英雄の影 〜魔竜、勇者を育ててしまう〜

Last-BOSS

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第1章 それぞれの旅立ち

第17話 古代暗黒魔法

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 本来は肌寒い季節にもかかわらず、魔神パズスの魔界陣の影響で草木も枯れた荒れ地は暑かった。ダンジョン内部と違って風がある分、耐え難いというものではなかったが、心地いいというものではない。

「うぉ!」

 ソドムは突然目の前に現れた聖印徒クインに驚いた。帰還の魔法で最後に寝た地点に戻ってくるのは分かっていたが、空間を押しのけるようにいきなり現れるというのは驚いても仕方がないところである。

「唐突に申し訳ありません、ソドム卿。ダンジョン内部の暑苦しさには耐えられず、撤退してきた次第。強き魔物もいない層ですので、まもなくお二方も戻りましょう」と、簡潔に報告するクイン。手傷は負ってないが、息も絶え絶えで相当消耗しているのはみてとれた。トリスは気を利かせて冷えた水を彼に渡した。水を入れた皮袋は、彼らが帰還した時のために、何重にも布を巻いて温度を維持していたものだった。
 クインは「かたじけない」と礼を言って一気に飲み干した。「おかげで生き返りました」と言い、珍しく笑顔を見せた。ソドムとレウルーラは、ダンジョン内の様子をクインに尋ね、他の冒険者が寄り付かない理由に納得した。

「やはり攻略は厳しいか・・・。残念だが仕方がない。にしても、ちょうどよかった」そう言って、ソドムは荒れ地の先にある丘を指さした。クインは手をかざしながら丘に目をやると、騎馬兵六騎を確認できた。彼らは堂々とギルドの旗を掲げている。

「ほほう、紺の縁に軍馬の紋様・・・ライダースですね。力量差を見せつけられた冴子殿とシュラ殿が不在と知り、勝ち目ありと踏んだ・・・といったところでしょうか」そう言ってクインは左腕のネジ巻時計に目をやった。時間は午後6時半を指している。
「ならばこちらも、旗を掲げねばなりませんな」クインは小脇のバッグから旗を取り出し、自らの槍に括り付けた。デザインはシンプルで、黒塗りの竜が翼を広げて火息ブレスを吐いているガーターズの旗である。

 ギルドの私闘解禁時間は午前11時半からの30分間、午後6時半からの30分間と決められていて、攻撃する意思がある場合 セイントが果たし状代わりに矢(音響のなる鏑矢かぶらやに松脂を塗り火を灯したもの)を放つ。挑戦された側が受けて立つ場合はセイントが首にかけている笛を一回鳴らし戦闘を開始する決まりになっていた。降伏する場合は笛を二度ならし、挑戦者側が求めるがまま命以外は差し出すというものであった。
 ちなみに時計は超高級品であり、腕時計は実用に迫られてるセイントか見せびらかしたい貴族くらいしかもってはいない。また、ネジ巻ゆえに一年もすると時間がずれてきたりするので、大きな町の時計屋で時間を合わせる必要がある。
 その時計屋も、連邦王都での太陽の位置を基準にした時間にあわせる必要があるため、王都に赴かなくてはならず、手間と経費がかかる商売であった。

「開戦でよろしいですな?ソドム卿」

「ああ。ここは連邦王国ではない、闇魔法を遠慮なく使わせてもらおう」ソドムは不敵な笑いで応じた。
 光の神ホルス教を国教にしている連邦王国では、闇の魔法を使ったなら邪教徒として討伐対象になったので、信仰自体を隠す必要があった。
 だが、今この地では思うがまま力を行使できる。騎馬ごとき敵ではなかった。

 とはいえ、暗黒魔法はド派手なものはないため、勝手に影王ソドムの名を語っているセコい奴程度にしか思われていないのは切ないとこである。

「ピ~!」まるで競技開始のようにクインが笛を鳴らした。

 それを合図に騎馬兵は丘を駆け下りる。彼らは余計な口上などなく、短弓を構えて散開した。合わせるかのように、トリスが戦闘向きの演奏を始める。相手方のセイントは、戦闘に加わる意志はなく、丘から動く気配はなかった。

「チッ、バラけられるとまとめて倒せん!」
 阿呆な連中なら、直進してきた先頭を叩けば、それにつまずき半数は減らせたはずだが、ダンジョン内にまで馬で入るような玄人相手では簡単にはいかなかった。

 ならば魔獣で一掃するまで!と息巻いてレウルーラは詠唱にかかるも騎射によって阻まれ、距離を詰められてしまう。矢は、あくまでも牽制だったため、皆無傷で済んでいる。

「いなしてから、反撃しよう」と、ソドムが妻に伝えた。レウルーラは「わかったわ」と言い、腰の短剣を構えた。
 騎馬による突撃チャージは強力で、馬の質量と勢いが槍の先端に集約されるのだから、鉄鎧も貫く威力がある。
 二人とも物理耐性がある魔人とはいえ、槍をまともにくらえば、深傷ふかでを負いかねない。ソドムらは、ちょっと前までの余裕は消え、鋭い目つきで敵の攻撃を見定めようとしている。

 体力を消耗しているクインは、積極的には戦おうとはせず、盾を構え、無防備な吟遊詩人を守っている。

 槍を構えたライダースは、ソドムに三騎、レウルーラにニ騎襲い掛かってきた。
 まずは、剣士を潰して、魔術師の女には剣での接近戦に持ち込む魂胆であり、それが最適解であった。相手が影王でなかったならば。

 レウルーラへの攻撃は、生け捕りが前提なのか、ニ騎とも殺意はなく、脅かす程度に槍を振るい、そのまま駆け抜けて行った。
 ミニスカ・ガーターベルト・ストッキングというセクシャルないでたちが功を奏したのだろう、というより男子ならば槍で一突き!などという勿体ないことをするはずもない。

 当然、ソドムへの攻撃は違う。美女達をはべらしての旅を見せつけられていたせいもあろう、嫉妬と憎悪が混じり合い殺気となって、槍を持つ腕にはかつてないほどの力が込められていた。酒を一杯奢ってもらった恩義など、何処かに吹き飛んでしまっている。

 冒険者同士の戦いでは、異性を犯すことは禁じられている。捕まえて所有権を得ることもできない。しかも、攻撃側は一時間その場にとどまり、相手が逃げる時間を与えなくてはならない。
 が、公にはされていない悪どい抜け道がある…。それは、【武装解除】である。
 つまり、戦利品として金品のみならず武具を奪って、野盗や魔物が跋扈する警備ガード圏外に丸腰で解き放つのだ。
 歴戦の戦士でも、木の棒や石しか手に入らなくては、野たれ死ぬ可能性が高い。それが嫌なら、要求に従え…とくるわけだ。
 もちろん、選択の自由くらいはあるのだが、生き延びて再起を図りたいならば、後者を選ばざるえない・・・という残酷な一面がある。だから、ギルドとしては、女性に冒険者を勧めないのであった。

 馬ごとの体当たりも辞さない覚悟を感じたソドムは、闇の最高司祭として受け継いだ能力【影武者シャドーサーヴァント】で腕のみ影分身を作りだし、「腕が四本もある人外の危険生物ですよ」とばかりに虚勢を張り、僅かばかり躊躇させ勢いを削いだ。
 一人目の突撃は左腕のガントレッドで受け流し、二人目は剣で槍の穂先を払ってしのいだが、三人目への対処は間に合わず、馬ごと体当たりされてしまい、後ろに吹き飛ばされた。
「ソドム!」と、身を案じたレウルーラが叫ぶも、転がりざま即座に立ち上がったソドムは、影武者と共に魔法の詠唱を始めていた。
 ソドムのマイナーな古代暗黒魔法ロストマジックの使い道を理解したレウルーラは、同じ呪文を唱え始める。召喚魔法でもよかったが、前衛がいない状況では、詠唱の短い魔法で足止めしてから、本命の魔法を唱えたほうがいいと判断したのだ。

 ライダースは馬首を返し、雄たけびをあげながら再突撃して来る。今度は五騎で一気にソドムに殺到し、その余勢で女を蹴散らす腹積りでであった。ここまでくれば勝ち確定だと思うのは自然であり、馬の体当たりを食らったソドムは全身打撲と骨折で立つのがやっとだと確信していたに違いない。
 まさか物理耐性のおかげで、飼い犬から勢いよく抱きかれた程度のダメージしかなかったとは思わなかった。

 詠唱が短いが、効果時間も短い暗黒魔法【悪魔乃目隠ブラインド】。対象の視覚を三秒奪う魔法なのだが、魔法抵抗が高めの人間には、たったの一秒しか効かないという欠陥があった。
 その微妙な効果ゆえに使い手はいなくなり、古い文献にひっそりと記録されている程度の扱いなので、皮肉を込めて古代暗黒魔法などと呼ばれているものだ。
 だが、ソドムは知恵を絞り、実戦で使い、見事に成果を出してみせた。

 人ではなく、馬に魔法をかけるのだ。知性が低い馬は、魔法抵抗がないに等しい。なので、走ってる最中、突然目が見えなくなり、それが三秒続けば平衡感覚を失い、おもいっきり転倒する。騎上の者は激しく投げ出され、運が悪ければ死ぬくらいの大ダメージを受けるだろう。

「ド、ドッザザァー!」

 ソドム、影武者、レウルーラの魔法によって三騎が思いっきり転倒して砂塵を巻き上げた。続く二騎は巻き込まれる形で転倒した。なんともあっけない幕引きであった。

 抜け目ないソドムは、影武者と共に次の魔法を詠唱し、合わせて十体の骸骨兵スケルトンを召喚して、落馬したライダースを包囲させた。
 人間の死体がベースである不気味なアンデッド・スケルトンは、骨製の剣と盾を装備しているものの、自重が軽いため攻防は頼りなく、ハッキリ言って戦力としてはイマイチで、雑魚モンスター扱いだ。
 ただ、戦士の魂を宿しているためか、民間人よりは剣技は上である。落馬して怪我を負った連中相手なら少しは健闘できるはずであった。

 レウルーラもとどめを刺すべく、スタグビートル(巨大なノコギリクワガタ)を召喚した。
 スタグビートルの大きさは、四人乗りのボートくらいあり、その平べったい体の上に乗るとなると、相当股を開かなくてはならず(股裂きで床にぺたりと着くくらい)、しばらくは乗りこなすことが出来なかったレウルーラ。
 ドラゴンタートルもそうだが、魔獣は馬と違って、乗り心地以前に、乗りにくい…。
 そのため彼女は、半年くらい酢を積極的に飲んだり、柔軟運動を頑張ったりと努力して、ようやく乗れるようになったものだ。
 乗ってしまえば高さ的に斬りかかられることは少なくなり、魔法の詠唱に集中できるし、安全である。
 そのスタグビートルであるが、心話での意思疎通が可能な知性があった。
『コレは影王夫妻、ご機嫌麗しゅう』と心話って、騎乗しやすいように体勢を低くした。
「ゴメンねスタグさん、寝てたかな?」レウルーラは声をかけながらよじ登り、スカートがめくれることなどに頓着せず、大きく脚を開いて跨った。
『構いません、船底に居場所を頂き、快適に過ごしておりますので』何やらソワソワしながら辺りを窺っているスタグ。彼はレウルーラと契約する前に、シュラによってテイムされており、テイム時に散々ボコられたので、つい…本来のオニがいるのか確認してしまうのであった。
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