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第15章
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十五
店長が訪ねてきた日から三日が過ぎていた。
極めてややこしい事態が到来したことは、僕も月読も、天城さんも気づいていた。
「まったく、あの阿呆のせいだ」
天城さんが僕の腕を引っ張って少し下がると、耳元で囁いた。
「私は逃げる算段をする。そっちは時間を稼ぎなさい。もし実力行使されるようなら、応じるように」
「ちょっと……」
僕は背後を伺ってから、天城さんに囁き返した。
「実力行使って、危ないですよ。お互いに」
「それこそが実戦。任せた」
天城さんは一人で屋敷の奥へ行ってしまった。
僕は月読の横に戻り、問題の相手と正面から向き合った。
「とりあえず」
相手が、どこか怒りを含んだ声で言う。
「生きていることには安心した」
「そうだね、真澄。心配をかけたよ」
そこにいたのは、夢路真澄その人だった。
場所は天城さんの屋敷の食堂のドアだった。前に僕が通ってきたところだ。いや、この屋敷にたどり着くドアはそこしかない。
天城さん、どこに行ったんだ?
でもそれを考えている暇はない。というより、真澄から聞かなくちゃいけないことが多い。
「それで、真澄はどうやってここへ?」
「この」真澄が背後を指差す。「ドアで」
やっぱり怒っているな。怒っている時の彼女の口調だ。参った。
「そのドアは普通じゃないんだけど……」
「知っている。店長がそのドアからどこかへ消えたからね」
なるほど、これで一つわかった。
「真澄は店長を見張っていたわけだ」
「私だけじゃなくて、大勢ね」
嫌な予感。それも激しく。
「その大勢のことを、聞きたいけど、教えてもらえる?」
「私につくように命じられた、対魔行使者が四名ほど、一緒にいる」
最悪なことこの上ない。僕一人で相手をできるとも思えなかった。対魔も、この前のようにたまたま行き合ったような相手じゃないし、前回の教訓を踏まえれば、腕利きを寄越すはず。
そもそも、僕は真澄一人を相手にしても分が悪いのだ。
「今のところ」僕は傍の月読を示す。「僕たちはうまくやっている。何の問題もない」
「いいえ、その子が問題の中心よ」
やっぱり……そうなるか。
どうやって話を長引かせようか考えていると、容赦なく真澄が腰に吊っていた十字架を手に取った。それを右手から左手、また右手へ、また左手へ、と投げ渡し始める。
「うちに来た依頼では、そこの女の子を確保して研究所へ戻せば、任務は終わる」
「ふむ」
「即答して」
酷い。何かを考えている素振りをしようとしたけど、通じない。
「僕の感覚ではそれで全ては終わらない。守護者が来ているのは知っている?」
「こんな辺鄙なところでも、地獄耳だこと」
「知っているなら助かる。守護者はもう引き下がるつもりはない。水天宮魔法研究所は、この子を回収して、すべての情報を隠蔽するつもりだ。この女の子はまさに生きた証拠なんだよ」
真澄の手がぴたりと止まり、十字架は右手に掴まれた。
「じゃあ、なに、睦月は水天宮魔法研究所を告発するつもり?」
「たぶん、その必要はない。代わりの誰かがやってくれるはずだ」
この段になって、初めて月読が僕の方を見た。微笑みを返す。
「守護者が勘付いて、すでに近くに迫っている。彼だか彼女だか知らないけど、魔法管理機関の凄腕が、そんな片手落ちで仕事を切り上げるわけもない。近いうちに、水天宮魔法研究所は破滅する」
自分でそう言いながら、僕は非情にはなりきれなかった。
頭の片隅で、月読の姉、一号のことが引っかかった。今も彼女はかすかな意識と強い魔力だけを残して、不自由な体、研究者に好きなようにされてバラバラになった体のまま、ガラスの筒に封じ込められている。
真澄は何かを考える素振りをした。
「それはそれで、あり得る可能性ではある」真澄がこちらを見た。「でも、睦月はどうなるの? その子と一緒に、どこに行くの?」
「それは、天城さんと相談だ。今はあの人が、僕の保護者のようなものだから」
いよいよ痺れを切らしたらしく、真澄の手が十字架を握りしめ、十字架はゆっくりと形状を変えていく。
「私としては、その子を睦月から引き剥がして、研究所なり、守護者なりに差し出して、あんたの助命を願いたいところね」
それは、まぁ、場合によっては非常にありがたかっただろう。
「ちょっとそれは、ずれているかな」
僕は一歩下がって、月読を引き寄せた。
真澄の手の中ではすでに魔器が本来の姿、円錐の槍に変化している。
「ずれている? それはこっちのセリフ!」
真澄の周囲で魔力が吹き荒れた。彼女の持ち味、圧倒的な基礎魔力が肉体から解き放たれ、吹き荒れていた。その魔力が端から火の粉に変わり、まるで炎の滝をまとっているように見えた。
尋常じゃないな、これは。
バタン、と突然の音がしたのは僕は覚悟を決めた時だった。
真澄も振り返っている。
彼女がさっき入ってきたドアが、一人でに開いていた。
なんだ?
理解は間に合わなかった。何か、見たこともない強力な力が屋敷をドアの中に引きずり込み始めた。真澄が姿勢を整えようとするが、足を滑らせ、そのまま食堂にあったテーブル、椅子、シャンデリアなどと、もろともにドアに吸い込まれていった。
後にはいつだったか月読が拘束されていた庭が残った。そこには、僕と月読、ドアしかない。バタンと閉まったドアがガタガタ揺れ、すぐに鎮まる。錠がいっぺんに全部、掛かった。
静寂。
「なんだ、今の?」
「封印が、発動したんです」月読がどこか青ざめた顔で言う。「天城さんが、あの屋敷を一点に収縮させて……、封印魔法があのドアの向こうで発動して……」
「じゃあ、真澄はどうなった?」
「たぶん、しばらくは動けないと思います」
僕はどうするべきか、迷った。天城さんが現れる気配はない。シンとしている。
「とりあえず、逃げるしかない……」
僕は言葉を飲み込んだのは、何かの気配が迫ってくるからだ。
どこだ?
視線はすぐにそこを探り当てた。
ドアだ。
月読も気づいた。その時にはドアが揺れていた。
ドンッ! と、一度、激しくドアが揺れ、もう一度、揺れる。ドアノブがひとりでに回り、また揺れる。ドアは開かない。揺れる。
揺れが小刻みになった。普段は使っていないのに今はかかっている三つの錠が、少しずつ歪んでいく。
いや、見ている前で、同時にすっ飛ぶ!
ドアを蹴り開けて入ってきたのは、真澄だった。服装は乱れに乱れ、髪の毛もボサボサだ。どこか憔悴しているようにも見えた。
彼女の背後でドアそのものが収縮し、何もない虚空の一点にまで小さくなり、消える。
「ややこしいことをするな、あの人も」
真澄が大きく息を吐いた。
どうやら封印を強引に振り切ったらしい。
彼女の手が、槍を強く握りしめる。じわりと魔力が滲む。相当、疲弊している。
ただ、彼女には天才と呼ばれる所以がちゃんとある。
今は弱々しくなった彼女の基礎魔力が、周囲にピンと張り詰めるように、細く、しかし強く伸ばされるのを僕は感じた。
その細い細い、基礎魔力の流れが突然に、太く力強いものに変わる。
一瞬で炎が沸き起こった。
「さすがの内包魔力の制御力だね」
こんな場面で褒めても仕方ないけど、褒めずにはいられなかった。
少量の基礎魔力を媒介に、強大な内包魔力を取り込む技術。ほとんど天賦の才とも呼べるそれを、真澄は持っているのだ。
つまり、この程度の疲弊は、問題ない。
「ねえ、真澄。きみは僕の味方だと思っていたけど、違うのかな」
「おおよそのところでは違わない」
槍が構えられる。
僕の傍で月読が剣に変わる。さすがにここに至って、戦いは避けられないか。
僕は剣を握りしめる。
魔力に対する感覚が鋭敏になる。真澄の操る全ての魔力が克明に脳裏に描かれた。
それでもまだ、僕は戦いたいとは思わなかった。
「やめないか、ねえ、真澄」
「どの口が」
それが結局、幕開けの一言となった。
真澄の炎が吹き荒れ、収束。
僕は覚悟を決めた。
◆
天城は必死に自分が作り上げ、組み上げていた無数の世界と、その連結を把握しようとしていた。
睦月だけでは時間稼ぎに問題があるかもしれないと思いつき、例の屋敷を丸ごと全部、超超極小の一点に収束させ、そこに真澄も巻き込んだ。
しかし、あの天才少女め……。
天城は顔をしかめる。
真澄はあの時点で自分が掌握していた魔力のほとんど全てを使って、自分を巻き込む流れに拮抗し、さらにそれを上回る速度で脱出した。
仕方なく次善の策として、ドアを破壊した。真澄に紐をつけている何者かを察知していたので、ドアがある限り、追跡が容易になる、という判断だった。
珍しく自分が動揺していることを天城は自覚した。
ドアを丸ごと封印したせいで、彼女の作り上げた多重多層世界は通路の一つを失い、複雑さが手に負えなくなりそうだった。
天城はどうにか睦月たちがいる空間の制御権を獲得し、そこを保護するように動き出した。
空間の内部は手に取るようにわかる。
とあるところの中庭で、建物自体は無人だから、何があっても面倒ごとは最小限で済む。
ただ、天城自身はすぐには睦月を助けには行けない。それほど余裕がない事態なのだ。
真澄一人は、どうしても睦月に抑えてもらわねければならなかった。
「頼むよ、こればっかりは」
睦月のことを頭の片隅に置きながら、天城はどうやってこの場を切り抜けるか、それを考え始めた。
心の中で色々なものを罵りつつ、結局、一番悪いのは自分だったと思わずにはいられなかった。窮地に立つ時は大抵、そんなものだ。
誰のせいにも、何のせいにもできない。
自分が別の何かを選んでいれば、回避できた。
そういうところに落ち着く。
睦月たちのいる空間に魔力が集中し始める。真澄が本気になっているのだ。
頼む。
何に対してかわからない願い、祈りのようなものが、天城の心の中に浮かんだ。
頼む……。
事態は刻々と変わる。
天城も、休む間もなく、必死に思考を巡らせ、魔力を流し、魔法を行使した。
店長が訪ねてきた日から三日が過ぎていた。
極めてややこしい事態が到来したことは、僕も月読も、天城さんも気づいていた。
「まったく、あの阿呆のせいだ」
天城さんが僕の腕を引っ張って少し下がると、耳元で囁いた。
「私は逃げる算段をする。そっちは時間を稼ぎなさい。もし実力行使されるようなら、応じるように」
「ちょっと……」
僕は背後を伺ってから、天城さんに囁き返した。
「実力行使って、危ないですよ。お互いに」
「それこそが実戦。任せた」
天城さんは一人で屋敷の奥へ行ってしまった。
僕は月読の横に戻り、問題の相手と正面から向き合った。
「とりあえず」
相手が、どこか怒りを含んだ声で言う。
「生きていることには安心した」
「そうだね、真澄。心配をかけたよ」
そこにいたのは、夢路真澄その人だった。
場所は天城さんの屋敷の食堂のドアだった。前に僕が通ってきたところだ。いや、この屋敷にたどり着くドアはそこしかない。
天城さん、どこに行ったんだ?
でもそれを考えている暇はない。というより、真澄から聞かなくちゃいけないことが多い。
「それで、真澄はどうやってここへ?」
「この」真澄が背後を指差す。「ドアで」
やっぱり怒っているな。怒っている時の彼女の口調だ。参った。
「そのドアは普通じゃないんだけど……」
「知っている。店長がそのドアからどこかへ消えたからね」
なるほど、これで一つわかった。
「真澄は店長を見張っていたわけだ」
「私だけじゃなくて、大勢ね」
嫌な予感。それも激しく。
「その大勢のことを、聞きたいけど、教えてもらえる?」
「私につくように命じられた、対魔行使者が四名ほど、一緒にいる」
最悪なことこの上ない。僕一人で相手をできるとも思えなかった。対魔も、この前のようにたまたま行き合ったような相手じゃないし、前回の教訓を踏まえれば、腕利きを寄越すはず。
そもそも、僕は真澄一人を相手にしても分が悪いのだ。
「今のところ」僕は傍の月読を示す。「僕たちはうまくやっている。何の問題もない」
「いいえ、その子が問題の中心よ」
やっぱり……そうなるか。
どうやって話を長引かせようか考えていると、容赦なく真澄が腰に吊っていた十字架を手に取った。それを右手から左手、また右手へ、また左手へ、と投げ渡し始める。
「うちに来た依頼では、そこの女の子を確保して研究所へ戻せば、任務は終わる」
「ふむ」
「即答して」
酷い。何かを考えている素振りをしようとしたけど、通じない。
「僕の感覚ではそれで全ては終わらない。守護者が来ているのは知っている?」
「こんな辺鄙なところでも、地獄耳だこと」
「知っているなら助かる。守護者はもう引き下がるつもりはない。水天宮魔法研究所は、この子を回収して、すべての情報を隠蔽するつもりだ。この女の子はまさに生きた証拠なんだよ」
真澄の手がぴたりと止まり、十字架は右手に掴まれた。
「じゃあ、なに、睦月は水天宮魔法研究所を告発するつもり?」
「たぶん、その必要はない。代わりの誰かがやってくれるはずだ」
この段になって、初めて月読が僕の方を見た。微笑みを返す。
「守護者が勘付いて、すでに近くに迫っている。彼だか彼女だか知らないけど、魔法管理機関の凄腕が、そんな片手落ちで仕事を切り上げるわけもない。近いうちに、水天宮魔法研究所は破滅する」
自分でそう言いながら、僕は非情にはなりきれなかった。
頭の片隅で、月読の姉、一号のことが引っかかった。今も彼女はかすかな意識と強い魔力だけを残して、不自由な体、研究者に好きなようにされてバラバラになった体のまま、ガラスの筒に封じ込められている。
真澄は何かを考える素振りをした。
「それはそれで、あり得る可能性ではある」真澄がこちらを見た。「でも、睦月はどうなるの? その子と一緒に、どこに行くの?」
「それは、天城さんと相談だ。今はあの人が、僕の保護者のようなものだから」
いよいよ痺れを切らしたらしく、真澄の手が十字架を握りしめ、十字架はゆっくりと形状を変えていく。
「私としては、その子を睦月から引き剥がして、研究所なり、守護者なりに差し出して、あんたの助命を願いたいところね」
それは、まぁ、場合によっては非常にありがたかっただろう。
「ちょっとそれは、ずれているかな」
僕は一歩下がって、月読を引き寄せた。
真澄の手の中ではすでに魔器が本来の姿、円錐の槍に変化している。
「ずれている? それはこっちのセリフ!」
真澄の周囲で魔力が吹き荒れた。彼女の持ち味、圧倒的な基礎魔力が肉体から解き放たれ、吹き荒れていた。その魔力が端から火の粉に変わり、まるで炎の滝をまとっているように見えた。
尋常じゃないな、これは。
バタン、と突然の音がしたのは僕は覚悟を決めた時だった。
真澄も振り返っている。
彼女がさっき入ってきたドアが、一人でに開いていた。
なんだ?
理解は間に合わなかった。何か、見たこともない強力な力が屋敷をドアの中に引きずり込み始めた。真澄が姿勢を整えようとするが、足を滑らせ、そのまま食堂にあったテーブル、椅子、シャンデリアなどと、もろともにドアに吸い込まれていった。
後にはいつだったか月読が拘束されていた庭が残った。そこには、僕と月読、ドアしかない。バタンと閉まったドアがガタガタ揺れ、すぐに鎮まる。錠がいっぺんに全部、掛かった。
静寂。
「なんだ、今の?」
「封印が、発動したんです」月読がどこか青ざめた顔で言う。「天城さんが、あの屋敷を一点に収縮させて……、封印魔法があのドアの向こうで発動して……」
「じゃあ、真澄はどうなった?」
「たぶん、しばらくは動けないと思います」
僕はどうするべきか、迷った。天城さんが現れる気配はない。シンとしている。
「とりあえず、逃げるしかない……」
僕は言葉を飲み込んだのは、何かの気配が迫ってくるからだ。
どこだ?
視線はすぐにそこを探り当てた。
ドアだ。
月読も気づいた。その時にはドアが揺れていた。
ドンッ! と、一度、激しくドアが揺れ、もう一度、揺れる。ドアノブがひとりでに回り、また揺れる。ドアは開かない。揺れる。
揺れが小刻みになった。普段は使っていないのに今はかかっている三つの錠が、少しずつ歪んでいく。
いや、見ている前で、同時にすっ飛ぶ!
ドアを蹴り開けて入ってきたのは、真澄だった。服装は乱れに乱れ、髪の毛もボサボサだ。どこか憔悴しているようにも見えた。
彼女の背後でドアそのものが収縮し、何もない虚空の一点にまで小さくなり、消える。
「ややこしいことをするな、あの人も」
真澄が大きく息を吐いた。
どうやら封印を強引に振り切ったらしい。
彼女の手が、槍を強く握りしめる。じわりと魔力が滲む。相当、疲弊している。
ただ、彼女には天才と呼ばれる所以がちゃんとある。
今は弱々しくなった彼女の基礎魔力が、周囲にピンと張り詰めるように、細く、しかし強く伸ばされるのを僕は感じた。
その細い細い、基礎魔力の流れが突然に、太く力強いものに変わる。
一瞬で炎が沸き起こった。
「さすがの内包魔力の制御力だね」
こんな場面で褒めても仕方ないけど、褒めずにはいられなかった。
少量の基礎魔力を媒介に、強大な内包魔力を取り込む技術。ほとんど天賦の才とも呼べるそれを、真澄は持っているのだ。
つまり、この程度の疲弊は、問題ない。
「ねえ、真澄。きみは僕の味方だと思っていたけど、違うのかな」
「おおよそのところでは違わない」
槍が構えられる。
僕の傍で月読が剣に変わる。さすがにここに至って、戦いは避けられないか。
僕は剣を握りしめる。
魔力に対する感覚が鋭敏になる。真澄の操る全ての魔力が克明に脳裏に描かれた。
それでもまだ、僕は戦いたいとは思わなかった。
「やめないか、ねえ、真澄」
「どの口が」
それが結局、幕開けの一言となった。
真澄の炎が吹き荒れ、収束。
僕は覚悟を決めた。
◆
天城は必死に自分が作り上げ、組み上げていた無数の世界と、その連結を把握しようとしていた。
睦月だけでは時間稼ぎに問題があるかもしれないと思いつき、例の屋敷を丸ごと全部、超超極小の一点に収束させ、そこに真澄も巻き込んだ。
しかし、あの天才少女め……。
天城は顔をしかめる。
真澄はあの時点で自分が掌握していた魔力のほとんど全てを使って、自分を巻き込む流れに拮抗し、さらにそれを上回る速度で脱出した。
仕方なく次善の策として、ドアを破壊した。真澄に紐をつけている何者かを察知していたので、ドアがある限り、追跡が容易になる、という判断だった。
珍しく自分が動揺していることを天城は自覚した。
ドアを丸ごと封印したせいで、彼女の作り上げた多重多層世界は通路の一つを失い、複雑さが手に負えなくなりそうだった。
天城はどうにか睦月たちがいる空間の制御権を獲得し、そこを保護するように動き出した。
空間の内部は手に取るようにわかる。
とあるところの中庭で、建物自体は無人だから、何があっても面倒ごとは最小限で済む。
ただ、天城自身はすぐには睦月を助けには行けない。それほど余裕がない事態なのだ。
真澄一人は、どうしても睦月に抑えてもらわねければならなかった。
「頼むよ、こればっかりは」
睦月のことを頭の片隅に置きながら、天城はどうやってこの場を切り抜けるか、それを考え始めた。
心の中で色々なものを罵りつつ、結局、一番悪いのは自分だったと思わずにはいられなかった。窮地に立つ時は大抵、そんなものだ。
誰のせいにも、何のせいにもできない。
自分が別の何かを選んでいれば、回避できた。
そういうところに落ち着く。
睦月たちのいる空間に魔力が集中し始める。真澄が本気になっているのだ。
頼む。
何に対してかわからない願い、祈りのようなものが、天城の心の中に浮かんだ。
頼む……。
事態は刻々と変わる。
天城も、休む間もなく、必死に思考を巡らせ、魔力を流し、魔法を行使した。
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