Dear sword

香月 優希

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 イルギネスは、またテオディアスの墓に来ていた。墓石の前には、昨日と違う花が供えてある。母は今朝も、来たのだろう。
「テオ」
 どっかりと腰を下ろし、声に出して弟を呼んだ。腰から愛剣を外して、供えられた花の前に置く。刃を研ぎ直しただけでなく、ディアが丁寧に手入れをしてくれたことで、剣全体が息を吹き返したように見えた。同じように自分の心も、完全にではないが、霧が晴れたように、すっきりとだいぶ明るかった。
「長いこと放ったらかしにして、悪かった」
 弟は、どこにも行ってなどいなかった。すぐそばに、この剣と共にあったのに。
「なんで、気づかなかったんだろうな」
 だが、あまりに大切だったからこそ、直後には正視できないこともある。二人を繋いでいた剣は、まさにそうだった。ずいぶん時間がかかってしまった。そしてあのままだったら、取り返しもつかないほど、離れてしまったかも知れない。
「もう、大丈夫だ」
 今の自分なら恐れずに、弟と自分を繋いでいた剣と向き合える。時間の経過は、こうやって緩やかに心の亀裂を修復して行くのだろう。
 これからはもう、無理に笑わなくても、笑顔になれる。そんな気がした。だけどそう思った途端──先ほど必死に押し込んだ感情が、今まさにもう一度、彼の心を震わせた。
「なんなんだ、今さら」
 抵抗したものの、悲しみなのか、寂しさなのか、様々な思いがこみ上げて、今度は止められそうになかった。でも──今なら、誰もいない。誰も見てはいない。だから。

「テオ……今だけ」
 許してくれ。
 イルギネスは俯き手で顔を覆うと、やっと、嗚咽を堪えて静かに泣いた。

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