかなり画素が荒い。店長が軽くフレームを叩くと、画像がマシに見えるようになった。
「これは……」
目をこらすと、映っているのは天城さんだった。まだ子どもっぽさが残っているけど、着ているのは松代総合高校の魔法科の制服だ。
どうやら卒業写真らしく、天城さんを含めて、男子二人女子二人で撮影されている。
画像が切り替わると、今度は天城さんと、一枚目にもいた男子の、ツーショット。
「誰ですか? この男の人」
好奇心から、聞いていた。店長がどこか穏やかに笑う。
「天城の幼馴染さ。そして、お前の先輩だ」
「先輩? 僕は魔法科ではないですよ」
「違う。こいつもここでアルバイトをしていたんだ。懐かしい話だな」
天城さんの年齢は知らないけど、高校生ってことは十年くらいは前だろう。
「その頃から、この店ってあったんですね」
思わずそう口にすると、店長が拳で肩を叩いてくる。
「よく三人で話したよ。俺も若かった。こいつらの才能には嫉妬したがな。こんなど田舎に埋もれている奴らじゃなかった。いるんだよ、そういう場違いな奴」
店長の言うこともわからなくはないな。天城さんは、なんで松代シティにいるのか、不思議なくらいだ。
「で、この男性はどこへ?」
「今はいない。生きているとも言えない」
「え?」
まずいことを言っちゃったな、と思いつつ、しかし、どう言葉を続けていいか、わからなかった。
「亡くなったんですか?」
かろうじて、言った。
「生きているさ」
声は店長じゃなかった。
ドアを振り返ると天城さんが立っている。険しい顔でこちらを見ていて、じっと僕たちの手元を見ていた。
「えっと」僕は天城さんとフォトフレームを交互に見た。「生きているんですね?」
「一応な」
天城さんがため息を吐いて、歩み寄ってくる。刺すような気配に、僕は動けなかった。月読も戸惑った様子だ。店長は青い顔をしていた。
フォトフレームを取り上げた天城さんが、じっと写真に見入った。
「こんなものは、もう残っていないと思ったが」
倉庫を整理していて見つけた、と店長が言うと、ギロリと鋭すぎる視線が向けられた。僕が直視されたわけじゃないのに、ちょっと冷や汗。
「もらっておく」
そう言うなり、彼女の手の中でフォトフレームが歪み、一瞬で点になり、消えた。
ちょうど事務所の電話が鳴り、店長が走ってそちらへ向かった、と言うか、逃げた。
その場に残った、僕、月読、天城さんは不自然な沈黙の中にいたけど、天城さんが寝台の一つに腰を下ろし、話し始めた。
「あいつは私にとって、お前と天才少女みたいな感じだった。あいつは天才で、私は秀才だった。あいつは才能もあって努力して、私は必死に努力を積み重ねたってことだ。ただ、あいつの努力は正道ではなかったがね」
「正道?」
「カリキュラムを無視して、やりたいことをやったってこと。だから、私と店長以外、誰もその圧倒的才能に気づかなかった。実際、私が魔法科の首席だったし」
初めて聞く話だった。
「あいつは高校生の時から、聖剣についてひたすら学んでいた。私たちもそれに付き合ったり、議論して認識を深め合ったりした。情熱だけは、余るほどあった。それが若いってことなんだろうけど」
天城さんがサングラスを外して、目元を揉んだ。
「高校を卒業して、私は魔法を学ぶために大学へ進学した。でもあいつは違った。アジアのどこぞの田舎にある、魔法使いが関係したらしい遺跡の調査隊に志願した。デタラメな倍率をあいつは抜けた。この時ばかりは、真剣に正道の学習に励んだってことだね」
「それで、どうしたんですか?」
僕も月読も、話に集中していた。
「あいつは海外に行った。私は大学で勉強しながら、行使者事務所で働き始めた。そこで店長から突然に連絡があった。あいつは発掘した聖剣に触れて、暴走した。聖剣に触れないことくらい、基礎の基礎だ。でもそれが守れないほど、あいつは熱くなっていた」
空気が少し暗くなった。
「結局、魔法管理機構が守護者を派遣した。犠牲者は調査隊の五十四名。あいつは聖剣とともに封印されて、今は魔法管理機構の支配下にある」
もう誰も喋らなかった。
守護者に封印される、という言葉の意味を僕はよく知っていた。
守護者は聖剣を封印するが、大抵はその力に呑まれた人間も同時に封印する。その封印は、魔法管理機構が破綻しても破れない類だと、学校で誰もが習う。
聖剣はそれほど危険で、かつ、コントロールできないものである、というのが常識だった。
きっと、魔法管理機構は、月読をそれらと同種のものと見ている……。
「私は」天城さんがサングラスをかけ直した。「結局、大学を途中で抜けて、必死に力を練り上げた。そして今は、一等級になった、というお話だ」
天城さんがそう言った時、計ったように店長が戻ってきた。
「悪い話しかないが、聞くか?」
「私の昔話と比べれば、悪くないさ」
眉をハの字にした店長が、しかしすぐに表情を改めた。
「対魔がここを嗅ぎつけつつある、という連絡があった。俺の馴染みからだ」
「どこから情報が漏れたかが、一番、興味を引く点だな」
天城さんは自分でそう指摘しつつ、それは脇に置いて、と話を先へ進ませた。
「私からも悪い話がある。水天宮魔法研究所が、魔法管理機構の捜査を受けて、実質的に閉鎖された」
月読が肩を震わせたので、僕は反射的にそちらを見ていた。彼女は天城さんをじっと見ていた。きっと、もう事態をしっかりと意識しているんだろう。それでも聞くまでは信じない、という雰囲気だった。
「人造聖剣計画に関する全ての研究者、研究記録、そして検体が押さえられている。すでに魔法管理機構の調査部隊が研究所をあらかたさらって、引き上げたそうだ」
検体。
月読一号のことだった。
「いつですか?」
月読の声は、平板だったけど、はっきりとした発音だ。
「昨日の明朝だ。連中が好む、最も静かな時間帯。気づいたものは少数だ」
「天城さんはどうして気づいたんですか?」
僕が質問すると、天城さんは、
「連中を出し抜くテクニックがあるんだ」
とだけ、答えた。
「つまり」店長が壁に寄り掛かる。「研究所から情報が魔法管理機構に渡っていれば、お嬢ちゃんのことは丸わかりってことだ」
「そうでもないらしい」
天城さんの口元が少し笑みを見せた。
「月読一号が、仕事をしたという話だ」
今度こそ、月読は明らかに動揺したし、僕にもその震えが伝わった。
きっと月読一号は、最後まで妹のことを思っていた。必死に、守ろうとしたんだ。
「それでもこちらは背後から狼に追われることに変わりはない」天城さんが険しい声で言った。「そして前からは対魔がやってくる。さて、どうやって逃げるかな」
「天城さんの魔法では逃げられないんですか?」
「たぶん、難しいな」
意外な言葉だった。僕はいつの間にか、天城さんを万能の魔法使いだと思っていたらしい。
「私の魔法の痕跡は、すでに向こうに察知されている。空間をデタラメにつないで逃げても、後を追われるだろう。それを撒く方法を考えないとな。で、時間はどれくらいある?」
言葉を向けられた店長が、指を一本立てた。
「一日か」
「一時間だ」
……こういう場面で言うジョークじゃないな。天城さんが手元にあった自分が使っている枕を投げつけた。魔法で強化された繊維で作られた枕は当たれば痛かっただろうけど、店長は器用に避けた。
「あまり時間はない。どうする?」
天城さんが答えないので、誰も何も言えなかった。
沈黙の後、天城さんは店長を見据えた。
「情報を寄越せ。仕方ない、相手の網を確認して、隙をついて包囲を抜ける」
立ち上がった天城さんは店長と一緒に、事務室へ入っていった。僕と月読が残された。
床に雫が落ちた。月読が静かに泣いていた。何かに感謝するように瞼を閉じて、目尻から涙がゆっくりと頬を伝う。
十分ほどで、二人が倉庫に戻ってきた。天城さんは大きなダンボール箱を抱えていた。
「何ですか、それ?」
「装備だ。魔法化装甲兵用の魔法鎧」
とんでもないものを仕入れたな、天城さんも……。
箱から出されたものは、ピタッと体にフィットするスーツと、ちょっとしたプロテクターだった。僕が作業室でそれに着替えて倉庫に戻ると、天城さんも同じものを身につけていた。
「この鎧が」天城さんが自分の鎧を示す。「物質展開魔法を内包していて、自然と鎧を発現させる。もちろん、展開しないでもそれ自体にも強い耐性があるから、防御力が上がる」
本当にそんなに頑丈なのか、疑わしいほど、軽い素材だった。
やはり箱から取り出されたコートを鎧の上に羽織った。店長も戻ってきて、小さな端末を天城さんに投げた。掴み、確認した彼女が頷く。
「よし、包囲にはわずかに隙がある、そこを抜けるぞ」
月読が僕の手を握り、そして剣に姿を変える。天城さんも魔器を取り出し、拳銃と剣を一緒にしたそれを展開した。
「何かお見送りの言葉が必要かな?」
外に通じるドアの前で、店長が言った。
「今生の別でもないしな」天城さんがチラっと店長を見る。「特に必要ない」
「そう言うと思ったよ」
店長はこちらを見た。
「睦月、無理はするな。頼りたければ、頼れ」
「はい」
店長が手を差し出してきたので、僕はそれを握った。そして店長は月読を軽く叩いた。
「よし、行って来い」
僕と天城さんは外へ出た。時間はまだ宵の口、松代シティの夜は始まったばかり。
天城さんは端末を時折、確認しながら進んでいく。
路地へ抜け、跳躍して家の屋根に上がり、そこを伝って、さらに進む。また地上へ降りて、走った。
「相手は」天城さんが周囲をうかがっているタイミングで、尋ねてみた。「どれくらいですか?」
「三個小隊、二十四名」
多いのか少ないのか、わからないな。ただ、こちらは実質、二人なのだ。
「どうして押してこないんでしょう?」
「なんだって?」
天城さんがこちらを振り向いたので僕はちょっとたじろいだ。不機嫌そうな顔だ。
「だってこっちは二人ですよ。民間人ですけど、幇助している店長もいる。僕は月読がいれば数になりますけど、それなら先制して月読と僕を引き離せば、ずっと楽に仕事ができる」
いつの間にか、天城さんが真顔になっていた。
「天城さんが言ったじゃないですか、魔法管理機構が研究所を押さえたって。だったら、マグマグも、同じように押さえられるんじゃないですか? 対魔をこんな回りくどく使わずに」
「そうか……」
何かに気づいた表情に変化した天城さんが、魔器を構えた。
「なるほど、私としたことが、あいつのことは言えないな」
そう言った天城さんが、魔器を構えた。
その切っ先が向かう先、路地の僕たちが通ってきた方で、炎が上がった。
「これが最後ですよ」
そこには、真澄が立っていた。すでに魔法を解放し、全身を鎧が覆っていた。臨戦態勢、すでにいつでも戦える態勢だった。
「手を出さないでください」
僕は、天城さんの前に立った。
「かっこつけている場合じゃない」
「真澄には、僕の決意を伝えたいんです」
天城さんも迷ったようだった。
「お願いします」
無理のある願いだと僕も思っている。でも天城さんは受け入れてくれると思った。
幼馴染とこのまま、敵味方になるのを、天城さんは受け入れないという、打算のようなものもあった。
僕自身、真澄とはこのままにはしたくない。
「わがままはこれっきりだぞ」
天城さんが身を引いた。
こうして僕は真澄ともう一度、向かい合った。
マグマグに滞在して、三日目の夕方だった。
天城さんは昨日から、時折、店を出てどこかへ行ってしまう。本人は、気晴らし、と言っていたけど、店長は、情報収集、と見ていた。
倉庫が昨日一日を使って整理されて、僕たちの生活空間になっていた。
とにかく昨日は忙しかった。寝台を四人分、作り上げたのが一番の大変さだった。倉庫に眠っていた様々な魔具やら何やらを探索して、どうにか材料を確保した。
他にはすでに小型の冷蔵庫とエアコンもできていた。エアコンは魔法式で小型だけど高効率で、窓がないために息苦しくなりそうな倉庫を快適な空間に変えていた。
倉庫の真ん中で、僕は月読と向かい合っている。
お互いに手を触れ合い、意思を疎通させる。彼女をより効率よく使うための基礎訓練で、ここ一ヶ月は毎日、少しでもこれをやる。
「やっとるな」
倉庫に店長が入ってきた。店長は僕たちが転がり込んでからも毎日、店を開けていて、しかし自分の家には帰っていない。天城さんが帰宅を許さないし、店長も唯々諾々と受け入れている。
相当、天城さんが怖いらしい。
「面白いものを見せてやるよ」
そう言って、店長が手に持っていたものを掲げた。
店長がフォトフレームを持っている。デジタル式の、それもかなり古びていて、大型だった。
倉庫の中から出てきて、と言いつつ、僕たちの傍に腰を下ろした店長がフォトフレームを起動する。
映った画像はかなり画素が荒い。店長が軽くフレームを叩くと、画像がマシに見えるようになった。
「これは……」
目をこらすと、映っているのは天城さんだった。まだ子どもっぽさが残っているけど、着ているのは松代総合高校の魔法科の制服だ。
どうやら卒業写真らしく、天城さんを含めて、男子二人女子二人で撮影されている。
画像が切り替わると、今度は天城さんと、一枚目にもいた男子の、ツーショット。
「誰ですか? この男の人」
好奇心から、聞いていた。店長がどこか穏やかに笑う。
「天城の幼馴染さ。そして、お前の先輩だ」
「先輩? 僕は魔法科ではないですよ」
「違う。こいつもここでアルバイトをしていたんだ。懐かしい話だな」
天城さんの年齢は知らないけど、高校生ってことは十年くらいは前だろう。
「その頃から、この店ってあったんですね」
思わずそう口にすると、店長が拳で肩を叩いてくる。
「よく三人で話したよ。俺も若かった。こいつらの才能には嫉妬したがな。こんなど田舎に埋もれている奴らじゃなかった。いるんだよ、そういう場違いな奴」
店長の言うこともわからなくはないな。天城さんは、なんで松代シティにいるのか、不思議なくらいだ。
「で、この男性はどこへ?」
「今はいない。生きているとも言えない」
「え?」
まずいことを言っちゃったな、と思いつつ、しかし、どう言葉を続けていいか、わからなかった。
「亡くなったんですか?」
かろうじて、言った。
「生きているさ」
声は店長じゃなかった。
ドアを振り返ると天城さんが立っている。険しい顔でこちらを見ていて、じっと僕たちの手元を見ていた。
「えっと」僕は天城さんとフォトフレームを交互に見た。「生きているんですね?」
「一応な」
天城さんがため息を吐いて、歩み寄ってくる。刺すような気配に、僕は動けなかった。月読も戸惑った様子だ。店長は青い顔をしていた。
フォトフレームを取り上げた天城さんが、じっと写真に見入った。
「こんなものは、もう残っていないと思ったが」
倉庫を整理していて見つけた、と店長が言うと、ギロリと鋭すぎる視線が向けられた。僕が直視されたわけじゃないのに、ちょっと冷や汗。
「もらっておく」
そう言うなり、彼女の手の中でフォトフレームが歪み、一瞬で点になり、消えた。
ちょうど事務所の電話が鳴り、店長が走ってそちらへ向かった、と言うか、逃げた。
その場に残った、僕、月読、天城さんは不自然な沈黙の中にいたけど、天城さんが寝台の一つに腰を下ろし、話し始めた。
「あいつは私にとって、お前と天才少女みたいな感じだった。あいつは天才で、私は秀才だった。あいつは才能もあって努力して、私は必死に努力を積み重ねたってことだ。ただ、あいつの努力は正道ではなかったがね」
「正道?」
「カリキュラムを無視して、やりたいことをやったってこと。だから、私と店長以外、誰もその圧倒的才能に気づかなかった。実際、私が魔法科の首席だったし」
初めて聞く話だった。
「あいつは高校生の時から、聖剣についてひたすら学んでいた。私たちもそれに付き合ったり、議論して認識を深め合ったりした。情熱だけは、余るほどあった。それが若いってことなんだろうけど」
天城さんがサングラスを外して、目元を揉んだ。
「高校を卒業して、私は魔法を学ぶために大学へ進学した。でもあいつは違った。アジアのどこぞの田舎にある、魔法使いが関係したらしい遺跡の調査隊に志願した。デタラメな倍率をあいつは抜けた。この時ばかりは、真剣に正道の学習に励んだってことだね」
「それで、どうしたんですか?」
僕も月読も、話に集中していた。
「あいつは海外に行った。私は大学で勉強しながら、行使者事務所で働き始めた。そこで店長から突然に連絡があった。あいつは発掘した聖剣に触れて、暴走した。聖剣に触れないことくらい、基礎の基礎だ。でもそれが守れないほど、あいつは熱くなっていた」
空気が少し暗くなった。
「結局、魔法管理機構が守護者を派遣した。犠牲者は調査隊の五十四名。あいつは聖剣とともに封印されて、今は魔法管理機構の支配下にある」
もう誰も喋らなかった。
守護者に封印される、という言葉の意味を僕はよく知っていた。
守護者は聖剣を封印するが、大抵はその力に呑まれた人間も同時に封印する。その封印は、魔法管理機構が破綻しても破れない類だと、学校で誰もが習う。
聖剣はそれほど危険で、かつ、コントロールできないものである、というのが常識だった。
きっと、魔法管理機構は、月読をそれらと同種のものと見ている……。
「私は」天城さんがサングラスをかけ直した。「結局、大学を途中で抜けて、必死に力を練り上げた。そして今は、一等級になった、というお話だ」
天城さんがそう言った時、計ったように店長が戻ってきた。
「悪い話しかないが、聞くか?」
「私の昔話と比べれば、悪くないさ」
眉をハの字にした店長が、しかしすぐに表情を改めた。
「対魔がここを嗅ぎつけつつある、という連絡があった。俺の馴染みからだ」
「どこから情報が漏れたかが、一番、興味を引く点だな」
天城さんは自分でそう指摘しつつ、それは脇に置いて、と話を先へ進ませた。
「私からも悪い話がある。水天宮魔法研究所が、魔法管理機構の捜査を受けて、実質的に閉鎖された」
月読が肩を震わせたので、僕は反射的にそちらを見ていた。彼女は天城さんをじっと見ていた。きっと、もう事態をしっかりと意識しているんだろう。それでも聞くまでは信じない、という雰囲気だった。
「人造聖剣計画に関する全ての研究者、研究記録、そして検体が押さえられている。すでに魔法管理機構の調査部隊が研究所をあらかたさらって、引き上げたそうだ」
検体。
月読一号のことだった。
「いつですか?」
月読の声は、平板だったけど、はっきりとした発音だ。
「昨日の明朝だ。連中が好む、最も静かな時間帯。気づいたものは少数だ」
「天城さんはどうして気づいたんですか?」
僕が質問すると、天城さんは、
「連中を出し抜くテクニックがあるんだ」
とだけ、答えた。
「つまり」店長が壁に寄り掛かる。「研究所から情報が魔法管理機構に渡っていれば、お嬢ちゃんのことは丸わかりってことだ」
「そうでもないらしい」
天城さんの口元が少し笑みを見せた。
「月読一号が、仕事をしたという話だ」
今度こそ、月読は明らかに動揺したし、僕にもその震えが伝わった。
きっと月読一号は、最後まで妹のことを思っていた。必死に、守ろうとしたんだ。
「それでもこちらは背後から狼に追われることに変わりはない」天城さんが険しい声で言った。「そして前からは対魔がやってくる。さて、どうやって逃げるかな」
「天城さんの魔法では逃げられないんですか?」
「たぶん、難しいな」
意外な言葉だった。僕はいつの間にか、天城さんを万能の魔法使いだと思っていたらしい。
「私の魔法の痕跡は、すでに向こうに察知されている。空間をデタラメにつないで逃げても、後を追われるだろう。それを撒く方法を考えないとな。で、時間はどれくらいある?」
言葉を向けられた店長が、指を一本立てた。
「一日か」
「一時間だ」
……こういう場面で言うジョークじゃないな。天城さんが手元にあった自分が使っている枕を投げつけた。魔法で強化された繊維で作られた枕は当たれば痛かっただろうけど、店長は器用に避けた。
「あまり時間はない。どうする?」
天城さんが答えないので、誰も何も言えなかった。
沈黙の後、天城さんは店長を見据えた。
「情報を寄越せ。仕方ない、相手の網を確認して、隙をついて包囲を抜ける」
立ち上がった天城さんは店長と一緒に、事務室へ入っていった。僕と月読が残された。
床に雫が落ちた。月読が静かに泣いていた。何かに感謝するように瞼を閉じて、目尻から涙がゆっくりと頬を伝う。
十分ほどで、二人が倉庫に戻ってきた。天城さんは大きなダンボール箱を抱えていた。
「何ですか、それ?」
「装備だ。魔法化装甲兵用の魔法鎧」
とんでもないものを仕入れたな、天城さんも……。
箱から出されたものは、ピタッと体にフィットするスーツと、ちょっとしたプロテクターだった。僕が作業室でそれに着替えて倉庫に戻ると、天城さんも同じものを身につけていた。
「この鎧が」天城さんが自分の鎧を示す。「物質展開魔法を内包していて、自然と鎧を発現させる。もちろん、展開しないでもそれ自体にも強い耐性があるから、防御力が上がる」
本当にそんなに頑丈なのか、疑わしいほど、軽い素材だった。
やはり箱から取り出されたコートを鎧の上に羽織った。店長も戻ってきて、小さな端末を天城さんに投げた。掴み、確認した彼女が頷く。
「よし、包囲にはわずかに隙がある、そこを抜けるぞ」
月読が僕の手を握り、そして剣に姿を変える。天城さんも魔器を取り出し、拳銃と剣を一緒にしたそれを展開した。
「何かお見送りの言葉が必要かな?」
外に通じるドアの前で、店長が言った。
「今生の別でもないしな」天城さんがチラっと店長を見る。「特に必要ない」
「そう言うと思ったよ」
店長はこちらを見た。
「睦月、無理はするな。頼りたければ、頼れ」
「はい」
店長が手を差し出してきたので、僕はそれを握った。そして店長は月読を軽く叩いた。
「よし、行って来い」
僕と天城さんは外へ出た。時間はまだ宵の口、松代シティの夜は始まったばかり。
天城さんは端末を時折、確認しながら進んでいく。
路地へ抜け、跳躍して家の屋根に上がり、そこを伝って、さらに進む。また地上へ降りて、走った。
「相手は」天城さんが周囲をうかがっているタイミングで、尋ねてみた。「どれくらいですか?」
「三個小隊、二十四名」
多いのか少ないのか、わからないな。ただ、こちらは実質、二人なのだ。
「どうして押してこないんでしょう?」
「なんだって?」
天城さんがこちらを振り向いたので僕はちょっとたじろいだ。不機嫌そうな顔だ。
「だってこっちは二人ですよ。民間人ですけど、幇助している店長もいる。僕は月読がいれば数になりますけど、それなら先制して月読と僕を引き離せば、ずっと楽に仕事ができる」
いつの間にか、天城さんが真顔になっていた。
「天城さんが言ったじゃないですか、魔法管理機構が研究所を押さえたって。だったら、マグマグも、同じように押さえられるんじゃないですか? 対魔をこんな回りくどく使わずに」
「そうか……」
何かに気づいた表情に変化した天城さんが、魔器を構えた。
「なるほど、私としたことが、あいつのことは言えないな」
そう言った天城さんが、魔器を構えた。
その切っ先が向かう先、路地の僕たちが通ってきた方で、炎が上がった。
「これが最後ですよ」
そこには、真澄が立っていた。すでに魔法を解放し、全身を鎧が覆っていた。臨戦態勢、すでにいつでも戦える態勢だった。
「手を出さないでください」
僕は、天城さんの前に立った。
「かっこつけている場合じゃない」
「真澄には、僕の決意を伝えたいんです」
天城さんも迷ったようだった。
「お願いします」
無理のある願いだと僕も思っている。でも天城さんは受け入れてくれると思った。
幼馴染とこのまま、敵味方になるのを、天城さんは受け入れないという、打算のようなものもあった。
僕自身、真澄とはこのままにはしたくない。
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