Sword Survive

和泉茉樹

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第12章

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     十二

 今日はお客が来る、と突然に天城さんが言って、訓練を打ち切った。
 僕は疲労のためにしゃがみ込み、そのまま畳の上に伸びた。
 畳はそこここがほつれていて、ここ三週間の訓練の激しさを物語っている。ただ、いつも疲れているのは僕だけだ。
「私がシャワーを先に使うから、それからちゃんと綺麗しておきなさいよ」
 そんなことを言って、天城さんは部屋を出て行ってしまった。僕の傍に投げだされていた剣が少女の姿になり、部屋の隅に置いてあったペットボトルとタオルを持ってきてくれる。
「ありがとう」
 彼女は軽く頷くだけ。
 僕は体を起こして、水を飲んで、流れる汗をタオルで拭った。少しすると呼吸も整った。
 二人で屋敷へ移動して、僕は汗を流して、身支度を整えた。といっても、どういうお客が来るのかわからないので、少し困った。結果、普通の高校生っぽい格好にした。ちなみに服などはアンドロイドがどこかから買ってきてくれる。
 月読と一緒に天城さんの書斎へ行くと、彼女は本を読んでいた。こちらに気づいて、立ち上がる。
「よし、行こう」
 ドアを開けると、初めて見る部屋に通じていた。
 雰囲気はマグマグの作業室だ。ただ違うのは、マグマグの方はものすごく雑然としていて、ごみごみしているのに、この部屋はすっきりと片付いていた。必要なものしか置いていない、そんな感じだ。
 その部屋にはすでにお客がいた。
「おう、久しぶり。どれくらい、会っていないかな?」
 相手が声をかけてきても、僕はその相手が、僕の認識しているその人か、呑み込めなかった。
「なんだ、変な顔して。俺の顔を忘れちまったか。おい、天城、もしかして睦月をボコボコに痛めつけたりしてないだろうな」
 やっと、声が出た。
「店長……」
 そこにいたのは、マグマグの店長、西条潤だった。
「店長!」思わず駆け寄っていた。「どうしてここに? いやいや、そもそも、ここは?」
「どう見ても作業室だろう。うちの店じゃないがね」
 遅れて入ってきた天城さんが店長の肩を叩く。
「あまり時間もないんでね、急いでやってくれ」
「お前はいつもせっかちだよ」
 店長は差し出された天城さんの魔器を受け取った。歩きながら手触りを確認しつつ、機材の一つにその魔器を置いた。素早く固定して、ゴーグルをつけ、工具を手に取ると素早く魔器を分解し始めた。
「どういう使い方をしているんだ?」
 店長が作業をしながらぼやく。
「魔力伝線の疲労がものすごいぞ。刀身に埋め込まれている六連増幅器もへたりつつある」
「仕方ないだろう」
 天城さんが口を斜めにして、言い返すが、力がない。
 店長が持ってきたケースから部品を次々と取り出し、交換していく。無駄のない、見事な手際だった。
 今までに何度も見ている、僕が憧れる職人の技だった。
 店長ほど魔器に詳しい人を僕は知らないし、店長ほど技術を持っている人も知らない。
 もちろん、世界のどこかにはいるんだろうけど。
 それでも、一流の技術を今、こうして目の前で見れるのは、恵まれていると思う。
 油くらいさしているんだな、とか、刀身を研ぐ時の注意点は覚えているか、とか、天城さんに話しかけるが、天城さんはそれほど取り合う様子でもない。店長に任せておけば大丈夫という気持ちの表れだと思う。
 一度、バラバラに分解された天城さんの魔器を、店長が組み立てていく。
 あっという間に組み上がった。パーツをはめ込み、頷いた店長がぽいっと天城さんに投げ渡した。
「じゃあ次はお嬢ちゃんだ」
 月読がどこか嬉しそうに、剣の姿に変わる。それを僕が店長に差し出した。
 いつもより真剣な顔で店長が月読を分解していく。どこか痛々しい感じがするけど、月読はどう感じるんだろう。
「知らない部品が多すぎるな、これは」店長がぼやく。「どれもこれも最新の技術ってことか。いいな、これは。勉強になる。俺にも研究所が一つか二つあれば、どんどん、画期的な魔器を作ってやるのになぁ。誰か、そういう奴はいないかね」
 天城が僕の耳元に口を寄せる。
「こんなにうるさい奴だったか?」
「作業中はこうですよ」
 外野は黙ってな、と言った店長が、次の瞬間には口笛を吹く。
「やっと見知ったようなパーツがあるぞ。しかし、どうもこいつは、魔力収束器と魔力計を融合させた新型だな。なるほど、こういう工夫ができるのか。四重回路か。なるほど」
 それからも延々と店長は喋りつつ、月読をバラバラにして、もう一度組み立てた。
 バラバラになった時にはどうなることかと思ったけど、最終的には前と全く同じように組み上がったのだった。
「どうかな、お嬢ちゃん」
 剣が光の中で少女の姿になった。月読はどこか恥ずかしそうに、だが嬉しそうに微笑んでいる。僕はホッとした。
「うまく行ってよかったよ」
 そう言って店長がモバイルを取り出すと、天城さんに突きつけた。
「料金をもらおう」
 嫌そうな顔で、しかし断ることもできないわけで、天城さんもモバイルを取り出し、二人のそれが触れると、チャリーンという効果音が鳴った。しかしすぐに小さなブザー音も鳴る。
「ん?」店長がモバイルを確認した。「八万円ほど不足しているぞ」
「今払ったので手持ちは全額だ。今度、払いに行く。それでいいだろう?」
「馴染みの客だからな、それで許すとしよう。それより疲れた、お茶でも出してくれ」
 ため息を吐いた天城さんは僕たちを導いていく。
 場所はどこかの中庭で、それは前に月読が拘束されていたところとは違う。周囲を海に囲まれているのだ。潮風が吹いているけど、日差しが強い。四人でパラソルの下のテーブルを囲んだ。
「天才少女が頻繁に店に来て、困るのなんの」
 アンドロイドがやってきて、冷えたビールを店長のグラスに注ぐ。店長は一息で半分ほどを飲み干した。
「どうにかやり過ごしているがね。気が気じゃないよ」
「そうですか……、あの、僕の家のアンドロイドは、どうしてますか?」
「こっそり止めてある」
 返事をしたのは店長じゃなくて、天城さんだった。
「下手に探られても困るしな。今頃、偽の信号を方々に出して、誰もお前が消えたことを知らないままだ。学校の連中は気付きつつあるだろうが」
 店長がゆっくりと残りのビールを飲んでいる。
 僕の頭には、学校の連中が気づく、という言葉が何度も響いた。別に学校の連中のことを考えたわけじゃなく、僕がひっそりと行方をくらませたことが、ここにいる人たち以外にもはっきりとわかる時が近い、というのが重要だった。
 それは、天城さんの指導を受けられる期間がもう終わりかけている、ということじゃないのか? いったい、いつになるのだろう。
「あまり考えるなよ、睦月」店長が明るい声で言う。「面白い話もあるんだ」
 ちょっと救われた気持ちになりつつ、なんですか? と、聞いてみた。
「近いうちに、守護者が日本に来るぞ」
 ……えっと。
「守護者か」天城さんが言った。「さすがに鼻が利くな、あいつらは。魔法管理機構の手先だけはある」
「守護者って……」
 天城さんを伺うと、ニヤっと笑われる。
「あの守護者だよ。戦力の不保持が原則の魔法管理機構における、唯一の戦力。天宮の守護者とも呼ばれる、十三人の超級の行使者。最高の魔器、神器とも呼ばれる武装を持つ、最強の個人の集団」
 僕の勘違いじゃなかった。
 想像した、その守護者だった。
「なんで日本に?」
「噂では、お嬢ちゃんを狙っているんだよ」
 全員の視線が月読に集中した。彼女はかすかに苦しげな表情になったけど、黙っている。
「実際に弄ってみてわかったけど、とんでもない技術が組み込まれている」
「でも、月読は魔器ですよ、それも試作品の」
 うーん、と店長が唸る。彼が答えるかと思ったら、天城さんが言った。
「守護者の任務は、聖剣の封印なんだ。そのためだけに彼らは戦力を持っているし、戦力を行使する。それが向かってくるということは、月読は聖剣と認定されているんだ」
「まさか」
「他に理由はない。月読は、人が初めて科学と魔法の融合から生み出した聖剣として、処理される」
 処理?
「破壊されるか、そうでなければ、封印されて自由の一切、思考の一切を停止させられ、保管される」
 ひどい、と始めに思った。
 次には、守らなくちゃ、と思った。
「訓練はどの程度まで進んでいる?」
 店長が天城さんに聞いた。天城さんは渋い顔で唸るように応じる。
「とりあえず、五等級程度は出そうだな。実戦になったら、どうかは知らないが」
 五等級。
「守護者は一等級かそれ以上だ。手も足も出ないかな」
 そういった店長が、ずいっと天城さんに身を乗り出した。
「守ってやれよ。弟子だろう?」
「私に守護者とぶつかれって?」
「お前の一等級の力を頼っているんだ、俺は。そしてきっと、二人もな」
 天城さんが僕を見た。どういう顔をすればいいか、わからなかった。天城さんには迷惑しかかけていない。それに輪をかけて、この先、迷惑をかけるのは、ためらわれた。
 じっとこちらを見据えて、天城さんは動かなかった。僕は、どうしても、視線をそらさずにはいられなかった。
 天城さんが月読の方を見る気配がする。でもきっと彼女も、視線を受け止めきれなかっただろう。
「考えておこう」
 それが天城さんの答えだった。店長も少し安堵した気配を滲ませた。
「いきなりここがバレることはあるまい。閉鎖している空間だからな。しかし連中は手強いぞ。店長には装備を整えて欲しい」
「なんでも言ってくれ」
 天城さんが手を差し出すと控えていたアンドロイドがメモとペンを取り出した。そこにさらさらと天城さんがペンを走らせた。
 破ったメモを受け取って、店長が目を丸くして、二度三度とメモを確認した。
「本当にこんな装備が必要なのか? 戦争でもやるのかい?」
「残念ながら、守護者は並じゃない。手加減している余裕はない」
「しかしなぁ……」
 店長は目をつむり、首を振った。
「お前、これ、いつ料金を払うつもり?」
「収入があり次第だね」
「待っているうちに、うちの店が倒産しても、おかしくないな」
 ……どうやら天城さんの装備をというのは、相当の金額らしい。どんな装備なんだ?
 二人が打ち合わせをしている間に、僕はちらっと月読を見た。整備を受けた後とは違って、何かを考えている。
 僕は何も言えなかった。
 そのうちに店長が帰る時間になり、解散になった。店長が帰ってから、天城さんは僕と月読に訓練を施し、徹底的に僕を叩きのめした。
 畳に倒れた僕を見下ろして、
「あまり時間もないんだ、手抜きする暇はないってこと」
 結局、ボロボロになるまで僕をしごいて、天城さんは悠然と夕飯に向かって行ったけど、僕は武道場に倒れこんでいた。月読が傍で黙っている。
 遅れて、アンドロイドに軽い夕飯をもらい、部屋に戻った。
 記憶になかったが、どうやらベッドに倒れこんだらしい。目覚めるとベッドに横になっていて、部屋は真っ暗だった。
 いや、かすかな明かりがある。
 月の光かと思った。けど、違う。
 ぼんやりとした輪郭の少女が部屋の隅に座り込んでいる。
「……月読?」
 起き上がって声をかけても、彼女は立ち上がらず、顔だけをこちらに向けた。
 その姿は、透けている。
 ベッドを降りて、彼女の前に座った。そっと、手を伸ばして、触れる。
 かすかな手触りの後、一瞬で無数の光景が脳裏に浮かんだ。
 ガラスの筒の中にいる自分。双子の妹。手術。薬品。機械部品。検査。試験。
 自分の体がバラバラにされる感覚。そして肉体の自由は消滅し、わずかに残った部位に、意識が宿っている。
 それこそが僕。
 いや、私。
 僕? 私?
 思わず悲鳴が漏れそうになったけど、どうにか飲み込んだ。
 僕の手は少女の幻から離れていた。
「そうか、きみは……」
 僕は幻の少女をまっすぐに見た。
「きみが、月読型一号、なんだね。月読のお姉さんなんだ」
 幻の少女がこちらをまっすぐに見た。何かが繋がる感覚。
(あなたを選んで、良かったと思います)
 声が頭の中で起こる。月読とのやりとりでもう慣れていた。
「そうか、最初に店に現れたり、僕の部屋の玄関の前に立ったのも、全部きみだった」
 一号が微笑む。
(あなたと会えたことで、全てが動いたんです)
「どこで僕を見たんだ?」
(研究所に、来ていて)
 ハッとした。
 そうか、社会見学。あの時、僕は水天宮魔法研究所にいた。あの瞬間が接点だったんだ。今、わかった。
「僕はたまたま選ばれたわけじゃない?」
(私たちに最も適合する素質と見えました)
「なぜ?」
 一号が首を振る。
「教えて欲しい。僕には何か、適性があったの?」
(あなたは、私を感じることができた。私を、見ることが)
 見ることができた? 確かに店長には見えなかった。
「それはきみが僕を認めたことで、僕に見えるようになったんじゃないの?」
(違います。あなたは初めから、私を見ることができた。だから、あなたに決めました)
 理解が難しい内容だった。
「見えたことが、理由?」
(誰にも見えないのです、私は。あなた以外には)
 理由は単純だった。
 単純だけど、重く、強いものだった。
 やっぱり月読は、二人の月読は僕を選んだんだ。僕の中に説明できない可能性を見て、それを信じ、頼った。
 なら、それに応える必要がある。応えるしかないじゃないか。
「何か、して欲しいことはある?」
(妹を)
 幻の少女がこちらを見た。
(よろしくお願いします。それだけ)
 少女の目に涙が浮かぶ。幻でも、泣くのだ。
 そっと雫を拭おうと手を伸ばしたけど、その姿が消えていた。後には何も残っていない。落ちた涙が床にあるのではないかと思ったけど、それはなかった。
 しばらく僕はその場を動かなかった。
 月読を守る理由は、これではっきりした。僕は約束したんだ。相手が幻としか思えなくても、問題じゃない。
 そして実際に僕の側にいる少女は、助けを求めている。
 応えないわけにいかない。これは、決定事項だ。
 守護者のことは、まだ僕の中ではうまく処理できていない。どうなるのか、未来のことなんてわからない。
 でもどうにかして、どうしてでも、月読を守りたかった。
 立ち上がった僕は深く息を吐いて、顎を引いた。
 頑張るしかない。続けるしかない。
 布団に戻ると、不思議と穏やかな眠りがやってきた。
 翌朝の目覚めが、酷かったけど。
 部屋に天城さんが怒鳴り込んできたのだった。











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