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序章
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序
大きな模型を前にして、僕はぼんやりと説明を聞いていた。
「魔法革命により私たちの生活は大きく発展しました。こちらの模型にもある、魔法炉式発電施設は、従来型の原子力発電所よりも小さな施設で、何よりも絶対的に安全な形で、完全な電力供給を成り立たせています」
魔法炉と呼ばれるその発電施設の中枢の模型を見ても、わかることは少ない。非常にざっくりとして、大雑把な模型なのだ。
俺は松代総合高校の社会見学として、松代シティにある水天宮魔法研究所に来ていた。日本どこから世界各地に無数にある、魔法の研究を行う民間施設のうちの一つだ。
松代総合高校には全日制と通信制があり、僕は通信制の普通科なので、濃紺のブレザー、濃紺のネクタイ、濃紺のスラックス、という服装だった。
「真面目に聞きなよ、睦月」
隣にいる女子生徒が言う。
彼女の服装は、深緑のブレザー、深緑のリボン、深緑のプリーツスカートだ。こちらは全日制魔法科の制服。
幼馴染で、名前は夢路真澄という。
「小学校で習うような内容だしな」
僕がそう返すと、真澄はきつい視線を向けてきた。おお、怖。
係員が歩き出し、その後を五十人ほどの生徒がゆっくりと進む。社会見学にはいくつかの選択肢があり、ここにいるのは全生徒の中の一部だ。
水天宮魔法研究所の広報施設には、魔法の歴史を伝える展示がある。博物館ではないので、小規模だ。そんなところを僕が選んだのは、人気がないから、というのと、もう一つある。そのもう一つの方は、もうちょっと辛抱が必要だ。
係員が説明を再開。
「魔法は二人の研究者と一人の魔法使いによって、科学的に解明されました。俗に言う、魔法の発見、と呼ばれる出来事です。そこから魔法は科学によって解明され、科学の一分野、魔法学、魔法法則、魔法技術、へと発展しました」
係員が指示棒で展示されているパネルを示している。
そこには一人の日本人と二人の外国人の写真がある。
男たちは、科学者の谷山、サイモン、そして魔法使いのフェルストである。
おそらく人類史が続く限り語り継がれる、偉大な男たち。
係員が次のパネルへ移動する。そこには説明の文章と、これも誰もが知っている紋章があった。「国際機関の、魔法管理機構が設置され、全世界規模で、魔法に対する素養があるものは管理されるようになりました。みなさんの中にもタグを持っている人が大勢いるでしょう。魔法管理機構は、タグを使って、全ての魔法使いを、八つの段階、階級に分けています。それはタグを見れば、すぐにわかります」
僕はなんとなく真澄を見る。にらみ返された。他にも数人、真澄を見たようだけど、彼女は無視している。
係員が先へ進む。
「タグは一年に一度、所有者の力量の判定を自動に更新します。その記録は全て魔法管理機構に保存されます」
僕は自分のタグを取り出して、確認した。小さなキーホルダーのようなもので、おもちゃに見えるが、そうではない。
スイッチを押すと「八等級」と表示された。
つまり最下位だ。
係員の説明が続く。
「魔法への研究が進むにつれて、魔法の技量というのは非常に判定しづらいとわかってきました。まず魔法のきっかけとなる魔力には、個人で持っている基礎魔力が必要です。ただし、基礎魔力には個人差が激しいのですね。それでも基礎魔力が弱い人間は魔法を使えない、とは決め付けられません。世界を構成している内包魔力と呼ばれる力を、弱い基礎魔力を使って操れば、強い基礎魔力の持ち主とも対等の力を使えます」
生徒の一人が、「天才には敵いません!」と声を出した。どっと生徒たちが笑う。係員も苦笑いしていた。
僕は黙っている。面白いジョークでもない。
係員が説明を再開し、魔法について説明し終わると、
「ここから先は実際の研究所です。先ほどのような大声は困りますよ。静かに、黙って、見学してください。では、行きましょう」
やれやれ、やっとだ。
ぞろぞろと集団で歩いて、展示室を出た。狭い通路を進んでいくと、通路の壁がガラス張りになった。
思わず、僕は張り付くようにしてガラスの向こうを見ていた。
魔法を使うには、大抵の人間が道具を使う。それは魔具と呼ばれる。
例えば僕が持っているモバイルも、魔具の一つだ。バッテリーがなく、僕の基礎魔力で稼働する。さらに通信機能自体も魔法の応用で行われている。
通信も、発電と同じように魔法が全てを蹂躙した分野だ。
それはそうと、ガラスの向こうでは研究者たちが動き回っている。何かの記録を取るもの、何かを顕微鏡で覗いているもの、何かを組み立てているもの、様々だ。
僕はその中から魔具の組み立てをしている研究者を凝視した。
ポケットから眼鏡を取り出してつけ、手で触れて視力を強化する。
研究者の手元が見えた。
ふむ。これは、勉強になる。
時間が来るまで、僕はじっとそこを見ていた。
係員の声がかかり、僕たちは通路を抜けて奥へ進んだ。
「何を見ていたの?」
横に来た真澄が囁いてくる。
「魔具の試作品を見ていた」
「オタクだね」
身も蓋もない。
「うそうそ、仕事に役立てようとしているんでしょ?」
「そういうわけでもない」
「じゃあ、オタクだ」
やれやれ。
「最新の魔具の構造を知りたかったんだよ。でも、今までの魔具と特別に違うようではなかったな。やっぱり見学させる場所では、最新の技術は出さないね」
「考えればわかると思うけど、それくらいのこと」
「わずかな期待に賭けただけ」
僕たちは通路を進み、最後にはお土産売り場に到着した。生徒たちはそれほど興味もなさそうに、それでもお土産売り場に散っていく。僕もすぐに買い物を済ませた。
会計が終わってお土産売り場を離れ、ちょうどそこにあった自販機に魔具をかざし、お金を払って飲み物を取り出した。魔法が発展したにも関わらず、環境破壊を考えているようで、ガラス瓶だった。
炭酸を飲んでいると、真澄がこちらへやってきた。手には買ったお土産の入った袋がある。
「何も買わないの?」
「いや、もう買った」
カバンから袋を出してみせる。
「何買ったの?」
「マグカップ」
真澄が呆れたような表情になる。失礼な。
「真澄は?」
「会社の人にお菓子を買ったくらい」
彼女は学生でありながら、仕事もしている。それも学校は全日制だ。忙しいはずだが、そういうそぶりはあまり見せない。
「どうしてこんな研究所を選んだか不思議だったけど、睦月はあのガラス越しの研究施設が見たかったわけだ」
「そういうこと。真澄はなんでここにしたの?」
「日帰りだったから」
やっぱり忙しいのかもしれない。
実際、彼女は今も腰に折りたたんだ魔具の一種を下げている。十字架のような装置だ。
これは攻性のもので、魔具ではなく、魔器と呼ばれる。
もちろん、誰でも持てるものじゃない。魔法管理機構の承認が必要だ。
生徒たちが買い物を終えるまで、僕と真澄は雑談していた。
幼馴染で、保育園、小学校、中学校と同じクラスだった。彼女はかなり有名人で、周囲から尊敬というか、畏怖というか、そういう視線を向けられていた。
それを彼女自身も受け入れ、より高みへ、より強くなろうしていたように見える。
ただ、僕から見れば夢路真澄という女の子は普通の女の子で、周りの女の子とは何も変わらないのだ。僕は人が人へ下す評価には幅があることを知った。色々な人が、色々な理由で、それぞれに評価するわけだ。
彼女は自然と松代総合高校魔法科へ進んだ。この学校、この学科は高度な魔法教育を受けられる場所で、ただ、周りの大人たちは東京や海外の超一流の専門校へ行くべきと主張した。僕もさすがに、真澄の実力を知っていたので、松代シティに残ると聞いた時、もっと別の選択肢があるのではないか、と遠慮気味に訊いたことがある。
彼女は、軽い調子で、
「ここが好きだからね」
と、言っていた。僕はもう深追いしなかった。
一方、僕は松代総合高校の通信制普通科に入学した。別に真澄と同じ高校に通いたかったわけではなく、別に理由がある。
それは中学生の時から通っていた魔具を扱う店で働きたかったからだ。
この時も、まるで真澄が周りから言われたように、店長に、別に全日制にも通えるし、しっかり勉強しろ、と言われた。
僕は堂々と、
「働きながら勉強します。だから、アルバイトとして雇ってください」
と、応じた。店長は顔をしかめたけど、最後には折れた。
だから僕は昼間はアルバイトで、学校に行くのは夜だ。それも通信制なので、毎日ではない。
時間になり、引率の教師に従って生徒たちが駐車場のバスへ向かう。タイヤのない、ホバーカーだ。
自然と僕と真澄で隣り合った席に座る。
「今日もこれから仕事?」
小声で真澄が尋ねてくるのに、僕は頷いた。
「そうだよ。真澄もでしょ?」
「ここのところ平和でね、それほど揉め事もない。デスクワークばっかり」
平和なのはいいことじゃないか、と思ったけど、真澄としても実力を発揮したいんだろう。
僕は時計を確認する。十六時になる前だった。学校で解散だから、たぶん時間は十六時半。お店には十七時には行ける。
「もう高校生活もあと二年と五ヶ月かぁ」
真澄がぼやく。
「それまでになんとしても、二等級にならなきゃ。デスクワークじゃ無理だろうなぁ」
この言葉を何も知らない人が聞けば、めちゃくちゃなことを言っていると思うだろう。
等級は魔法を使う人間の実力の指標で、さっき係員が言ったように、八段階。僕は八等級、最下位だ。
しかし真澄は、今の時点で、三等級なのだ。
魔法使いは三等級以上を高等とする。彼女は現在、四人いる日本人最年少の高等魔法使いのうちの一人、まさに天才なのである。
「二年もあれば上がるでしょ?」
僕がそういうと真澄の肘が僕の脇腹に当たった。
「他人事だと思って。八等級にそういうことを言われたくはない」
「八等級は気楽でいいぞ」
また肘打ちされた。
そんなことを話しているうちに学校の駐車場にバスが滑り込む。外で整列して、教師のありがたい小話の後、解散になった。何の収穫もなかったわけでもないし、良しとしよう。
「じゃあね、真澄。またそのうち」
「暇があったらお店に行くから」
手を振って別れ、僕は駐輪場へ向かった。
最高の環境的、そして経済的移動手段である自転車にまたがり、走り出した。
松代シティの中心部は開発が進み、歩車分離が徹底されている。そこを抜けると、ガラリと昔ながらなの街並みになり、歩道もないような有様だ。
三十年から変わっていないのではないかと思うような住宅地の中に、その店はある。
看板には大きく「マグマグ」と書かれている。
自転車を駐め、魔具の機能でタイヤをロックすると、店に入った。
「お疲れ様ですー」
背後でドアが閉まった。
大きな模型を前にして、僕はぼんやりと説明を聞いていた。
「魔法革命により私たちの生活は大きく発展しました。こちらの模型にもある、魔法炉式発電施設は、従来型の原子力発電所よりも小さな施設で、何よりも絶対的に安全な形で、完全な電力供給を成り立たせています」
魔法炉と呼ばれるその発電施設の中枢の模型を見ても、わかることは少ない。非常にざっくりとして、大雑把な模型なのだ。
俺は松代総合高校の社会見学として、松代シティにある水天宮魔法研究所に来ていた。日本どこから世界各地に無数にある、魔法の研究を行う民間施設のうちの一つだ。
松代総合高校には全日制と通信制があり、僕は通信制の普通科なので、濃紺のブレザー、濃紺のネクタイ、濃紺のスラックス、という服装だった。
「真面目に聞きなよ、睦月」
隣にいる女子生徒が言う。
彼女の服装は、深緑のブレザー、深緑のリボン、深緑のプリーツスカートだ。こちらは全日制魔法科の制服。
幼馴染で、名前は夢路真澄という。
「小学校で習うような内容だしな」
僕がそう返すと、真澄はきつい視線を向けてきた。おお、怖。
係員が歩き出し、その後を五十人ほどの生徒がゆっくりと進む。社会見学にはいくつかの選択肢があり、ここにいるのは全生徒の中の一部だ。
水天宮魔法研究所の広報施設には、魔法の歴史を伝える展示がある。博物館ではないので、小規模だ。そんなところを僕が選んだのは、人気がないから、というのと、もう一つある。そのもう一つの方は、もうちょっと辛抱が必要だ。
係員が説明を再開。
「魔法は二人の研究者と一人の魔法使いによって、科学的に解明されました。俗に言う、魔法の発見、と呼ばれる出来事です。そこから魔法は科学によって解明され、科学の一分野、魔法学、魔法法則、魔法技術、へと発展しました」
係員が指示棒で展示されているパネルを示している。
そこには一人の日本人と二人の外国人の写真がある。
男たちは、科学者の谷山、サイモン、そして魔法使いのフェルストである。
おそらく人類史が続く限り語り継がれる、偉大な男たち。
係員が次のパネルへ移動する。そこには説明の文章と、これも誰もが知っている紋章があった。「国際機関の、魔法管理機構が設置され、全世界規模で、魔法に対する素養があるものは管理されるようになりました。みなさんの中にもタグを持っている人が大勢いるでしょう。魔法管理機構は、タグを使って、全ての魔法使いを、八つの段階、階級に分けています。それはタグを見れば、すぐにわかります」
僕はなんとなく真澄を見る。にらみ返された。他にも数人、真澄を見たようだけど、彼女は無視している。
係員が先へ進む。
「タグは一年に一度、所有者の力量の判定を自動に更新します。その記録は全て魔法管理機構に保存されます」
僕は自分のタグを取り出して、確認した。小さなキーホルダーのようなもので、おもちゃに見えるが、そうではない。
スイッチを押すと「八等級」と表示された。
つまり最下位だ。
係員の説明が続く。
「魔法への研究が進むにつれて、魔法の技量というのは非常に判定しづらいとわかってきました。まず魔法のきっかけとなる魔力には、個人で持っている基礎魔力が必要です。ただし、基礎魔力には個人差が激しいのですね。それでも基礎魔力が弱い人間は魔法を使えない、とは決め付けられません。世界を構成している内包魔力と呼ばれる力を、弱い基礎魔力を使って操れば、強い基礎魔力の持ち主とも対等の力を使えます」
生徒の一人が、「天才には敵いません!」と声を出した。どっと生徒たちが笑う。係員も苦笑いしていた。
僕は黙っている。面白いジョークでもない。
係員が説明を再開し、魔法について説明し終わると、
「ここから先は実際の研究所です。先ほどのような大声は困りますよ。静かに、黙って、見学してください。では、行きましょう」
やれやれ、やっとだ。
ぞろぞろと集団で歩いて、展示室を出た。狭い通路を進んでいくと、通路の壁がガラス張りになった。
思わず、僕は張り付くようにしてガラスの向こうを見ていた。
魔法を使うには、大抵の人間が道具を使う。それは魔具と呼ばれる。
例えば僕が持っているモバイルも、魔具の一つだ。バッテリーがなく、僕の基礎魔力で稼働する。さらに通信機能自体も魔法の応用で行われている。
通信も、発電と同じように魔法が全てを蹂躙した分野だ。
それはそうと、ガラスの向こうでは研究者たちが動き回っている。何かの記録を取るもの、何かを顕微鏡で覗いているもの、何かを組み立てているもの、様々だ。
僕はその中から魔具の組み立てをしている研究者を凝視した。
ポケットから眼鏡を取り出してつけ、手で触れて視力を強化する。
研究者の手元が見えた。
ふむ。これは、勉強になる。
時間が来るまで、僕はじっとそこを見ていた。
係員の声がかかり、僕たちは通路を抜けて奥へ進んだ。
「何を見ていたの?」
横に来た真澄が囁いてくる。
「魔具の試作品を見ていた」
「オタクだね」
身も蓋もない。
「うそうそ、仕事に役立てようとしているんでしょ?」
「そういうわけでもない」
「じゃあ、オタクだ」
やれやれ。
「最新の魔具の構造を知りたかったんだよ。でも、今までの魔具と特別に違うようではなかったな。やっぱり見学させる場所では、最新の技術は出さないね」
「考えればわかると思うけど、それくらいのこと」
「わずかな期待に賭けただけ」
僕たちは通路を進み、最後にはお土産売り場に到着した。生徒たちはそれほど興味もなさそうに、それでもお土産売り場に散っていく。僕もすぐに買い物を済ませた。
会計が終わってお土産売り場を離れ、ちょうどそこにあった自販機に魔具をかざし、お金を払って飲み物を取り出した。魔法が発展したにも関わらず、環境破壊を考えているようで、ガラス瓶だった。
炭酸を飲んでいると、真澄がこちらへやってきた。手には買ったお土産の入った袋がある。
「何も買わないの?」
「いや、もう買った」
カバンから袋を出してみせる。
「何買ったの?」
「マグカップ」
真澄が呆れたような表情になる。失礼な。
「真澄は?」
「会社の人にお菓子を買ったくらい」
彼女は学生でありながら、仕事もしている。それも学校は全日制だ。忙しいはずだが、そういうそぶりはあまり見せない。
「どうしてこんな研究所を選んだか不思議だったけど、睦月はあのガラス越しの研究施設が見たかったわけだ」
「そういうこと。真澄はなんでここにしたの?」
「日帰りだったから」
やっぱり忙しいのかもしれない。
実際、彼女は今も腰に折りたたんだ魔具の一種を下げている。十字架のような装置だ。
これは攻性のもので、魔具ではなく、魔器と呼ばれる。
もちろん、誰でも持てるものじゃない。魔法管理機構の承認が必要だ。
生徒たちが買い物を終えるまで、僕と真澄は雑談していた。
幼馴染で、保育園、小学校、中学校と同じクラスだった。彼女はかなり有名人で、周囲から尊敬というか、畏怖というか、そういう視線を向けられていた。
それを彼女自身も受け入れ、より高みへ、より強くなろうしていたように見える。
ただ、僕から見れば夢路真澄という女の子は普通の女の子で、周りの女の子とは何も変わらないのだ。僕は人が人へ下す評価には幅があることを知った。色々な人が、色々な理由で、それぞれに評価するわけだ。
彼女は自然と松代総合高校魔法科へ進んだ。この学校、この学科は高度な魔法教育を受けられる場所で、ただ、周りの大人たちは東京や海外の超一流の専門校へ行くべきと主張した。僕もさすがに、真澄の実力を知っていたので、松代シティに残ると聞いた時、もっと別の選択肢があるのではないか、と遠慮気味に訊いたことがある。
彼女は、軽い調子で、
「ここが好きだからね」
と、言っていた。僕はもう深追いしなかった。
一方、僕は松代総合高校の通信制普通科に入学した。別に真澄と同じ高校に通いたかったわけではなく、別に理由がある。
それは中学生の時から通っていた魔具を扱う店で働きたかったからだ。
この時も、まるで真澄が周りから言われたように、店長に、別に全日制にも通えるし、しっかり勉強しろ、と言われた。
僕は堂々と、
「働きながら勉強します。だから、アルバイトとして雇ってください」
と、応じた。店長は顔をしかめたけど、最後には折れた。
だから僕は昼間はアルバイトで、学校に行くのは夜だ。それも通信制なので、毎日ではない。
時間になり、引率の教師に従って生徒たちが駐車場のバスへ向かう。タイヤのない、ホバーカーだ。
自然と僕と真澄で隣り合った席に座る。
「今日もこれから仕事?」
小声で真澄が尋ねてくるのに、僕は頷いた。
「そうだよ。真澄もでしょ?」
「ここのところ平和でね、それほど揉め事もない。デスクワークばっかり」
平和なのはいいことじゃないか、と思ったけど、真澄としても実力を発揮したいんだろう。
僕は時計を確認する。十六時になる前だった。学校で解散だから、たぶん時間は十六時半。お店には十七時には行ける。
「もう高校生活もあと二年と五ヶ月かぁ」
真澄がぼやく。
「それまでになんとしても、二等級にならなきゃ。デスクワークじゃ無理だろうなぁ」
この言葉を何も知らない人が聞けば、めちゃくちゃなことを言っていると思うだろう。
等級は魔法を使う人間の実力の指標で、さっき係員が言ったように、八段階。僕は八等級、最下位だ。
しかし真澄は、今の時点で、三等級なのだ。
魔法使いは三等級以上を高等とする。彼女は現在、四人いる日本人最年少の高等魔法使いのうちの一人、まさに天才なのである。
「二年もあれば上がるでしょ?」
僕がそういうと真澄の肘が僕の脇腹に当たった。
「他人事だと思って。八等級にそういうことを言われたくはない」
「八等級は気楽でいいぞ」
また肘打ちされた。
そんなことを話しているうちに学校の駐車場にバスが滑り込む。外で整列して、教師のありがたい小話の後、解散になった。何の収穫もなかったわけでもないし、良しとしよう。
「じゃあね、真澄。またそのうち」
「暇があったらお店に行くから」
手を振って別れ、僕は駐輪場へ向かった。
最高の環境的、そして経済的移動手段である自転車にまたがり、走り出した。
松代シティの中心部は開発が進み、歩車分離が徹底されている。そこを抜けると、ガラリと昔ながらなの街並みになり、歩道もないような有様だ。
三十年から変わっていないのではないかと思うような住宅地の中に、その店はある。
看板には大きく「マグマグ」と書かれている。
自転車を駐め、魔具の機能でタイヤをロックすると、店に入った。
「お疲れ様ですー」
背後でドアが閉まった。
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