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第1章
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一
ゴチャゴチャとした店内は、民家を改装したこともあり、狭苦しい。物が溢れんばかり、というか溢れている棚の間を抜けて、カウンターにたどり着く。
しかし店長の姿はない。
「店長?」
「こっちだ、こっち」
別の棚と棚の間に進むと、店長、西条潤の巨体があった。大きな箱を押している。
「手伝え、睦月。重すぎてな、持ち上がらない」
僕は荷物をカウンターに置いてから、店長を助けて、二人で箱を移動させた。
「何が入っているの?」
「最新の魔具の部品だ。売れると思ってな」
箱を比較的空いている棚の前まで運ぶと、開封する。
中にはさらに小さな箱が詰まっている。試しに一つ、手に取って開けてみた。
「見たことがないなぁ」
思わず呟いたと僕の手元を覗き込み、店長が教えてくれる。
「それは基礎魔力の濃度を測定する機材だ。ここ数年の間に小型化が進んでな、ついに、魔器と組み合わせて使えるようになった。前はひと抱えもあって、どこかの軍隊ではその装置を背負った兵士がいたものさ」
どれくらいすごいことかわからない。どうやら軍からの民生利用らしいとはわかる。
店長は僕に、箱の中身を棚に入れておくように言って、カウンターの方へ行ってしまった。
一人で棚に箱を並べるけど、もちろん、空いている場所が狭すぎる。どうにかこうにか、入れるだけ入れて、残りは床に積んだ。この店では当たり前だ。とにかく、在庫過剰である。半年に一度、そんな死蔵と化している在庫を叩き売りにすることもある。
強化紙製の大きな箱を畳んで、店の裏に持って行った。資源ゴミの山に投げ込み、店に戻る。
「まぁ、一服しよう」
店長がコーヒーを用意して待っていた。
僕が砂糖一つ、ミルク少しを入れたのに対し、店長は砂糖を四つほど入れ、ミルクをドバドバカップに注いだ。
「それで」コーヒーだったものを、香りを楽しむような演技の後で美味そうに飲みつつ、店長が訊く。「社会見学はどうだった?」
「水天宮研究所ね。まぁ、見せる部分は、ちゃんと考えられているね」
自分が見たことをいくつか伝えた。
「ふむ」
店長が頷く。不敵な笑み。
「あそこの魔器の出来は結構、良いんだよ。有名な魔器を製造しているメーカーに協力しているという噂だ。しかし、わかることもある。睦月が眺めていた部品な、それは超小型化された魔力加速器の一部だ。それがあるだけで、基礎魔力が弱くても、強く内包魔力にアクセスできる」
「あの部品で? この店で見たことのあるものからすると、あまりに弱々しいけど」
「その細い線のような加速器をより合せるんだ。もちろん、同期させるのに技術がいるが、それさえクリアすれば、より小さく、より強くできる。しかも輪にするらしいぞ」
さすがに店長は知識を持っている。
コーヒーを飲みながら店長は僕に最新の魔具について教えてくれた。前は軍で使われていた、魔法妨害装置が小型化され、警察にも配備されたとのこと。その話題で魔法炉へのテロの可能性を聞くと、すでに魔法炉には魔法妨害装置への対抗装置が設置されているという。
「どこで聞いたの? その話」
「ん? 警察には俺も一枚噛んで、卸したんだ。魔法炉の方は同業者から聞いた」
僕もこの店で働いているのに、ここまで知識に差があると、焦る。
もっと勉強しないとな。
店長が空になったコーヒーカップを片付けに行き、僕に店番を任せた。
カウンターの中の椅子に腰掛けて、最新の魔具、最新の魔器のカタログをチェックする。
魔器は攻性の武器なので、おおよそは剣か銃になる。それでも種類は豊富だ。
魔器を使う魔法使いは、行使者と呼ばれる。行使者は魔法管理機構に厳密に管理され、つまり魔器も管理の対象だ。
行使者は軍人か、警察になるが、例外もある。それは民間の行使者として、行使者事務所に所属する存在。行使者事務所もまた、魔法管理機構の厳密な管理下に置かれる。
真澄はこの行使者事務所に所属する、民間行使者だ。確か、斎宮行使者事務所。
魔具のカタログにはやっぱり通信関係、情報関係が多い。
魔法学などの発展により通信はより高速に、より大容量に、情報を送れるようになった。すでに地球上の交信はどこにいてもタイムラグはないし、途切れることもない。
情報に関しては、魔法を応用した記録情報を大量に保存する装置、その情報を合理的に、スムーズに呼び出す仕組みなどが展開されている。
思い立って、カウンターを出て棚に向かった。そこにはひとつ前のモデルの通信装置があった。手にとって確認。魔力を流して起動させると、ちゃんと動いた。
まず僕の手元のモバイルに魔力で接続し、そこから僕の自宅の記憶装置へアクセス。
実験としてモバイルの写真を一枚、商品の通信装置から記憶装置に飛ばす。
ちなみに写真は社会見学の中で撮影した、真澄とのツーショットだった。
それはさておき。
通信の様子をモニタリングしていた僕の魔具を確認し、通信装置の様子を見る。
手元の古い装置は、最新モデルのカタログにある仕様と比較すると、確かに少しだけ、通信速度が遅い。
ただ、本当にわずかだ。何か特殊な事情がない限り、古いモデルを安く買っても問題ないかもな。
ただ、僕の勘違いだといけないので、店長にも相談しよう。
そう思っていると、店の中に人の気配がした。どうやら、夢中になりすぎて、気づかなかったらしい。手元の通信装置を棚に戻す。
棚の間を抜けて、様子を伺うと、女の子が立っていた。中学生くらいだろうか。
目を引くのは銀色の髪の毛だ。顔立ちは日本人に見えるので、どこかちぐはぐな印象。
「いらっしゃいませ」
声をかけると、彼女がこちらを見た。
でも、何も言わない。まぁ、よくあることだ、僕はそれほど子どもに好かれる方ではない。
「ごゆっくりどうぞ」
僕はカウンターの中で椅子に座って、またカタログに戻った。
たまに女の子を確認するけど、ほとんど動かず、棚を見ている。何の棚の位置かな、と思い出そうとした。
確か、魔器の強化部品の棚だったような。視線の位置からすると、知覚強化に関する備品のあたりか。
女の子が必要とするようには思えない。
まぁ、趣味かもしれない。深入りしないでおこう。
僕はまたカタログに戻り、魔具の性能を確認していた。ここで勉強しておけば、お客が来た時、応対できる。
カタログを十分に見てから、僕は魔具の修理に関する専門書を読み始めた。
店長がこの分野のプロフェッショナルなのは、知っている。本人は教えてくれないけど、魔具を修理する手際を見ていると、熟練の技術者だとわかる。たまに持ち込まれる魔器も、完璧に整備するのだ。
魔法管理機構が認定する技術者の資格があったはずだけど、僕もいずれはそれを取得したい、と思っている。ただ、一般の高校に通う生徒が取れる資格じゃないし、専門の大学に進んで、やっと、という感じか。
僕にはなかなか、難しそうだった。
店のドアが開く音がした。顔を上げると、二人組の大学生くらいの男性が入ってきたのが見えた。
「いらっしゃいませ」
二人組が棚の間を移動しつつ、話している。多機能眼鏡を探しているらしい。僕はカウンターを出て、二人に近づいた
話しかけて要望を聞く。向こうから見れば僕もまだ子ども、最初はどこか侮るような雰囲気。
でも僕がいくつかの商品を示し、説明すると、こちらの知識を認めてくれたようだ。
最後には僕がカタログを示して、最新モデルやメーカーのフラグシップ機などを紹介した。もちろん、そういうものを売り込むつもりではない。彼らにはそこまでの予算がないように思えたからだ。
予想通り、彼らは店頭にあった、ひとつ前のモデルの、普及型の多機能眼鏡を購入していった。仕事をしたな、と思いながら、二人を見送った。
見計らったかのように店長が戻ってきた。
「堂にいった接客だったな」
本当にどこかで見ていたらしい。
「売り上げに貢献したんですから、そのうち、時給を上げてくださいね」
「この店の床が片付いたら、倍にしてやってもいいぞ」
思わず店内を見回してしまった。
棚から溢れて床に積み重ねられている商品は、棚に入っている商品の半分くらいの量がありそうだ。
全部、売れるのには信じられないほど時間がかかるだろう。しかも入荷した商品の一部は、随時、確実に床に置かれるのだ。
まったく、すごい店である。
その日はそのまま十九時半の閉店時間までお客は来なかった。
店長がシャッターを下ろし、僕は店内を掃除した。
レジの中身を確認することもなく、解散になる。店長もこの店に住んでいるわけではない。
「気をつけて帰れよ、睦月」
「お疲れ様でした、ありがとうございます」
僕は自転車のロックを解除して、走り出した。
両親は別々に魔法学関係の研究所で働いていて、松代シティにはいない。僕は魔法を応用したアンドロイドと生活している。
帰り道で、ふと視線を感じると、そこにあの銀髪の少女がいた。
交差点で信号が青になるのを待っている。最初、見間違いかと思った。でもあの少女だ。
信号が変わる。僕は自転車をこぎ出した。
待っていた数人が歩きだし、女の子は見えなくなった。僕の視界からもすぐに外れる。
でも、どこか薄ら寒いものを感じつつ、僕は走り続けた。
松代シティのはずれにあるマンション。その一室で僕は生活している。
自転車を駐輪して、部屋のドアへ向かおうとした、まさにその時、それに気づいた。
ドアの前に、誰か、立っている。
銀髪の少女だった。
まさか、僕は幻を見ているのか? 誰かがふざけて魔法を使って、僕に幻覚を見せている?
反射的に魔具であるモバイルを取り出し、周囲の魔力の流れをマッピングした。
女の子の周囲には何も不自然な基礎魔力の流れはない、つまり実体がない。そして、僕自身にも誰かの魔力が作用しているようでもない。
そうなると、これは、幽霊?
背筋が冷えたが、何となく歩み寄っていた。
少女がこちらを見る。視線が僕とぶつかった。
相手の姿が透けていたりはしない。触れようとすれば触れられるんじゃないかと思うほど、リアルだ。
ふと思い立って、モバイルのカメラを向けてみた。
少女の姿は、映らない。
自分がよく腰を抜かさなかったと思う。
ただ、魔法が一般的な世界で、幽霊の存在がそのうち、発見されないとも限らない、と頭の中では変な理論が組み立てられた。
もしかしたら、僕がその幽霊の発見の偉人になるかもしれない。
しれないけど、さすがにそこまでの度胸はなかった。
僕が見ている幻覚か? 幽霊よりも、その確率が高い。しかし、どうして幻覚を?
少女の前を素通りして、僕は部屋のドアの鍵を解除して、中に入った。
少女が入ってくるはずもない。ただ、戸口の外に立ち尽くしている。
「お帰りなさい」
奥からアンドロイドがやってきた。人間と見分けがつかないが、瞳が赤い。
「ここに」僕は少女の方を、開けておいたドアの外を指差した。「何か見えるかい?」
アンドロイトは不思議そうにそこへ視線を向け、じぃっと見ている。
「あの」
アンドロイドがやっとこちらを見た。
「どういうことなのか、説明をいただけますか? 何かの冗談でしょうか?」
「いや、冗談じゃない」
もう一度、僕はそこを見た。
少女が立っている。
「つまり、見えないわけだ。何も」
「はい、何も見えません」
どうやら、僕の幻覚だ。アンドロイドの瞳である高性能カメラでも見れないのだから。
僕は恐る恐る、ドアを閉めた。
一瞬、閉める瞬間にこっちに飛び込んできたらどうしようと思ったけど、そんなことはなかった。無事にドアが閉まった。
荷物を置いて着替えてから、リビングに向かった。
すでに料理が用意されている。アンドロイドは魔力供給で生きるので、食事は一人分だ。
「お父様からメッセージです」
食卓についた僕の前に、立体映像が立ち上がり、小さくなった父さんの映像が流れた。
たまにある連絡で、これといって特別な内容はない。こちらからのメッセージを催促するような感じ。
食事が終わったら、何かメッセージを録画して、送っておこう。
次に松代シティに戻るのは八月だろう、と言っていた。母さんと時期を合わせて戻ると続けてから、最後に、ちゃんと食事を摂るように、と締めくくってメッセージが終わった。
食事をゆっくりと済ませ、片付けをアンドロイドに任せた。
どうやら幻覚を見た割に、いつも通りだ。特に問題はない。健康診断も不要だろう。
自分の部屋の入り、今日の社会見学のレポートを書いていく。すでにキーボードを打つような必要はない。首筋に小さな機械を取り付ければ、あとは、思考をそれが読み取って、僕の眼の前に文章が立体映像で投射される。
その文字の列がスルスルと、机の上のタブレットに吸い込まれる演出。タブレットに記録されているのを示す動きだ。
一時間ほどかけて、レポートを仕上げてから、風呂に入る。
風呂から出て、ふと思い立った。
玄関の外を確認してみよう。風呂に入ったことで、幻覚のことも忘れられつつある。
インターホンの機能の一つで玄関の外の映像を確認。誰もいない。良し、良し。
部屋に戻ろうと思ったけど、その前に気づいて、玄関に引き返した。
自分が期待しているのか、不安に思っているのか、怯えているのか、よくわからないけど、とにかく、好奇心が勝って、僕はドアノブに手をかけた。
鍵を開けて、ドアを開ける。
果たして。
「嘘だろ」
玄関の前に、まだ少女が立っていた。
じっとこちらを見据えてくる。
慌ててドアを閉めた。あまりに勢いよく閉めすぎて、ものすごい音が鳴った。
アンドロイドが駆け寄ってきた。
「どうしましたか? 何かありましたか?」
「いや……」
さすがに動悸が激しかった。口から心臓が飛び出しそうだ。
幻覚にしては、リアルだ。リアルすぎる。しかしなんでだ? なんで玄関にいる? 部屋に入ってこない幻覚とは、どういう律儀さだ?
いやいや、違う、部屋に入ってきてほしいわけじゃない、いやいや、そうじゃなくて、なんだ、なんていうか、理解できない。
ジリジリと玄関から離れつつ、鍵をかけていないのに気付き、またにじり寄ると、そっと鍵をかけた。
幽霊や幻覚にドアの鍵が何ほどの意味があるのは不明だ。
「塩を撒いておいてくれ」
アンドロイドが首を傾げている。
「厄除け」
そういうと、アンドロイドが頷いて、台所へ行ってしまった。
僕は自分の部屋に向かい、椅子に座り込み、天を仰いだ。
今になって、恐怖が押し寄せてきた。
ちょっと真澄に相談したくなった。でも、僕が見ている何かしらの幻覚だといたら、真澄は容赦なく僕を病院に放り込むだろう。
幻覚ではないとすると、というか幻覚じゃないことしか考えないとして、どんな可能性があるのか。
マグマグで触れた何か、魔具か魔器が、僕に作用しているのか? 特別なものに触れた記憶はない。
魔法ではないとすると、これは、いよいよ、精神が何かにやられたのか。
ちょっとした絶望感を感じつつ、しかし、明日になれば治っているかもしれない、今日はただ疲れていただけで、明日は正常になっているんじゃないか、と思った。
思おうとした。
勉強を少し進めたかったけど、思ったようにいかず、集中できないことを理由に、ベッドに倒れこんだ。
その日は少しも焦れることなく、自然と眠ることができた。
夢の中で、聞いたことのない声が何かを僕に訴えていたけど、よく聞こえなかった。
ゴチャゴチャとした店内は、民家を改装したこともあり、狭苦しい。物が溢れんばかり、というか溢れている棚の間を抜けて、カウンターにたどり着く。
しかし店長の姿はない。
「店長?」
「こっちだ、こっち」
別の棚と棚の間に進むと、店長、西条潤の巨体があった。大きな箱を押している。
「手伝え、睦月。重すぎてな、持ち上がらない」
僕は荷物をカウンターに置いてから、店長を助けて、二人で箱を移動させた。
「何が入っているの?」
「最新の魔具の部品だ。売れると思ってな」
箱を比較的空いている棚の前まで運ぶと、開封する。
中にはさらに小さな箱が詰まっている。試しに一つ、手に取って開けてみた。
「見たことがないなぁ」
思わず呟いたと僕の手元を覗き込み、店長が教えてくれる。
「それは基礎魔力の濃度を測定する機材だ。ここ数年の間に小型化が進んでな、ついに、魔器と組み合わせて使えるようになった。前はひと抱えもあって、どこかの軍隊ではその装置を背負った兵士がいたものさ」
どれくらいすごいことかわからない。どうやら軍からの民生利用らしいとはわかる。
店長は僕に、箱の中身を棚に入れておくように言って、カウンターの方へ行ってしまった。
一人で棚に箱を並べるけど、もちろん、空いている場所が狭すぎる。どうにかこうにか、入れるだけ入れて、残りは床に積んだ。この店では当たり前だ。とにかく、在庫過剰である。半年に一度、そんな死蔵と化している在庫を叩き売りにすることもある。
強化紙製の大きな箱を畳んで、店の裏に持って行った。資源ゴミの山に投げ込み、店に戻る。
「まぁ、一服しよう」
店長がコーヒーを用意して待っていた。
僕が砂糖一つ、ミルク少しを入れたのに対し、店長は砂糖を四つほど入れ、ミルクをドバドバカップに注いだ。
「それで」コーヒーだったものを、香りを楽しむような演技の後で美味そうに飲みつつ、店長が訊く。「社会見学はどうだった?」
「水天宮研究所ね。まぁ、見せる部分は、ちゃんと考えられているね」
自分が見たことをいくつか伝えた。
「ふむ」
店長が頷く。不敵な笑み。
「あそこの魔器の出来は結構、良いんだよ。有名な魔器を製造しているメーカーに協力しているという噂だ。しかし、わかることもある。睦月が眺めていた部品な、それは超小型化された魔力加速器の一部だ。それがあるだけで、基礎魔力が弱くても、強く内包魔力にアクセスできる」
「あの部品で? この店で見たことのあるものからすると、あまりに弱々しいけど」
「その細い線のような加速器をより合せるんだ。もちろん、同期させるのに技術がいるが、それさえクリアすれば、より小さく、より強くできる。しかも輪にするらしいぞ」
さすがに店長は知識を持っている。
コーヒーを飲みながら店長は僕に最新の魔具について教えてくれた。前は軍で使われていた、魔法妨害装置が小型化され、警察にも配備されたとのこと。その話題で魔法炉へのテロの可能性を聞くと、すでに魔法炉には魔法妨害装置への対抗装置が設置されているという。
「どこで聞いたの? その話」
「ん? 警察には俺も一枚噛んで、卸したんだ。魔法炉の方は同業者から聞いた」
僕もこの店で働いているのに、ここまで知識に差があると、焦る。
もっと勉強しないとな。
店長が空になったコーヒーカップを片付けに行き、僕に店番を任せた。
カウンターの中の椅子に腰掛けて、最新の魔具、最新の魔器のカタログをチェックする。
魔器は攻性の武器なので、おおよそは剣か銃になる。それでも種類は豊富だ。
魔器を使う魔法使いは、行使者と呼ばれる。行使者は魔法管理機構に厳密に管理され、つまり魔器も管理の対象だ。
行使者は軍人か、警察になるが、例外もある。それは民間の行使者として、行使者事務所に所属する存在。行使者事務所もまた、魔法管理機構の厳密な管理下に置かれる。
真澄はこの行使者事務所に所属する、民間行使者だ。確か、斎宮行使者事務所。
魔具のカタログにはやっぱり通信関係、情報関係が多い。
魔法学などの発展により通信はより高速に、より大容量に、情報を送れるようになった。すでに地球上の交信はどこにいてもタイムラグはないし、途切れることもない。
情報に関しては、魔法を応用した記録情報を大量に保存する装置、その情報を合理的に、スムーズに呼び出す仕組みなどが展開されている。
思い立って、カウンターを出て棚に向かった。そこにはひとつ前のモデルの通信装置があった。手にとって確認。魔力を流して起動させると、ちゃんと動いた。
まず僕の手元のモバイルに魔力で接続し、そこから僕の自宅の記憶装置へアクセス。
実験としてモバイルの写真を一枚、商品の通信装置から記憶装置に飛ばす。
ちなみに写真は社会見学の中で撮影した、真澄とのツーショットだった。
それはさておき。
通信の様子をモニタリングしていた僕の魔具を確認し、通信装置の様子を見る。
手元の古い装置は、最新モデルのカタログにある仕様と比較すると、確かに少しだけ、通信速度が遅い。
ただ、本当にわずかだ。何か特殊な事情がない限り、古いモデルを安く買っても問題ないかもな。
ただ、僕の勘違いだといけないので、店長にも相談しよう。
そう思っていると、店の中に人の気配がした。どうやら、夢中になりすぎて、気づかなかったらしい。手元の通信装置を棚に戻す。
棚の間を抜けて、様子を伺うと、女の子が立っていた。中学生くらいだろうか。
目を引くのは銀色の髪の毛だ。顔立ちは日本人に見えるので、どこかちぐはぐな印象。
「いらっしゃいませ」
声をかけると、彼女がこちらを見た。
でも、何も言わない。まぁ、よくあることだ、僕はそれほど子どもに好かれる方ではない。
「ごゆっくりどうぞ」
僕はカウンターの中で椅子に座って、またカタログに戻った。
たまに女の子を確認するけど、ほとんど動かず、棚を見ている。何の棚の位置かな、と思い出そうとした。
確か、魔器の強化部品の棚だったような。視線の位置からすると、知覚強化に関する備品のあたりか。
女の子が必要とするようには思えない。
まぁ、趣味かもしれない。深入りしないでおこう。
僕はまたカタログに戻り、魔具の性能を確認していた。ここで勉強しておけば、お客が来た時、応対できる。
カタログを十分に見てから、僕は魔具の修理に関する専門書を読み始めた。
店長がこの分野のプロフェッショナルなのは、知っている。本人は教えてくれないけど、魔具を修理する手際を見ていると、熟練の技術者だとわかる。たまに持ち込まれる魔器も、完璧に整備するのだ。
魔法管理機構が認定する技術者の資格があったはずだけど、僕もいずれはそれを取得したい、と思っている。ただ、一般の高校に通う生徒が取れる資格じゃないし、専門の大学に進んで、やっと、という感じか。
僕にはなかなか、難しそうだった。
店のドアが開く音がした。顔を上げると、二人組の大学生くらいの男性が入ってきたのが見えた。
「いらっしゃいませ」
二人組が棚の間を移動しつつ、話している。多機能眼鏡を探しているらしい。僕はカウンターを出て、二人に近づいた
話しかけて要望を聞く。向こうから見れば僕もまだ子ども、最初はどこか侮るような雰囲気。
でも僕がいくつかの商品を示し、説明すると、こちらの知識を認めてくれたようだ。
最後には僕がカタログを示して、最新モデルやメーカーのフラグシップ機などを紹介した。もちろん、そういうものを売り込むつもりではない。彼らにはそこまでの予算がないように思えたからだ。
予想通り、彼らは店頭にあった、ひとつ前のモデルの、普及型の多機能眼鏡を購入していった。仕事をしたな、と思いながら、二人を見送った。
見計らったかのように店長が戻ってきた。
「堂にいった接客だったな」
本当にどこかで見ていたらしい。
「売り上げに貢献したんですから、そのうち、時給を上げてくださいね」
「この店の床が片付いたら、倍にしてやってもいいぞ」
思わず店内を見回してしまった。
棚から溢れて床に積み重ねられている商品は、棚に入っている商品の半分くらいの量がありそうだ。
全部、売れるのには信じられないほど時間がかかるだろう。しかも入荷した商品の一部は、随時、確実に床に置かれるのだ。
まったく、すごい店である。
その日はそのまま十九時半の閉店時間までお客は来なかった。
店長がシャッターを下ろし、僕は店内を掃除した。
レジの中身を確認することもなく、解散になる。店長もこの店に住んでいるわけではない。
「気をつけて帰れよ、睦月」
「お疲れ様でした、ありがとうございます」
僕は自転車のロックを解除して、走り出した。
両親は別々に魔法学関係の研究所で働いていて、松代シティにはいない。僕は魔法を応用したアンドロイドと生活している。
帰り道で、ふと視線を感じると、そこにあの銀髪の少女がいた。
交差点で信号が青になるのを待っている。最初、見間違いかと思った。でもあの少女だ。
信号が変わる。僕は自転車をこぎ出した。
待っていた数人が歩きだし、女の子は見えなくなった。僕の視界からもすぐに外れる。
でも、どこか薄ら寒いものを感じつつ、僕は走り続けた。
松代シティのはずれにあるマンション。その一室で僕は生活している。
自転車を駐輪して、部屋のドアへ向かおうとした、まさにその時、それに気づいた。
ドアの前に、誰か、立っている。
銀髪の少女だった。
まさか、僕は幻を見ているのか? 誰かがふざけて魔法を使って、僕に幻覚を見せている?
反射的に魔具であるモバイルを取り出し、周囲の魔力の流れをマッピングした。
女の子の周囲には何も不自然な基礎魔力の流れはない、つまり実体がない。そして、僕自身にも誰かの魔力が作用しているようでもない。
そうなると、これは、幽霊?
背筋が冷えたが、何となく歩み寄っていた。
少女がこちらを見る。視線が僕とぶつかった。
相手の姿が透けていたりはしない。触れようとすれば触れられるんじゃないかと思うほど、リアルだ。
ふと思い立って、モバイルのカメラを向けてみた。
少女の姿は、映らない。
自分がよく腰を抜かさなかったと思う。
ただ、魔法が一般的な世界で、幽霊の存在がそのうち、発見されないとも限らない、と頭の中では変な理論が組み立てられた。
もしかしたら、僕がその幽霊の発見の偉人になるかもしれない。
しれないけど、さすがにそこまでの度胸はなかった。
僕が見ている幻覚か? 幽霊よりも、その確率が高い。しかし、どうして幻覚を?
少女の前を素通りして、僕は部屋のドアの鍵を解除して、中に入った。
少女が入ってくるはずもない。ただ、戸口の外に立ち尽くしている。
「お帰りなさい」
奥からアンドロイドがやってきた。人間と見分けがつかないが、瞳が赤い。
「ここに」僕は少女の方を、開けておいたドアの外を指差した。「何か見えるかい?」
アンドロイトは不思議そうにそこへ視線を向け、じぃっと見ている。
「あの」
アンドロイドがやっとこちらを見た。
「どういうことなのか、説明をいただけますか? 何かの冗談でしょうか?」
「いや、冗談じゃない」
もう一度、僕はそこを見た。
少女が立っている。
「つまり、見えないわけだ。何も」
「はい、何も見えません」
どうやら、僕の幻覚だ。アンドロイドの瞳である高性能カメラでも見れないのだから。
僕は恐る恐る、ドアを閉めた。
一瞬、閉める瞬間にこっちに飛び込んできたらどうしようと思ったけど、そんなことはなかった。無事にドアが閉まった。
荷物を置いて着替えてから、リビングに向かった。
すでに料理が用意されている。アンドロイドは魔力供給で生きるので、食事は一人分だ。
「お父様からメッセージです」
食卓についた僕の前に、立体映像が立ち上がり、小さくなった父さんの映像が流れた。
たまにある連絡で、これといって特別な内容はない。こちらからのメッセージを催促するような感じ。
食事が終わったら、何かメッセージを録画して、送っておこう。
次に松代シティに戻るのは八月だろう、と言っていた。母さんと時期を合わせて戻ると続けてから、最後に、ちゃんと食事を摂るように、と締めくくってメッセージが終わった。
食事をゆっくりと済ませ、片付けをアンドロイドに任せた。
どうやら幻覚を見た割に、いつも通りだ。特に問題はない。健康診断も不要だろう。
自分の部屋の入り、今日の社会見学のレポートを書いていく。すでにキーボードを打つような必要はない。首筋に小さな機械を取り付ければ、あとは、思考をそれが読み取って、僕の眼の前に文章が立体映像で投射される。
その文字の列がスルスルと、机の上のタブレットに吸い込まれる演出。タブレットに記録されているのを示す動きだ。
一時間ほどかけて、レポートを仕上げてから、風呂に入る。
風呂から出て、ふと思い立った。
玄関の外を確認してみよう。風呂に入ったことで、幻覚のことも忘れられつつある。
インターホンの機能の一つで玄関の外の映像を確認。誰もいない。良し、良し。
部屋に戻ろうと思ったけど、その前に気づいて、玄関に引き返した。
自分が期待しているのか、不安に思っているのか、怯えているのか、よくわからないけど、とにかく、好奇心が勝って、僕はドアノブに手をかけた。
鍵を開けて、ドアを開ける。
果たして。
「嘘だろ」
玄関の前に、まだ少女が立っていた。
じっとこちらを見据えてくる。
慌ててドアを閉めた。あまりに勢いよく閉めすぎて、ものすごい音が鳴った。
アンドロイドが駆け寄ってきた。
「どうしましたか? 何かありましたか?」
「いや……」
さすがに動悸が激しかった。口から心臓が飛び出しそうだ。
幻覚にしては、リアルだ。リアルすぎる。しかしなんでだ? なんで玄関にいる? 部屋に入ってこない幻覚とは、どういう律儀さだ?
いやいや、違う、部屋に入ってきてほしいわけじゃない、いやいや、そうじゃなくて、なんだ、なんていうか、理解できない。
ジリジリと玄関から離れつつ、鍵をかけていないのに気付き、またにじり寄ると、そっと鍵をかけた。
幽霊や幻覚にドアの鍵が何ほどの意味があるのは不明だ。
「塩を撒いておいてくれ」
アンドロイドが首を傾げている。
「厄除け」
そういうと、アンドロイドが頷いて、台所へ行ってしまった。
僕は自分の部屋に向かい、椅子に座り込み、天を仰いだ。
今になって、恐怖が押し寄せてきた。
ちょっと真澄に相談したくなった。でも、僕が見ている何かしらの幻覚だといたら、真澄は容赦なく僕を病院に放り込むだろう。
幻覚ではないとすると、というか幻覚じゃないことしか考えないとして、どんな可能性があるのか。
マグマグで触れた何か、魔具か魔器が、僕に作用しているのか? 特別なものに触れた記憶はない。
魔法ではないとすると、これは、いよいよ、精神が何かにやられたのか。
ちょっとした絶望感を感じつつ、しかし、明日になれば治っているかもしれない、今日はただ疲れていただけで、明日は正常になっているんじゃないか、と思った。
思おうとした。
勉強を少し進めたかったけど、思ったようにいかず、集中できないことを理由に、ベッドに倒れこんだ。
その日は少しも焦れることなく、自然と眠ることができた。
夢の中で、聞いたことのない声が何かを僕に訴えていたけど、よく聞こえなかった。
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サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
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