Sword Survive

和泉茉樹

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第8章

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     八

 夢の中で、また僕は筒の中にいた。
 数人の白衣の男女がこちらを見て何か言っているようだ。口の動きでそれがわかる。でも声は聞こえない。
 僕はどこかで不安と絶望に苛まれている。
 それも深すぎるほどに。
 もう死にたいと思っても、僕は死ねないことを知っている。
 そもそも僕は生きていない。
 生かされている。
 それも不当に。僕を無視して。
 僕は何だ?
 どういう存在なんだ?
 僕は自分に問いかける。
(あなたは)
 予期せぬ声が頭の中に響いた。どこかで聞いた声だった。
(あなたは私を助けてくれる)
 私?
 混乱してくる。その混乱は波及的に大きくなり、やがて僕の中で様々な像を作った。
 白衣の男女、様々な器具、設備。薬品の匂い、金属の冷たい感触。体の痛み、痺れ。
 激しい喪失感。
 姿の見えない自分と、やはり姿が見えないが、鏡写しのようなもう一人の自分。
 誰だ?
 急速に周囲の全てが霞んでくる。霧消していくそれは、どうしても繋ぎ止められなかった。
 輪郭が解け、色合いが混ざり、最後には黒一色になった。
 やがてその闇が、消えていった。

 いつの間にか目を開いていた。
「おう、おはよう」
 目の前にいるのは、天城光だった。
 自分の状態にやっと意識が向いた。椅子に座っている、いや、座らされている、いやいや、椅子に縛り付けられている。
 視線を周囲に向けた。
 図書館のような場所だった。書棚に囲まれた空間に置かれた椅子に、僕は座っている。
「痛みはないかな? しっかりと治療したはずだけど」
 僕は自分の胸を見た。
 店長に借りたTシャツは血まみれだった。もちろん、胸の部分には穴が空いている。
「わ……」
 思わず声が漏れた。そんな僕に天城さんが苦笑する。
「その反応だと、しっかり治癒したな。良かった」
 空いている椅子を引っ張ってきた天城さんが僕の前に来て、椅子に座る。
 やっと僕は自分に対する拘束の状態を確認した。どうやら手錠のようだ。背中に回されて、背もたれを利用して動きを封じられている。足はもっと雑にロープで椅子の足にくくりつけられていた。
「君は八等級と聞いている。その程度の拘束でも破れないのか?」
「みたいですね」
 嗄れた声が出て、喉が渇いていることに気づいた。口の中に鉄の味があるのも気になる。
「一緒にいた女の子は、どうなりましたか?」
 もしかしたらすでにどこかに差し出されたかもしれない、と思いながら、訊ねた。
「まずはこちらの質問に答えてくれ、睦月」
 天城さんはサングラスの向こうからこちらを見てくる。その視線の鋭さが見えないながらも感じられた。
「あの娘の正体を知っているか?」
「……よく知りません。聖剣に関する研究の対象ではないかと、思っています」
「どこで出会った?」
「雨の日に、たまたまです」
 ぽかんと天城さんが口を開いた。どうやら驚いているらしい。
「作り話か?」
「そんなことをする必要があると思いますか? この状況で?」
 口を一文字にして、天城さんが黙った。僕も黙る。こうなったら自棄だった。僕だってわからないことの方が多い、だから、わからないなりの答えをしてやろう。
「雨の日に、たまたま、出会ったか。その前に、どこかで見たことは?」
「店に来ていましたよ」
 店長を巻き込みたくはないけど、それはもう無理だ。僕と店長に接点があることを天城さんは知っている。
「店に? 一人で?」
「ええ。あと僕の住んでいるマンションの前にも」
「なんだと?」天城さんが身を乗り出す。「何日前だった?」
 僕は頭の中でカレンダーを思い浮かべた。
「四、五日前です」
「はっきり教えて」
 僕は日付を口にした。天城さんは渋い顔で、何かを考えていた。だけど何かに納得したようで、表情を緩めた。
「それで、あの娘は睦月を操ったか?」
「僕が剣術を使えるわけがないでしょう。体術もです」
「じゃあ、あの娘が剣になっている間は、少しも自由にならないのか?」
 そう言われると、気づいたことがあった。
「そうでもないですね。例えば、天城さんから逃げる時は、僕の意志でした」
「なるほど。その程度にはコントロールできるのか……」
 勝手に納得されても困る。でも、まだ僕が質問する順番じゃないんだろうな。
「あの娘を手にすると、何か魔法が使えるのか?」
「特に使えた気はしません。身体能力が驚くほど上がりましたが。それくらいです。あれは驚いた。初めての体験でした」 
 ふぅむ、と小さく漏らして、また天城さんは黙る。なんなんだ、いったい?
「わかってきた。よし、そちらからの質問を受け付けたいが、その前に、こちらからも情報を提供する」
 天城さんが椅子を少し僕に近づけた。
「彼女は月読と名乗ったはずだが、本当の名前は、「月読型二号」という。水天宮魔法研究所で行われていた、人造聖剣計画で生み出された産物の一つだ」
 水天宮魔法研究所? ついこの前、学校の社会見学で行ったばかりだ。
 何か関係があるのか、ないのか、わからない。だから僕は黙っていた。
「月読は非常に特異な存在で、聖剣としてデザインされたが、それだけでは機能しなかったとされる。そこで仮の肉体を与えた。正確には肉ではないがね。彼女は仮の体を使って、世界というものを認識し、それによって初めて聖剣として機能するようになった。それが脱走したわけだ」
 僕は軽く頷く。分からないことは多い。ただ、天城さんは知っておいたほうがいいと思っているんだろう。
「彼女が脱走した理由は不明。誰が手助けしたのかも不明。それでも実際に逃げたわけで、水天宮魔法研究所は、自身の追跡部隊を出し、行使者事務所に依頼を出し、同時に警察にも届けを出した。つまり、松代シティが総動員で、あの娘を追っている。私が確保したのは、幸運というものだ」
 幸運、か。
「彼女を」
 僕はどうにか声を出した。絶望が、僕の舌を重くした。
「研究所に差し出すんですか?」
 天城さんがニヤリと笑う。
「しない」
 しない……。
 ……しない?
「ハッハッハ」天城さんが笑い出した。「今の君の顔は傑作だな。写真を撮ればよかったよ」
「どういうことですか?」
 サングラスを外して、天城さんが目元を拭った。泣くほどおかしいらしい。
「写真を撮って、ばら撒けば君はいい笑い者だ」
「いやいや、そうじゃなくて、月読のことですよ」
 サングラスを戻して、天城さんが真面目な顔に戻った。
「あの娘の能力が気になる。それは同時に、睦月に対する興味でもある。ただの冴えない高校生、それもあの店でアルバイトするようなオタクだと思っていたが、そうでもないのかもしれない」
「僕は平凡な人間ですよ、間違いなく」
「それはどうかな」
 天城さんが椅子から立ち上がり、こちらに歩み寄った。
 そして至近距離から僕を見た。
「決定権は私にある。きみもあの娘も、私が差し出すことに決めれば、研究所なり警察なりにプレゼントできる。そうなれば何が起こるかは、想像に難くないだろう? そういう未来がお望みかな?」
「まともな頭の持ち主なら、あなたに媚びへつらうでしょうね」
「いや、まともな頭の人間は、私に媚びへつらう前に、こんな窮状に進んで飛び込まないな」
 そう言った天城さんがポケットから鍵を取り出す。どうやら僕の両手を拘束している手錠の鍵らしい。
「睦月、きみには悪いが、あの娘の相棒として、私に従ってもらう。嫌なら、その時は月読が悲劇に転落する。これは脅迫だが、誰に訴えることもできない。ここでは私が唯一、権力を持っている。さて、私に従うか、それとも最悪に飛び込むか、どうする?」
 どう考えても、僕に選択の余地はなかった。
 頷いて見せる。強く、はっきりと。
「よし」天城さんの口が弧を描く。柔らかい笑みだ。「あの娘を安心させてやれ」
 手錠を外されて、急いで両足のロープも自力で解く。立ち上がると、ふらふらした。貧血気味、というか、明らかな貧血だ。
「ほら」
 こちらにゼリー飲料が放られてくる。受け取り、それを開封しているうちに天城さんが歩いていく。慌てて後についていく。
 図書室の中を抜け、ドアを開けるとその向こうはどこかの建物の中庭のようだった。控えめに木々が生えていて、花を咲かせているものもある。
 その中庭の真ん中に、巨大な十字架があり、そこに月読が縛り付けられていた。ロープではなく、鎖だった。目を閉じて、ぐったりしている。
「月読!」
 僕が駆け寄ると、彼女は意識を取り戻したようで、少し顔を持ち上げ、こちらを見た。
 天城さんが僕に追いついてきて、持っていた鍵で鎖を外した。落ちてくる月読の体を僕は受け止めた。
「月読、大丈夫?」
 彼女の服も血まみれだった。しかし怪我はやはり治っているようだ。
 僕は飲みかけのゼリー飲料を彼女に飲ませた。少しむせている。天城さんがペットボトルを差し出してきたので、それを彼女の口に当てた。少しずつ、彼女は喉を動かした。
 大丈夫そうだ。
「着替えを用意してある」天城さんが僕の背後で言った。「それから食事だ。落ち着いたら今、入ってきたドアを抜けてきなさい」
 僕は月読にまた少し水を飲ませた。
 彼女は意識がはっきりしてきたようで、自力で体を起こした。
「大丈夫?」
「……はい」
 月読が涙を浮かべている。
「良かった……」
 彼女はそう呟いてから、僕に抱きついてきた。僕の胸元にすがりついて、こらえきれなくなったように泣き出した。
「大丈夫だよ、月読。落ち着いて。ほら、服が汚れているから、汚いよ」
 それでもしばらく、月読は泣いていた。
 彼女が泣きやんでから、一緒にドアへ向かった。
 開けて、驚いた。
 てっきり図書室に入ると思ったのに、そこは小さな部屋で、窓の向こうには山並みが見える。
 部屋の真ん中にテーブルがあり、そこに服が置かれていた。男女それぞれが用意されている。僕たちは顔を見合わせて、今、入ってきたドアではない別のドアを開けた。そちらも今いる部屋と似ている。
 僕たちはそれぞれの部屋で服を着替えた。着替えはサイズがぴったりだった。
 着替え終わってから、中庭からこの部屋に入ってきたドアを開ける。
 ドアの向こうはどこかのお城の食堂のようなところだった。中庭ではない。このドアは、どうやら普通のドアではない、と、はっきりした。
 食堂では二十人は座れそうな大きなテーブルに、白いテーブルクロスが敷かれている。天井にはシャンデリア。
 部屋の一番向こうに、すでに天城さんが座っていた。サングラスではなくメガネをかけて本を読んでいる。
 こちらに気づいた。
「よし、食事だね。こっちへどうぞ」
 僕と月読は恐る恐る、部屋に入り、ドアを閉めた。奥へ進み、僕と月読で並んで座る。
 僕たちが入ってきたドアではない別のドアから、カードを押した女性が入ってきた。最初は人間かと思ったけど、瞳が赤い。アンドロイドだ。しかし、見たこともないほど人間に近い。動きが自然だ。
 アンドロイドが料理を準備し終わり、「食べよう」と天城さんは言うなりすぐに食べ始めた。
 僕は料理には詳しくないけれど、統一感はなさそうだ。和洋折衷どころか、様々な国の料理がある。そして天城さんの様子ではマナーを気にする必要もないらしい。
 配膳をしたアンドロイドが天城さんの横に控えていて、たまに二人で会話をしている。アンドロイドの受け答えは柔軟で、時折、ジョークを挟んでは天城さんを笑わせていた。
 僕はそれをなんとなく聞きながら、しかし笑うほど緊張も解けずに、食事をした。月読も黙っていて、時折、こちらを見た。僕も視線を向けるけど、言葉はない。
 これからどうなるか、それが想像できない。
 不安の中で、食事は進んで、終わった。
 最後にコーヒーが出て、それを飲み終わると、天城さんが立ち上がった。
「よし、そろそろ、本題だ」
 こっちへ来なさい、と天城さんがテーブルを離れた。アンドロイドは頭を下げて、その場に残った。僕と月読を引き連れて、天城さんは僕たちが入ってきたドアに向かった。
 そのドアを開くと、今度は中庭も小部屋でもなく、どこかの武道場のようなところに出た。マットが敷かれている、広い部屋だ。
「きみたちの実力を、見せてもらおう」



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