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第1章 それぞれの旅立ち
第2話 闇の軍勢
しおりを挟む着替え終わったソドム達は、城より前線に近い丘に布陣した。シュラ達も合流し、敵の配置を遠望する。
古墳のように盛り上がっている本陣の丘の形は、うつ伏せに人が寝ているかのように見えなくもない。タクヤの説明では、何の名所もない島なので、冴子の発案により数年前に作ったそうである。
「・・・こんなものを作るほど、暇だったのだろうか?」ソドムは、戦況より無駄な丘を作った宮廷魔術師長・冴子の心境が気になった。とまれ、彼女の用意してくれた武具には感謝している。
ソドムの装備は、希望通りの金縁の黒い板金鎧と左手用の鉄製籠手。籠手は所々が金で装飾され、見るからに成金趣味というか・・・悪の首領らしくて気に入った。
物理耐性のある魔人ソドムは、斬撃でも かすり傷で済むのだが、光魔法などで強化されている場合に深手を負う可能性があるので、一応は籠手で受けるか、剣で受け流すかして、万が一に備えるつもりであった。
剣は意匠を凝らした片手剣。付与魔法が得意な冴子からのサービスで、切れ味が持続する魔法が付与されていた。地味な効果だが、研がなくていいのでメンテは楽だ。
剣にしろ包丁にしろ、刃物と言うものは細かいノコギリのようなもので、それを引いて斬っているのだ。当然、使ううちにノコギリ状の刃が曲がったり、丸くなったりして切れ味が悪くなる。砥石で研いだり手入れするのは、その刃を立ててノコギリに戻すという行為なのだ。
本格的な切れ味を求めるなら、研ぎなおすのは やはり鍛冶屋にお願いするところだが、大多数の冒険者や兵士は切れ味など気にせず、鉄の塊でぶった切る感覚なので、手入れをする者など少数派なのかもしれない。なにせ、大抵は鎧相手でも構わず斬りつけたり、盾で弾き返されたりするわけで、刃こぼれを気にし始めたらキリがない。ゆえに、サビずに切れ味の持続する魔術師が付与魔法を施した魔法剣が高値で取引される。
さて、ソドムの剣だが・・・、剣先3cmだけが黒く焼きつけられている。これは、暗がりでの戦いで、相手の距離感を見誤らせるソドム流の小細工であった。彼の自論だが、『このような小さな工夫こそ、勝機を呼び込む』と。
鞘と柄は黄金造りで宝石を散りばめた豪勢なもので、マントは紫。連邦王国では紫は高貴な色とされ、王ですら遠慮してマントの色は紫を避けて赤にしていたが、もはや連邦王国と絶縁にしてるのだから当てつけに紫を採用したのであった。
『予算をやりくりして、オレの見栄えを整えてくれたのか…』と、密かに感動するソドム。
彼は自らに質素倹約を課し領地運営を行い、民に慕われていた。連邦の王侯貴族とは雲泥の差の清貧ぶりで、戦での鎧は一般兵と同じ量産品を愛用してたり、剣は持たず敵から奪って戦うなど倹約は徹底していた。かつての居城は、人件費削減のため、ほぼ宿屋兼食堂にして、自分もその一室に甘んじていたほどである。
本当はソドムとて贅沢はしたかったのだ。たが、念願の王になったはいいが、遊び呆けたり見栄を張るよりも、優先すべきことが多すぎた。
そんなソドムでも、妻への出費は惜しまない。これは、愛情の表現だけでなく、妻が美しく着飾れば、その傍らにいる自分の装飾同然という独特な発想からであった。もっとも、妻レウルーラは贅沢を求めるタイプではなく、『ソドムと暮らせれば幸せ』という価値観の持ち主なので、それほど貴金属は身に付けたがらない。そもそも彼女は、素材が良いため、着飾ってまで女子勢と張り合う必要がないのであるが。
そのレウルーラの装備は黒を基調としたもので、白い肌の彼女によく似合っていた。装備のコンセプトは、魔法詠唱の邪魔にならぬよう、守る部位は最低限に抑え、セクシーさを全面に押し出し 接近する敵(人間の男限定)を惑わすことに特化してあった。
最小限の防具とはいえ、もちろん致命傷を避ける工夫はしてあった。防御の要は、肩と胸をガードする黒塗りの胸部鎧、デザインはソドムとお揃いの金縁仕様で、背中には腰辺りまでの短い紫マントがついていた。
下半身には鎧はなく、動きやすさとエロさを両立させた、黒いミニスカート。両脇にスリットが入ったミニスカートなので、脚が長く いっそう美しく見える。それに合わせ下着はTバックにする必要があったが、もちろん冴子によってソレも抜け目なく準備されていた。さらに色気を出すため、黒いガーターベルトとストッキングも採用。
こんな格好では狙われやすいので(とくに酒場で触られる)、近距離武器も装備していた。やたらと目を惹く豪華な指輪・・・、左の指に宝石の指輪が三つ、小指・薬指・中指にはめられているが、実は三つが繋がってナックルのようになっており、手を握ると指の間から鉤爪のような刃がニョッキリ出てくる護身用の暗器であった。もう一つ、護身用の武器として腰の後ろにナイフを隠してあった。
ソドムはレウルーラの美しさに言葉を失っていた。
(て、天使か?いや、身内じゃなかったら露出狂と思うかもしれん・・・目のやり場に困るな。冴子殿は、よくわかっている。素材のいいレウルーラの魅力を際立たせたコーディネイトだ)
と・・・それはそれで、視線を隣りにいる赤一色のシュラに移した。こちらもまた魅力的であった。髪を赤に染めているシュラの希望で、装備も服も赤備え。丸い小盾に、愛用の破邪の剣。中距離のけん制や取り逃がした敵を倒すために、盾の裏側には苦無が三本隠してあった。
鎧は付けず、服はビキニトップスに、風で簡単にめくれそうなフンワリしたミニスカート。赤いミニスカートは下着すれすれの短さで、レウルーラと同じくガーターベルトとストッキングという抜群のエロさであった。
二人とも比較的軽装なのは物理耐性がある魔人だからであり、シュラは一応 剣と盾で攻撃を防ぐ。レウルーラは基本的に素早くかわす前提でいて 万が一の時でも胸部鎧で致命傷を受けないようにしていた。即死でない限りは、ソドムの回復魔法と本人たちの吸血でなんとかなるからである。
逆にソドムがやられてしまうと、回復役がいなくなるので、ソドム自身は比較的重装備にしてあった。それともう一つ・・・、暗黒転生を施した始祖たるソドムが死んだ場合、その眷族たる者たちの能力が失われる可能性もなくはないからだった。
ヘタすると眷族が死に絶えることもありうる。なので、ソドムは大事にされるし、眷族たるの者が反乱を起こすことなどありえない。
ついでながら、タクヤが人間のままでいる理由は、ソドムの手下にはなりたくないからであった。ソドムがその気になれば、眷族に命令どころか直近の記憶を消すこともできる。
実際にシュラを馬に見立てて乗りこなし その後に忘れるように命令した姿を見たことがあるのだから、タクヤの決断も当然かもしれない。
まるで催眠術のようなソドムによる操作だが、あがなう術すべはなくもない。誰でも・・・というわけにはいかないが、高位の魔術師ならば魔法抵抗が高いので、命令を無視 もしくは途中で正気に戻ることができる。ソドムシティでは、レウルーラと冴子がそれにあたり、自由にならないからこそ、逆にソドムも気に入っているようであった。
エロさを重視で二人の装備を依頼したソドムであったが・・・『とてもじゃないが、こんな刺激的な格好をしている町娘はいないであろう・・・例えるなら、なんとか客を掴もうとする夜の娼婦だな』と、密かに思った。
いや、嬉しいし この二人を侍らせておく優越感は大きい。元々過激な格好をしていた二人だから、本人は全然嫌がっていないし、『せっかく、いい見た目しているんだから見せつけてやれ』と言った手前 今さら止めることはできないが、愛する人にこんな格好させて人前に出すなどと間違っているんじゃないか・・・という思いもあって、複雑な気分であった。
そもそも女魔術師というものは若い頃に過激な格好をするのが伝統・・・というか常識であるからして、問題はない・・・と思い返したりと堂々巡りしているソドム。
だが、このエロさこそが狙いであるので、迷いは捨てることにしたソドム。簡単に言えば常設のハニートラップ・・・影王の妻と知らずに無茶をしてきたゴロツキを返り討ちにしてストレス発散&金を巻き上げるつもりでいるのだ。これには、ソドムだけでなくレウルーラとシュラも『ほ~ら触ってみ~』とノリノリであった。シュラはともかく、レウルーラが他の男に尻を触れれようものなら、その痴漢はソドムによって財を奪われるだけではすまないのだが。
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本陣ではソドムたち季節感ガン無視魔人と違って、暗黒転生していないタクヤは、コートを着ていても寒さに震えていた。手袋をしていても手が冷えるし、メガネは曇る・・・とっとと終わらせて、家で熱燗を飲みたくて仕方がなかった。
(ウチの女子たちは吹雪でもミニスカートかよ・・・。しかも、互いに褒め合って姦しいことこの上ない。ま、エロいのは大歓迎だ!とはいえ、馬鹿どもを俺が引き締めないとな)
「うぅ~寒い、あ・・・あれが敵か・・・」と指さした先では、魔獣たちと戦鬼兵が戦いを繰り広げていた。魔獣は戦鬼兵の四倍ほどの大きさはあった。その姿は、陸亀のように高さのある厚い甲羅、だが亀とは違い獰猛そうな竜の顔立ちと鋭い牙があった。鎧がなかったら、その一噛みで即死は免れないと思われた。
「大っきい亀みたいじゃね?あ、雷を吐いたぞ」と、興味津々に身を乗り出すシュラ。戦闘狂の彼女であるが、魔獣との戦闘経験は少ない。
「あれは、ドラゴンタートルですね。硬い甲羅は物理攻撃を受け付けない強敵です。動きは遅くとも、雷のブレスでの攻撃は厄介です」淡々と説明する冴子。
「いいわね!雷のブレスなんて激レアじゃない。召喚獣として絶対に確保しなきゃ」と、はしゃぐレウルーラ。
女子のワイワイしたやり取りをよそに、ソドムは目を凝らし、敵の発生源であるダンジョンの入り口を探している。これ以上の増援を防いで、各個撃破していく腹づもりであった。普通ならば、目の前の敵ばかりに気を取られがちだが、ソドムは最終的な勝利を見据えて、損害の少ない作戦を考えていた。
現状の敵はドラゴンタートル五匹、武器による攻撃が効かない以上、本隊による総攻撃では被害が増えるだけと思えた。
それゆえに、将軍ゲオルグは守備力と耐久力に長けた戦鬼兵団のみで対処しているのだろう。倒せずとも、時間を稼いでソドム達の来着を待ち、反撃に転ずるつもりなのだ。
「見つけたぞ!あれを叩けば我らの勝利だ」と雪原の一角を指すソドム。掘り返された土に雪が積もり、白さが保護色となって、見つけるのに苦労した。
「出入口は直径5mくらいですね。今展開している五体を倒しつつ、穴からの増援を各個撃破して、頃合いを見て穴を塞ぐおつもりでしょうか?」と、ソドムの意図を酌んだ冴子。ソドムは他に良い案がありそうな気がして、すぐには反応しなかった。
「待って、それだとお宝が手に入らないじゃない!」と、シュラが異を唱えた。敵を撃退するというのが作戦の目的であるが、財政難ゆえに少しでも収入を得たいというのも事実であった。もっとも、シュラは個人的にお宝が欲しいだけである。財政の心配など微塵もしていなかった。
「うむ、魔神とやらがいるのなら、財宝は期待できそうだ。穴は塞がずに乗り込もうではないか!」と、タクヤが同調した。
メンバーの中で迷宮探索経験の多いレウルーラが難色を示す。
「ドラゴンタートルに手こずっているのに、敵に有利な場所に軍を向けるのは危険よ。彼らのボスである魔神は、もっと手強いんでしょ。それに あの出入口は拡張前かもしれないから、魔神のサイズと危険度は想像以上かも」
ソドムは味方の損耗を嫌い、妙策がないか思案している。
「そうだな。これほど環境に影響を与える魔神だ、割に合わんかもしれんな。かといって、追い払うだけにとどめたとしても再度侵攻されるリスクは残る・・・」
(にしても、ゲオルグ達の戦い方・・・土豪たちが野良道で叩き合う戦のような未開さだな。ただひたすら槍で突いては反撃されて・・・を繰り返しているだけではないか。やはり、直接指揮する者がいないとダメだな、アイツ等は)
「頭を使えよ、頭をよぉ~」と、心で思ってた事を口に出すソドム。どうやら、作戦を閃いたようである。
「よし、作戦が決まった。あの亀どもを餌に大魚を釣るのだ」大雑把に策を伝えるソドム。
冴子が意図を理解し、確認のためにも噛み砕いて話す。
「なるほど、ドラゴンタートル達を追い詰めて、魔神が救出に現れるよう仕向ける・・・」
「ああ、殺しては駄目だ。救出に向かえば逆転できそう・・・ってくらいにするのが大事だ」
「なんで?殺した方が復讐に燃えそうじゃね?」と、シュラが言った。もう、その任務は自分が受け持つとばかりに、手足を伸ばして準備運動をしている。近接戦では大陸五指に入る戦士である、負ける気はしなかった。
「我々全員で行けば、殺すのは容易だ。だが、それだとビビッて魔神が出てこないかもしれん。相手の性格が分からない以上、まずは痛めつけて様子を見るのだ」
「わかった!じゃあ、あたしが行ってくる」そう言って、丘を降り始めるシュラ。もう、戦いたくてしょうがないのだ。
「待て待て、やみくもに斬りかかるなよ。破邪の剣の炎程度じゃ、奴らにはノーダメージだからな。頭をつかうんだぞ」
「ヘイヘイ、ただの脳筋だった昔のあたしじゃないんだから。熱燗でも飲んで見物しててよね」振り向かずにヒラヒラと手を振るシュラ。
レウルーラは、シュラの背中を見送り
「確かにシュラちゃんは強いわよね。戦いのセンス・・・血統かな?あとは、物理耐性が前線の戦士職との相性がいいし」
冴子もシュラの強さはよくわかっていた。ただ、援軍にたった一人行ったところで事態が好転するとは思えなかった。
「強さは認めますが、戦力の逐次投入というのは・・・いかがなものかと」と、作戦の修正を示唆した。率直な物言いが多い冴子でも、さすがに『愚行』とまでは言わなかった。
「はっはは、これは失敬。実は簡単に勝てる方法がありましてな。まあ、ゆるりとご覧あれ」と、ソドムが説明した。相変わらず、冴子とソドムとの会話は他人行儀である。夜に一緒の寝所で過ごすことは何度もあったが、二人っきりというのは一度もない。必ず、レウルーラがいたし、場合によってはシュラもいるので、どうにも心の距離が縮まらないのだ。
「あら?冴子ちゃん、わからなかったの?」悪戯っぽい笑顔で、レウルーラが冴子の肩をポンポンと叩いた。
憧れの先輩であるレウルーラに触れられてドキリとする冴子。夜の営みでのレウルーラのもち肌を一瞬思い浮かべた。
今まで涼しい顔で彼らに接してきた冴子であるが、彼女の寝室は 二十年間ソドム達が寝っぱなしだった部屋であり、ベッドも同じもので過ごしてきた。つまり、彼らが起きない程度に背徳行為をしてきたわけで、今 それを思い出して、高揚している。
(ルーラ姉はスベスベで触ってても飽きないのよねぇ。いや、シュラちゃんの弾力もなかなか・・・ソドム殿も美味いから捨てがたい。今夜からは抱き枕じゃないけど、それはそれで楽しい夜になりそうね)
「えっ!?わかりますとも、弱点くらい。あははは・・・」冴子はなんとか妄想から戻ってきて、話を誤魔化す。
ソドムは近衛の者に声をかけ、床几と熱燗を持ってくるよう命じた。
「まあ、魔神とやらが釣れるまで、一杯やろうか。冷気耐性があってもコートを着てないので、やはり冷えるからな」
「そうね、賛成。炎耐性下がったから猫舌なんだけどね、私たち」そう言って、受け取った床几を皆に渡すレウルーラ。
「うぅぅ、寒い。何でもいいからチャチャっと終わらせてくれんか。それと、熱燗まだかよ・・・」と、タクヤは震えながらブツブツ文句を言っている。経理担当なのだから、別に前線に来る必要はないのだが、コイツ等がド派手な事をやって無駄な出費を増やさないよう監視に来ているつもりだった。
「無茶言わないでくださいな、さすがの私も熱燗までは準備させてないですから」冴子は、やんわりとクレーマーの怒りをいなした。
(ソドム殿は、相変わらず余裕があるわね)
皆が座ったくらいに、シュラが戦場に到着したのが見て取れた。なにせ、雪の中で全身赤備えは目立つ目立つ。作戦上、通常は目立たない色の方が生存率が高いと考えそうなものだが、目立って手柄を知ってもらいたい功名心旺盛な傭兵や正々堂々戦いたがる騎士は、保護色と真逆の色を使いたがるようだった。ちなみに、大陸最大の軍隊である連邦軍の鎧は伝統的に白、ジオルド皇太子の派閥であるタイタンズは紺色、ソドムの軍隊は予算の関係で鉄や革の色そのままである。
ソドムの軍は昔は千人いたが、現在は三百程しかおらず、連邦の百分の一すらない超弱小勢力である。主力は歩兵で(馬はコストが高い)武装はハルバードと小剣。敵の弓をかい潜って進軍せねばならない時は、使い捨ての木製盾を使う。ハルバードとは槍の一種なのだが、槍先の金属が刺突部位と斧状の部位と騎馬兵を引っ掛けて引きずり落とすピックになっていて、一つの武器で三つの用途があるため使い勝手がよく、それぞれの武器を揃えるよりもコストは抑えられるために、昔からハルバードを採用していた。
「ああ、そうだ・・・ドム。いい加減に、この国の呼称を決めてくれ。やりにくくてかなわん。ギオン公国が再出発したっつー事で『ネオギオン』でいいか!?」
「・・・じゃあ、それで」と、アッサリ言うソドム。
「え?旧帝国に媚びて祇園って国名にしたのが嫌だったんじゃないの?てっきり、ソドム帝国とかダイン教国とかにするのかと思っていたわ」と、レウルーラは肩透かしを食らったような感じになった。連邦から自由になった今、まるで宣戦布告ともいえる国名にするのかとばかり思っていたのだ。
「ネオギオン・・・何やら色々問題がありそうな響きですが、ソドムシティよりはよろしいかと」冴子が無関心な感じながら同意する。
一方、ソドムは何も考えていない。はっきり言って国とかどうでもいい、レウルーラと一緒に気ままに暮らしたいとボンヤリ思っているだけだ。確かに、国持になりたいと願い 命がけで頑張ってきたが、なったらなったで管理者としての苦労が絶えない・・・。自分の家族どころか、他人の家族の心配や世話をしなくてはならず、めんどくさいのだ。
いっそ、暗君になり重税を課して女どもをさらって後宮にブチ込み、酒池肉林の放蕩三昧をした方が楽なのだが、金銭や性に対して生真面目なため、連邦貴族のドラ息子のようにはなれなかった。
そう、影王のくせに悪になりきれない男なのだ。なので結局、国を見捨てず立て直しに尽力していまうと思われた。
「よし、ネオギオン最初の戦い・・・勝たねばならんな・・・あ、ああ?」戦を見ているソドムが、シュラの戦い方に驚き二度見した。1Kmほど離れているはずだが、突撃するシュラの叫びが聞こえてくる。
「どおぉぉりゃ~!!」雄叫びを上げてドラゴンタートルの横腹に突っ込むシュラ。至近距離まで来たところで、空気抵抗を少なくするためなのか両手をクロスして胸に当てながら、飛び込むように頭突きを食らわせていた。
「ゴッ」という腹に響くような鈍い音が戦場に伝わった。その威力たるや、馬で引いた巨大な破城槌が城門に激突したかのようであった。
「えー!」と、ソドムら首脳陣が口をそろえて叫ぶ。ソドムに関しては気絶しそうであった。シュラが子供の頃から武芸のみならず、戦術や一般常識などを教えてきたソドム。いわばシュラの師匠である。それを元・連邦宮廷魔術師長の冴子にいい所を見せつけるはずが、常軌を逸した行動をしたので恥ずかしくてしかたがなかった。
(あのアホぉぉ!頭使えって言われて頭突きするか?普通。あああああ、もういい。俺が動こう)
ソドムは呆れ果てているが、意外にも…少し効いていて驚いた。
「なんか、効いているみたい。きっと、金剛聖拳を使ったのね。頭のあたりが光ってた気がしたわ」レウルーラは、考えていた頭の使い方とは違うものの、多少は結果が出たので素直に褒めた。
「金剛聖拳?あの光の神ホルスの末裔たる連邦王族のみが使える一子相伝の格闘技ですか?あれは前国王ファウスト陛下から長男であるゼイター公爵が継承したとは聞いていましたが、それ以外にも使い手がいたんですか?」
(シュラちゃんは王族ではないし、二人と多少の接点があったとしても、伝授されるはずなどない。見間違いではないのだろうか)
「冴子ちゃんには言ってなかったっけ。シュラちゃんはファウストの隠し子らしいよ」
「ですが、それだけでは扱えないはず。発現させるだけでも至難の業と聞き及びます。そして、技による体力の消耗は激しく、実戦では使いにくいのだとか」シュラがまさかの親戚だったことに驚いた冴子だが、今は金剛聖拳が気になって軽く流した。
(叔父様・・・、普段から一夫一婦制の大切さとか臣下に説いていて、自分はコレですか・・・)
「そうだな、冴子殿のおっしゃる通り、難易度の割には疲れるようだ。まあ、一発芸に近いだろうか。とはいえ、シュラも含めアイツ等は無意識に金剛聖拳でオレをバシバシ叩きやがって・・・物理耐性がなかったら何度か死んでると思うぞ」と、ソドムは二十年前の恨み言を口に出す。
「思い出した、俺がファウストとゼイターに叩かれてる姿を見て、シュラが勝手に体得したんだった。まあ、才能なんだろうな。手刀に光の気を宿し、鎧をも貫く金剛聖拳・・・、今じゃ踵や剣にまで器用に力を移して戦うんだぞ、シュラのやつは」と、ソドムはお手上げとばかりに手を広げておどけた。
(そんなヤベーやつに接近戦で勝てる奴はそうはいまい。それが、俺の支配下なんだな・・・これが)
「はぁ、見ただけで覚えたんですか・・・」あの人間離れした技を見ただけで習得したことに称賛と同時にあきれる冴子。
だが、今回は相手が悪い。軽装の人間相手なら鎧ごと吹き飛ばせる頭突きでも、重量があり硬い甲羅への損害は軽微であった。
「あぁぁ、ちょっと効いたから戦鬼兵まで真似し始めちゃってる・・・」レウルーラは、片手で口元を押さえ、呆れ果てて言葉を失う。
「伝令兵!作戦を伝える。急ぎシュラ達の元に向え!」業を煮やしたソドムは、命令を伝えた。伝令兵は、すぐさま馬にまたがり、戦場へと駆ける。
しばらくすると、バラバラに展開して戦っていた戦鬼兵とシュラが、ドラゴタートル一体に一人の囮役が張り付き、残りは巧みに魔獣の死角に入り数人がかりで槍を駆使してひっくり返して回った。
「ズン・・・」鈍い音を立てて横倒しされていくドラゴンタートル。その都度、雪が舞い上がる。最後の二体は、異変に気付き、持ち上げられぬよう警戒したが、その時には戦鬼兵自体が囮になっていて、別動隊である歩兵隊のハルバードによってひっくり返された。
これにより、さっきまで大暴れしていたドラゴンタートル達は、無様にも足をバタつかせるだけの存在になり果てた。転んだ直後は、抵抗するためブレスを吐いていたが、ソドムの兵たちが甲羅の陰などの死角に逃げ込むため、打撃を与えられず・・・攻撃を諦めた。ならば、起き上がることに集中しようと頑張るも、甲羅の重さと足の柔軟性のなさにより、やはり立てずにいる。
その様子を見て、冴子は床几から立ち上がり驚いていた。が、立った方がよく見えるから・・・という体で腕を組み、頷きながら平静を装った。
(なるほど、物理的な攻撃はあきらめ、転がすとはね。だが、起き上がるまでの時間稼ぎに過ぎないわ)
ソドムは得意満面で、レウルーラから熱燗を注いでもらい、何度か熱さを確認してから旨そうに飲み干した。
「クゥゥ~。五臓六腑に染み渡るぅぅ~。なあ、タクちゃん」
「おう、一風変わった雪見酒だが、たまにはいいもんだ。美女もいるから、言うことないわ」と、ソドムの妻たちを見ながら言った。そんなセクハラ発言も、付き合いが長いのでレウルーラ達はなんとも思わなかった。
「しかし、転がしたとこで起き上がれば、そこまでじゃねーのか?」
「なんだ、タクちゃん知らなかったか。縦に分厚い甲羅のある陸亀とかは、自力で体勢を戻せないんだぜ」
「ほう?」と言い、眼鏡のフレームをつまみ上げながら魔獣たちを見据える。
「倒れるのは想定外ってわけね。万が一、倒れたら仲間が助けるんでしょうけど、今回のように次々倒れたら助け合うことはできない・・・」と、補足するレウルーラ。
「だが、起き上がる事さえできれば現状を打破できる・・・」
「で、魔神が救出するためにノコノコ出てくるのか!」
「そういうことだ!見てろ、今に現れるぞ」ソドムは赤い瞳を洞窟入り口に向けた。
(さて、蛇が出るか蛇がでるか・・・)
だいぶ落ち着いた前線では、シュラがジャンプして手を振っているのが見えた。やはり、雪原では赤は目を惹く。今回は、囮役として大活躍であった。さながら赤いマントを駆使する闘牛士のように魔獣を翻弄してくれたものである。
「伝令兵、転がした魔獣たちへの攻撃はやめさせ、一旦下がり遠巻きに包囲するように伝えよ」
(俺は元竜王だったからか・・・。なんとなく竜を殺したくはない。竜王の力が消滅して二十年、もはや変身できないが、名残があるんだろうか)
レウルーラは酒を飲み干して、立ち上がる。
「いよいよ、私の番ね。神殿の神官たちと迎撃に向かうわ」そう言って、酒杯を高らかに掲げて、後ろに控えている神官達に出陣を伝えた。
彼女の傘下にある闇神官は、ただの闇魔法の使い手ではない。ソドムと同じく、奥義ともいえる【変化】を習得した手練れで、全員が悪魔に変身して戦うことができた。大柄で強靭な肉体を持つ悪魔たちは、鋭い爪牙に加え、多彩な攻撃魔法を扱い、その強さは人間の比ではない。
「ルーラ姉、決戦ですから私の弟子たちをお貸し致します」と、冴子は魔術師連盟からの協力を申し出た。冷気が増していることを考えれば、魔神の弱点は炎であり、導師級の弟子たちは難易度の高い『火球』をも習得しているため、レウルーラの助けになると思ったのだ。
「宮廷魔術師長殿は、行かないのか?」と、タクヤが聞いた。
「今回は譲ります。いいリハビリになると思いますし」と、冴子はチラリとソドムを見た。
(この人は心配性だからついて行くのだろうか)
「何が起こるかわからん、無理せずな」と、ソドムは声をかけるにとどめた。戦場が余程離れているなら別行動はしないが、今回は走ればなんとかなる距離なので、静観するつもりであった。
レウルーラが前線に向かおうとしたとき、異様な音が洞窟側から聞こえた。「ミシミシ」と地を割く音が地響きとなって辺りにこだまする。眷族の苦戦を知った魔神が現れる前兆だと皆が思った。そして、急かすような速いテンポの曲が皆の緊張を煽る。そう、戦闘シーンの音楽というものだ。
音源を探るべく振り向くソドム。その視線の先にはリュートを弾く銀髪の美男子が佇んでいた。それを確認したソドムは「いい演出だ、宮廷吟遊詩人よ。急に呼び出してすまんな」と言って微笑んだ。
「お久しぶりです皆さま。先日、大陸漫遊の旅から戻ったばかりで手間取ってしまいました」と、自慢の長髪を手櫛で後ろに流す吟遊詩人。名前が長いため、『トリス』というあだ名で呼ばれている青年。切れ長の目に高い鼻は妖精族のような整い方で、ソドムと違って背は高い。それでいて、歌と演奏が上手いものだから女性ウケがいい男であった。ソドム達には頭が上がらない事情があって、執事兼バックミュージック担当として仕えている。
元は闇司祭で、俗世を捨てて魔獣(変化の魔法で)として暮らしていた所をソドムに捕まえられて今に至る。一緒に行動しても平等に扱ってもらえるが、どことなく「楽器」もしくは「乗り物」として見られている気がしなくもない。
彼はインドア派で、休日には部屋にこもることが多く、たまの外出は鍛冶屋に出かけたりする程度という変り者だった。おそらく、音楽活動と思われるが鍛冶屋になんのようがあるのかは誰もしらないし、そこまで興味がある者もいなかった。
給金がいいからか、彼の身なりは良い。ゆったりとした青服は絹であり、冷気耐性がないため着ているコートは柔らかい羊の革だった。お前は女子かよ・・・と言われそうなほど、高価な指輪と各種アクセサリーが目を惹いた。極めつけに貴族のように香水までつけているのだがら、女子が群がるのも無理はなかった。
が、ソドムの女たちからは『便利な人』という認識であり、恋心の「こ」の字もなかった。第一印象が悪いので挽回できないのに加え、ソドムと違って どうにも頼りないのだから仕方がない。
「これは、トリス殿。大陸でのお仕事お疲れ様です」と、冴子が労いの言葉をかけた。
ギオン公国だった頃の諜報活動は、忍者を雇い国々の情報を集めたり、流言を放ったりして国家間のバランスをとってきたが、今では北の辺境に土地ごと流されたため、仮想敵国もなく生きることに精一杯ということもあり、忍びとの関係を断って久しい。
その代わりに吟遊詩人であるトリスを大陸に派遣し、各町の酒場などで情報収集と共に、ネオギオンに有益になるような唄を披露させて、人心をコントロールする試みを担ってもらっていたのだ。
「ありがとうございます。今回の旅では、魔神災害が増えている印象でしたが、まさか最果てのここに魔神が現れるとは思いませんでした」
「久しぶりね、トリスさん。今、魔神と戦うとこだけど、大陸で正体が判明している魔神がいたら教えてちょうだい」戦へと向かう歩みを止め、レウルーラがトリスに質問した。少しでも魔神の傾向が分かれば・・・と思ってのことだった。
「奥方様、美しさは変わらず、嬉しい限りです」
(相変わらず、エロい服・・・。冴子殿もいい!早く背中に乗せて差し上げたい!)
「ありがと、で・・・どうなの?」少しだけ照れるレウルーラ。
「ええ、色々事件はあるのですが、オーカスという魔神とその眷族である亜人オークが組織立って動くので脅威みたいです。人間や亜人の女をさらうので、討伐しなくてはならない気運が高まっております。あとは、富と命の象徴たる森の神が倒されて、連れ去られたという話も聞きました」
「ご苦労、オーク族に森の神か・・・」と、チラリと冴子を見るソドム。オークとは大柄で太り気味の亜人で、それほど人間とかけ離れた外見ではない。
人間より鼻が低く上向きなため豚っぽいと言えば豚っぽいが、人間にもいなくはない顔であり、耳が閉じかけのギョウザみたいに巻いてるのが大きな違いである。知能は人間と変わらず、会話も可能。
粗末ながら鍛冶技術もあるため、武装しており、戦う様は組織的かつ獰猛である。下あごの犬歯が発達しており、上の犬歯と擦りあうことで、鋭利な刃物のようになっているから、噛みつきも油断できない。人間と同じく雑食だが、倫理観が違うためか、人型の生物でも食べるのに躊躇はない。
冴子は、上記のような知識はあっても実際に見たことはないので、多くは語ることはできない。
「確かオークは昔あった大陸中央の竜王山脈麓で細々と暮らしていたはずですが・・・始祖たるオーカスが復活して勢いを増したのでしょう。森の神に関しては初耳です」と言って、魔獣などに関しては自分より詳しいレウルーラに話を振った。
「森の神・・・。大昔に封印されて、復活したと思ったら連れ去られたね。神だけに全属性に耐性がある上、不老不死の美しい存在らしいわ。襲撃の動機は、その美しさ目当てか、不老不死を解明するためにかのいずれかね」
「そうか、直接の脅威ではないわけだな」
「あとは・・・、最近 貴族や退役軍人・冒険者の間でテーブルトークRPGというものが流行りつつあります」と、報告を続けるトリス。
「ん?なんだそれは?新手の疫病か?」ソドムは、怪訝な顔をした。
「いえ、ゲームマスターという冒険の物語を作った進行役を中心にプレイヤー達が会話でストーリーを進め、戦いなどの判定にはサイコロを使う冒険を疑似体験する遊戯でございます」
「む?それがどうしたのだ?」突然の現実離れした話に、ソドムとタクヤが同時に聞き返す。それはそうだろう、今まさに敵のボスが現れようとしているのだ。無駄話とは考えにくい。
「ええ、ベースとなる話によりますが、かつての英雄を模した金属製のフィギアと能力値や技が記された金属プレートがセット発売されており、よく売れております。それで・・・、なんとソドム様や五英雄、シュラ様もキャラとして実装されました」トリスは目を輝かせて語った。
「バカ野郎!今、戦してるの!わかるか?その情報必要あると思うか?このクソボケがぁ!!」と、暴言を吐くソドムではない。そんな思いをいったん飲み込み、
「おお、我々が遊戯の中で活躍しているわけだな。それは興味深い」と返した。部下なりに頑張って持ってきた情報を無下にはできない。いきなり叱りつけては忠誠度が下がるというものだ。
「ええ、さらには同じキャラにもバージョン違いがあったり、フィギアに色まで塗られた完璧バージョンや金でできているものなどがコレクターの間で高額で取引されていたりします」
ほうほう・・・と身を乗り出すソドム。内心では、まだ続くのか・・・と思っている。
「すごいわね、それを上手く転売すれば儲かったりして・・・っといけない。戦いに行かないと!」そう言ってレウルーラがあらぬ方向へ行った話を戦に戻してくれた。
「おお、頼むぞ。将来の楽しみは、目の前の敵を倒してからだ。では、演奏を・・・」そう言って、もっと話したそうなトリスを制した。
我に返り、本業である演奏に取り掛かるトリス。二十年の研鑽を披露せねばならないし、昔と違い魔法効果を持つ魔曲を扱える今、ただの足手まといではないと証明するチャンスでもあり、気合が入っていた。
彼の演奏が緊張感を煽るテンポから、優雅な曲調に変化した。それによってソドム達は、難敵に挑む英雄として、歴史の舞台に踏み出すような高揚感を覚えた。
レウルーラは神官と魔術師達を従えて丘を下っていく。一仕事を終え、丘の本陣に戻ってくるシュラとすれ違いざまにハイタッチをしてから、木々を利用しながら遠距離攻撃できる布陣を敷いた。
緊張感の漂う本陣にシュラが戻り、
「ただいまぁ~、とりあえずあんな感じでいいかなぁ?」と言ってきたので若干気が緩んだものの、皆が固唾を呑んで地響きのする洞窟を見つめている。
もちろん、内心はガッカリするほど弱そうな魔神を期待はしているが、何の情報もないためソドム以外は緊張している。
ソドムだけは、『いざとなったら、俺が本気を出せば解決だ』と高をくくっていた。一応、シュラへの労いの言葉は忘れない。
「シュラ、頭の使い方は間違っていたが、結果オーライだ。あとはレウルーラ達が片付けてくれる。ここにかけて休め」
「えへっ。あっ、あたしにも熱燗ね」と、悪びれもせず座り、戦見物に加わった。じつはノーダメージではなかったらしく、少し首を捻ったり前後に動かしていることから、頭のガードはしたが首まで聖拳で守っていなくて調子が悪い・・・と言うのもかっこ悪いので余裕のフリをしているだけであった。この辺は負けず嫌いの弊害というものだろう。
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そして、ソレはついに現れた。初めに目視できたのは鼻と口、その口には獰猛そうな牙。この時点で、皆が危険を感じた。直径5mの大穴から推測するに、人を丸呑みできる巨大生物ということが確定したからだ。
次に青い目・数メートルある顎まで洞窟から出てきて、ぎょろりと睨むように外の状況を見ている。想定した者より大きくて驚いたソドムの部下たちは、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっている。
それもそのはず、まさか大穴いっぱいの顔面とは想像できなかった。部屋で言うところの八畳ほどの顔なので、その全長は数十メートルはあると思われ、そのような化物に人間の集団が太刀打ちすることは難しいと本能で理解した。
幸い左右に首は動かせないのか、目しか動かず、襲い掛かることはできないようなので、逃亡者はなく軍の形を保っていられた。
何度か竜を見てきたシュラが、頭のサイズを見ておおよその大きさを呟く。
「おおぉぉ、あれだと家 十件分の大きさかなぁ!緑色した竜・・・え~と、ゴモラと同じくらい。ま、竜王様は城くらいあるから、それに比べれば子供みたいなもんだけど」と、巨大生物慣れしているからか命知らずなのか、酒を片手に両足をブラつかせながら竜の顔を眺めている。
ソドムは一切動じず(周りの目もあるので)、大きく息を吐いてから
「どうだ?あれは・・・無理じゃね?逃げるか・・・」と、隣にいる冴子に耳打ちした。
「あれくらいなら大丈夫」と小声で返してから、皆が動揺しないように冴子は立ち上がって解説した。
「あの白い鱗と青い瞳は、おそらくホワイトドラゴンです。氷結吐息に気を付けながら、弱点である炎で攻撃すれば倒すことは可能です。それに・・・見てください、洞窟の拡張が間に合わず、頭しか出せない今が好機!闇魔術師レウルーラ殿が見事討ち取ってくれましょう」そう言って彼女は右手を斜め前に突き出した。それと同時にトリスが勝利を祝うような曲に切り替え、皆の士気を鼓舞する。
ほどなくして、魔術師達の炎攻撃が始まり、竜の顔面は爆炎に包まれた。バンバン撃ち込まれている火球の魔法であるが、決して習得は簡単なものではない。中堅クラスで一回唱えれればいいほうであるが、その一撃は兵十人を焼き殺すことができる強力なものだ。その破壊力ゆえに、魔術師は人々に畏怖されている。
炎が弱点属性であるソドムら暗黒転生した者にとって、敵の惨状は見るに堪えない。
「おいおい、凄いもんだな。思えば、これほどの術者が揃うのは見たことがない」と、自軍ながら驚くソドム。
(俺があの魔法くらったら、確実に死ぬだろう・・・。悪魔どもはともかく、二十年で数多の弟子を育てた冴子殿には感謝だな)
「わっはは、花火みてーだな、え?ドムよ」などと、訳の分からないことを言うタクヤ、すっかりデキあがっているようだ。
一方、主を攻撃されて怒るドラゴンタートル達は、援護すべく 立てないながらも雷吐息ライトニングブレスをあびせようと、方向転換のため必死にもがいている。こちらも反撃されてしまうと、攻撃の手が足りなくなるので、一気に倒すべく魔術師達は畳みかけた。
防御は遅れたが、竜は氷結ブレスを地面に吹き付け、自らを守る吹雪の壁として魔法に対抗した。魔術師が使う爆炎魔法は高度な魔法ゆえに、才能ある者でも三回くらいが使用限度であるため、レウルーラは二分ほどで攻撃停止を指示して竜の様子を見ることにした。
「攻撃停止!氷結ブレスの反撃に気を付けて!」と、味方に指示を出す。氷結ブレスは火炎ブレスほどの殺傷力はないが、直撃するとかなりの身体ダメージを負う。イメージとしては、裸で流氷浮かぶ海へと突き落とされるような感じだろうか。あっさり死ぬ者もいるし、そうではなくても凍傷によって体の機能が低下・崩壊する。
ちなみに彼女が召喚したファイアリザードは、寒さのために本領を発揮できなかったので送還している。
(炎が有効でも、召喚対象の苦手な環境だと火力は半減ね・・・。もっとバリエーション増やさないと、か)
攻撃を止めると、竜も反撃のために一旦ブレスを中断した。黒々とした煙と舞い狂っていた氷雪はおさまり、段々と状況が明らかになってくる。
丘の本陣で一番目のいいシュラが、
「ありゃ?効いてない・・・ような。それに目を細めて怒ってそうな感じ」と絶望的報告をした。それに合わせ、トリスが悲劇的な曲調に変えて皆の不安を煽る。
「ダメか・・・。まあ、顔を焼かれれば怒るわな。が、残念ながら洞窟から出れない以上、焦ることはない。魔術師達を後方に下がらせて休ませろ」と、ソドムは配下に命じる。炎攻撃は結構な切り札だったのだが、これで振出しに戻った形となる。
(参ったな、竜とはこれほど手ごわいとは・・・。竜王に変身できた俺は、人類に恐れられて当然か。あの竜とて、空を飛べたなら悠長に酒盛りしながら戦いなどできんだろう)
「ドム、あれだな・・・この酒は『外孫』だろう?俺は辛口の『蓮勇』が飲みたい。あと、花火は終わりか?ほかに出し物がないのか?」少し姿勢が斜めになっているタクヤが空気を読まず絡んでいる。当たり前のように無視する面々。
ミニスカートをなびかせながらレウルーラが本陣に戻って来た。たまに見える下着が気になり、ソドムを含む男達はさりげなく目で追い、一瞬 戦を忘れる。
ああ・・・雪原に黒のミニスカとガーターベルト・・・素晴らしい組み合わせだ。そう思いながらソドムは立ち上がって、夢遊病者のようにフラフラと妻を迎える。相当な愛妻家であった。
「お疲れさま、怪我はないか?」と、気遣うだけで特に責めないソドム。
「ええ、この吹雪と氷結ブレスでは炎は有効じゃないみたい。なにか・・・物理的大打撃を与えられる手段を考えなくてはならないわ」と、レウルーラは失敗を認めつつ、次なる策の方針を示した。左手で額のあたりをさすりながら、自らの席に座り 従者から熱燗を受け取って、飲みながら考えこむ。自信があっただけに悔しかったのだ。
(ソドムが竜王になれたなら、すぐに決着つくのだけれど。封じられただけじゃなく、消滅したからなぁ。私たちも彼の力に頼りすぎてた・・・。まさか、寒冷地での戦いが、こんなに不利になるなんて思わなかったし)と、お手上げに近いのが現状であった。弱点攻撃で敵を撃破するのがセオリーであるし、だからこそレウルーラは、色々な属性攻撃ができる召喚魔法をメインにしていたのだ。このような例外など聞いたことがなかった。
ソドムもここらで決断しなくてはならない。悲壮感を出さないよう、表情は変えず視線だけ少し下げるソドム。
(やりたくはないが、総力戦で押し切るか・・・。身動きできない竜は後回しにして、ドラゴンタートルを始末してから、戦士系が突撃して、魔術師が仕留めるのがベスト。だが、犠牲は多いだろうな)
ネオギオン軍が小手調べしたり、戦いの最中に作戦を練り直すのは勝手だが、敵は待っていてくれるものではない。なんと、竜が洞窟から出てきたのである。
「うぉぉぉ!出てきたヨ!あいつ!」と、シュラが飛び跳ねた。
竜が出てこない前提があるから、酒盛りしながら『あーでもない、こーでもない』と言ってたわけで、自由に暴れられるとなったら話は別である。街の市民を守るためにも、全軍が死兵となって突撃するしか手はないのだから。
「く、首が長げぇ~」と、ソドムが驚いて見ている。通常、ドラゴンの首は長い。だが、ソレは長すぎた。首の途中に申し訳程度の大きさの手足が確認できた。
「首というより、胴体ですね」と、淡々と答える冴子。そうこう話しているうちに数十メートルはある竜の体は蛇のように とぐろを巻き、鎌首をもたげて威嚇するように、ソドムらを見下ろした。
頭は地上から30mほどの高みにあり、魔法の射程を越してしまい、顔面を狙い撃ちするのは困難になってしまった。さらに、その巨大さと質量ゆえ倒れ掛かられるだけでも相当の被害が予想された。
かつて、竜王が旧大和帝国軍十万と戦って敗走させた話を知ってる世代が多いだけに、たった数百の自軍が辿る運命など想像に難しくはない。
眼前にいる彼等にとっての白き死神は、すぐには攻撃してこず、ゆっくりと辺りを見渡し、
『小さき者どもよ・・・、熱烈な歓迎 痛みいる。宴もたけなわ、〆に そなたらを血祭りにしてお開きにいたそう』と、ソドム達の脳裡に、直接言葉を伝えてきた。
その印象は、力強いが女性っぽさが感じられた。そして、体に対しては小さな手で眷族であるドラゴンタートルを起こして、巣穴へと下がらせ始める。
この直接頭に言葉が伝わる現象は、『心話』という意思疎通手段で、骨格や歯並びが言葉を発するに向かない魔獣や亜人が使う。長い年月で知恵に目覚めたもの・人間並みに知能が高いものが心話を使えるようになるという。
言葉を発するのと同じく、強く念じれば伝わる半径も大きくなり、弱くしか念じなければコソコソ話のように近場にしか届かない。
別に人間が習得する必要性はないが、利点として雑音が多い戦場などでも音と違って、直接意思が伝わるのは便利である。ただ、慣れてないと・・・考えてることや妄想が心話として発信してしまい大恥をかいたりするので注意が必要だ。
「あ・・・、あれはドラゴンの亜種・ホワイトウィルム!蛇型の竜」レウルーラは立ち上がり、召喚の腕輪をはめた左手を前に突き出し、戦闘態勢に入った。
召喚の腕輪は秘薬を必要としない特殊なアーティファクトで、名前さえ分かれば大天使などの超弩級召喚ができる。ただし、召喚する膨大な魔力があれば・・・の話であるので、雑貨屋での評価は低く、秘薬節約アイテム扱いだった。売り方も酷いもので、ワゴンセールみたいな感じで投げ売りされていたものである。
だが、物は使いようである。彼女専用の暗黒魔法【魔力吸収】を使えば冴子の魔力を借りることができ、より強力な魔獣を召喚できる。だがそれは、最高の魔術師二人の魔力を使い果たすことを意味しており、もし太刀打ちできなかった場合、勝機はなくなるので、なるべく使いたくなかった。
「だ、誰だっけ?ホワイトドラゴンは洞窟から出れないって言ったの?」と、シュラが つい愚痴を言った。それを聞いた冴子は、やや不機嫌になりつつも、強く目を閉じてから、配下の導師に指示を出す。
「切り札を使います!あと、戦艦の主砲で砲撃してください」
「冴子様、戦艦は城の隣の造船所です、しかも動かせません」と、配下の導師が言った。
「射程は十分、座標は設置してある【物見の平面水晶】で確認できます。敵の近くに着弾すればいいですから、造船所の壁ごと ぶっ放しなさい!」と、きるように言った。それから、冴子は魔導書を左手に持ち、秘薬が詰め込まれた皮袋を腰につけ、切り札とやらの詠唱を始めた。
「もういい、俺が出よう・・・」と、レウルーラと冴子を制するソドム。自分から離れるように手で合図して、仁王立ちになり竜を睨みつけ、心話で語りかける。その声は普段の高めの声ではなく、腹底に響くような低く圧力を感じる竜王の声であった。
『白き竜よ、ここは我らの地。早々に立ち去れ!』その心話には味方ですら恐怖を覚えた。だが、竜は全く動じた様子を見せなかった。
レウルーラは、交渉というソドムの賭けに不安を抱き、小声で話しかけた。
「ちょ、ちょっと!もう竜王に変身できなくなったって事、忘れてないわよね!?」
「はっ!?あ、ああ、も・・・もちろんだとも。大丈夫、何とかする」と、嘘がヘタなソドムは気休めの言葉を吐いた。
『その心話、竜王・・・?』と、竜が心話の発せられた先にいるソドムを見つけ、目を凝らした。敵対的な感じから、対話のテーブルにつきそうな雰囲気になりつつあった。
『忘れたのか?幼馴染の氷竜ウィルだ。何百年ぶりではあるが・・・』と、急に友好的になって、白い巨体をうねらせる。激しい地吹雪がソドムの軍に襲い掛かった。
両手で雪を防ぎながら、レウルーラはソドムの真意を悟った。
(そうか!竜王は竜族の頂点。竜であれば隷属しているか、せめて友好関係にあるわけね。あとは、ハッタリで押し切るということか)
テンションの上がった氷竜は矢継ぎ早に話してくる。
『我にとっては居心地が良い【魔界陣・風雪乱舞】は、そなたにとっては苦痛であったであろう』と、こちらの心配をしてきた。どうやら、この竜の心根は悪くなさげであった。
対するソドムは・・・
『悪いが俺は竜王ではない。昔、竜王を打ち負かして取り込んだが、竜王としての記憶は引き継いではいない。そして、先の大戦で竜王としての力は消失している。今の俺は、その抜け殻のようなものだ』と、自虐を交えながら正直に話した。
「何で適当に合わせて丸く収めないのよ!」と、シュラとレウルーラが小声で抗議して、二人でソドムの脇腹を小突く。
ソドムは氷竜を睨みつけたまま、
「嘘が下手なの知ってるだろ・・・。バレたら更に怒らせることになってしまう」と、情けない言葉を吐いた。それに対し、氷竜の態度は硬化した。
『何だと?竜王を倒し、結果的に滅ぼした・・・?にわかに信じがたい話だ』
『だが、それが事実だ。そうでないなら、とっくにオマエを火だるまにしているだろうよ』と、ソドムが圧力を跳ね返すように言い返す。
『・・・ふむ、その度胸は認めよう。では、お前たちヒトに合わせて例え話をしようか』そう心話って、氷竜はさりげなくドラゴンタートルが撤退したことを確認し、近場にしか聞こえない心話で、隷属している人鳥族を呼び出した。
氷竜が話している間、「ペタペタ」と数匹の人鳥が洞窟から現れた。
その直立する姿は丸みを帯びた愛らしいシルエットをしており、羽毛は白と黒、くちばしと足ヒレは黄色く、背丈は人の半分ほどと思われる・・・ただのペンギンであるが、心話で意思疎通できるのでギリ亜人なのだろうか。泳いで魚を獲ることが得意で、それを主に献上するかわりに、後ろ盾になってもらっている関係であった。
「何あれ、かわいい!」と、話の腰を折り、思ったことを口走るシュラ。レウルーラも思ったが、さすがに口には出さない。
「アホ、黙ってろ!」とシュラの尻を叩くソドム。若干譲歩の可能性が出てきた今、邪魔されてはかなわない。
「ご、ゴメン」
バカなやり取りをよそに氷竜の話は進む。
『お前たちが、中古の住宅に引っ越した。だが、そこにはネズミ達が蔓延っていた・・・。さて、どうするかな?まさか、話し合いなどせぬであろうよ!』と、恫喝する氷竜。
ソドム達は言葉を失った。法や正義など、しょせん力の裏付けがなければ意味はないことがわかっているからだ。この理屈でいうなら、氷竜が居座っても文句はいえず、追い払うには・・・ネズミではないと力で証明するしかない。氷竜の例えを借りるなら、「中古物件は誤りで、まだ住民いたんですけど!」と突っぱねる必要があった。
「おいおい、いよいよヤバいな。反論出来ねーじゃないか」と、表情を変えずにソドムはボヤいた。レウルーラも余裕で立ってると見せかけながら、内心 頭を痛めていた。だが、ここで弱みを見せてしまっては負けなので、踏ん張っているのである。召喚魔法も、格上の魔物を呼び出した場合、命令に反発して今のような状況になったりするから、この局面の重要さはよく分かっていた。
ソドム達が本格的に絶望した時、冴子の詠唱が終了した。
「皆さん、丘を下りてください!反撃開始ですよ!!」と、冷静沈着な冴子には珍しく、声を荒げて避難するよう指示を出した。何が何だかわからないが、転げるように丘を下るソドム達。下りている最中に地響きがなり、さっきいた大地が盛り上がってきた。
シュラは走りながら「何?なんなのぉぉー!」と叫んでいる。ソドムはレウルーラの手を引いて、逃げに逃げた。
随分走り、振り返ると・・・さっきの丘自体が、四つん這いの巨人になっていた。巨人は轟音を立てながら、ゆっくりと立ち上がり、氷竜と対峙した。その大きさは、威嚇姿勢をとっている氷竜よりも大きかった。
「これが私の切り札ぁぁぁ!アイスゴーレムでーす!!ソドム卿、トークでつないでいただき、感謝いたしまぁす!」と、冴子は誇らしげに自らの作品を披露した。結局、彼女もレウルーラと同類の狂魔術師だったというわけである。
このゴーレムは資金不足で苦悩する日々に思いついた賜物で、丘を人の形にくりぬき、そこにベトン(石灰と砕石を混ぜて強度を増したもの)をうっすらと塗り、型を作る。あとは雨水が溜まるのを待ち、冬季に固まったら雪などでカモフラージュしておく。まさに、低予算かつ強力な兵器であった。
うつ伏せ状態だったので(そのため顔などは沈殿物まみれ)、正面の細工は型通りに仕上がるため鎧騎士風にカッコいいのだが、背中は水面そのままに凍結まったため、頭から足まで絶壁状態で、見せられたものではなかった。その辺は予算不足ゆえに仕方がない所だろう。
「このゴーレムの一撃は城をも粉砕できますのよぉぉ!あーはっはは!」諸手を挙げて狂喜して小躍りする冴子。ソドムとシュラは圧倒され、何も言葉を発しない。他の兵たちもおなじであった。レウルーラだけが「わかる、わかるわぁ~」と冴子の気持ちを理解していた・・・。
さっきまで勝ち目のなさに押し黙っていたタクヤは、元気を取り戻し
「やったれ!ブチのめせぇ!!」と声援を送った。
「まだまだですよぉぉぉ!ゴーレムからのぉぉぉ、戦艦・愛しのレウルーラ主砲斉射三連!!」と言いながら、冴子が片手を振った。・・・すると城の方角から、「ド・ド・ドーン!!」という爆音と共に、三つの飛翔体が飛んできて、皆の頭上を越し、氷竜付近に着弾して大爆発を引き起こした。
そう、戦艦からの発砲だ。初めて見る大砲という兵器に味方の兵も驚いた。ソドムとレウルーラは、大砲の威力もさることながら、戦艦のネーミングセンスに度肝を抜かれていた。
「ふふふ・・・次は当てにいきますよぉぉ!」と、冴子は氷竜にまで届く大声を出す。味方ながらキャラの変貌ぶりにドン引きした兵たちであったが、今度こそ対抗できると思い、皆が歓声を上げた。
ソドムは、この状況を歓迎したが、どこか虚しさを感じて、傍らの妻にボソボソと愚痴を言い始める。
「あのさ、この世界では、物語の主役は俺なはずなんだけど、昔から上司や部下に殴られたり、手柄横取りされてきてるんだよな。今回のも、どうよ?いいトコなしだな・・・俺」
「な、なに言ってるのよ。配下の活躍は採用した者の先見性によるもの・・・みたいなこと昔言ってたじゃない。信頼して全権を任せたあなたの手柄でもあるわよ」と、レウルーラは優しくフォローした。
「そうだろうか・・・」
「そうよ!自信もって!あ・・・、ホラ・・・大規模戦争で祈りをささげると発動する【邪神の加護】ってあったわよね?それを使ってみたら?」
「あー、あったなそういうの。でも、効果範囲こそ広いが、能力が向上して持久力が上がった気がするだけらしいぞ」
「まあ、効果はね。でも、空一面に邪神に扮した昔のソドムが投影されるんだから、脅しにはなるわよ」
暗黒魔法はショボイものばかりだが、なにもしないよりはいい。ソドムは素直に提案に乗った。
「確かに!さっそく使うとしよう」そう言ってから、儀式の呪文を唱えるソドム。強くなった気にさせるだけの効果なので、発動には時間はかからなかった。
ソドム達の後方の天に、不気味な人物が投影された。その大きさはアイスゴーレムの数倍はあった。角つき骸骨の仮面に漆黒のトゲトゲしい鎧、マントは紫、眼光は赤く光る。その人物は禍々しい杖を大きく振るい、魔法をかける仕草をしていた。
すると、ソドムの配下たちは、何とも言えぬ万能感に包まれた。以前より身体能力が向上した気分になり、数日寝なくても戦えるような高揚感に満たされ、勝利を確信し雄叫びをあげた。その様子は、全軍が一つの大きな魔物になったような一体感があった。単純なシュラも「ガオー」とか叫んでいるのをレウルーラは苦笑いし、スルーしてあげていた。
冴子は反対に青ざめている。フラフラとシュラに近寄って、思いっ切り両肩を揺さぶった。
「アレよ!シュラちゃんから無理矢理あの場に連れてこられて、私まで映り込んだせいで、連邦から邪教徒と疑われて亡命する羽目になったのよ!!」と、感情を爆発させた。そう、確かに映り込んでいた・・・ソドムが美女三人を侍らしているようにしか見えない。
大陸の覇者たる連邦王国NO2だった冴子が、どこぞの反乱で この【邪神の加護】を使われたがために、いきなり犯罪者として縛り首になりそうになったのだから、怒って当然である。
連邦にいた頃は、超大国の国家予算を使い放題で、こんなケチな氷人形など作ることなどありえなかった。
「ご、ごめんって。冴子さん、許してよ~」揺さぶられながら、顔を引きつらせ謝るシュラ。
レウルーラが割って入って「まあまあ、悪いことばかりじゃない。面白おかしく暮らせてるし、おばさんにならずに済んだでしょ」と冴子をなだめた。
内輪もめはともかく、これらソドムらの威勢に氷竜は舌を巻き、警戒を強めた。
(これは・・・苦戦するやもしれぬ。氷の傀儡は、我がブレスが効かぬ。肉弾戦とて、分が悪い。それに、先ほどの爆発・・・、長距離からの攻撃は厄介だ。しかも、兵の士気が上がっている。竜王を倒したという奴は邪神の類かもしれぬな)
ソドムは氷竜が怯んだとみて、再び声をかけた。
『氷竜よ、このまま戦っても無益だとは思わぬか?お互い不幸な出会いを水に流そうではないか』と、崩れた丘で一番高い所に移って、ソドムは和睦を持ち出した。
『ふむ・・・。だが、この島から出ていく気はない』
(ネズミではないことは理解した。雌雄を決するよりも、妥協点を模索するほうが良いかもしれぬ。が、こちらからは首を垂れんぞ)
交渉上手のソドムは相手の考えが読めてきた。
『ならば、【魔界陣】とやらを止めるか弱めるかしていただこう』
『笑止。【魔界陣】のことを全然分かっていないとみえる。これは自らの望んだ環境を具現化する陣。我が居心地よき空間を止める理由などない。魔界陣の効果は、魔力の自然回復内であり、範囲は魔法出力に依存している。つまり、有効にするか無効にするかは選べても、強弱の調節などできぬ』と、ソドムの無知をあざ笑った。
一方、ソドムは少し好感を持った。馬鹿にしながらも、丁寧に魔界陣の説明をしてくれたのだから。
『・・・ならば、島の西端に居を移してはくれまいか。島の半分を割譲しよう』と、ソドムは大きく譲歩した。「えー!何してくれちゃってんの!?このバカは?」と、レウルーラたち幹部は衝撃を受けた。
これには氷竜ウィルも大いに驚いた。戦えば勝てるかもしれない相手に、土地を半分渡すとは どういうことだろう。普通ならば、死力を尽くして撃退するところを、だ。
(なぜだ?こちらには得があっても損はない。あちらには損しかないではないか・・・。)
『何を企んでいる?そちらに益することは何一つないではないか』と、いぶかしむ氷竜。その心話には、わずかに怒気が含まれてきた。
『そうだな、一見 何の得もない。我々の目的は、南方進出にある。このような寒冷地にこだわりがあるわけではない。本拠地として城は残していくが、生活圏と収入源は大陸に求めているのだ。ゆえに西側を割譲しても問題はない。それと、竜族は自分の縄張り以外には興味がないだろうから、東に侵略してくることもなかろうと思ってな』と、両手を腰に当てニヤリと笑うソドム。
氷竜は大きく頷いてから、明るい心話で返答した。
『はっはは。面白きことを考え付いたな竜王の抜け殻。いや、邪神か。この島を外敵が攻略する時、断崖にある城よりも、なだらかな浜がある西側から上陸するのが定石。つまり、我を番犬にするつもりであろう!』
『見破られたか、さすがは年の功。ついでながら、西の地には 寒い所でないと生きていけない者達の村を作らせていただきたい。仮に敵が攻め込んできたなら、いち早く彼らが対処するであろう』と、寒冷地でないとゾンビ化が進行してしまう民の居場所を求めるソドム。
窮地を逃れるだけでなく、先を見越しているソドム言葉に、冴子とレウルーラは感動している。どの道、発展が望めない土地を捨てて、そこに番犬を住まわせ、暗黒転生で失敗した者達の生活まで保障するというのだ、なかなか思いつくことではない。
と、そこで冴子は もう一歩踏み込んだアイディアを閃いた。保存療法中のゾンビ予備軍たちで重犯罪者がでたら、常温の所に連れて行き、まだゾンビ化が進行するのか確かめようと思いついたのだ。20年も経っている者ならば、魔法の効力もなくなっているかもしれず、そうなれば不老というメリットだけが残る。
・・・凄まじく儲かる予感がしていた。リスクなしの不老をソドムが請け負うという商売を始めれば、世界中の金持ちが飛びつくに違いなかった。まず、そのための人体実験である。
人権のない犯罪者には申し訳ないが、人類の発展の礎に・・・などと冴子は妄想を展開していた。「そうだ、国外から罪人を買って、他の実験に使うのもいいわね・・・」と、つい言葉にでるほどに。
氷竜はソドムのオープンさが気に入り、和睦を受け入れることにした。
『うむ、話は分かった・・・。全てを水に流し、和睦を受け入れよう。細かい交渉事は我が配下とするといいだろう』
『それは重畳。では、軍を退かせた後、全権の使者をそちらに派遣する』
『ああ、それと・・・』そう言いかけて、氷竜は人鳥に指示を出す。予め準備をしていたのだろう、二体の人鳥が両手?で宝箱をもってヨタヨタと洞窟から出てきた。大きさは、丸まった人が入るぐらい・・・と、かなりデカい。
『友好の証だ、受け取ってくれ』そう心話うと、出番は終わったとばかりに、周囲に被害が及ばぬよう ゆっくり巨体を動かし、器用に洞窟の中へ入っていく氷竜。
これにて、ネオギオン存亡の危機は去った・・・。ゲオルグ将軍が人鳥から宝箱を受け取り、それを片手で担いでのっしのっしと本陣に歩いて来た。「お館様~、やりましたなぁ」と、野太い声で言いながら、もう片方の手にはめた大楯を振っている。その後ろに戦鬼兵が続き、他の兵たちも散開を解いて撤収し始める。皆が集まった時点で、ソドムは手を後ろに組み労をねぎらった。
『戦、大儀。強大な相手に、よく立ち向かってくれた。このような吹雪だ、論功行賞は後にする。まずは、城で休むがよい』と、声を張り上げるのが面倒なので心話で兵に告げるソドム。
任務ゆえ、復帰したソドム達をまだ目にしていなかった兵たちは喜びの声をあげた。「ソドム様、万歳!ソドムシティに栄光あれ!!」と。タクヤや冴子は一瞬当惑したが、さっき国名がネオギオンになった事など兵は知らぬわけだし、ここは仕方がない。
ソドムらは、手を振りながら帰参する兵たちを丘から見ている。
「損害は軽微、領土は失ったものの、お宝次第では逆に儲かるかもしれん。開けようぜ、ドム」と、酔っ払いタクヤがソドムの肩に手をかけた。
「おう。相手は大昔の竜だ・・・。相当のお宝が混じっているはず」と、期待に胸躍らせた。冴子は魔法で罠がないかを調べるため、詠唱を始める。
「お・た・か・ら♪お・た・か・ら♪」上機嫌なシュラが しゃがみ込み、宝箱に手をかけ、お構いなしで一気に開けた。
魔物や闇司祭などが宝箱に貴金属を保管する際、なぜか罠を仕掛ける習性があるので、ヒヤリとする冴子。
(友好の証とはいえ、うっかり罠を解除し忘れたかもしれない!・・・けど、魔人のシュラちゃんなら毒ガスとかも効かないから・・・いっか)
案の定・・・罠が発動した。勢いよく矢が飛び出し、シュラの顔に迫る。ヒョイと、それを難なくかわすシュラ。
「おっと、危ない」と、シタリ顔である。
その弓矢は、後ろにいたソドムの額に見事命中した。
「痛っ!・・・まったく、お前ってヤツは。・・・しかも、毒矢か!俺じゃなかったら、やられちゃってるよ」と、軽くシュラに抗議するソドム。
いや、罠付きの宝箱を渡すのもアウトなのだが。魔人でなかったら死んでる凶悪な毒・・・。
今さらもめても得るものはないので、たぶん氷竜側に悪意はないとソドムは思うことにして、皆と一緒に宝箱の中を検める。
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