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第1章 それぞれの旅立ち
第7話 深夜のワインセラー
しおりを挟む==冒険者ギルド近郊==
酒場以外は店を閉じる深夜、小さな街ながら商店が立ち並ぶ路地を、街灯が薄っすらと照らす。暗闇を遠ざけることが防犯につながるので、予算が厳しかろうと この費用を削減するわけにはいかない。
冒険者ギルドからたった数件しか離れていない所に、酒屋がある。一階は店舗、地下には倉庫兼ワインセラー・・・何の変哲もない酒屋だ。出入り口は一つ、高額な商品もあるため、厚手の扉は施錠され、酔っ払いや盗賊ごときでは侵入できないようになっていた。
店内に少し入ると、地下ワインセラーへ続く階段があった。一般の酒屋なら、8畳ほどのワインセラーなのだが、ここのは上の建物と同じくらいの20畳ほどある。この酒屋は、営業を終了しているはずなのに、地下のワインセラーは数多のランプで煌々としていた。冷気を維持しなくてはならないワインセラーに、熱を発するランプが多数ある・・・つまり、酒屋は表の顔で、実際は賊のアジトであった。
奥には鈍器で殴られて、捕まってしまった勇者ルゼッタが椅子に縛り付けられていた。兜を被っていたとはいえ、後ろから棍棒の一撃をフルスイングで食らったため、彼女の意識は朦朧としていた。ただ、騙し討ちされて拉致されたことは理解している。
彼女をこのような目に合わせた張本人、スペードと名乗ったトゲトゲ肩パッド男は、ルゼッタの前で薄ら笑いを浮かべながら、愛用の鉄棍棒を軽く上に振り上げては「パシッ」と左手で受け、楽しみながらルゼッタの回復を待っている。いきなりゴールドランクになり、粋がって正義だのと大演説していた彼女を悔しがらせたいからだ。
ルゼッタの口を塞がないのは、彼女の戦士としてのプライドが『助けを求めて叫ぶ』ことを許さないと判断してのことだった。もっとも、地下で叫んだところで果たして助けは来るかわからないが。
共犯のクラブとダイヤは、完全武装の彼女を引きずってきた疲れがあって、床にへたり込んでいた。動かない人間を運ぶのですら大変なのに、ルゼッタは全身板金鎧に兜と盾という重武装だったため、とても苦労したのだ。酒場まで引きずり込んだところで、すぐ手下たちに役割を代わってもらったほどだった。
「ゴールドランクの姉ちゃん・・・アンタ、口ばかり達者で弱ええな!ヒャハハハ」頃合いを見て、スペードが嘲笑った。クラブとダイヤも下品な笑いで惨めなルゼッタを挑発する。
「卑怯な真似を!不意打ちでなければ、お前たち全員とでも負けはしない!」歯を食いしばり、悔しがるルゼッタ。せっかくの綺麗な顔が、怒りで眉間と鼻根部に縦ジワが寄り、まるで威嚇している獣のような表情になっている。
期待していた反応に喜ぶスペード。
「うへ、怖え顔しやがる。まあ、俺たちは紳士だ。無理やり犯したりはしない。鮮度にこだわり、出荷するまでよ」そう言って、また笑った。
スペードは棍棒をルゼッタの頬にぺちぺちと当てて、自らの有能さを語りだす。
「な、頭いいと思わないか?そこらの町娘を拉致れば大事になるが、アンタみてーな独り身の冒険者がいなくなったところで、野垂れ死んだと誰もが思い、捜索なんかしないわけよ。ましてや、中途半端に強くて自信過剰な女ならチョロイもんだぜ。警戒を解くために、グループに女を混ぜるのもポイントだな。同性がいれば安心するだろ?」
ルゼッタは、こうも簡単に人を信じてしまった己が情けなかった。酒場で酔っ払いが忠告してきたことに、一切聞く耳持たなかった慢心ぶりをも思い出していた。
「あ、そうそう・・・、身分を証明するためにチラりと見せたシルバータグは、今まで拉致った女たちのものだぜぃ。今頃はどこぞの暗い部屋で飽きられないように必死でお仕事してるんじゃねーかなぁヒャハハ。来世があるかわからんが、教訓にしてくれや」
「外道が・・・」と言った後、ルゼッタは怒りを押し殺し、深く息を吐いた。観念したのか、力なく頭を垂れて押し黙る。
(まずは油断するまで体力を温存しなくては。右手さえ自由になれば、斬り抜けることができるのだが。最悪、喉笛を食いちぎって一矢報いて死のう)
「おや?おとなしくなっちゃったぞ」両手を広げておどけるスペード。暴れないようなので、ダイヤとクラブが近寄って、
「出荷前に、品質チェックしなくてはなりませんな」とダイヤが言い
「顔は良いから買い手はつくだろうが、鎧を剥いで貧相だったらオークに払い下げることもあるから、そん時は勘弁なルゼッタちゃん。フヒヒ」と、クラブがルゼッタの髪を撫でまわしながら笑った。
これからお楽しみタイムが始まろうとした時、一階で「ガゴォーン」という大きな音が聞こえた。かといって、一階に詰めている見張り役から救援要請があるわけでもなく、元の静けさに戻った。賊たちは、見張りがうたた寝して何かを倒したのだろうと思い、気に留めていない。
が、なにやら女の声が聞こえ、それが近づいて来ている気がした。
「ひと~つ、人の粘液啜りぃ~」
「ふた~つ、ふしだらな悪行三昧」
この二つ目のセリフで敵襲だと確信した三人は、各々が武器を構えた。
三つ目のセリフを言いながら、階段から赤髪の女が姿を現した。
「み~っつ、見つかっちゃったら最後、愛欲の戦士 ガーターズがギルドに代わって殺戮よ!」と、言い放ち 黒いミニスカにガーターベルトが印象的な二人がポーズを決めた。
赤髪の戦士シュラは、とても楽し気な表情をしている。
続いて降りてきた黒い長髪の美女レウルーラは、小さな声でシュラに台詞の間違いを指摘した。
「シュラちゃん、愛と正義の戦士ガターズよ」
「あ、そだった。・・・お前ら生ゴミどもは、ガター(側溝)にぶち込んでやるからかかってきなぁ!」
冒険者ギルドでは、ゴールドランクまではパーティー申請、規模が大きくなるプラチナはファミリー申請を行う。
ソドム等のファミリー名は「ガターズ」だったが、申請者がガーターベルト女子達だったのと、古代王国での最高位・ガーター騎士団というものが存在していたので、担当者が疑いもなく「ガーターズ」と登録してしまった経緯があった。
ソドムとルーラは、ガターズにこだわったが、段々とどうでもよくなってはきている。
微笑ましい乱入者に、スペードは全く動じていない。よく見れば、ギルドの酒場で隣にいた娼婦か何かで、手前の女の顔には「床上手」と書いてあるからだ。
「こいつは驚いた・・・。商品が自ら転がり込んで来やがった」
「しかも、上玉だぜ・・・フヒ」と、クラブは下品な笑みを浮かべながら、クロスボウを構えた。ただ、商品価値を下げない為にも、できれば無傷で捕えたかった。
クラブとダイヤがクロスボウで狙いを定めているのを確認すると、「女共、動けば撃つぞ!」と脅した。ルゼッタは、助けが来たことに喜び身を乗り出していたが、女性二人という何とも頼りなさげな感じに軽く絶望している。
レウルーラは、この時を待っていた。
「クインさん、拉致監禁に暴行罪・・・そして、殺意を持って賊が矢を向けています」と、後ろに控えていたセイントに話しかける。それに応じて、白い全身板金鎧の生真面目そうな男が前に出てきた。彼の白い長方形の大盾には、赤い十字が描かれている。
「賊と確認しました。婦女子をさらう・殺害しようとするなど言語道断。殺処分でよろしいです。報酬はギルドから出しましょう。あと・・・、戦利品の一割はギルドへよろしくお願いします」と、クインと呼ばれたセイントは、何の感情も感じられない無機質な声で淡々と討伐許可を出した。
クインは救出対象のルゼッタを見て、
「ルゼッタさん、貴女は世間知らずで騙されやすいから注意しなさいと言ったはずですが・・・」と、容赦ない言葉を浴びせた。
このクインという男は、少し前にルゼッタと二人で魔神討伐した相棒であり、その手柄によりセイント内での評価を高めた。なかなかに無謀な挑戦であったが、栄達に貪欲な彼はルゼッタに賭け、見事に勝利しガーターズの専属セイントになった。生まれは連邦で、宮廷魔術師の一人アジールの息子でもある。
アジール自身が『勇者人間』という強制的に勇者にする計画の立案者であったこともあり、我が子をあえて養成所に入れた。魔術師の子ゆえに、魔術の才があるため、セイントにしては珍しい後衛向きのタイプに育っている。
よりによって、クインに惨めな姿を見られたルゼッタは赤面した。
「・・・面目ない」と、一言だけ言ってうつむいた。
「まあ、いいでしょう。貴女のおかげでプラチナランクの専属セイントになれましたしね。では・・・、プラチナランクの方々の戦いを見て、今後のために勉強なさるとよろしい」と言い、クインは微笑して、戦闘の邪魔にならぬよう一階へと戻った。
セイントとして目覚ましい活躍が認められれば、ギルドから連邦王国に所属が戻され、ジオルド皇太子の親衛隊になれる。
セイントは、天使の血で施される聖印が手の甲に一つあるだが、親衛隊には複数施され、勇者の力がより強まり、神の使徒としての強さは人間を遥かに凌駕する。当然、報酬は多いし、発言権も大きい。順当にジオルドが王位を継げば、爵位を賜り、貴族に名を連ねることになるだろう。
ルゼッタは、酒場で隣席にいたシュラたちのランクを見間違えて見下し、代表の男をゲス呼ばわりしてしまったことを恥じた。薄暗い酒場での光加減では、シルバーとプラチナを見分けるのが難しいが、決めつけて罵倒したのは、後になって思えば、失礼極まりない。もう、全てが恥ずかしかった。
討伐許可がでたので、シュラはご機嫌だ。食後の運動にもなるし、ちょっとした臨時収入にもなる。ただ、酔って寝るよりも、ずっと良かった。
「よっしゃ!皆殺し!」と、シュラが両手に握りこぶしをつくる。どうやら今回は剣を使わないつもりらしい。
赤い十字を見れば、聖印徒とわかる。討伐令が出たのなら、もはや街では生きられない。小娘だけで頑丈な扉と見張りを突破したとはスペードも思っていなかったが、セイントを引き連れてるとは予想外であった。
ならば、セイントを消してなかったことにするか、屈服させ賄賂で見逃してもらうか・・・。いずれにせよ、力ずくに切り抜けるしかない。女二人の強さはわからないが、セイントの強さはよく知っていて、自分たち三人ではどうにもならないと思った。
「もはやここまで・・・、皆の者ぉ~、であえ!であえぇ~い!!」と、スペードが叫んで、ワインの棚の後ろにある隠し部屋から手下を呼び出し、階段を囲ませた。わらわらと現れた10人の男達は、生粋の戦士ではない為、軽めの三日月刀やナイフなどを構え、包囲をヒシヒシと縮めた。
「!?やばっ、こんな人数いるなんて知らなかったし・・・卑怯よ!」と、クレームをいれるシュラ。
「ふん、バカみたいな刺青してる女からは言われたくねーな。歯向かうなら、容赦はしねーぜ。ま、鮮度次第だが死体愛好家もいなくはないから、死んでいようがこちらは構わんがね」ニタリと笑うスペード。しゃべってるうちに、シュラ達は上に逃げた。
「あ!逃げやがった。追え、追えぇい!」まさか、啖呵を切ってきた相手が、いきなり逃げるとは思っていなかった。訳も分からず、指示に従う手下たち・・・。軍隊と違って集団行動が苦手なようで、押し合いながらモタモタと階段を上っていく。
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