Sword Survive

和泉茉樹

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第3章

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     三

 翌朝、僕はソファで丸くなっている少女を見て、昨日のことが夢ではないと確認した。
 アンドロイドはすでに料理をおおよそ終えていて、テーブルに食事を並べていた。
「どうするおつもりですか? 睦月さま」
 アンドロイドが声をひそめる。
「今日はこの部屋に置いておく。対魔行使者に追われるのは、普通じゃない」
 僕は椅子について、いつも通り投射映像で新聞を確認した。そのうちに少女が目覚めた。
「おはよう」
 声をかけると彼女は周囲を認識し、僕を見て、かすかに顔を俯かせた。
「もっと自然にしていいよ。こっちへ来なよ」
 少女はかぶっていたタオルケットをソファに置いて、こちらへ進もうとした。
 しかし自分の服装に気づいたようで、慌てだす。彼女は僕の持ち物のワイシャツを着ていた。ワンピースのようになるほど、彼女の体は小さい。彼女が着ていた不思議な白い服は、洗濯中。
「彼女に着替えさせたから」
 僕はアンドロイドを指差す。少女はアンドロイドを見る。それからこちらを少し睨んで、でも結局は、テーブルに着いた。
「まずは食事にしよう。好きなものだけでもいいから、食べなさい」
 そう言うと、彼女は箸を手にとって、目の前の料理をつつき始めた。少し摘んでは口に運び、少し摘んでは口に運び、まるで知らない味を確認しているようだった。
 そのうちに自然に食べ始めた。僕も食事を始める。アンドロイドは少し離れて見守っていた。
「僕の名前は、都築睦月。きみは?」
 食事が落ち着いたところで、尋ねてみた。彼女はこちらを伺い、どこか怯えたような仕草をした。
「大丈夫、大丈夫」
 僕は慌てて言葉を続けた。
「言いたくないなら、言わなくてもいい。またそのうち、教えてくれればいい」
 反応は、だんまりである。助けを求めてアンドロイドを見たけど、何も返事はなかった。
 助けてくれよ。
「僕は今日も仕事に行くけど、きみはこの部屋に残って欲しい。それはできる? アンドロイドがきみのサポートをしてくれる。不自由はないと思うけど」
 さっと少女の手が僕の手に触れた。
 驚きつつ、僕はその手を見た。
 かすかに震えていた。
 僕はもう一方の手で、彼女の手を包むように握っていた。
「大丈夫だよ。心配ない」
 根拠のない言葉だったけど、自然と口に出ていた。
 僕の手の中で、小さな手の震えは徐々に弱まり、止まった。
「大丈夫だよ」
 もう一度、繰り返すと、彼女は少し表情を緩めた。
 僕が身支度を整えているうちに、アンドロイドと少女が少し言葉を交わしている気配がした。でもよくは聞こえないし、聞く気もない。
 秘密って大事だ。
 僕は服を着替えて、リビングでアンドロイドに声をかけた。
「仕事に行くよ。彼女をよろしく」
「はい、わかりました。お気をつけて」
 玄関までアンドロイドが送りに出た。少女もアンドロイドの陰に隠れるように立っている。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
 僕は家を出た。自転車がないことで、昨日の夜のことをまた思い出した。
 自分があんなめちゃくちゃな動きをすることなんて、想像もしてなかった。行使者たちはあんなことを日々、やっているのだろうか。
 それは、すごいなぁ。八等級の自分とは、縁のなかった領域。
 歩いてマグマグへ向かう。ちょっと走らないと間に合わない。
 息を切らせて店に着くと、店長はやっぱりハンバーガーを食べつつ、書類を見ていた。
 この日も、その日の入荷の商品を棚に収めたり、床に積んだり、倉庫に運んだりした。売れない商品を返品するための荷造りをして、さらに廃棄するしかない商品も、高く買い取ってくれる廃品業者に送るように荷造りした。
 そんなことをしていて、落ち着いた時にはお昼休みの時間になっていた。
「お疲れさん」
 店長がこちらにスポーツ飲料を放り投げてくる。受け取って、礼を言って一口飲む。癒される。
「こんにちはー」
 店の方から声がした。知っている声だ。
 カウンターに出ると、棚の間を真澄が進んでくるのが見えた。学校の制服をきっちりと着ている。平日だものな。
 しかし、今の時間は授業中のはずだ。
「いつも思うけど、すごい店ね。伝説上のゴミ屋敷みたい」
「店長に言ってよ。これでも少しずつは片付けているんだ」
「アンドロイドを三体くらい導入するべきだね」
 カウンターにたどり着いた真澄が、こちらに身を乗り出す。
「今日は仕事できたんだけど」
「仕事? 学校は休んだの? 珍しい」
 真澄は行使者事務所との契約の中で、学生生活を守る条項を差し込んであるはず。 
「緊急で、重要な仕事なの」
 それもまた珍しい。
 僕は店長を呼びに行った。店長も真澄とは顔見知りだ。
「おう、天才少女。何の用かな?」
「その呼び方、やめてください」
 真澄が苦笑いしたけど、すぐに真面目な表情に切り替えた。
「とある研究所から試作品が脱走したんです」
「脱走? アンドロイドか?」
「アンドロイドではないのですが、それに近いと聞いています。少女の姿をしています」
 思わず声が漏れそうになった。どうにか飲み込む。
 真澄は話を続けた。
「外見は中学生くらいで、髪の毛は長くて銀色です。服装は不明、現在の位置も不明です」
 まさに、あの少女だった。
「おいおい」店長が顔をしかめる。「俺は魔具と魔器の専門家だが、人探しはさっぱりだ。他の誰かに当たるべきじゃないか?」
「この件には大勢が加わっているんです。私たちの事務所以外にも、声をかけられているところは多いようですし、対魔行使者も駆り出されています」
 僕はいよいよ血の気が引くけど、耐える。そして隠す。
「そんなに大勢で、女の子を追うのか? 真澄、知っていることを全部、教えろ。そうすれば少しは手伝えるかもしれない」
 店長の言葉に、真澄は思案したようだが、声を小さくして言った。
「どうやら、聖剣らしいんです」
 聖剣だって?
 僕は店長を見た。店長は目を丸くしている。
「聖剣とは、また……」
 あの店長が絶句している。
 かつて、魔法革命というものがあった。
 二人の科学者と一人の魔法使いが、魔法を科学的に定義したことから始まる一連の爆発的な発展のことだ。
 それは三つの要素から成り立つが、そのうちの一つが、聖剣の発見、である。
 聖剣というものは、魔法使いが自身の能力の全てを封じ込めた物体だ。
 この物体に触れると、その人間は自然と、聖剣となった魔法使いの全能力を継承できるとされる。魔法使いたちが、未来へ自分の技術を伝える手段だったと考えられた。
 しかし、聖剣の詳細は未だに判明せず、世界中に無数にそう呼ばれる魔法使いの痕跡、魔法使いたちの力の根源への道が存在する。
「聖剣に関する実験をしている研究所か……」
 何かを考えながら、店長が唸るように言った。
 真澄は真剣な顔で彼を見ている。
「何か知りませんか? 私たちが聞いた話では、聖剣に関する研究をしていたことは、外には漏れていない、とのことです。でも、実際に脱走事件は起きている。店長は何も知りませんか? 対象がどこに逃げているのか、それだけでも知りたいんです。誰かを頼ったのか、手引きした誰かが今も匿っているのか、まだどこかに潜んでいるのか、街を出たのか、そういうことが何もわからない」
「ふむ……」
 店長は黙ったまま、動かなくなった。何かを考えている時の様子だ。
「可能な限り、協力するよ。今は何も知らないが」
 その言葉を聞いて、真澄は頷くとこちらを見た。
「睦月も、何か気づいたら、教えて」
「うん、わかった」
 どうやら演技は上手く行ったらしく、真澄は軽く頷いて、店を出て行った。
 僕は気が気ではなかった。もし誰かに追跡されていたり、誰かに露見すれば、今、あの女の子は全くの無力だ。
 早く帰りたかったけど、不自然な行動を取るわけにもいかない。
 アンドロイドに通信したかったけど、それも傍受されたら、目も当てられない。
 結局、いつもの時間まで仕事をして、僕は自転車を必死に漕いで家に帰った。
「ただいま!」
 中に飛び込むと、アンドロイドが出迎える。
「おかえりさない。何かありましたか?」
「あの子は? まだいる?」
「え? ええ」
 僕はリビングに入っていった。
 女の子はテレビを眺めて、座り込んでいた。僕に気づいて振り返る。
 あまりにリラックスしているので、僕の方が力が抜けそうになった。
「夕飯にしましょう。用意はできていますよ」
 そんなことを言いながら、アンドロイドが食卓に料理を並べ始めた。
 少女も立ち上がって、椅子に座る。僕は一旦、服を着替えて、席に着いた。
「いただきます」
「……きます」
 少女が初めて言葉を口にした。
 びっくりしつつ、しかし気にしてない素振りで食事を始める。
「服を買いに行ってくれたんだね、助かった」
 アンドロイドが軽く頭を下げる。少女は昨日とは違い、体に合った、それほど目立たないが可愛らしい服装をしていた。
 二人で食事をしていく中で僕はさりげなく質問した。
「きみの名前は、なんていうの?」
 彼女がこちらを見た。不安げに瞳が揺れている。
 すると、アンドロイドが彼女の背後に立ってそっと両肩に手を置いた。
 それで安心したのか、少女は顔を伏せて、
「月読」
 と短く答えた。
 月読。
「きみは、何者なのか、説明できる?」
 月読はまた黙り込んでいる。アンドロイドはまだ彼女の肩に手を触れていた。僕は辛抱強く待った。
 返事は、なかった。
「いいよ、説明できないなら。気にしないで」
 結局、僕は身を引いた。
「別に怒っているわけではありませんよ」
 アンドロイドが月読に声をかけた。
「睦月さまは、そういう方ではありません。今ではなくて良い、もっと先で良い、と思っているのです。どうか、理解してくださいね」
 そう言われて、月読がアンドロイドを見て、それから僕を見た。
 視線が合った。彼女がすぐに逸らす。
 嫌われているわけではないようだけど、まだ打ち解けてもいない、ってことか。
「実は」
 僕は今日の昼間、真澄が店長に話した内容を、月読に聞かせた。彼女は黙って話を聞いていた。アンドロイドも、もちろん黙っている。ただ、そっと月読のそばに寄り添っていた。
「ということなんだけど、どう?」
 話し終わって質問しても、月読はすぐには反応しなかった。
 でも、こちらを見つめると、小さく言った。
「それ、私」
 なるほど。じゃあ、今、僕はものすごく危険ってことだ。
「月読、きみは聖剣なのか?」
「私は……聖剣ではありません」
 聖剣ではない?
 しかし、真澄がまったく違う情報を追うわけもない。
 それに、彼女は昨日の夜、確かに剣になった。
 そのことを、伝えようとすると、それよりも先に月読が言った。
「私は、剣です。人が作った、偽物の、聖剣」
 言葉通りに受け止めようにも、理解が及ばなかった。
 人が作った剣。
 偽物の、聖剣。
「聖剣は」僕はどうにか言葉を捻り出す。「人が作るものだと聞いているけど」
 月読は黙っている。
「誰が、きみを作った?」
「人が……」
「きみの出発点である魔法使いは、誰?」
 まっすぐに月読が僕を見た。
「いない」
 いない?
 ……やっとわかってきたぞ。
 つまり、彼女は作られた聖剣なんだ。それも魔法使いが作ったんじゃない。
「科学者が、きみを作った?」
 その言葉に、月読が一回、頷いた。それきり、下を見て俯いてしまう。悄然とした様子には、胸を打つものがあった。アンドロイドがそっと彼女の頭を撫でる。
「大丈夫よ、心配しないで」
 柔らかい声には、真心ようなものを感じる。
「教えてくれて、ありがとう。助かったよ」
 僕の言葉が表面的なものだと気付いたんだろう、月読がこちらを睨みつけた。強烈な、鋭い視線だった。今度は僕の方が目を逸らすことになった。
 彼女の存在は、僕一人ではほとんど理解できない。誰かの助けが必要だ。
 真澄の助けを借りたいけど、それは論外。月読に会わせたら、その場で全てが終わってしまう。ならば、頼れるのは他には一人しかいない。
 店長だ。
 ただ、店長が僕たちを保護せずに、真澄か対魔に渡す可能性もある。
 店長とは信頼関係をしっかりと作ってきたし、信頼できる人だというのは知っているけど、最後の最後では、わからない。
 それでも現状を続けるわけにもいかない。
 仕方ないな。
 僕は密かに決断した。
 ほとんど賭けだけど、このまま仲良く生活するわけにもいかない。













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